フィオラ6歳 そうだ、温泉を掘ろう!2
「技術者や道具」
「はい。温泉を掘るには特殊な技術や道具が必要だと聞いたことがあります。さすがにイグ爺にもその知識はないかと」
「西の山のふもとの街には温泉業に従事している技術者が多いと聞いたことがあります。フィオラ様、侍女長に相談してみるのはいかがでしょうか?」
悩む二人にエリサが意外な人の名を上げてきた。
「キエラに?」
「はい、キエラさんがファルレア様にお仕えしたばかりの頃に、西の山にある温泉街に行ってみたいとうっかり零したことがあったらしく、それを覚えていたファルレア様が『新婚旅行に行ってらっしゃい』と費用を出してくださることになったと……夢がかなうと喜んでいましたので」
「でも新婚旅行なのよね?」
「温泉に入る以外は用事がないので街並みや景色を見ながらのんびりすると、まだ人出が不十分なのにそんなにのんびりしていいのかと、悩んでもいるようでした。技術者を探して欲しいとフィオラ様がお願いすれば、主の頼みもあるからと行きやすくなるのではありませんか?」
確かにそうかもしれない。それに確か東の端のここから西の端までは最低でも5日はかかると。半月お休みを上げても、4日くらいしか滞在できそうにない。
仕事を与えればその分も滞在できるので、さらにゆっくりできるんじゃないかという考えがフィオラの頭に浮かんだ。
そにれ、リュドが追い打ちをかけるようにいい提案をしてくれた。
「その手間賃兼必要経費としてフィオラ様たちからもいくらか渡せば、さらにいい食事を食べたりできそうですしね」
「そうね、まずはフォルトに相談してみるわ」
「それがよろしいですわ。他に何が必要なのかも先に調べておきましょう。侍女長が新婚旅行に行かれるのは、社交シーズンが終わった9月の初めの予定だと聞いております」
「まだまだ時間はあるわね。ふふ、楽しみ」
零れるような笑顔のフィオラにつられてリュドもエリサも優しく笑い返した。王都から温泉に関する本を取り寄せて調べてみようと、それまでは色々考えられる温泉の利用方法を考えてみようと、フィオラの頭の中は温泉に関することでいっぱいになっていた。
帰ってからすぐにでも取り掛かりたいと思ったが、
「では、お部屋に戻りましょうね。着替えも必要ですし、すぐお昼寝の時間ですよ」
エリサにそう言われて、その時間がない事に気が付いた。
「お昼寝しないとだめ?」
「子供の時には必要なものです。寝るのも仕事と思ってください」
「時間的にギリギリかもしれませんね。私がお運びしましょう」
リュドにそういわれて(またあの怖さを味わうのか)とフィオラは嫌気がさしていたが、それは杞憂に終わる様だった。
「今度は歩いて移動するので、それほど速くありませんよ」
「! 分かってたの!?」
「なんとなくですが。エリサにしがみついていたのでもしかしてと思いまして」
「……怖かったの」
「今度は気を付けますから」
そういわれては断ることもできず、フィオラは行きと同じように抱きかかえられたが、今度はゆっくりだったのでそれほど怖いと思わずに済んだ。
後にハンターになって、嫌というほど背中を掴まれてすごい速度で運ばれることが増えて、速度にも高さにも慣れてしまうのだが、それはもう少し先のことになる。
フィオラとフォルトがハンターギルドで30分説教受けた二日後、キエラは御者のフィリポと領城教会で結婚式を挙げた。
結婚式のドレスの定番の色は聖竜様の鱗の色に近い赤色系とのことで、キエラは紅色のAラインのドレスに赤いヤマユリの造花で頭を飾り、フィリポは赤茶色のフロックコートに同色のシルクハットという装いだった。
教会で家族や近しい人が見守る中、牧師様を通じて聖竜様に愛と誠実と永遠を誓って祝福を頂き、指輪を交換して誓いのキスをする。
そして教会から出てきて、皆から祝福の花びらのシャワーを浴びる。
前世の結婚式と似てるなとフィオラは懐かしさと嬉しさで泣きそうになった。
この日に合わせて体調を整えていた母も花びらを撒くことができて、本当にうれしそうにキエラ夫妻を見つめていた。
久しぶりにみんなで幸せだと思える時間だった。
そして翌日、フィリポとキエラは新婚旅行に旅立っていった。
ちょうど王都の屋敷に運ぶ馬車があるからと、それを操って一日かけて王都に行くと言っていた。
私たちはゆっくり移動して3日かけたのにと驚いていると「途中の街で馬を変えながら走れば、ぎりぎり一日で行けますよ」とフィリポが教えてくれた。
その浮いた日程で途中の景色のいい街で二泊すると言っていた。
朝早く二人を見送った後、フィオラは強行軍な上に護衛もつけずに旅だったけど、キエラは大丈夫なのかと心配になった。しかし、
「キエラさんは今でこそ聡明で楚々とした立派な侍女長ですが、もともとは辺境で幼い頃から魔物を狩っていた方です。下手をすると我々より強い可能性があります」
とリュドに言われ、以前に幼い頃は親兄弟と野山を駆け回って狩りをするくらいしかしてなかったと語ってくれたのを思い出した。
「それにフィリポもドラコメサに仕える男です。ことが起きても自分のやるべきことをしっかりこなすことのできる、肝の据わった男です。だから二人きりでもあの夫婦ならご心配は要りませんよ」
「ドラコメサの騎士は一騎当千と言われるものが集まっていると言われ、聖竜様の使者に仕える者たちは緊急事態にも冷静に対応できるものが選ばれているという話は学園では有名です。落ちぶれていると言われていても、そこは変わっていないと勤めてみてひしひしと感じております」
古くから使えるヨゼフと、勤め始めたばかりのアナに言われてフィオラは大丈夫だと納得することができた。
そしてこういう話をしていると本当になるもので、「行きに、温泉街にたどり着く直前に盗賊に襲われましたが、同乗していた商人家族を守りながら成敗いたしました」と帰ってきたキエラに聞かされて、フィオラもフォルトも開いた口が塞がらないほど驚いたのだった。
だがそのおかげで、その商人を通じて丁度いい方々に出会えたので移住するように勧めてみた。そうしたら話に乗ってきたので、そのまま彼らの荷物と共に帰ってきたと涼しい笑顔で報告をされた。
「だから荷車で帰ってきたのね」
「はい。頂いた必要経費で荷車をそろえ、馬を借りて、のんびり皆で観光をしながら帰ってまいりました」
「ちゃんと新婚旅行としても楽しめた?」
「はい。土産話はファルレア様にもしたいので、フィオラ様フォルト様もご一緒の時にお話ししたします」
「ええ。楽しみだわ」
とにかく今重要なのは勧誘してきた温泉を掘り出すことのできる彼らのことだ。
以前、イグ爺の工房兼住居を作った時に、同じように使える家を2件余分に建てた。一つは温泉技術者を引き抜いた時の為にだが、家族4人まで余裕で住める仕様になっているので、3人家族なら問題なく生活できるだろう。
そして昨日荷物を運び入れ、今日は片づけているとのことだった。
だったら挨拶がてら様子を見に行こうと、フォルトと一緒に彼らの家に向かった。
家の前にはイグ爺もいて、見たことのない男性と何かを見ながら話し込んでいるようだった。
そこに家の中から出てきた男女が合流した。
(なんだろう、このデジャブ。ああ、なんとなくだけど昔『私』が見た映画の登場人物に似てるんだ、あの人たち)
目を細めながら見ているフィオラの先には、「ターミネーター」と同じ映画に出てきた「サラ・コナー」と髪の短い「マイティ・ソー」に似た三人が立っていた。
キエラから聞いた情報によると三人はガスパルド、ガエレ、ガレオ親子で、腕はいいのだが愛想が無く、温泉オーナーたちが中心に作られた温泉ギルドの有力者から嫌われてしまっていたそうだ。
そんなこんなでキエラの提案を渡りに船と快く引き受けて、移住してくれたのだった。
「イグ爺、こんにちは」
「よお、嬢ちゃん、坊ちゃん」
「イグ爺、そちらの人たちが温泉技術者の方か?」
「そうそう、こいつが家長のガスパルド、嫁のガエレ、息子のガレオ。話しただけだが、なかなかの腕前だと思いますぞ」
「ふふ、イグ爺がそういうなら、期待できそうね」
そう話す三人を見てガスパルドとガエレは何も感じてないようだったが、ガレオは『こんな子供が?』といった感じの視線を姉弟に向けていた。
二人もそれに気づいたが、もともと無表情のフォルトと、笑顔で隠す方法を覚えたフィオラは、何も言わずにイグ爺が紹介するまで気にしていないふりをした。
「ガス、こっちがワシらの雇い主にあたるドラコメサ伯爵家のフィオラ嬢ちゃんとフォルト坊ちゃんだ」
「こんにちは。私が長子のフィオラよ。よろしくね」
「こんにちは。私が長男のフォルトだ。よろしくたのむ」
「あたしはガエレ、夫のガスパルドと息子のガレオは控えめというか無口なタイプなので、無礼な所もあるでしょうがよろしくお願いします」
少し緊張気味の笑顔を浮かべてガエレが答えてくれた。
無口な職人親子っていいわねとこっそりフィオラは心の中で萌えていたが、フォルトに「これからどうします?」と聞かれて、お仕事お仕事と思い直したのだった。
「とりあえず三人には源泉のありそうな場所を見てもらいたいんだけど、今からでも大丈夫かしら?」
「はい。大丈夫です」
「ワシもついて行っていいですか?」
「だいぶ森の奥だけど大丈夫?」
「嬢ちゃんの大分なら、ワシらの少しでしょうな」
ガハガハ笑いながら言うイグ爺にフィオラはむっとしたものの、イグ爺の身長が平均より低いと言ってもフィオラより40㎝は背が高いので反論できなかった。
しかも、
「姉さま、表情」
と、フォルトに突っ込まれるくらい顔に出ていたようだ。
「フィオラ様は淑女教育を忘れずに。イグ爺、あんまりフィオラ様をからかうな」
「はっはっは! 嬢ちゃんの淑女教育とやらに一役買っとるだけだ」
リュドの突込みにさらに大笑いしながら答えるイグ爺に、フィオラは心の中で苦笑しながら、それを顔には出さずに淑女の笑顔を湛えて出発の段取りをした。
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……次で温泉の話は終わるはずです^^;