閑話 バルセロノの青年たち
「フィオラ6歳 ドラコメサ領へのお引っ越し9( https://ncode.syosetu.com/n4604ho/16/ )」の日の夜のお話です。
※一部残虐表現があります。魔獣に襲われる様子が描かれているので、苦手な方は飛ばしていただいたほうがいいかもしれません。
※年齢が間違っていた件で、色々と書き直しました(25/05/21)。
フィオラがバルセロノで出会った4人の青年たちは、その日はもともとリュドの姉・ラフィリの家で労働奉仕をすることになっていた。
ドラコメサ伯夫人を運び入れたことで、3日かけて4人でやるはずだった治療院の設備の設置作業は、ドラコメサの騎士や使用人の力も借りて一日で終わってしまった。
ただし終わった時間は遅かったのでそのままラフィリの家に泊まることになり、「明日はのんびり休める」と4人は治療院の3階、ファミリーエリアのホールに置かれたソファーセットで酒を酌み交わしていた。
コの字方に配置されたソファーの間に置かれたローテーブルにつまみを並べて、ジャドとリュドは樽で買ってきたエールを楽しみ、甘いお酒が好きなユルは桃のリキュールをオレンジジュースで割ったカクテルを飲んでいた。
甘い飲み物が好みではないセティオ……クレプの前には赤ワインを入れたグラスが置かれていたが、ユルの方を見ながらため息をついていた。
「飲まないの?」
「ユル……君は実は未成年だって分かっていますよね?」
「うーん、そうだけど、今更じゃない?」
ユルはクレプとリュドと同い年だと思われていたが、実は一つ下だったと冬休みの直前に判明した。
ユルがジャドとクレプの居たバルセロノ本教会付属の孤児院に引き取られた時、彼の子供札は生まれ年の部分が丁度割れてなくなっており、その時の体の大きさから3歳を過ぎているだろうと判断され、クレプと同い年と登録されていた。
しかし赤ん坊のころは父親同様体が大きかったらしく、引き取られたときはまだ2歳だったと、最近雇われた寮の料理人がユルと同じ村の出身で、ユルのことを覚えていたため判明した。
すでに1年半分の修学実績があったため、学園側も特例としてこのままの学年でいることを認めてくれた。
とはいえ、ユルの誕生日は3月で、今はまだ1月。彼は15歳の未成年だった。
「それに今更にしたのはジャドだよね? ボクたちお酒って知らずに色々飲まされてたし」
「成年前に酒に慣れておくのは重要だからねえ」
「それは確かなのですが」
「俺に至っては立派なエール好きに育てられたな」
やっと16歳の成人男性になったクレプとリュド、そしてユルの3人は5年前からジャドに面白がって色々お酒を飲まされていた。
ジャドが夏と冬の帰省休みの時に紅茶やジュースに混ぜて飲ませることから始まり、3人が王立高等学園に入学してからは会える週末ごとに少しずつ濃いものを飲ませ、どんどん酒に慣らしていった。
途中でクレプに気づかれそうになてジャドは焦ったが、あとの二人が気のせいだろうと言い切ってくれたので助かった。まあ単純にリュドとユルは酒に強くて酒好きに育っていたというだけなのだが。
実際は4人そろって酒に強く、顔色も変わらなければ酔いつぶれたこともないので、ジャドが面白くないと正直な感想を呟いて、さすがに三人に怒られたのはすでにいい思い出になっている。
「法律書にも『16歳になる年の1月1日から成人とみなされる』ってあるんだから、家飲みする分には問題ないよ」
「それは責任問題が生じた時だけの話でしょうが……」
「外に漏れたら罰せられるな」
「まあまあ、クレプは氷入りのワインが好きだよね」
そういったユルはクレプのグラスの上に右手をかざした。手のひらに魔力を集中させると氷精製魔法を行使し始めた。そして氷ができた瞬間、クレプによって入れ替えられた木の器にゴトンと拳大の塊が落ちてきた。
「ここまで大きな氷ができるようになったのは、師匠として喜ばしいよ、ユル」
ジャドの目尻にはうっすら涙が浮かんでいた。
ユルに初めて出会ったときに「この子はこのまま生きていけるのか?」と思うほど魔力量が少なく、生活魔法すら使えないのではと心配したが、幼いころからずっと魔力の増やし方と魔法の使い方を教え続けた甲斐があったと零すジャドは、実は心の底から喜んでいた。
「そこまで低かったのか?」
出会ったのが6歳と出遅れているリュドは、魔力が低いのは知っていたがそこまで深刻だったとは知らなかった。
この世界では魔法は生活に欠かせないものであり、魔力がある程度ないと魔力が蓄積された魔石=魔蓄石だよりになるため、暮らすのが大変になるのだ。
「リュドに出会う少し前までは本当に大変だったよ。ユルはランプをつけることもできなかったから」
この世界のランプは、光源魔法が書き込まれた魔石に魔力を流して明かりを灯すものが主流である。魔力のない者が使用する場合は魔蓄石を一緒に中に置くか、魔石ではなく油で明かりを灯すタイプの油ランプを使わなければならなかった。
「ボク頑張ったでしょ?」
「うん、すごい。あとはコントロールだな」
と言いながら、魔法のコントロールが幼い頃から上手なリュドは持っていたフォークに硬化の魔力をまとわせると、大きな氷の頂点にそれをチョンと当てて程よい大きさに割っていた。
その当てつけに文句を言うユルと、それをなだめるリュド。そんな様子を見て笑っているジャドに、やれやれと言いながら氷をグラスに入れてワインを飲み始めるクレプ。
そんないつもの宴会風景が広がっていた。
いつもならここからくだらない話で盛り上がるのだが、今日は違った。
「ボク、ドラコメサのお嬢様に『私の料理人にならない?』って誘われた」
「……それで?」
「迷ってる」
「ドラコメサの孫娘だからか?」
リュドの問いにユルは答えられなかった。
ユルの産まれた町『エウスカ』は、ドラコメサ領の北端にある酪農家と果樹園農家が集まった町だった。だがもう存在しない。
ユルが2歳の秋に山から下りてきた魔獣たちに襲われ、ユルを含めた数人、魔力量の低い者たち以外は捕食されてしまったのだ。
原因は村を守るための魔石がいくつかすでに壊れていたのに、それの整備を怠ったためだった。それらの管理は領主の仕事であり、魔物除けの魔石は領主とその私兵にしか扱えないものだった。
ユルの両親もその時に亡くなった。ドラコメサの前領主に殺されたようなものだった。
だからユルはフィオラの誘いに簡単には頷けなかった。本当のことを言えばリュドにもドラコメサ領に行ってほしくないと思っているくらいだった。彼が両親と同じように魔獣に殺されてしまうのではないかと心配でたまらなかった。
できれば長く一緒に過ごしたここバルセロノで、これからも一緒に楽しく暮らしていって欲しいと願っていた。
けれどドラコミリの氏を頂き、ドラコメサに仕えると決めている彼には何を言っても無駄だと分かっているから、決して言葉にすることはなかった。
そんなユルの逡巡を知ってか知らずか、リュドはジャドに質問を投げかけた。
「……ジャド」
「ん?」
「フィオラ嬢とフォルト殿はどんな感じだ?」
「どんなねえ……不思議な子たちだよ」
ジャドは空になった金属製のエールカップをリュドに渡すと、お代わりを注ぐように手ぶりで頼んだ。
「弟の方は貴族の子にたまにいる『やりすぎ教育』で感情をなくしただけの優秀な子といった感じなんだけど、姉の方はねえ」
そしてカップを受け取ると、水魔法による冷却で中身をキンキンに冷やしてから一口飲んだ。
「フィオラ様は大人びているというより、中身が大人だって感じがするんだよね」
「中身が大人?」
「そう。時々僕も驚くほどの大人の考え方がさらっと口から出てくる、不思議なお嬢さんだよ」
「そうか。じゃあ彼らは『ドラコメサの孫』と『次代のドラコメサ』のどちらだと思う?」
その問いにユルとクレプの視線もジャドに集まった。ドラコメサにかかわる、いや、この国全ての人間が気にするポイントがそこだったからだ。
「次代のドラコメサだ。間違いないよ」
「だってさ、ユル」
リュドも感じ取っていた答えだったのだろう。嬉しそうな笑顔でユルに言葉を振ってきた。しかし、ユルの返事はとても冷ややかだった。
「でもボクはあの光景を忘れられない」
ユルがエウスカの街の最後の日に見聞きした物。
魔獣の咆哮。人々の悲鳴。振り下ろされた爪に吹き飛ばされた果物売りのおばさん。三つ目の狼に踏みつけられた鍛冶屋のお兄さん。そして頭を食われている誰か。
逃げろと言われて慌てて逃げたとたんに聞こえてきた父の悲鳴。振り返るなと叫びながらすぐそばにあった家の中に息子を放り込んだ母と、閉じられた扉の向こうでつぶれる何かの音。そんな中『生きたい』と願って、その家にあった空箱の中で小さく縮こまった自分。
魔獣が人を襲うのは魔力を取り込むためとも言われていて、魔力の少ない人間は静かに隠れていれば案外狙われない。「だからお前は魔獣にあっても小さく丸まって隠れていればいい」と母から散々聞かされていた。
その通りにしていたら自分は助かったが、バルセロノから来た聖騎士と警備隊が掛けてつけてくれるまでの5日間、人間の断末魔と獣たちのうなり声を聞き続けることとなった。
ジャドとクレプのおかげで半年もすれば再び話せるようになったけれど、あの時のことはいまだにこの3人にしか話せなかった。
「忘れる必要はないだろう。それらも踏まえて次代のドラコメサをしっかり見ておけばいい」
「どういう意味、クレプ」
ユルにはクレプの言っていることが全く理解できなかった。
「忘れようとしても忘れられないことは有る。それは仕方がないと思うしかないのだよ。その上で何をすべきなのか、その為にはどうするかを考える必要があると思うが……ユルはどうしたいのかな?」
あの悪夢は死ぬまで忘れられないのは分かっている。
でも何をすべきかとか、どうするかとかは、今の段階では何も分からない。
それらを踏まえた上で『どうしたいか』と問われれば、答えは一つしかない。
「ボクはリュドの側で楽しく料理を作っていたい」
「なら、ユルから見てフィオラ嬢はどうだったのかな?」
ユルから見たフィオラ。大教会で出会った時とおやつや夕飯を用意しながら話していた時のことを思い出した。
「キラキラした目でボクを見るんだ。ボクがスイーツや創作料理が得意だと言ったら、領地に来て一緒に新しい料理を考えてほしいって言うんだ。観光にグルメはつきものだからって、新しく珍しい料理で有名な避暑地にして街を盛り上げようっていうんだ」
「そう」
「でもボクの名前を、エウスカの名を聞いても、何の反応もしなかったんだ。夫人は気づいたみたいなのに」
「フォルト殿も反応していたよ」
その言葉にはリュドも続いた。
それらの言葉を聞いて『ある事実』を暴露したのはジャドだった。
「ああ、それはしょうがないよ。フィオラ様は領地教育どころか家庭教師すらついていなかったんだから」
「「「え?」」」
驚きの声が三人分重なった。
「あの駄目伯爵のことだよ? 女の子に教育は必要ない。母親が教えればそれで十分だ。無駄金を払う必要なんてない……って思ったんじゃないかなあ?」
「だがフィオラ嬢は挨拶も言葉遣いもしっかり出来ているじゃないか」
「自助努力と母ファルレア様のご尽力だろうね。フィオラ様の淑女教育がファルレア様の気力の素になってるから、力を入れられているだろうし。それに、時折フォルト様の授業に勝手に合流して色々学んでたって豪語されたしね」
その言葉に三人から笑いが零れた。
「ははは! 勝手にって、なんて破天荒なお嬢様だよ」
「ふふ、素晴らしい方ですね」
「くすくす、なにそれ……そっか、知らないことも多いけど、努力はしてるんだね。すごいなあ」
ユルは笑いながらも、複雑そうな目で少し遠くを見ているようだった。
納得することや感心することと、釈然としないものの両方が、いまだ心に渦巻いているのだろう。
「で、どうするの?」
それを分かっていながらジャドは答えを促してきた。
ユルは、きっとこれからも悩むことがあるだろうと、後悔することもあるかもしれないと思いながらも、今一番後悔しない道を選ぼうと決意を固めた。
「ボク、リュドと一緒に領城に行って、料理人として頑張るよ」
そう告げるユルの瞳に迷いの色はなかった。そんなユルに三人はそれぞれ胸をなでおろした。
「嬉しいな。俺はそんなユルも含めて、領地の人たちを頑張って守るよ」
「では私も、大司教として陰ながら支えるよ」
「じゃあ僕は楽しく研究させてもらうよ、あの二人の魔力を」
最後のジャドの宣言には「それはいいのか?」「さすが変態魔導師」「魔法指導を忘れてはだめですよ」と三人三様の非難が返ってきた。
その上、
「そんな風だと、敬愛する聖竜様にも避けられるんじゃないか?」
というリュドの素直な感想に、そんなはずはない、聖竜様さえラトリア山に降臨されれば何かしらわかることもあるし、上手くいけばお招きいただける可能性だってあるはずだと頭を抱えながらわめくジャドと、無理だなと囃し立てる三人。
漸くいつものように楽しく軽口をたたき合う宴会が始まりそうだった。
リュドとユルの間柄は、察してくださいm(_ _)m
本編では疑わしい程度の表現しか出さない予定です。
(ある事情により、少しだけ出す予定です)




