フィオラ17歳 学園のお茶会では色々と問題が起きました1
フィオラが王立高等学園初等科を終え、9月からは専科生になる前の夏休み。
学生とはいえ領主の地位を得ている姉弟は大人として社交にいそしむ必要があったが、学園を卒業するまでは高位貴族のみの集まりだけに参加すればいいというお墨付きを、国王陛下から貰っていた。
公的要素の強いお茶会やガーデンパーティー、舞踏会に晩餐会。
7月の1週目に行われる学園主催のお茶会以外はとても平和な夏休みになる。
なぜなら、高位貴族のみの集まりということは、あの鬱陶しい伯爵一家と出会わずに済むということだから。
学生同士の私的なお茶会や誕生日パーティーも、フロラが参加する場には姉弟は不参加だという暗黙の了解があったので、フロラが招かれているものに姉弟は呼ばれなかった。
もっともフロラが誰かのお茶会に呼ばれたという話を聞いたことがなく、逆に市井の店で第二王子たちと会っていたという話を休み明けに聞いて、頭を抱えることになってしまうのだったが……。
その片鱗は学園のお茶会でも大々的に見られた。
学園主催の学生同士のお茶会は、今年は7月1週目の金曜日に行われた。
このお茶会は自由参加なので普段で半数くらい、今年はドラコメサ領主の婚約発表があるという噂が流れていたのでほとんどの貴族子女を中心に7割くらいの生徒が参加していた。
一応学年とクラスによってエリア分けがされており、婚約者の学年やクラスが異なる場合は、時間を決めて行き来することになる。
マリエラとビアは、王太子とヴェンキントと共に旧3年の人たちに挨拶に行き、1時間たったら旧2年のエリアに来ると言っていた。グネス達もそれに合わせて先に1年のエリアで挨拶回りをすると決まったので、フィオラもそれに同行することにした。
またお茶会では、この一年の間に婚約が成立した生徒が婚約発表をするのが定番となっている為、フォルトとグネスを含めた数組の婚約成立が、入口で配られるプログラム・リーフレットに書かれていた。
「どういうことよ! なんで!! あ、でも……」
という叫び声と呟きが聞こえてきて姉弟は目を合わせてから大きなため息をついた。
この後、姉弟を探して文句を言ってくる風景が容易に目に浮かんだため、この場で先に済ませるかと思い、声の主の方に歩いて行った。
思った通り二人の姿が視界に入ったとたん、どすどすという効果音が似合いそうな足取りでフロラが近寄ってきた。
「ちょっと、これどういうことなの?」
「どういうこと、と聞かれても困りますわ。単に弟と友人の婚約が成立したというだけの話ですもの」
「私、何も聞いてないんだけど!」
「わたくしたちとあなた方ご家族はすでに無関係なのですから、報告義務はございませんわ」
「でも、アグネスは大司教の養子と結婚するはずでしょ! そりゃ確かに……」
「エンツアスモ伯爵令嬢とお呼びなさい。グネスはわたくしの友人ですが、貴方とは挨拶すらかわしてない関係です。貴族のマナーとして、名を呼ぶ許可を得られていないのなら、家名で呼ぶべきですわ」
フィオラにはフロラのこの先の言葉が分かっていた。
どちらのゲームでもグネスは”大司教の養子になっていたフォルト“の婚約者だったからだ。
だがその話をここでさせるわけにはいかないので、黙らせるためにやるべき指導をすることにした。
「そもそも大司教様は養子なんて迎えられておりませんわ」
その突っ込みに周囲の教会派の子女たちが頷いている。
「あ、だって、それは……その……」
さすがのフロラもゲームがどうのという話をするのは自分の不利になると気づいたのか、言葉を濁しはじめた。
ならば追撃しておくかと、どうせ悪役令嬢と思われているのだからそれに徹するかと、フィオラはにやりと笑ってフロラだけに聞こえる小さな声でつぶやいた。
「妄想が過ぎると頭がおかしいと思われますわよ」
「なんですって!」
「あら、怖い」
フィオラは扇の陰でふふふと笑いながらフロラから距離を取ったが、フロラは淑女としてあり得ない勢いでフィオラに掴みかかってきた。
しかしそれは間に入ったリュドによって防がれた。
「これ以上の攻撃はドラコメサへのものとみなし、あなたの両親にも抗議を入れさせていただきます」
「なによ! 私だってドラコメサよ!」
「あなたはドラコメサ領主から無関係と言われた伯爵家の養女でしかない。私の言う、私と共に聖竜様にお仕えするドラコメサとは別と判断しています」
「くっ……もういい、婚約のことも今のことも、全部お父様に言いつけてやるんだから!」
そう叫ぶと、フロラは淑女らしからぬ足取りでこの場を素早く去っていった。
「あちらは旧1年生のエリアよね?」
「ですね。まあ仕方がありませんが、クラスによってもエリアは分けられているので、大丈夫だと思っておきましょう」
「そうね」
以前は、学年毎のエリアは平民たちが委縮しないようにと、平民と貴族で席やお菓子のブースが別れていた。
しかしここ数年は、王族がいるのを理由にクラスごとに、A・B・C&Dという三つのエリアに分けられている。
Aクラスエリアには王族と高位貴族と優秀な生徒とその同伴者のみが入れるようになっている。
殿下方も1時間後に旧2年のAクラスエリアに集合するとのことだったので、この先で第二王子と会うのは避けられないが、社交においてはお互いにマナーを守っているので大丈夫だろうと推測できた。
姉弟がグネスと合流し旧1年Aクラスのエリアに行くと、弟たちやその婚約者、第二王女マリエヤンネ(ヤンネ)とビアの従妹とダネラがいた。
だが第二王子の姿は見えなかった。
「フィオ姉さまにフォルト殿。それにアグネス嬢もお久しぶりね」
「お久しぶりにございます、ヤンネ殿下。ご健勝の様で何よりですわ。ロイセ殿下はヤクエス殿と共に3年生のところにいると聞いておりましたが……第二王子殿下は?」
「ルド兄さまは少し顔を出されたのだけれど……ダネラに挨拶をした後にどこかに移動してしまったの」
それを聞いたフィオラは第二王子の為に空けられていた席に座り、俯いているダネラの手を自分の方に引き寄せた。
「ダネラ」
「フィオ様……」
「もうそろそろ我慢しなくてもいいと思うのだけど」
「ルドヴィコ様が卒業を迎えるまでは様子を見るようにと言われておりますので」
「そんな……」
この1年で第二王子のダネラへの粗雑な扱いが1年生の間では有名になっており、王族を悪く言うことができない以上、瑕疵はダネラにあるのだろうという噂がゲスパー満載状態だった。
2年生の間では第二王子の行動が問題視されている為ダネラが不利になる話は回っていないし、3年生までは悪意の噂はたどり着いていなかった。
しかしこのままではダネラには次の縁談が来ない可能性が高い。
釣り合うであろう貴族子息はすでに婚約者がいる者がほとんどで、今いない者もあと2年でどんどん決まっていく。
時間は残酷に過ぎていくのだ。
そして貴族の子女は結婚するのが当然だという価値観がこの国にある以上、このままではダネラは見合わない相手と結婚するか、貴族社会で後ろ指をさされてしまうことになる。
フィオラは心配でしょうがなかった。
「大丈夫ですわ、フィオ姉さま」
「ヤンネ殿下?」
「いざとなったらダネラにはわたくしについて来ていただきますもの♪」
ヤンネの婚約者は南国アクラクバラ公国の第三王子ヴィヘルモ・ルッゲロ・デレガ・アルタミラ。
王太子の兄を外交面で支える為に、アクラクバラ公国の隣国にあたるここガルンラトリと中央大国のアモルーモ聖教国に留学することになっている。
王子はフィオラと同年で、新年度から2年間ここで過ごし、その後アモルーモで1年過ごすと丁度ヤンネが卒業するので、迎えに来がてらこちらでの結婚式を挙げ、アクラクバラでもう一度式を挙げることになっている。
そしてもちろん攻略対象だ。
今日のお茶会に顔を出すという話だが、まだ到着していないようだった。
「あちらのお国は貴族でも独身を貫く方が多く、そうでなくとも新しい出会いを見つけることもきっと可能ですわ」
「ご配慮ありがとうございます、ヤンネ殿下」
「もしもダネラがそばにいてくれたら、すごく心強いわ。もちろんルド兄さまとの関係が改善されることが前提だけど、逃げ道の一つとして心にとどめておいて欲しいわ」
「はい」
心にとどめるだけなら王族からの命令に当たらない。
王女殿下は本当にお優しく思慮深いとフィオラ達は感心し、そしてみんなで感謝の意を示したのだった。
皆にとってダネラは大切な友人であり、妹分なのだ。
幸せを祈らずにはいられなかった。
※ゲスパー=「ゲス」と「エスパー」を合わせた造語。下衆の勘繰り。卑しい心で悪意ある推測をすること。
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや下の☆での評価をお願いいたします。
とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
ほんと、これでも頑張ってますorz
※5/21に【閑話 バルセロノの青年たち】を書き直しました。https://ncode.syosetu.com/n4604ho/20/