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千日紅の抱擁

 端花たんかは浮遊しているのを感じて目を開けた。

 そこは地上でもなく、天界でもない。自身が在ることはわかるが、それ以外に何もない。


「ここは?」

「やあ、端花」


 声が聞こえて周りを見るが、何の姿も捉えられなかった。


「私は見えないよ、端花」


 おかしそうに告げる声に、端花は出所を探すのを諦めた。


「創造神ですか?」

「ああ、そうだ。ここは地上でも天界でもない。私の中だよ」


 双結そうけつによるともう永く連絡が取れないとのことだったが、端花を招けるほどには回復したのだろうか。


「君のおかげで地下の邪気は消えた。邪神は邪気という力を操る者。力となるほどの邪気が消えたことによって、彼の存在も消滅した。それによって、同等の者の出現によって力を失っていた私も自我を取り戻したのさ」

「自我、ですか?」

「ああ、人間のように考えるならね。邪神というものはね、ある意味私自身でもある。この()()の創造を担えるのは私だけだ。邪気が溜まったことによって新たな場所が創られたが、それはつまり私が創ったことに他ならない。なに、不思議な話ではないよ。人間に善悪の面があるようにね、私にも色々あるのさ。

 私が感知することなく歪に生み出された私の一部、邪神が消えたことによって、その者の創造した邪界を私が制御できるようになった。天界や地上とも連絡が復旧したからね、つい先ほど邪界を閉じて来たところだよ。君のおかげだね」


 端花にはよくわからないが、それが創造主の理なのだろう。


「創造神ならば、全てを解決できるのだと思っていました」

「ううん、そうだね。私としては今回のことはどうなってもよかったんだ。だから、このことは私にとっては問題でも何でもない。ただ、私の可愛い一部たちが、人間が願ったから叶えてあげただけさ」

「どうでもよかった?」

「そう。本来神というものはね、君たちにとって時間のような空間のような存在だ。私が在ることで、君たちが在る。それだけさ。

 だから地上が邪に支配されようと、私は何も問題だとは思わない。それは地上にいる者によって引き起こされた当然のものだ。

 君は正しく理解していたようにね、邪というものは特に穢れでもなんでもない。ただの人間の本質、意思のようなものだ。転生の際には魂を真っ新な状態に戻すから、その視点で見れば穢れと言えるかも知れないが。当初はその邪も地上で浄化されるはずだった。土地の浄化力では追いつかないほど人が増え、私の子どもたちに地上での力となる泉力の譲渡の力を与えて、今の浄化士が誕生した。それで邪の扱われ方が変わっていったんだ」


 その邪は穢れという認識が、また、今の邪の性質に現れてしまったのかもしれないと端花は思った。


「これだけ人間が増えた今、世界の仕組みを変えた方がいいかな。地上に住むのは人間ばかりではない。邪だって人ばかりが持つものではないからね。言葉を操るようになった人間が意思を明確に持つことで邪がわかりやすくなってしまっただけで。

 人はそれほどまでに意思が発達した面白い存在だけれど、神を人に似せるのも考えものかもしれないね」


 そこで端花は神ではなくなってしまった友人を思い出す。


「創造神、双結はどうなりますか?」

心神しんしんかい?彼ばかりは地上から引き上げるわけにはいかないね。邪と深く結びついているから。これはあの子たちの法則が働いているから、私はどうこうする気はないけれど、君の精霊剣を神器として、神としては在り続けるだろうね。心配せずとも、新しい世界で重要な役目を与えることはできるよ」


 それを聞いて端花は安心した。


「それよりも君だ。心神と同じで、君もまた特殊な身の上となってしまった。本来ならば転生は以前の魂とは全く違った形になる。だが、君の場合は魂がその形のまま転生してしまうかもしれない」

「それは、何か悪いことが起きるのでしょうか?」

「さあ、私にはわからない。魂の管轄はあの子たちに任せてあるからね。だからきっと大丈夫さ。何か変わったことは起きるだろうけど、そういった心配はしなくともいいのではないかな。だが、他の人間と同じようにはいかないだろうね」

「教えてくださって、ありがとうございます。

 私は六神を信じています。だから、もし普通とは違ってしまっても、そこに不安はありません」

「そうか。なら良かった。

 さて、君には特別に色々話したけれど、そろそろお別れだ」


 突然びゅうっと風が吹き、端花はその風に呑まれてしまう。


「ありがとう、端花。あの子たちを助けてくれて。君の次の人生が良いものとなるよう願っているよ」


 その言葉を最後に、創造主の言葉は聞こえなくなった。

 周りがぱあっと明るくなり、気づけば、天界にいた。神殿には以前のように頸神けいしんがいたが、じろじろと端花を覗き見る連神れんじんたちはいなかった。代わりに、それぞれの色を纏った六神が集合していた。

 とりわけ、白地に青の神服を身に纏った女神の視線が強い。


「端花、よく戻ったな。

 君の魂は相変わらず異常があるが、こちらで決めた以上、愛する者に殺された君はようやく死ぬことができ、転生することができる」


 美しい頸神の表情は相変わらず冷たかったが、声に少しばかりの温かみがあった。


「それだけでなく、地上のことについて奔走してくれたな。優妃と共に君にも感謝している」


 その言葉に、他の六神たちも頷いた。


「創造主にとっては些事に過ぎないのだろうが、あの方に地上のことを任された我々にとっては大変ありがたいことだったのだよ」


 ちらりと頸神が目配せすると、六神を代表するように、右脚うきゃく神――清麗神せいれいしんが下段にふわりと舞い降りた。


「端花、ありがとう」


 清麗神の微笑みが間近にあって、瞬きをすると、そこはもう神殿ではなかった。

 ただっぴろい空間がずっと広がっている。端花は周りを見て、一つだけ動くものを捉えた。


「端花!!」


 見間違えるはずもない。聞き間違えるはずもない。

 愛しい師匠が、こちらに向かってきていた。


「師匠!!」


 端花も駆け寄って、久し振りにその腕の中に導かれる。


「端花、よく頑張りましたね。私が不甲斐ないばかりに、あなたには大変なことをさせてしまったわ」

「いいえ、師匠。私はあなたに出会えなければ、きっと浄化士として動くこともなく、いつか双結の足枷だと殺されてしまっていたでしょう。師匠には本当に感謝しているのです」


 不気味な存在だったはずの端花を、受け入れ、育ててくれた。

 専門は薬であったのに、端花の身を想って浄化士としての修業をつけてくれた。誹謗中傷に晒されながらも、手放さずにいてくれたのだ。


「師匠、以前は困らせてしまって申し訳ありません。今度は、どうか、受け取って欲しいのです」


 端花は優妃の顔を見上げた。

 慈愛に満ちた眼差しが端花を捉えている。


「なあに?」


 甘やかすように尋ねられた言葉に、端花は彼女はすべてわかっているのだと理解した。


「師匠、私、師匠のことを愛しています」


 以前は優妃の表情を曇らせてしまった言葉。それなのに、今の優妃はとても嬉しそうに微笑んでいた。


「端花、私は貴女が愛を学べたことについてだけは、今回の非常事態に感謝しています。貴女から向けられる愛がどのような形であっても嬉しいことには変わりないのよ。ただ、以前のあなたは何も知らない子どもだったから、それがどのようなものか理解していなかった。

 けれど、今の言葉は、あなた自身が見つけたあなたの気持ちを伝えてくれているのね」


 優妃は弟子の成長が嬉しかった。

 透青とうせいは誠也を変えてくれたと端花に感謝していたようだけど、端花も充分に誠也にいい影響をもらったようだ。

 最終的に、端花が優妃への気持ちを誠也に向けているような愛だと捉えても、受け入れることはできた。応えてやるのは難しかったかもしれないけれど。

 どちらにせよ、彼女が成長した弟子に向ける言葉は一つに決まっていた。


「私もよ、端花。

 私も、あなたを愛しているわ」


 ようやく返って来た言葉に、端花は嬉しくなって優妃に抱き着いた。

 元気な子ね、と笑った優妃が端花を包み込んで、二人の姿は光に包まれて消えて行った。

これにて終了です。

拙い文でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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