まずは前世のお話でも。
まずは転生前の話をすることにしよう。
現代日本で普通に生きて普通に専業主婦をしていた女性は、食を愛し、自然を楽しむタイプで、乙女ゲームにのめりこむどころかゲーム自体あまりやったことがなかった。
しかしある時、大学時代の後輩「綾瀬」から「ゲームの試作品をプレーして欲しい」と依頼をされたのだった。
「なんで私?」
「先輩、ゲームなんて一切しない人でしょ? そういう人でもできるかどうかの確認をしてほしいって言われちゃって……お願いです! バイト代は出せないけど、夕飯ぐらいはおごるので、引き受けてもらえませんか!」
「……飲みありで5回」
「きついんで、2回で何とか……」
「しょうがないなあ、らじゃらじゃ」
ありがとうございますの言葉とともに送られてきたアドレスに飛んでみれば、とてもきらびやかな絵柄が浮かび、沢山の男性キャラの中心に黒髪ストレートのきつい目をした少女が佇んでいた。
「……これって悪役令嬢じゃないの?」
彼女が疑問に思いながらメールを読み返すと、注意書き等がされていた。
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※全て仮称・予定のものです。
タイトル:
「竜の聖女はくそ親父のために消滅しそうになった領地を、ダーリンと一緒に立て直します(はーと)」
略称:「竜ダリ」
煽り文句:
200年ごとの竜への供物すら金に換えて散財する父。結局弟を人身御供に10年延ばしてもらうってどういうこと!?
え?跡取りは腹違いの弟!?義理の母?そんなの聞いてないんですけど!
ダメ親父に代わって、顔は強面・心は小動物な私が、王都高等学園でダーリンを見つけて領地を再建してみせます!
概要:
竜の貢ぎ物用の金や魔石を換金して、散財するくそ伯爵と呼ばれる父親。
200年ごとの奉納祭を目前にして「魔石が足りないから息子を貢ぎ物にするので受け取れ」と竜の山に入り、弟を人身御供に。
齢10歳にしてこのままではだめだと一念発起し、王都高等学園に入り自分で伴侶を見つけ、領地をダーリンと立て直すと自身に誓いを立てた。
才色兼備な伯爵令嬢なれど、心は小動物並みに臆病で小心者。それでも領民のため国のためと一生懸命頑張る、ギャップ萌えにお勧めの作品!
※シナリオライターがギャップ萌えクラスターなので、ヒロインの外見は悪役令嬢です(`・ω・´)
※今はできないけど、正規品になったら名前が変更できます。
※ジュエルは無料で購入できるけど、それのカウントテストを兼ねてるので、自分だったらこれくらい買える!って程度で買ってください。
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なるほどと思いながら新規登録を選び、ゲームの進め方を読んでみる。
細かいことはともかく、基本的にセリフと行動を選んでいけばいいだけだということと、行動するのにジュエルが必要で、毎日無料ジュエルが提供されるが、有償ジュエルを購入することで行動回数を増やすことができるらしい。
回数が増えれば話もサクサク進んでいくということかと納得し、とりあえずチュートリアルをこなして攻略対象を確かめてみた。
攻略対象は8人――王太子・第二王子・騎士の息子・宰相の息子・大司教の養子・商人の息子・隣国の王子・教師。
どれもこれもキラキラしてるなあと思いながらまずは王太子を落とすべく頑張ってみたところ、ゲーム初心者の彼女は嵌ってしまった。
ギャップ萌えが大好きだったのか、見た目は悪役令嬢なのに中身は小心者で純真で頑張り屋さんなヒロインを応援し、「見た目はヒロイン、中身はヒール」って感じの義理の妹の悪役令嬢も面白いと絶賛し、何よりヒーローの王子が「手作りクッキーで落とせるちょろいキャラ」っていうのも可笑しくてたまらないようだった。
他のキャラはどうなんだろうと、気が付けば「月1万まで、週に二千五百円分で終了!」とジュエルの購入を決めていなかったらゲーム廃人になってたんじゃないかと思うほど彼女はのめりこんでいた。
彼女が送られてくるアンケートに答えつつベータ版を攻略していたある日、綾瀬から「カウント外でおごるので、愚痴に付き合ってください」と連絡が入った。
どうしたんだろうと思いつつ応じると、ヒロインと悪役令嬢を入れ替えることになったと泣きながら語られた。
もともと会社でも「悪役令嬢顔のヒロインなんて受けるのか?」と会議で挙がったために、いったん試作版を作り不特定多数に試してもらい、アンケート結果を見てどうするか決める話になっていた。
結果的に斬新でいいとかギャップがたまらないというものが多かったにもかかわらず、少なからず、
・悪役令嬢っぽいヒロインに興味が持てない。
・ギャップ萌えはどうでもいい
・やっぱり誰からも愛される可愛いヒロインがいい
・顔つきのことで手ひどく言われるのが嫌
・せっかく乙ゲーするなら見た目もかわいい子になりたい
という意見があり、それを見た社長と営業が「やっぱり正統派のヒロインで行こう」と言い出した。
シナリオライターを筆頭にそれに抵抗した人たちのおかげでベータ版の結果で正規版をどうするかが決定したが、彼女は知らなかったのだが試作版からベータ版に移行したときに「義理の妹がヒロインの話」に変更されたものも用意されたそうだ。
そして結果は、そちらの方が女の子受けが良かったのが最大の原因でダウンロード数を伸ばし、正規版ではヒロインが悪役令嬢落ちになったということだった。
「あいつら日和やがって!絶対、ギャップ萌えの方がいいのに!」
そう泣きわめく綾瀬をあやしながら彼女もとても残念だと伝えたが、会社とはそういうものだと内心は思っていた。上層部が絶対なのは悪習だが仕方のないことだとは口には出さなかった。
「でも、もしもこのゲームが受けて会社が潤ったら、次こそギャップ萌えのゲームを作るチャンスが貰えるんじゃない?」
と慰めにならない慰めをかけて、その場はお開きになった。
その後ゲームは「義理のお姉さまなんかに負けません!竜の乙女はダーリンと一緒に領地を発展させてみます♪」というタイトルで正式稼働し「乙ダリ」の愛称である程度は受けていたそうだ。
正式稼働版にはベータ版にはなかったハーレムエンドとトゥルーエンドが加わったと情報を得ていたので、悪役令嬢を見るたびに切なくなりながらも彼女はゲームをやりこみ、トゥルーエンド以外は攻略し終え、攻略サイトを見てどうやって進めるかを確認してそのルートに乗り始めた時だった。
「会社で正式稼働後10万ダウンロードを達成した記念に、ちょっとしたお祝いをするので、先輩も参加しませんか?」
そう誘われたのでタダ飯と限定グッズを目当てに喜んで参加することにした。
その会場に向かうために公共のバスに乗って移動している最中だった。
大きな音と衝撃と悲鳴……。
前世の彼女はそこで命を落としたようだった。