フィオラ6歳 ドラコメサ領へのお引っ越し4
ガルンラトリ王国はほぼ平地で、山は北と西の山脈くらいしかない。
北の、北から南東へと走る山脈の向こう側は海で、西の山脈の向こう側には女神信仰の本拠地である大国・アモルーモ聖教国家が広がっている。女神の恩恵により穏やかな西の山は、ふもとに温泉があり冬の保養地として有名だ。
また北の山脈の終着地点がラトリア山で、そこから先は南に海岸が伸びており、大小の港町が点在している。
西の山脈中央にある死火山「ラクビナ山」のふもとから大河が流れ出ており、南東へと斜めに走り、最後の150㎞ほどはまっすぐ南の海へと流れ込んでいる。この大河が南の国との国境になっている。
大河の半分辺りの所には、この国に聖竜が降臨されるラトリア山の北西から流れ出て王都を回り込むように流れるもう一つの大河との合流地点がある。
大河の名前は西から合流地点までは「ディノリベロ(女神の河)」、東から合流地点までは「サンドラコリベロ(聖竜の河)」、合流地点から河口までは「サンクタリベロ(聖なる河)」と呼ばれ国のみんなから愛されている。
それと対になる「デモノリベロ(魔の河)」が北の山脈の途中から北西方向に、北の海に流れ込んでいる。そしてそこが魔王を祭る小国「ディアブロセブリ」との国境になり、ここは常に緊張状態にある場所だった。
この国はこのように大河と山脈によって区切られた、縦1000㎞、横500㎞のいびつなひし形をした形をしているのだった。
そんなガルンラトリ王国の中でも聖竜の恩恵を受けて温暖で安定した天候のドラコメサ領は、領城の南に大きな湖があり、昔は夏の保養所として有名だったらしい。
ここ十数年、端的に行ってフィオラの祖父の代に領地整備にあまり力を入れなかったためにすたれてしまったらしい。
「すたれた」と言われるが、王都での生活から鑑みるとそれほどひどいことにはなっていないと推測できる。
貧乏になったら削りそうな衣装や食料も潤沢にあった。そもそも観光以外にも資源があるのだから、これから大変なことになるのだろう。ゲームの文句にも「齢10歳にしてこのままではだめだと一念発起し」とあったから、それより4年も前に行動できるのだから、きっと何とかなるとフィオラは希望を持っていた。
だから今は初体験である馬車での旅を楽しむことに決めていた。
ものすごくつまらないと気づいただけだったが。
外の景色はそれほど変わらない。森になったり草原になったり、所々に小さな町や村があるだけだった。街道だけでなく町や村にも魔物除けの魔石が使用されているので、魔物の脅威は避けられていた。
ここで疑問がわいた。
基本的に、この国では北の山脈沿いに魔物が出ると言われている。だから山脈沿いに辺境伯を配し、魔物から国を守ってもらっているのは子供でも知っている話だ。
ではなぜ平地しかない場所にも魔物除けをと思って、やはりキエラに聞いてみた。
「平地には魔物というより、魔獣と呼ばれる獣が出ます。それも魔物除けの魔石で寄せ付けないようにできるのです」
よくよく話を聞いてみると、前世で野生動物にあたるものがこちらの世界では魔獣にあたるようだった。
現在の食肉用の牛・豚・羊・鶏なども元々は魔獣で、魔力や毒素の少ない品種をさらに改良して今の姿に、前世のものとほぼ同じ姿になったと言われている。
そしてたくさん話している中でフィオラは唐突に気が付いた。
言葉がおかしい。
正確にはおかしいのはフィオラの脳なのだろうが。
種固有の単語と言えばいいのか、本来は違う発音なのに、前世と同じように聞こえる単語がいくつかある。しかもフィオラは前世通りの発音をしているつもりなのに、きちんとこちらの発音で口から零れているらしい。
牛は本来Bovinoであり、豚はPorkoだ。それにドラゴンもだ。ドラゴンはDrakoで聖ドラゴンはSanDrakoなのだが、時と場合によってドラゴンや聖竜と聞こえるのである。
ドラコメサも竜の使いという意味を持っていて、たぶん英語で言うところのDragon Messengerを縮めたものなのだろうが、きちんとこちらの言葉で聞こえている。
そしてよくわからないのが、山は名前に付いても前世の『山』のままなのに、なぜか河はこちらの『リベロ』のままなのである。法則性がいまいちわからない。
でもまあ、この適当翻訳機能のおかげでほとんどの言葉を覚えなおす必要が無く、勉強においても色々ととても助かっていた。
閑話休題。
国内はほぼ平地と言っても丘や小山くらいはある。なだらかな坂を上っているなと思っていたら「もうすぐ教都バルセロノが見えてまいります」と言われて窓に顔を寄せて何とか前方を見ると、城壁が見えてきた。
そしてその城壁から飛び出るように空に伸びている尖塔の群れ。
きっとあれがガルンラトリ王国の聖ドラゴン教の本部であり大教会と呼ばれるサンドラコ・オリエ教会だろう。ゲーム画面のそれはスペインのサグラダ・ファミリア教会にそっくりだったので、本物を生で見るのがフィオラは今から楽しみだった。
街並みもだ。
昨日泊った商業都市セヴィロはイタリアの街のようだった。王都と同じ石造りの建物なのに、壁はベージュやオレンジに近い色が塗られ、屋根も赤茶が多かった。
宿が決まってからフィオラとフォルトは騎士たちと共に市内周遊用の屋根なしの馬車に乗ったのだが、きらびやかなお店がたくさんあり、衣服や宝飾店だけでなく仮面のお店やガラス製品のお店まであって、まるでヴェネツィアみたいだと思ったのもイタリアっぽいと思った理由だろう。
ゲームの攻略サイトにも王都がフランス、商都がイタリア、教都がスペインをモチーフにしているようだと書かれていた。
そして教都バルセロノ。商都同様に昔の城塞都市がそのまま一つの街になった場所。
その昔ここからドラコメサ領のあたりが一つの小国だった時、この二つの都市が互いの国の防衛拠点になっていたと言われている。その名残で今でも城壁に囲まれている。
あと攻略サイトには、建物と路地の感じがスペインの「中世にタイムスリップしたような古都」と言われる都市に似ていると書かれていた。都市名をフィオラは思い出せないものの、バルセロナの様に建物がブロックみたいに並んでいるのではなく雑多に並んでいるので、道も縦横無尽に走っているのが特徴だと。
背景画では街並みまでは推測できなかったので、フィオラは教都に入るのが楽しみでしょうがないようだった。
それは母や弟も同じだった。
「フィオラとフォルトは初めてよね」
「はい」
「かあさまはありますか?」
「ええ、ドラコメサの跡取りの結婚式は、バルセロノの大教会で行われることになっているから。でもその時以来だわ」
バルセロノの街には起きて入りたいという母の願いをかなえるために、少し前にキエラが起こしていた。
でもなんだか顔色が悪い。
「かあさま……やっぱりセヴィロでもう一泊したほうがよかったんじゃないの?」
「大丈夫よ、フィオラ……早く領地に行きたいし、何より早くここに来たかったから」
「ここ?」
「この時期は大司教様が大教会に必ずおられるの。大司教様からの祝福を頂きたくて」
「そうだったの……じゃあ、大教会に直接行くの?」
「ええ」
弱弱しくも嬉しそうに笑う母に、フィオラは嬉しさ半分不安半分の気持ちのまま城壁を超えた。
越えた瞬間に心が躍り始めた。今までとは違う街並み。守りの要だったと言われるだけに、街の中も緩やかな坂が続く丘の上に作られた都市だった。
けれど今までと違うのは建物がそんなに高くないことだ。
王都も商都も5,6階建ての建物が主流だったが、こちらは2階建てから4階建ての建て物が主流で、教会とその近くに立つ頑丈そうな6階くらいの建物が街の端からでもよく見えた。
建物の色合いも柔らかく、壁は漆喰で塗り固めることなく石積みの壁がそのままの所も多かった。
そう、街自体が優しい雰囲気を醸し出しているのだ。
その街並みを抜けて頂上付近に大きく開けた広場があり、その奥に街の雰囲気とは真逆の空を突き刺すような鋭い尖塔がたくさんあるサンドラコ・オリエ教会が佇んでいた。
「……すごい」
「あの尖塔は聖竜様の爪を表していると言われているのよ」
「だから力強い感じがするのね」
「教会の前はどうしてこんなに広く空いているのですか?」
「聖竜様が訪れた時にここで休んで頂けるようになっているのよ」
と言われる広場は前世の野球グラウンドぐらいはある。半径は150mくらいありそうだ。こんなにも大きなドラゴンなのだろうかと目を白黒させていると、
「伝説ではそこまで大きくないと言われているけど、お休みいただくには広い場所がいると判断されたからこの広さなのよ」
「あ、そうなんだ、びっくりした」
そう話している間に広場に突入し、大教会の目の前に馬車は停められた。
「フォルト様。カルスは騎士と共に宿探しに行かせます。ここからは私とエリサと騎士二人でお供をすることになりますがよろしいですか?」
「ぼくは大丈夫……だよ」
(ですって言いそうになったのね)
カルスはエリサの兄でフォルトの従者だ。侍女や従者が使える主から離れる場合は主の許可がいる。キエラは先に馬車を降りると許可が出たことを伝え、カルスと騎士の一人が馬で駆け出すのが窓から見えた。
「ファルレア様、お手をどうぞ」
護衛の騎士の一人が母に手を差し出し馬車を降りて行った。
では私もと思ってフィオラが手を差し出したら、そのまま腰をとらえられて地面に下ろされてしまった。
「え?」
「時間がありませんので、お許しください」
そう言いながら同じようにフォルトのことも下ろしていた。
周りを見れば礼拝帰り客を乗せる馬車が連なっているので、この場所を早く開けなければならないっていうのは理解できたフィオラだったが、顔は解せぬという表情をしていた。
「くすくす。フィオラ様はまだ身長が低いので仕方が無いですね」
そんな小ばかにするような言葉が聞こえて文句を言おうと振り返ったらそこには、
「ジャド先生?」
毎月、今月も休暇の前にと屋敷に来てフィオラとフォルトに魔法を教えてくれたジャド・ペルシコ魔導師が、教会の扉に続く階段の前に立っていた。




