フィオラ6歳 そうだ、ハンターになろう4
ドラコメサの領城はぐるりと分厚い城壁に囲まれている。東西にはそれぞれ城門があり、山側には非常時の小さな出入り口があり、湖側には排水溝がある。
実はその排水溝の脇に秘密の通路があり、排水溝から人や魔獣が出入りできないように作られた頑丈な柵を迂回できるようになっていた。
フィオラとフォルトは領城の書斎をあさっているときに隠し部屋を見つけ、そこで領城の細かい設計図等の重要書類を見つけたのだ。役立ちそうなもので表に出してよさそうなものは持ち出し、しまっておくべきものはそのままそこにしまっておいた。
フォルトの判断で設計図はそのまま置いてきたのだが、中でしっかり読んだところ秘密の通路がある事が分かり、そこの開閉方法が書かれている書類もあったので、それを利用することにした。
湖は一周5キロちょっとのいびつな、城のある北側の頂点が欠けたひし形をしていて、砂浜が周りをかこっている。通路から城壁の外に出てみると、そこの砂浜は狭かったが、子供が二人手をつないで歩いても問題がない程度の幅はあった。
そこを城壁沿いに歩いて砂浜を抜けて、ギルド街に通じる道に入って行った。
こうして歩いていくのは初めてだが、馬車で何度か通っているのでハンターギルドの場所は把握していた。
また、同じ建物に似たようなギルドが3件入っているという話も聞かされていた。看板を見ればどれが何だかわかるとも。
『剣と盾』は警備兵の常駐所、『黒い獣にクロスした剣が二本』は冒険者ギルド、『白い獣に矢と槍がクロスしている』のがハンターギルド。
「だから、私たちが突撃すべきはここよ」と、ハンターギルドの看板を指さしながら、フィオラがフォルトに言い切った。
頷くフォルトだが、気になることを姉に聞いてみた。
「この格好で大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃない? リュドたちが子供のハンター用の服だって言ってたし」
幼い二人が着ているのは、武器の訓練時に着るようにと渡された服で、革でできたベストの前後に、肩から腰に掛けてX字にベルトがレイアウトされていて、ベルトの下の端はズボンの脇にある留め具に固定されている。
ベストは両脇のそれぞれ三か所にサイズの調整用の小さなベルトがついていて、さらにウエストでもぐるっと一周ベルトを締めるようになっていた。
ズボンも革製で色々補強の入っている丈夫なもので、それにひざ下までのロングブーツ。
この3つはハンター用の服なので丈夫なうえにある程度の衝撃を吸収してくれる、初期防具だと教えられていた。
ベストの下に来ているシャツも訓練用の使い古された綿のシャツなので、貴族の子供たちだとバレることもないと踏んでいた。
「あとは言葉遣いよね」
「言葉遣い?」
「丁寧な言葉禁止。私のことも姉さまじゃなくて姉さんって呼ぶこと」
「分かったよ、姉さん」
「……飲み込みが早いのね」
「リュドがガルシオやラフィリ先生と話している口調を思いだしてい……るよ」
「正しいわ。じゃあ行くわよ、フォル」
フィオラは勢いよく堂々とドアを開けて入りたかったが、直前になってしり込みをしてしまった。かくして、ドアハンドルを両手でしっかり握ると、ゆっくり扉を押し開けた。
中はバレーボールコートの半面くらいの広さで、入って右手のスペースには4人掛けテーブルが二つほど置いてあり、一番奥にカウンターがあった。そのカウンターの向こう側と壁の右手に扉が見えるので、奥にもまだ部屋があるのと、右隣の冒険者ギルドとつながっているようだった。
カウンターの高さは1mちょっとあるようで、身長が120㎝しかないフィオラにはほぼ壁だった。さらに10㎝低いフォルトにはカウンターの内側にいる人すら見えそうになかった。
意を決してここまで来た二人に後戻りという文字はない。
せーので「こんにちは!」と声を掛けると、カウンター越しに背の高い若い女性が覗き込んでくれた。
「こんにちは。どうしたのかな?」
「ハンターになりに来ました」
「え?」
「ハンター登録させてください!」
フィオラが元気よく宣言すると、中の女性はなぜか固まってしまった。しかし5秒もすると我に返ったようで、気を取り直して質問を二人に返してきた。
「えーと、ハンターが何か知っているのかな?」
「はい! オ……知り合いのお兄さんから聞いたの。食べるためのお肉を取るハンターってお仕事があるって」
「姉さん。お肉じゃなくて、獲物って言ってなかった?」
「あ、そうだった。私たち獲物を狩るハンターになりに来たんです」
そうフィオラがどや顔で告げた瞬間、二人の体がいきなりカウンターより上に持ち上げられた。
「え?」
驚いたフィオラが振り返ると、
「ここで何をしてるんだ、お嬢、坊」
口元は笑っているものの、青筋を立てているのがもろ分かりなリュドの顔がそこにあった。
「えーと、なんでここにいるの?」
「隣で飲んでいたら、道を歩いている二人を見かけて驚いた。どうしてこんなところにと思ったら、ここに入るのが分かったから、あそこの扉から様子を見てた」
「あ、やっぱり、あそこの扉は隣と繋がってるのね」
「で? 何してる?」
「ハンターになりに来たの」
「俺に何の相談もなく?」
リュドの声も雰囲気もワントーン下がったのが分かって、フィオラはさすがにやばいと思い始め、何と答えればいいかと悩んでいたが、隣で吊られているフォルトから感心する言葉が聞こえてきた。
「すごい……全然痛くない」
フィオラとリュドがやり取りしている間、フォルトは手足の力を抜いて伸ばしたり力を入れてきゅっと丸まったりと、実験をしていたようだ。
二人はベストの背中のXベルトが交差している部分を掴んで持ち上げられていたが、息苦しくもなければどこも痛くなくて、フォルトはなんて機能的な服なんだと感心していた。
「子供に何かあった時、ベルトを掴んで運ぶのが一番楽だからな。穴に落ちた時も少ない負担で持ち上げられるようになってる……というのは、今は置いておくとして、坊。なんで姉を止めなかった?」
「僕じゃ無理」
フォルトの単純明快な答えにリュドは長く重い溜息を吐くと、顔を受付嬢に向けて頼みごとをした。
「……まあいい。レアンドラ、裏の応接室か会議室を借りられないか?」
「あ、はい。応接室が空いてますけど……リュドさん、まさか……」
「30分経ったらエールとジュースを2杯、それと何か軽く食べるものを見繕って持ってきてもらえるか?」
「……わかりました。二人とも頑張ってね」
レアンドラと呼ばれた受付嬢は奥に続くドアを開けてカウンターの板をはね上げると、フィオラとフォルトを吊り下げたままのリュドを奥へと誘導した。
「頑張ってねって何?」
「これから30分、きっちり説教タイムだ」
「美味しいジュースとお菓子を持っていってあげるから、頑張ってね」
目が笑っていないリュドはたいそう恐ろしかったが、説教中も怖かった。
リュドは腰につけていたポシェットから三角錐の形をしたもの=魔道具の『遮音装置』を取り出すと、それに魔力を込めて遮音空間を作り、普段の口調に戻した。
それから30分、リュドは丁寧な言葉遣いで「下調べはきちんとして下さい」「フォルト様はフィオラ様を止められないのなら報告をするように」「小さなことも連絡を怠らない事」「何事も相談をするように」と報連相を中心にみっちり幼い姉弟に言い聞かせた。
30分ってどれくらいだろうと、まだ続くのかとフィオラは泣きそうになっていたが、城に帰ったらエリサとカルスに謝るようにと言われてお小言は終わった。
「二人には夕方まで昼寝をするから起こさないでねって言っておいたんだけど」
「それでも途中で様子を見に行くのは、侍女や従者の仕事のうちです。オヴィディオも一緒に居たので、城には彼に報告に行ってもらいました」
色んな人に迷惑をかけたんだなとフィオラとフォルトがしょぼくれていると、
「反省してくださいね。それとお二人のことは知り合いのお嬢さんと坊ちゃんだと告げておきます。まあ、ハンター長にはばれると思いますが」
と告げて、リュドは魔道具に手をかざしてからそれをしまった。
「ハンターになれるようにハンター長、ハンターギルドのマスターに頼んでやるから、しっかり説明を受けろ」
ぞんざいな口調に戻ったリュドがドアを開けると、そこにはレアンドラと40歳くらいに見える男性が立っていた。
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