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端花の選択

 浄化の水は瞬く間に洞窟を埋め尽くし、さっと水が引いた後、双結そうけつ端花たんかに絡みついていた邪気は剥がれ、端花の身体に刺さっていた邪気を纏った刀も消えていた。


誠也せいや!」


 駆けつけてきたのは誠也で、ようやく端花を見つけられた彼の顔には安堵と困惑が混じっている。端花が神力授与を行ったのは十四の時であり、神力授与は十二年毎に更新するきまりである。神力授与から十七年が経った端花の身体は、五年分成長していた。


「端花、なのか?」

「うん」


 それでもその一言と変わらぬ瞳に端花だと確信する。


れい誠也……。君は本当に憎々しい奴だよ」


 藍晶らんしょうはずっと崩さなかった笑みを歪めて、誠也を睨みつけた。

 同時に端花を後ろから羽交い絞めにする。


「俺の可愛い端花につきまといやがって」

「お前のじゃねえよ。はっ、ずっと付きまとって相手にされなかったのはお前だろ。大人しく端花を離せ」


 誠也と藍晶が睨みあう中、そちらには目もくれず、端花を藍晶の手からすくい上げた者がいた。


「双結!」

「端花、気分はどうだ?もう平気か?」


 自由に動けるようになった双結はいとも簡単に藍晶の動きを封じ、端花を抱きしめた。


「うん、平気。双結は?」

「俺も大丈夫だ。くだらん連中を相手にすることはない。早くここを出よう」


 双結は精霊剣せいれいけんを拾い上げて、器用に刀身を鞘に仕舞い、端花の腰にさした。


「お待ちください、命神めいしん様」


 それを止めたのは頸国けいこく神代主しんたいしゅ預泉(よせん)銀杏ぎんきょうだった。

 彼に続くようにぞろぞろと浄化士が入ってきて、藍晶の身柄を拘束した。


「離せ!」


 藍晶は抵抗したが、誠也が浄化したおかげで彼は上手く邪気を扱えなかった。暴れながらも頸国の浄化士に引きずられて洞窟から出て行った。

 浄化士のうち一人が銀杏と目を合わせ、他の浄化士も連れて出て行く。そうなると、洞窟内に残るのは端花と双結、誠也、銀杏のみだった。


「さて、一度話をしましょう」


 銀杏は場を変えることなく、近くの岩に腰かけた。





*




 端花が藍晶に連れ去られてから一月のことを銀杏は話してくれた。端花の戻りが遅いことに誠也が気づいた頃、宮の者が倒れているのが発見され、夢誘いが使われたことがわかった。また、藍晶が個人で抱えていた玉の邪が放たれたことにより軽い騒動が起こったが、それはすぐに鎮圧された。

 誠也はいつまで経っても戻って来ない端花は藍晶に攫われたのだと断定した。ふらりと消えがちな彼女ではあるが、流石に何も言わずに宮から出るなどあり得ない。誠也としては藍晶に困らされている端花を見ていたことも大きかった。


 岩小国とは関係ないと思われていた藍晶だが、宮内で起こした事件により彼を捜す大義名分を得て、誠也は端花を見つけるために尽力したのだという。


「ありがとう、誠也」

「当然のことをしたまでだ」


 誠也は照れもせずに端花の頬をそっと撫でた。


「間に合ってよかった。これでまたお前を知らぬうちに失ったら、俺はどうにかなりそうだった」


 端花は誠也の手を受け入れてから、自分の身に起こったこと、そして優妃ゆうひの真相と藍晶の企みを話した。


「なるほど。優妃は邪気の異変に気づいて、岩連神がんれんじんに落とされてしまったんだね。それで邪界や邪神という存在を知っていても、それらについて話せなかったのか。

 邪気に理性を蝕まれてもなお、彼女は戦い続けていた。小国の源泉を涸らすという方向になってしまったけれど、それも彼女の意志が強かったからなのだろう」


 銀杏は懐かしむように、悔やむように零した。


「私がもう少し考えられていれば、師匠の真意に気づけたかも知れません」

「君のせいではないよ、端花。君も少なからず邪神の邪気の影響を受けていたはずだ。完全に乗っ取られはしなかったが、そういった思考は奪われていただろうからね」

「そういえば、どうして私は岩小国の読み通りにいかなかったのでしょう?」


 端花の問いに銀杏は答えることができなかった。


「それは俺が説明しよう」

「命神様」


 銀杏にもその理由はわかっていたが、それは本来人間が知っていてはいけないものである。知ること自体は禁忌でもないが、その話を他者に話すこと、ひいてはその話が広がることは躊躇われるのだ。


「端花、お前の父親は右腕うわんの浄化士であり、刀鍛冶だった。それは精霊剣の所持を説明するために優妃にもした話だったが、母親について話したことはなかったな。

 お前の母は右脚うきゃくの浄化士だった。囲山家いさんけではなかったが、それなりに浄化士としての才があった」

「それがどうつながるの?」


 双結は一度ちらりと誠也を見てからまた端花を見た。


「お前の身体が特殊だということだ。

 ごく稀に、その国の神の性質を身に宿した子が生まれる。頸国ならば銀杏がそうだろう。頸神けいしんのように頭がよく回る。それがただの人間の範囲内ならば、ここまで永くは生きれまい。

 同じように、生まれた国は違えど、端花は母の血から、右脚の清麗神せいれいしんの性質を宿していた。右脚は特に浄化に秀でている。六つを迎える前に邪との繋がりができてしまったため完全ではないが、端花の身体は常に浄化の作用が強い。だから邪神の邪気に呑まれてしまうことがなかったんだ。

 だが邪との繋がりができたことにより、完全な体内から外への繋がりができ、泉力もきちんと扱えるようになったともいえる。もし完全な性質を持っていれば、いくら泉力があったとしても、それを外に繋げることが上手くできない。そこの男の母のようにな」


透青とうせい様が生き残ったのはそれが理由なのか)


 端花は透青の話を思い出していた。一族が病に倒れたが、浄化の才能に恵まれなかった彼女だけが何故か生き残った。藍晶の話によれば邪神の邪気によって繋げられた邪気は完全には浄化されず、一族の血を辿って病を引き起こす。透青は清麗神の性質を宿していたために、血を辿って侵入した邪気に侵されることがなかったのだ。


「だから清麗神は端花の神力授与を願い出た。転生できない端花の扱いについても、積極的に関わった。彼女は自国の者に甘いからな」


 全ての情報が揃い出たところで、洞窟内に沈黙が訪れる。それを破ったのは端花だった。


「さて、この後どうしますか?藍晶様はいいとして、邪神だけが問題として残るのですが」


 人ならば捕らえて罰せばいいが、邪神や邪界となると前例がなく、もはや人の手に負えることではない。


「創造主に任せるのがいいが、今は無理だろうな。ここまで危ない状態になっていながら何もされなかったのだ。しないのではなく、できないのだろう。六神も地上のことには干渉できない」

「頸神様もそう仰っていました。今のところできる範囲で浄化を繰り返し、弱体化させていくしかないかと」

「とてもじゃないが人が浄化できる範囲ではないだろう」

「もちろんです。何もしないよりはましでしょうが、邪神の力が落ちるのはだいぶ先になるでしょう。それまでに岩小国の連神のような者がまた現れないとは限りません」


 銀杏の表情は厳しかった。邪神や邪界の存在が創造主に悪影響を与えているのは確かである。浄化は早い方がいいが、その手段はなく、この状況が長期化することで問題の発生する確率は増す。


「もし良い方法がないなら、私が――」

「「やめろ!!」」


 端花が何も言わぬうちに、誠也と双結が声を荒らげた。端花はその声量に驚いて目を丸くした後、微笑んだ。

 幼い頃より共にある双結は元より、地上に降ろされてから仲を深めた誠也も、端花の考えることがわかってしまったのである。一つ遅れて銀杏もとある方法に辿り着き、顔を青くした。


「端花、君は……」

「私が邪神の邪気を全て取り込みます。清麗神様のご加護のあるこの身体なら、人の浄化以上の力もあるかもしれません。それに、私は邪気を()()()()()にすることができます。私さえ強い想いを残さなければ、怨邪にはならず、聖水で浄化できる程度の邪気しか残らないでしょう」

「君は、わかっているのかい?」


 端花のその説明には、端花が死ぬことが前提として入っている。もちろん人はみな、いずれ死ぬ。端花の方法を取るにしたって、死ぬのはいつでも構わないはずだ。けれど彼女は今、死を選択しようとしているのがその表情からも読み取れる。端花はなるべく最善を考える。創造主の力を取り戻すためにも、邪神の邪気は早々に浄化されてほしい。


「わかって言っています。それに、私としてはもう、この人生は幕を閉じているのです。あの時、師匠と共に処刑されてから。今はその時に犯してしまった罪に対する償いの時間だと思います。

 私のせいで浄化士が数を減らし、邪気がより浄化されにくくなってしまったのは間違いありません。自分のしてしまったことの罪の重さを、今までの期間に知ることができました。目を背けていたところに向き合うことができたのです。今何をしても私の罪が消えることはありません。妖端花は極悪人として処刑された。それが私の人生でした。

 けれど、今、私が現状を何とかできる力を持っているのなら、そうしたいと思うのです。師匠も、その為に尽力されたのですから、弟子の私としても本望です」


 妖端花はもういない。端花は自分の人生を生きたいとは思わない。だから死に関しては何の恐怖も嫌悪も抱かない。むしろ、何もできなかったはずなのに、こうして邪の浄化に関して協力できることが嬉しかった。


「……わかりました。君が望むのなら、私はもう何も言うまい。ただ、君が死ぬと決めたということは、君が死ぬための条件が整ったということだね。そして、君の死は特定の方法でしか実現されない。きちんと話をした方がいいだろう」


 銀杏はちらりと誠也を見た。彼の顔はずっと暗いままだ。


「端花、私はこれで失礼する」


 銀杏は端花の前まで歩み寄ると、労わるようにその頭を撫でた。


「私は君の成長をもっと見ていたかった。悪意ある者が何も企てなければ、君はきっと後にも先にもないほど優秀な浄化士となっただろうね。

 端花、君とはあまり深い繋がりはなかったけれど、浄化士(せい)としての君には本当にお世話になった。妻のこともそうだけれど、娘や息子たちと仲良くしてくれてありがとう。

 そして頸国神代主兼預泉として、お礼を言わせて欲しい。本当にありがとう。君のその強い決意に敬意を表します」


 銀杏は片膝をついて深く首を垂れた。さらりと長い髪が流れ、地面についても気にする様子はない。


「銀杏様……」

「ふふ、驚かせたかな」


 銀杏は立ち上がると眉を下げて微笑んだ。


「恐れ多いですよ」

「けれど受け取ってくれたね、ありがとう」


 そう言われてしまえば端花は何も言えなかった。


「銀葉様にお伝えください。貴女が最初で最後の友人でした。色んなことを教えてくださって、ありがとうございます、と」

「わかった、伝えよう」

「銀杏様、本当にありがとうございました」


 ここで敬意を込めて同じように片膝をついて首を垂れたいのだが、それをすると銀杏の先程の礼が軽くなってしまう。


「銀杏様が何も考えずに浄化していた私を変えてくださいました。もし銀杏様がいなければ、私は今も自分の身に起きたこと、師匠のこと、岩小国の企みも知らぬままのうのうと生きていたでしょう」


 せめて言葉を尽くすと、銀杏はまた端花の頭を撫でた。


「そう言ってくれてありがとう。だが、選択し、行動したのは君だ。ここまでの協力に関しても改めて感謝する。

 君の来世が、どうか幸福なものでありますように」


 銀杏は最後にそう言って、洞窟を後にした。

あとちょっとで終わります。

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