双結と端花
「双結!!」
端花を攫った以上、藍晶が持っているのは当然のことだった。だが、先ほどの話を聞いた後では藍晶の手元に双結があることの重みが変わってくる。
「双結を核にするつもり?!」
もともとは心国の核を乗っ取ろうとした邪神が、精霊剣で延命した双結の核をまた侵そうとしている。
「君が地上に降り、精霊剣が頸国から出てきたのは大きかったね。邪と繋がってしまった神の核。邪神との相性がよさそうだろう?」
(嫌だ!!)
双結は端花にとってただの剣ではない。友人でもあり、幼い端花を生かしてくれた恩人でもあるのだ。
藍晶は端花の手を取り、精霊剣を握りこませた。
「もう剣を引き抜ける力はあるだろう?空の霊剣ならそのままでもいいけど、先客がいるなら引っ張り出さないとね」
双結を顕現させて端花に玉から出て行くように命じさせようというのだろうか。
「しない。私はしない!」
必死に刀身を押し込もうとするが、藍晶が邪気を操って無理やりに端花を手を動かす。端花も邪気で対応しようとしたが、端花の身体に取り込まれている邪神の力が強いのか、思うように邪気を操れない。ついには双結が顕現してしまった。
「端花!」
真っ黒な衣装に身を包んだ青年が現れ端花に駆け寄ろうとしたが、その場で蹲ってしまう。
「くそっ!」
「地上を邪気で覆うことには失敗したけど、ここは邪界との繋がりのある場所だ。邪神の邪気が強いし、一度核に侵入されているあなたには邪神と繋がりがある。自由に動けるとは思わないでいただきたい」
するりと黒い影が伸びて来たかと思うと、それは双結に巻き付き、体の自由を奪ってしまった。
「双結!!」
「安心していいよ、端花」
藍晶は端花の耳元に口を当てて囁く。
「なに、一つになるだけさ」
「いやだ。双結は、私の大事な――」
「大丈夫。命神様が消えるわけではないよ。邪神も神としての実体を得られるなら、自分の意志をなくしてもいいと言っている。邪神は邪界と地上を結んで、現在の天と地のようにしたいだけなのさ」
そうだとしても、嫌だった。
双結はもう神ではないと言っているが、元は邪気の浄化を担っていた神だ。天にはもう戻れずとも、せめてただの剣の霊として過ごしてほしかった。
優妃と共にいる時は源泉を涸らさせてしまったが、それは双結が自分で決断したことだった。端花の剣として在ると決めたからだ。
強制的に邪神にされてしまったら、双結はもう六神と旧交を温めることは叶わなくなるし、何より生みの親である創造主を弱めてしまう存在になってしまうのである。
(これ以上、双結に罪を犯させたくない)
「なら、君が代わりになるかい?」
藍晶は懐から刀を取り出した。実体のない邪気を纏った剣である。藍晶の邪気で身動きができない端花の胸に、ゆっくりと沈めていく。
「うっ、い……」
一度経験しているので、自分が死んだなどと勘違いすることはないし、邪神が関わっていないので魂がどうにかなることはない。それでも自分の身体に邪気の刃が入り込んでいるのは気持ち悪かった。
「端花!!」
「俺はどちらでも構わないよ。このまま君の心の臓を開いて、魂を完全な邪気の塊にする?」
「ああ!!」
ぐり、と刀で抉られて端花は叫び声を上げた。
(気持ち悪い!嫌だ、嫌だ!)
それでも双結を玉から追い出すわけにはいかない。
「端花!やめろ!俺はお前を……お前だけは、失いたくない!」
「双結、けど、」
「俺はどうなっても構わない。最後までお前の傍にいられるのであれば。邪神だろうが、剣だろうが構わないんだ!」
端花に邪神が入れば、確実に端花が飲み込まれてしまうだろう。下手をすると魂ごと破壊されて、もう二度と転生が叶わないどころか、天にも昇れず消滅してしまうかも知れない。けれど双結が邪神になるのであれば、端花が犠牲になる必要はない。元の身体に魂が戻った今、人として生きればいいのだ。
「命神様、早く端花を説得しないと、端花が死んでしまいますよ?」
藍晶の言葉に、双結は怒りを露わにした。
「お前は!端花を好きだと言っておきながら、端花を殺すのか!」
「ええ、好きです。だからあなたに邪神になっていただきたいのです。端花はこのまま生かしておけばまた俺の邪魔をするでしょう?だからあなたを仲間にしたい。だがそれが叶わないのであれば、俺も諦めます。死んでも端花は美しいですよ。端花が死ねば精霊剣の主人は消え、俺が主人になることも可能ですし、それも悪くないかと」
その話を聞いて、端花は落ち着きを取り戻した。
「なら、安心だ」
端花は苦しみながらも笑みを浮かべる。
「私は死なない。死ねないから」
端花が元の身体を手に入れようと、神の言うことは絶対なのである。神は嘘をつかない。端花は愛する者に殺されない限り、死ぬことはないのである。当然、藍晶のことなど愛していない。
「死ねない?けれど痛みや苦しみは感じるのだろう?」
「うっ!」
藍晶が短刀を押し込めば、苦しい。それもまた神の言葉である。
『君は怪我をすることも、痛みを感じることもある。しかし死ぬことだけはない。
君が愛する者に殺されない限り』
「ああ、苦しむ君も綺麗だよ、端花」
「やめろ!」
双結はもがくが、身動きは取れない。あんな害しかない男を端花に近づけるなど、許しがたいのに。
(泉力が使えたら、この邪気を浄化できるのに!)
端花は歯がゆかった。邪気としてなら、邪界とやらに近い場所である以上、邪神が上なのだろうが、邪気は邪気だ。泉力で浄化できるのだ。しかし残念なことに、頸神に用意してもらった身体と違い、邪気に侵され続けた端花の本体は源泉との繋がりが切れてしまっていた。本当なら、神力授与が切れた段階でもう一度泉に浸かるのである。
双結の身がかかっている以上、粘り負けるわけにはいかないが、体内に侵入されている感覚は想像以上に身に堪え、端花の目からは自然と涙が出た。
「端花、諦めるんだ。ね?」
藍晶はゆっくりと端花と向き合い、徐々にその距離を詰めていく。唇と唇が触れそうになったその時、
「汚い手で端花に触るんじゃねえよ!!」
怒声と共に大量の水が流れ込んで来た。
続きます。




