閑話:そうだ冒険者になろう!
「そういえばハンターの狩猟と冒険者の討伐って何が違うの?」
「簡単に言えば、食べられる魔獣を道具によって狩るか、害になる魔獣を道具や魔法を使って倒すかの違いです」
「狩りは魔法が使えない者もできるように、魔法は使わないルールになってましてねえ」
ハンター長の説明によれば、魔法がまだ使えない子供や魔力のない大人も公平に獲物を捕獲できるように、ハンティングにおいて補助魔法は使っていいが、直に魔法を叩き込むのは禁止事項になっているということだった。
しかも狩猟許可証に監視魔法が組み込まれていて、ハンティングタイムに魔法を直に獲物にぶつけると、弾けてペナルティの刻印が刻まれると。その刻印は3ヶ月間消えず、その間は狩猟許可が下りなくなるとのことだった。
もしもその時間に魔獣に出くわして仕方なくの場合は、捕れたての魔獣の死骸と引き換えに刻印を解除してもらえるらしい。
「そもそも直に魔力をぶつけると肉が不味くなる可能性が高いです」
「お肉が不味く……」
「それはダメだ」
「ええ、そう意味もあって、直にぶつけないようにと言われています。お二人もお気を付けください」
分かったと二人はコクコクと頷いた。
そしてフィオラは、もう一つ気になったことを聞いてみた。
「リュドは冒険者だったのよね?」
「はい。バルセロノに移住してすぐに登録しました」
「6歳でなれるの?」
「バルセロノではなれますよ」
冒険者になれる年齢や条件は街によって違う。
バニョレスでは8歳から見習いになれて街中のクエストをこなせるが、外のクエストを一人で受けられるのは10歳以上からになる。だからまずは6歳でハンターになって8歳に冒険者登録を行い、ハンターの指導者と共にクエストを受ける者が多い。
魔獣より魔物の多い辺境では10歳までに魔獣や魔物の倒し方を家族や近所の住民が教え、一人で一体倒せるようになると漸く冒険者登録できる街が多い。
ドラコメサより領都が栄えているバルセロノでは6歳で登録できるが、見習いのEランクから始めなければならないという話だった。
「冒険者はEランクからなの?」
「基本はDランクからになりますが、バルセロノでは子供の冒険者用にEランクが設定されてましてねえ」
と、ハンター長が説明を引き継いでくれた。
基本的にどこの街も冒険者はS~Dの5段階に設定されている。ただし、子供のお手伝い程度の仕事がたくさん存在する地域では、Dランク取得年齢に満たない子供や本職を引退した老人用にEランクが設定されることがある。
街中の簡単な掃除や荷物運び、公共施設の下働きなどの低賃金の仕事が回ってくる。
バルセロノは教都ゆえに色々な地域から孤児や難民が流れてくるので孤児院や救貧院の数が多く、そこの手伝いの仕事が毎日のようにある。
教会直轄の救貧院はボランティアに任せることが多いが、孤児院の方は子供同士のふれあいと貧困家庭の子供の手助けという二つの意味合いから、子供の冒険者を毎日のように募っていた。
ただ、大教会直轄の孤児院は、そこに居る子供も特殊ならシスターや牧師が常駐しているため「お堅すぎる」と避ける子供が多く、逆にそれを気にしない子供も少なからずいるので同じ顔触れになるのが常だった。
「それを気にしない子供の一人が私でした」
「そうだったのね。ああ、そこでユル達と出会ったのね」
「そうです」
「それで……討伐ができる年齢になるまではランクは上がらないの?」
「年齢ではなくポイントですね。Eランククエストにもポイントはつくので、それを貯めるとDランクになる資格を得ることができます。だからと言ってすぐに独り立ちできるわけではありません」
「ああ、最初はハンター同様指導者と一緒に行くの……ね?」
「その通りです」
リュドの説明によれば、EランクでもCランク以上の冒険者のサポートを受けられるのなら、Dランクの街のすぐ外での植物採集や小さい魔獣の捕獲・討伐クエストを受領できる。ただし、ギルド側が了承すれば。
それにバルセルのでも一人で討伐に行くのはDランクを取得したうえに、10歳にならないと許可が出ない。
「リュドは今、C以上なのよね?」
「こいつはAランクですよ」
ハンター長の突込みにフィオラとフォルトはたいそう驚いた。
EからDに上がるのもまあまあ大変だが、それ以降はかなりのポイントを稼がないとランクは上がらない。
BからA、AからSに上がるためには別の査定も入るという。
そんな上級ランクに、しかもリュドは2年間学生だったので、10年かからずにAまで上がったことになる。
すごすぎないかと驚いていると、その理由も教えてもらえた。
「こいつは孤児院の手伝い以外にも薬草の知識があったので、よく薬草採集に連れ出されていましたよ。何よりあの悪魔がなあ……」
「悪魔……ジャド先生のことか?」
「……あいつが先生とは世も末だな。あいつがこれの魔力を鍛えまくった上に、外に連れ出しまくったもんだから、どんどん冒険者ポイントが上がりましてなあ……」
「気が付けば7歳でDランクに上がっていました」
「それは異常だったんだが、まあ悪魔も8歳に勝手にDランクになってたなあって話になって……」
「勝手に?」
「ああ……」
半ば頭を抱えながら語るハンター長の話はすごかった。
本来、先にも述べたようにEランク冒険者が街の外のクエストを受けるには、ハンター同様Cランク以上の冒険者が同行しなければならない。
だがそれを面倒くさいと思ったジャドは、神殿によく来る、治療中の常連冒険者のタグを持ち出して「治療が済んだらすぐに行くからと嘘をついて、街壁外の採集や討伐クエストを受ける」ということを繰り返したそうだ。
7歳の子供がそんな嘘をつくとは思わず、人のいいバルセロノの冒険者組合の人達は信じ切って、クエスト受領を了承してしまった。
ある日タイミングが悪く、ジャドが一人で外に行っている間に治療を終えた冒険者がギルドに飲みに来て、不正が発覚したとのことだった。
「ジャド先生らしいわ……」
「しかもそのクエストでDランクに昇格しちまったもんだから、また問題になりましてなあ」
「ランクが上がったとはいえ、10歳に満たない子どもを一人で街の外に出すわけにはいかないから、必ず誰かと一緒に行くようにと警告されたそうなんです。しかしジャドはそこで実力行使に出ました」
「僕についてこれるならね、と言って片っ端から中級冒険者を撒きましてねえ……俺も撒かれた一人ですが。それで『好きにやれ、たとえ死んでもギルドは責任を負わない』という誓約書を書かせたうえで、独り立ちさせました。8歳で」
「大変だったのね」
「お疲れ様」
「ありがとうな、お嬢ちゃん、坊ちゃん」
「そしてジャドは俺に同じことをさせようとしました」
「えー……」
だがリュドは嫌な予感がしたと、すでに知り合いだったハンター長に尋ねたそうだ。
「『神殿で治療中の冒険者のタグで仕事を受ければいいと言われましたが、それは不正に当たりませんか?』って、お前はいくつだよって聞き方をされましたね。そしてその場にいたギルド職員が『あの悪魔はー!!』って叫んでましたよ」
結局、その手が使えないとなったジャドは「だったらリュドも誓約書を書いて、俺をサポーターにして外に出ればいい」と説得したそうだ。EランクよりDランクの方がたくさん金を稼げるという誘惑に負けたともリュドは言っていた。
ジャドは成人年齢に達していないからサポートができないというだけで、冒険者ランクはすでにCだったので、ある意味問題はなかったそうだ。まあ、ギルド内では『悪魔に魅入られた可哀相な子供』扱いされたそうだが。
「リュドも大変だったのね。あれ? でも師匠はハンター長だったのよね?」
「ええ。ジャドが王立高等学園に入学して街からいなくなったので、まともな指導を一度は受けないと、と思いまして。それを彼にお願いしました。そこで初めて普通の冒険者を知ることができました」
「……お疲れ様。彼を師匠に選んだ理由は?」
「もともと私が初めて冒険者ギルドに行った時に会ったのが彼でした。姉もこの人は信用してよさそうだと判断したので、『何かあった時、ギルドの受付が忙しそうなら彼に聞こう』と姉夫婦と決めていたので」
「ラフィリ嬢ちゃんがそんな風に判断してくれていたとは……嬉しいねえ」
「ハンター長もラフィリ先生を知ってるの?」
「こいつが姉夫婦と一緒に引っ越してきて、ギルドに素材を売りに来てた時に色々話しましたからねえ」
「姉をいやらしい目つきで見る奴や、私や義兄に見下すような視線を向ける奴ばかりだった中、普通の視線を向けて普通に話しかけてくれましたからね」
褒められて少し照れていたハンター長だったが、何か思い出したのかいきなりニヤニヤとし始めた。
「可愛かったんですぜ、こいつ。冒険者になりに来たのかって聞いたら『私でも冒険者になれますか?』って好奇心たっぷりのキラッキラした目で俺を見てきましてなあ」
「昔の話をするな、おっさん」
「だからおっさんは止めろ」
「じゃあ、ジジイ」
「もっとやめろ……しかもこいつ、6歳の頃はお坊ちゃんに負けないくらいの美少年で、そこに居るだけでギルドの女性職員が沸き立ったくらいで」
「は? そんなんだったか?」
「教えても理解できなかっただろうが」
そうか、当たり前だけどリュドにも子供の頃があったんだなと、姉弟はリュドをじっと見つめてしまった。
「……私の子供時代を想像するのはやめてください」
「えー?」
「もう遅い」
「……そうですか」
リュドが恥ずかしがって頬を染めながら気まずそうにするのを初めて見たフィオラは、
(イケメンが恥ずかしがる姿ってなんか可愛いわ)
と思ったが、口に出したが最後怒られるのは分かっていたので黙っていた。
「それでリュドは冒険者になる方法を聞いたのか?」
「Eランクの意味、Dに上がるにはどうするか、同行者のこと、10歳にならないと基本的には一人で外には出られない事など色々と。だからジャドの言っていたことをおかしいなと気づけたのです」
「あの時ギルドで俺に聞いたのは、わざとだったってのか?」
「俺にはジャドを止められないと分かってたからな」
「……正しいな」
結局連れまわされて、薬草採取や討伐どころか魔導師登録もさせられるというさんざんな目にあいましたけどねと、リュドは盛大なため息をついていた。
ハンター長はギルドとしては高位ランクの冒険者がいるのは嬉しい事だがな、と笑いながらリュドの背中を叩いていた。
その姿をフィオラはうらやましくなってしまった。
「リュドやハンター長を見ていると、冒険者も楽しそうでいいなって思うわ」
「けど、魔物や魔獣の討伐というのは死と隣り合わせですよ、ねえさま」
「ええ、残念ながらそれもあって騎士や魔導師を目指していない貴族のお嬢様や跡取りは、冒険者になることは暗黙の了解として許されていません。ハイクラスの貴族ならなおのことです」
「……残念だわ。薬草の採取くらいならしてみたかったわ」
「薬草の知識が得たいのなら、ハンティングの合間にお教えしますよ」
「嬉しい! ありがとう、リュド」
「ちゃんと取り過ぎない様にしろよ」
「ジャドじゃないんだから、数は守るよ」
冒険者になるのは断念しなければならなかったけど、リュドの可愛い話と、ジャドの悪魔っぷりを聞くことができたので、幼い二人はそれでよしとすることにした。
フィオラ「そういえば、どうして受付のお姉さんはリュドの説教癖のことを知ってたの?」
ハンター長「こいつ、俺に会った瞬間に説教初めて30分ノンストップだったんで」
リュド「面白がって教えなかったゲラルドが悪い」
ハンター長「確かになwww おかげで説教癖がある事がこっちでも有名になったな」
リュド「……」
フィオラ「こっちでもってことは」
フォルト「バルセロノでも有名だったんですか?」
ハンター長「もちろんなw」
リュド「もう黙ってくれorz」