フィオラ6歳 ドラコメサ領へのお引っ越し8
何かおかしいと思ったら、修正前の文章のままになっていました。7月29日22:00過ぎに修正したものを載せ直しました。申し訳ありませんでしたorz
「きゃっ!」
短い悲鳴を上げたフィオラは恐怖から目を瞑ってしまい、そのまま地面へと転落した。しかしいつになっても痛みは襲ってこなかった。それよりも暖かくて柔らかい何かに包まれているのに気が付いた。
「え?」
「大丈夫ですか、ドラコメサ嬢」
「セ……ティオ……さま?」
セティオがフィオラを受け止めて地面に倒れこんでいた。
たまたま扉付近で指示を出していたセティオはフィオラの母を呼ぶ声を聞いて振り向いていた。そして狙いすましたように自分の方に幼い女性が落ちてきたのをたまたま受け止めただけだった。しかし安全に受け止めるためには力を後ろに逃がす必要があり、結果二人一緒に地面に倒れこんでしまっただけだった。
「あ、あの、ありがとうございます。セティオ様こそ大丈夫ですか? 痛くありませんか?」
幼いとはいえドレスを含めると20㎏以上はある。それが5段とはいえ落ちてくるのを受け止めたのだから、結構な衝撃があっただろう。フィオラはセティオに怪我をさせていないかどうかが気になっていた。
「大丈夫ですよ。光魔法の活性化で身体強化をしたうえで転んでいますので。それよりも」
「ひゃあ!」
「急ぎますので、無礼をお許しください」
セティオは何ともないことを証明するかのようにフィオラの体を横抱きにすると、そのまますくっと立ち上がったのだ。
(まさかの姫だっこーーーー!!!!!)
前世を思い出してから前世も含めて初めてのこの状況に、フィオラは内心パニックを起こしていた。そのおかげか、なされるがままの状態で母が運ばれた馬車にそのまま一緒に乗せられた。
そしてジャドがフォルを運んできて乗せると、
「しっかりどこかにつかまっていてください。夫人のことを頼むよ、クレプ」
「……分かった」
フィオラはそんなやり取りがされて、その一瞬の間は何だろうと不安になったことでパニックからは抜け出せた。しかし、
「侍女殿は私と一緒に夫人を支えてください。もしも身体強化魔法が使えるのであれば、行使してください。お二方は私と侍女殿にしっかりつかまっていてください」
「え?」
セティオの言葉に違うパニックになりそうだったが、外から聞こえる大声で交わされる会話にやばさを感じて、言われるがままセティオのベルトにしっかりとしがみついた。
「リュド! 今から浮かせるから、全力で突っ走れ!」
「は!? 人をはねるだろう!」
「患者を運んでるから道開けろって叫べばいいさ!」
「この馬車でか!?」
「オッケー、オッケー、問題ない! やるぞ」
「あーっ! 了解した!」
やけくそのようなリュドの返事が聞こえた瞬間、ふわりと浮いた感覚がした。
そしてそのまま馬車があり得ない速度で動き始めた。
「えええっ!?」
「風魔法で馬車を浮かしているんですね」
冷静なフォルトの分析に「摩擦もなくなって物理的に飛ぶように走ってるってことね」と心の中でツッコミを入れながら、フィオラはセティオの体に必死にしがみついていた。
浮いて走っているからと言って速度が一定とは限らない。人がいたのかいきなり速度が落ちた後に再加速したり、角を曲がるためか内外に振り回されそうになったり。ああ慣性の法則ってやつねと思いながら、フィオラは目を瞑って馬車が止まるのを今か今かと待ち望んでいた。
長く感じたが5分か10分くらいした頃に馬車は止まり、外からまた色々な声が聞こえてきた。
「ちょっと、早すぎない?」
「飛ばしてきましたので」
「浮かせてだろう」
「どっちでもいいわ、患者を運んで頂戴、リュド」
その女性の声と共に馬車のドアが開けられ、リュドに似た顔立ちの、灰色がかった赤毛に茶色の目をしたお腹の大きな女性が仁王立ちしていた。
「ご苦労様、セティオ。初めまして、回復師のラフィリと申します。お見知りおきを」
そう笑顔で優雅に挨拶をした後は、リュドに命じてファルレアを建物の中に運び込んでいった。フィオラはついていきたかったが緊張とここに至るまでの激しい動きにまたもや固まってしまっており、今度は同じく固まっていたフォルトと一緒にセティオに片手抱きにされて、そのまま中に運ばれてしまった。
二人合わせて40キロ近くはあるはずなのに軽々と両手に抱く姿はすごいとしか言いようがなかった。
「返す返す申し訳ありません」
「お気になさらずに。とりあえずこちらでご休憩ください」
運ばれた部屋はダイニングらしく、長テーブルが4つ並んでおり、左手の二つある窓の下にはそれぞれソファーが置かれていた。フィオラ達は奥のソファーに運ばれ、セティオは一礼するとソファーの反対側にあるドアから隣の部屋に移動していった。
ドアが開いた時にちらっとラフィリの姿が見えたので、あそこが治療室なのだろう。
左手はキッチンでダイニングとの仕切り壁には窓というか穴が開いていて、その前のカウンターが配膳台のように使えそうと思った。カウンターの下にはワゴンもあるし、カウンターの隅には保温ポットもカップと一緒に置いてある。
ここは治療を受ける人の待合室なんだろうなと思った。
「変わった作りだと思ってますか?」
「リュド」
「はちみつ入りのホットミルクです。いかがですか?」
「ありがとう、頂くわ」
「ぼくも……頂くよ?」
「どうぞ」
まだ平民に対する言葉遣いがおぼつかないフォルトに、リュドはそれでいいと頷き、そして二人にホットミルク入りの小ぶりのマグカップを渡して飲むように促した。
「ここは元は宿屋だったんですよ。財を成した一代男爵の息子夫婦が家を改造し、その当時あまりなかった冒険者向けの宿屋を開いたそうなんです」
だからキッチンもダイニングも大きいし、配膳がしやすい作りになっている。入り口には受付もあるし、奥に洗濯場もある。二階の部屋は元客室と、それを改造して作った浴室やトイレがあると説明してくれた。
「夫が亡くなって宿屋を閉めた後に病気になった妻が、姉の治療を受けてそれが気に入ったのか、家から財産から全部姉に残してくれたんですよ。ここをこのエリアの治療院にすることを条件に」
まずは姉の回復術だけだけど、そのうち医者も雇って治療もできるようにするんだと張り切っていると。ただ、いまは産休中なのと、宿屋から病院にリフォームしている最中なので実際には春から始めることにしていると。そして今日はベッドなど病室で使う家具が届いたから、これから部屋の掃除と家具の設置をみんなですることも教えてくれた。
「なのでフィオラ様フォルト様の世話をする人間がいなくなります。夕飯の準備の頃には誰か来られるでしょうけど、それまでここで待っていられますか?」
「かあさまの事も気になるから、ここにいるわ」
「大人の邪魔をするわけにはいかないので、ここで大人しく座ってるよ」
リュドは飲み終わったカップを受け取ると、私もこのまま作業に参加しますのでと行ってしまった。大きな部屋に子供二人で残されて不安と言えば不安だったが、それでもフィオラは(ここならかあさまに何かがあったらすぐわかるから)とフォルトと身を寄せ合ってソファーでじっと座っていた。
そして旅の疲れと精神的疲労からか、二人はそろって夢の世界に落ちていった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
まるで棚ぼたなお話だと思われるでしょうが、闇属性と光属性を併せ持つ人間はとても珍しい世界で、特に光属性があると分かると平民は教会に来るように(たまに強引に)誘われます=治療師ではなく牧師やシスターになるのが一般的です。
それが嫌なラフィリは光属性を隠していたけど、元の家主の治療中にこっそり使い、それを察した家主が「自分のいるエリアの治療師になってほしい」と熱望した結果がこれです。
自分で治療院を持つ回復師ともなれば教会ももう手が出せないので、治療院を開院した暁にはラフィリは光魔法もガンガン使う予定です。
※妊娠中は子供と共通の属性は難なく使えますが、相反する属性だと使いづらくなります。(闇と光、水と火、風と土)