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フィオラ6歳 ドラコメサ領へのお引っ越し5

「こんにちは、ペルシコ魔導師殿」

「ご尊顔を拝謁できて大変うれしく存じ上げます、ドラコメサ伯爵夫人。10日ぶりですね、フィオラ様、フォルト様。先代伯爵がお亡くなりになったばかりなのになぜここに?」

「推して測った通りでしたわ」

「なるほど。相変わらずなお父上ですね」


間にはきっと『愚か』って言葉が入るのだろうなと思いながら挨拶を交わしていると、ジャドに声をかける少年三人組がいた。

いや、こちらの世界では青年になるのか。中学生か高校生かといった感じなので、たぶん15歳前後だろう。ガルンラトリ王国では16歳になる年の6月に成人と認められるので、彼らももうすぐ大人の仲間入りをする頃だろう。

ちなみに貴族も一応16歳で成人とみなされるが、王立高等学園・専科を卒業するまでは『貴族としては成人していない』と判断されるので、親が死んでいない限り授爵できるのは卒業後になる。

6歳の私にはまだまだ関係のない話だけど、と思いながらフィオラは3人をじっと見つめた。

その視線のせいか、3人もフィオラの方をじっと見てきた。けれど声をかけてこないところを見ると、学園で礼儀作法を学んだ後なのだろうなと思った。

礼儀作法を学んでいない平民は、うっかり貴族の子供に声をかけて護衛に怒られることがあるそうだ。


(基本的に立場の上の者からしか挨拶はできない。ジャド先生が私に声をかけたのは、平民とはいえ王宮魔道師団に所属している上に私の魔法の先生だから、生徒である私より上になる。かあさまに関しては大人の貴族の時点で立場が上になる。だからかあさまから声がかかるのを待っていたし)


フィオラは母から学んだ挨拶に関する礼儀を思い出していた。


(初対面や見知った程度の間柄の場合は連れている人の紹介は上の立場の者が促さない限りできないが、名前で呼び合うほど親しい間柄の場合は下の立場の者が自発的に紹介するのが許されるんだったよね)


「ファルレア様。私の連れを紹介してもよろしいでしょうか?」

「ええ、3人はジャド殿のお友達かしら?」

「はい。幼馴染であり、弟のような三人です」


(紹介にも順番がある。紹介されるものの立場に差がある場合は上の物から順番に、無い場合は自分の側に立っているものから順番に紹介する)


「こちらの二人は同じ孤児院で育った弟たちでセティオとユリウス。そしてあちらが6歳にバルセロノに移住してきてからの友のリュドルク・ドラコミリ。3人とも王立高等学園初等科の2年生になります」

「ドラコミリ……」

「フィオラ」

「あ、失礼致しました」


基本的に市民には苗字がなく、貴族に名乗るときは生まれ育った町や工房名や商号を名前の後ろにつける習慣がある。

苗字があるということは元を含めた貴族か、王宮や役所に勤めている人か、苗字を下賜されたものになる。その中でも『ドラコミリ』とはドラゴンの戦士という意味があり、これは『聖竜様から直接下賜される一代きりの苗字』として有名だった。


(フォルの代にちゃんとドラゴンの戦士がいるなんて嬉しい! と、えーとこういう場合は仲介者、ジャド先生が私たちも紹介してくれるはず)


「こちらはドラコメサ領を治めるドラコメサ伯爵家のご夫人、ファルレア様。そして長子のフィオラ令嬢と次子のフォルト令息です」


(相手が自分よりも立場が下の者の場合は首を少しかしげて挨拶をする……と、完璧なはず)


フィオラがそうほっと一息ついた瞬間、ジャド先生がたまらないといった感じで噴き出した。

フィオラがなぜ?という顔をしてフォルトを見ると、なぜか可哀相な子を見る目で姉のことを見つめていた。

どうしてと疑問に思いながらジャドに視線を戻した。


「ええ、フィオラ様は完璧でした。小さな声で呟いていなければ」

「!!!!! もしかして声に出してましたか!?」

「はい、残念ながら」


フィオラの顔は一気に朱に染まり、口に両手を添えてうつむいてしまった。


「申し訳ありません。習ったことを頭の中で復唱していたつもりで、声に出てたって……恥ずかしいです」


穴があったら入りたいとフィオラが小さく縮こまっていると目の前に影が落ち、その人物が自分の目の前で跪く姿が視界に入った。


「あなたは幼くとも立派な貴婦人ですね」


フィオラが顔を上げると、目の前にはドラゴミリと紹介された美丈夫な少年が彼女に視線を合わせるために膝をついていた。腰の強そうな赤茶色の毛、意志の強そうな太い眉、大きく力強いヘーゼルの瞳を持つ目、体格が肉厚というかすでに騎士と言われてもおかしくないほど筋肉がついていて(ああ、なにもかもジャド先生とは、藍色の髪と瞳を持つ色白な優男とは真逆なんだ。似てるのは背が高いことくらい?)とフィオラは思った。それでついちらっとジャドの方を見たが、なぜか残りの三人がやれやれと苦笑していた。


「恥ずかしがることはありません。幼いうちに失敗はたくさんして、大きくなった時にしないように、いい経験としてたくさん蓄えていきましょう。だからまっすぐ前を向いてください、ドラコメサ嬢」


声も低めで、通るいい声だった。


「……はい。ありがとうございます」

「ええ、笑顔が一番ですよ」

「ふふ。ついでに質問してもいいですか?」

「何なりと」

「リュドルクさまはドラコミリの名を頂いているということは、将来は私たちに仕えてくださるんですか?」

「はい、6月になったらドラコメサの領城の魔道騎士として勤めることが決まっております。私のことはどうぞリュドとお呼びください。敬称もいりません」

「そうなの。よろしくね、リュド。私や母や弟を守ってね」

「ご用命とあれば」

「ええ。いい人が来てくれそうでよかったね、フォル」


そう言いながらフィオラがフォルト達を見ると、ファルレアが何とも言えない微妙な顔をしていた。

周りを見回せばセティオも同じような顔をしていた。反面、ジャドとユリウスは笑いをこらえているようだった。


「やばい、リュドと同じ匂いがする」

「? ユル、なんか言ったか?」

「ん? なんでもないよ」


ユリウスはユルと呼ばれているらしい。ジャドよりもさらに細くどちらかと言えば女顔で、健康的だけど少し白めの肌にふわふわとした薄茶の髪とエメラルドグリーンの瞳。その整った顔にはジャドと同じようないたずらっ子のような笑顔が浮かんでいた。

間に挟まれているセティオが一番普通というか、男らしいけれど白く柔らかな顔立ちに慈愛に満ちた微笑みを浮かべていて、聖職者という感じだった。

体格はジャドとリュドの間くらいの中肉中背で、服の上からでも鍛えていそうだというのが見て取れた。

少しピンクかかったブロンドはユルとジャドの中間くらいの柔らかさで、緩いウエーブがかかった髪はユル・リュドと同じく襟足が肩につくくらいの長さだった。

この髪型が一番切りやすいのだろうか?

街を行く人々にもこれくらいの長さの人が多かった。

そんな風にフィオラが男性たちを観察していたら、ジャドから声をかけられた。


「落ち着きを取り戻したフィオラ様に、挽回するチャンスを差し上げましょう。こちらのセティオは6月に大司教の地位に就くことが決まっています。という訳で、大司教様と初めて会ったときの挨拶の練習をここでしませんか?」

「よろしいんですか?」

「クレプもいい練習になるだろう?」

「クレプ?」

「セティオのあだ名です。今なら人もまばらだし、大きな声でなければ大丈夫だろう?」

「……まったく。ドラコメサ嬢がご迷惑でなければ」

「よろしくお願いします」

「ぼくも一緒に良いですか?」


こんな感じでフォルトも一緒に挨拶の練習をすることになった。

そして地位の話に戻るが、聖竜教会の大司教ともなれば伯爵家より上の扱いになる。

ただし侯爵・辺境伯よりは下になり、そこに並ぶドラコメサ伯爵家よりは下の扱いになる。

さらに子供は別である。何らかの位を頂くか王立高等学園を卒業する時期までは、もう一段下の扱いになる。


(ああもう、階級社会って本当に面倒くさい。前世がフリーダムだったから、気を付けないと間違えそう)


心の中で文句を言いながらもフィオラは序列をしっかり把握していたので、自分より上の地位にあたる大司教様からお言葉がかかるのを待っていた。

するとセティオは上位聖職者の挨拶の仕方である、一度両手のひらをこちらに向けた状態で腕を広げて名乗りを上げたのち、両手を組んで祈りをささげる姿勢を取ってきた。


「……初めまして、ドラゴメサ伯爵ご令嬢、ご子息。私は聖ドラゴン教サンドラコ・オリエ教会所属の大司教、セティオ・K・バルセロノです。どうぞお見知りおきを」


たしか錫杖を持っている場合は、両手を組むのではなく、錫杖を持っていない方の手を胸に当てて会釈をするはずだと、フィオラは頭の中で反すうした。

それを見た後にフィオラはドレスのスカート部分を軽くつまみながら右足を少し引き、その状態で名乗りを上げた後に軽く頭を下げながら少し足を曲げるという『カーテシー』を優雅に披露した。


「初めまして、大司教様。わたくしはドラコメサ伯爵が長子、フィオラ・カリエラ・ドラコメサと申します。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」

「は……私はドラゴメサ伯爵が長男、フォルト・オルトロス・ドラコメサと申します。今後ともよろしくお願いいたします」


フォルトも姉に倣い、男性の正式なお辞儀である『ボウ・アンド・スクレープ』を披露した。まずは右手を胸の前に添えて名乗りを上げ、その後に左腕を手のひらを下に水平方向に上げ、同時に右足を後ろに引きながら軽く足を曲げて会釈をするしぐさだ。

どちらも体幹とバランス感覚が重要なため、10歳になる前の小さな子供には難しいものだが、二人は母親の喜ぶ顔が見たいために頑張っていたので、ほぼ完璧だった。


名乗りに関しては、フィオラは間違えずに長子と言えたとホッとしていた。男でも女でも、最初に産まれた子供は『長子』と言わなければならない。たとえ一人っ子でもだ。そして男女にかかわらず、子供の中では一番に挨拶をしないといけない。(ああもう、本当に面倒くさい)と心の中でボヤくのも致し方ないだろう。

フォルトはフォルトで(初めましてと言いそうになった)とちょっと焦っていた。家族兄弟セットで挨拶するときは、初めましてというのは最初に挨拶をする者だけが言う言葉なのだ。重ね重ね言うが、貴族の挨拶のマナーは本当に面倒くさい。

そんな中聞こえてくる明るい称賛の言葉。


「皆様素晴らしい、完璧でしたよ」


相変わらず意地の悪い笑顔を浮かべたままのジャドに言われてもと、三人の心の声は一致していた。


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