きっかけは5歳の事件1
「フィオラ、フィオラ、しっかりして」
「若奥様。若奥様もどうかお休みください」
「だめよ、フィオラを一人に……あ……」
「若奥様!」
そんなやり取りがされている側のベッドには、白い肌を熱で赤く染めた少女が息苦しそうに横たわっていた。
ドラコメサ伯爵の長女・フィオラは、魔力暴走が原因で一昨日の昼からずっと寝込んでいた。母親譲りの黒髪すら濡れるほどの汗をかきながら、狂ったように駆け巡る自身の魔力に苦しめられ、体が高熱を発していた。
普通の熱なら薬や回復薬が効くが、魔力暴走が原因の場合に限っては落ち着くのを待つしかない。
心配することしかできない周りも大変だが、熱に苦しめられるフィオラはフィオラで大変だった。体だけでなく頭や心というか、脳か魂にある記憶回路がフル回転していた。
――フィオラって……あ、ここはあの乙女ゲームの世界なんだ……でも、試作版かなあ?ベータ版かなあ?
前世の記憶をなんとなく思い出し、特にこの世界が描かれたであろう乙女ゲームのことを細かく思い出していた。
「竜ダリ」のヒロインはベータ版からフィオラという名前が付けられ、「乙ダリ」と呼ばれた正規版でもその名前のまま悪役令嬢をやっていた。
それを思い出したら今度はフィオラの記憶がぐるぐると回り始めていた。
覚えている一番古い記憶は、一年と数日だけ年下の弟が生まれたこと。
自分もまだ赤ん坊だったにもかかわらず、なんて奇麗でかわいい赤ちゃんなんだろうと、すべすべのほっぺにキスをしたことを明確に覚えている。
表情豊かな弟と優しい母と三人で3年楽しく過ごしていた。なのに弟が三歳の誕生日に、自分の息子に見切りをつけた祖父に「フォルトは跡取りにふさわしい男に育てるために、私が直に教育する。これからは私と生活を共にさせる」と言って取り上げられてしまった。
――何が跡取りにふさわしいよ! 息子で失敗してるのに孫なら何とかなるって本気で思ってるの? ありえない……って思ってたら、シャレにならない状態になるしさあ!
その後、フィオラが弟と会えるのは朝夕の食事の時だけだったのだが、フォルトは最初はべそべそ泣きながら食事をしていたのにそれもなくなり、よく言えばクールキャラに、ストレートに言ってしまえば表情を忘れた子供になっていった。
子供だったフィオラはそれが気にいらなくて、いじめたりちょっかいをかけたりするものの、無反応で何も返してこないフォルトに苛立ち、大泣きするという行動を繰り返していた。
その度にフィオラは祖父に叱られ罰を受けていた。また同時期に、息子と離れ離れにされたショックが大きかったのか、徐々に母のファルレアが体調を崩しがちになり、フィオラはフォルトのことを気にしながらもかまっていられなくなっていった。
母の病状については、医師や回復師、魔導師にも見せたが一向に原因がわからず、ゆっくりと体調が悪くなっていき、季節の変わり目には寝込むことが増え、フィオラが5歳になったころには外出もままならなくなっていた。
それでも気候が温かくなってきたら体調が良好な日も増え、毎日30分くらいはフィオラと一緒に庭を散歩するくらいはできるようにいなっていた。
そんな4月の半ばの天気のいい暖かい日に、事件は起きた。
フィオラはいつものように午後の散歩をし、休憩がてら東屋で母と共にティータイムを楽しんでいた。
そこに現れたのは「フィオラのことを快く思っていないらしい祖母」だった。
らしいというのは、会う時は笑顔を絶やさず普通の貴族の祖母として接してくるので「孫娘を嫌っている」とは母も周りの人たちも全く思っていなかった。
ただ、フィオラに向ける視線が時折とても冷たくなるので、フィオラ本人だけは「本心では嫌いなんだろうな」と察していた。
しかし1歳を過ぎたころから理由はわからないが、祖母が近寄るとフィオラは大泣きしたらしいのでしょうがないかなとも思っていた。
実は今でもフィオラは祖母が苦手だった。根拠はない。だが祖母から何か嫌な雰囲気を感じ取っており、特にこうして楽しい時間を過ごしていると水を差されるように嫌な何かを感じてしまい、それでどうしても良い感情を持てずにいた。
表面的には可愛い孫として祖母の前でも笑顔は絶やさないようにしていたが、苦痛なのも確かだった。
――これも淑女になるための修行の一環。
そう思って平素を崩さないようにしていたので、この時も母の傍らで祖母とにこやかに挨拶を交わし、祖母がさっさと立ち去ってくれないかと笑顔を浮かべながら願っていた。
次の瞬間、背筋が凍った。
「――――」
何か言いながら母に手を伸ばしてきた祖母の手のひらに黒い、ぞっとする何かを感じた。
「いやーーーーーーーーー!」
フィオラの「死にたくない」という強烈な本能が、生まれて初めて魔法を――光魔法による『守りの盾』を発動させた。
四大要素による盾はただの盾なので魔法を四散させるだけなのだが、闇魔法と光魔法は違っていた。
吸収を得意とする闇の盾は相手の魔法・物理攻撃を吸収し、自身の魔力分の攻撃自体を取り消してしまう。
対して反射の性質のある光の盾は、自分の魔力分の攻撃を相手に返すものだった。
そして今回、光の盾で自分と母をフィオラは守ることができたが、初めての魔力の使用により魔力暴走を起こし、跳ね返された祖母は自身が放った呪い『毒の霧』によって、その場で命を失った。
激しい魔力の波動に気を失いかけていた母親が、眩む頭を支えながら見たものは、息苦しそうにぐったりしている娘と、恐ろしい形相で死に絶えている姑の屍だった。
検索除けチェックを外しました。
そして、この長さ以上になると際限なく推敲しそうなので、細かく刻んでアップしていきます。
(初めてのことなので手探り状態ですが、推敲し過ぎず最後まで書ききりたいと思います)
週一には投稿できるように頑張りますので、よろしくお願いします。