フィオラ6歳 ドラコメサ領へのお引っ越し11
あれから二日後、ラフィリの家族が落ち着いたのもあり、早朝にバルセロノの街を出立することとなった。
ドラコメサ領の中心地、領城や温泉街のあるバニョレスに昼頃には着きたかったので、朝の6時にバルセロノを離れることにしていた。
夜勤のアレクスとは、昨夜のうちに別れの挨拶を済ませていた。ラフィリはまだベッドから起き上がれそうにないとのことで、やはり挨拶は昨夜のうちに済ませ、出立の見送りには青年4人組が出てきてくれた。
冬の早朝はまだ暗く、保温結界魔法が掛けられているとはいえ空気がきーんと冷えている雰囲気はひしひしと伝わっていた。
馬車の外の風の魔石と中の保温結界の魔石が働いていることをしっかりと確認したうえで、ファルレア一行は馬車に乗り込んだ。
そしてまだ閉められていない入口越しに挨拶を交わし合った。
「ラフィリ先生にもあなた方にも、ほんとうにお世話になりましたね。特にフィオラとフォルトの相手をしてもらえて嬉しかったわ。ありがとう」
「どういたしまして、ファルレア様。こちらとしてもとても有意義で楽しい時間が過ごせましたので、お気になさらずに」
「ジャド殿には王都でも私を含めてお世話になりっぱなしなのに……」
「こちらにも利益のある話ですので。そしてこれからも領地の方に二ヶ月に一度、泊りでお伺いいたしますので、よろしくお願いいたします」
「ジャド先生、これからも来て下さるんですか?」
「もちろんです。あなた方の教育も、研究も、まだまだ途中ですので」
「ありがとうございます、ジャド先生。これからもよろしくお願いします」
微妙な言い回しではあるが、無料の教師を確保できるのは貧乏領地にとってはとてもいいことなので、フィオラは素直に感謝した。
そしてそんなジャドに続いて、セティオとリュドもフィオラを喜ばせるような言葉を贈ってくれた。
「私はバルセロノに戻ることになりますが、聖竜様がご降臨された折には教会の代表としてドラコメサ領に伺うことになります。その時はよろしくお願い致します」
「私も6月からは領城でお世話になりますので。どうぞよろしくお願い致します」
「楽しみにしているわ」
「二人とも今後もよろしく」
この5日間に少しずつ慣れたフォルトは、貴族としての言い様ができるようになってきていた。
そして4人目のユル。ここでお別れになるのかなと、フィオラは少し寂しく感じていたが、
「ボクはドラコメサ城の料理人の仕事を引き受けることにしました。これからもよろしくお願いします、フィオラ様フォルト様」
と優雅に一礼されて喜ぶとともに驚いた。
「ほんとに!?」
「来てくれるんですか! あっ」
驚きのあまりフォルトの口調がいつもの物に戻ってしまった。
「ふふ、ボク、フィオラ様たちと一緒に色んな新しいものを作り出したいって思っちゃったんだよね。露店の柘榴とアーモンドミルクのジュースを飲みながら『夏になったら細かく砕いた氷をたくさん混ぜて、冷たくてさっぱりした美味いジュースとして売り出したい』なんてよく思いつくよね」
「……うふふ」
「フォルト様はフォルト様でレモンを食べて『王都の家で食べたレモンより甘みがある。こんな風に品種改良できないかな』なんていうし。一緒に居たらもっといろいろ出てきそうって思って」
「柑橘類は大好きなん、だ」
「じゃあ柑橘類を使ったスイーツをたくさん作るね」
砕けた口調で話していたユルは表情を引き締めるとファルレアに視線を向けた。
「私も、リュドとは違った方法でドラコメサの力になりたいと思っております。どうぞこれからもよろしくお願いいたします」
「ええ、待っているわ」
そうして、これからもかかわり続ける青年たちとしばしの別れを告げて、フィオラ達は旅の目的地であるドラコメサの領城に向かって出発したのだった。
馬車が領地に近づくとどんどん廃れているという雰囲気が漂い始めた。
街道沿いの樹木の手入れだったり、遠くに見える村だったり。それに廃村も来る途中で見かけた。
「これ程とは……」
と、キエラがこぼしたあたり、7年前はここまで寂れていなかったのだろう。
街道も風魔法でクッションを効かせているはずなのに、荷台に伝わる振動はかなり強くなっていた。
安全地帯であるはずの、10㎞ごとにある退避広場に人が全くいないのも気になった。
フォルトいわく、昼間は街の近くの広場には街から派遣された兵士が2,3人は配置され、旅人の安全に配慮しているはずだということだった。
だがどう見てもその兵士が見当たらない。
ここを過ぎればもう、領城のあるバニョレスの街だというのに。
そして一度森に入り、再び森から抜け出る手前の城へと向かう曲がり角にたどり着くという時に、ファルレアがゆっくりと起き上がり御者に向かって命令した。
「遠回りしなさい。街側を通って入城するように」
「街側?」
「街道から城へのルートは二つあるのよ。一つはすぐそこの道を曲がって貴族の別荘が立ち並ぶ別荘地を抜ける道。もう一つは湖を回り込んで、商店や庶民の家が並ぶ市民街を通る道。それぞれの道が城の中で繋がっているのよ」
「そうなのね」
フィオラは商店街と言われて、セヴィロ程でないにしろバルセロノの商店街のような感じかなと、もしくは前世の駅前商店街みたいかなと期待した。
だがその予想は完全に裏切られてしまうことになる。
馬車がT字路を通り過ぎると、道路は森を抜け右手には草原が、左手には湖が広がっていた。湖は聞いていたようにひし形をしており、その頂点にあたるところには丸い側防塔を持つ城壁が見えた。
再び小さな森が左手に現れ、それが途切れたところにあるわき道に馬車は入って行った。そのまま森を迂回する道を進むと、すぐに街並みが見えてきた。
湖側には1階建ての小屋がぽつぽつと並び、反対側には5階建てくらいの建物がずらりと立ち並んでいた。
その奥にも建物が並んでいる様子が見えたが、昼だというのに活気が感じられず、小屋に至っては半数近くが半壊していた。
建物側も街の入り口近くの建物の一階はほとんどが扉が閉ざされたり板が打ち付けられたりしていた。街の半ばを過ぎるとちらほらと空いている店があったが、食料品や雑貨の店と言った生活必需品を扱っている店舗がほとんどだった。
「これはひどいですね」
「避暑地じゃなかったの?」
「ここまでくるともう避暑地の商店街としては機能していないでしょうね」
「上は旅行者向けのホテルの場合が多いのよね?」
「ええ。道沿いの建物はそのはずです」
「冬だからというより誰も使っていないから窓が閉められてるって感じね。あそことか窓が壊れてるし……手入れがされていないということはオーナーがいないって事よね」
「ホテルもですか……」
「とにかく街の整備を何とかしないと……」
馬車の中で6歳と5歳の姉弟とは思えない会話を交わしながら、二人はセヴィロの街で買ったノートに万年筆でやることリストを作書き並べていった。
領主教育を受けただけあるからか、フォルトのメモは奇麗な文字で、しかもフィオラよりも多く細かなリストが作成されていた。
「やるべきことは多そうですね」
「そうね、何とかしないとね」
そんな話をしているうちに馬車は橋を渡り、まだ活気のあるエリアを進んでいく。
看板を見ると役所やギルドのマーク、それと工房のマークが多い。
こちらは商店街ではなく町工場のエリアとでもいうのだろうか?
観光客向けの店と冒険者向けの街が分けられているのか、こちら側には酒場のマークも多かった。
そして道の行く先には大きな壁が、湖の反対側から見えた城壁が目の前に迫ってきた。
「ドラコメサの領城は大昔の王国の城をそのまま利用したと言われているわ。もちろん二千年の間に改修や建て直しが行われたという話だけど。城の形は基本的に大昔のまま、いつでも聖竜さまを出迎えられるようになっていると言われているわ」
「出迎え?」
「山側の城の屋上には庭園が造られていて、いつ聖竜様がお休みに降りられてもいいようになっているのよ。屋上の周囲に木々が植えられ、隅には噴水まであるの。結婚前に泊っているときに、先々代の伯爵と交流のあったおじい様……あなたたちの曾祖父にあたる方が連れて行ってくださったの。湖や山、そして街並みを一望できる素晴らしい所よ」
「そうなの? あとで行ってみたい」
「ええ、案内してもらいましょうね」
「楽しみです」
親子で話をしている間に城門が開けられ、馬車は城壁の中へと進んでいった。
市民街側には2階建ての建物が一つあり、その奥に四角錐の屋根を持つ側防塔が四つ角に配された、全体的にも四角い城が見えた。真ん中がへこんでいるのでコの字型の建物なのだろうと思った。
窓の数からすると4階建てで、まっすぐ開けているであろう屋上にファルレアの言っていた庭園があるのだろう。
そして近寄り見上げた城は、
「……煤けていませんか?」
「手入れをされていないのでしょうか?」
「前はあんなに蔦は這っていなかったのに……」
と、一目見て分かるほどに汚れていた。
一瞬「廃城?」と思ってしまうくらいに。
いつもお読みいただきありがとうございます。
間が空いてしまいましたが、何とか書き上げることができました。
本当はこのあたりで引っ越しが終わってほしかったのですが、もう1話は続きそうです。
どうかお付き合いください。