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藍晶の執着

 「こうして今に至るわけだね。真実を知ってどんな気分だい?」


 藍晶らんしょうはそう言って微笑んだ。

 端花たんかは自分を支えられるだけの体力は戻り、今では足を鎖で繋がれていた。立ち上がることはできるが、寝台からは遠くへ行けない状況だ。一月藍晶の話を聞いていたが、端花には懐かしい思いの方が強かった。自分としてはもう、昇天前の自分は前世のようなものなのである。

 端花は成長した体に見合うように着替えさせられていた。枕元に置かれた以前の士服をそっと撫でる。


「特にはない。師匠について詳しく知れてうれしかったけど、それだけ」

「それだけ?」

「疑問点はいくつかあるけどね」


 予想通りの端花の言葉に、藍晶は笑みを深める。


「一番は、あなたについて」

「そうだろうね」


 岩小国がんしょうごくの計画は優妃ゆうひと端花が死ぬことで完成されたはずだった。だが端花は死んでいなかった。これはけい国での話し合いでも出た問題だ。


「あなたが私のことを秘密にしていた、というのは他国だけでなく、自国の者に対してもでしょう。岩小国としては私が死んでいないと困る。

 岩小国と邪気を操る者がそこで分裂したとは思っていたけど、まさか岩小国の者が関わっているとは思わなかった」

「へえ、さすが。そこまでわかってたんだね」


 藍晶はどこまでいっても嬉しそうだった。端花が何を知ろうとこの場所から逃れる術がないからだろうか、余裕のある態度を崩さない。


「どうして俺がそんな行動を取ったか、気になる?」

「それも気になるけれど、先に答え合わせをしたい。

 私が死ぬはずだった時、処刑人に神降ろしを行ったのは邪神。処刑には邪気を纏った剣を持たせ、私と周囲に死んだと思わせて魂を半分切り離した。その後棺守に神降ろしを行い、私の身体をあなたがここに運んだ」

「それで合ってるよ。

 もともと君に似せた子どもの死体は用意してたから、それと入れ替えて君をここに運んだんだ。

 ご想像通り、頸国神代主(しんたいしゅ)の妻が死んだ際にも棺守に神降ろしを行った。これに関しては俺個人ではなく岩小国として、だけどね。

 見事に鎮圧されてしまったけど、地上を混乱させるために怨邪が必要だったんだ。できるだけぎょくに詰めて、浄化士が対応できないほどの邪を放つために。発生場所と違う所に放てば、名を知る者が近くにいないから浄化されにくくもなる。玉での怨邪の移動はとても便利だったよ」


 端花としてはそういう意図で創り出した方法ではない。単純にその場所を離れられない怨邪を、思い出の土地に連れ出してあげたくて編み出したのだ。


「怨邪の邪気を邪神の邪気で繋ぎ合わせる方法も試したけど、これは上手くいかなかった。名が割れても浄化できないのが良かったんだけど、逆に名を引き出された段階で怨邪としての一体感がなくなり、邪気と同じ要領で浄化できるようになってしまった。

 だが得たものも大きかった。その邪気は完全には浄化されず、一族の血を辿って病を引き起こし破滅させることができたんだ。れい家での実験結果だよ」


 恐らく藍晶自身も生まれる前の話だが、彼は得意げだった。


「俺が指摘するまで気づかなかったんだから、本当に岩小国の者は視野が狭いね。

 神代主の次の代がいないと知ってこの方法を応用するように提案したんだ。次代がいない国は不安定になりやすく、実際、しん国の浄化作用は弱まっていた。それに預泉よせんは神代主の一族だった。神代主も預泉も一気に片がついたよ。

 あとは他の浄化士を殲滅して源泉の結界を解くだけ。今まで溜め込んできた邪気をほとんど練り合せたから、浄化士も苦労しただろうね。預泉はいない、怨邪は名が割れない、わかっても浄化されない。ついには源泉の結界が保てなくなり、土地が邪気にまみれたせいで源泉すら邪気に飲み込まれた」


 これが心国の滅亡の話であった。藍晶が策を提案したのはわずか9歳の時だった。


「ああ、思えばこれは運命だったのかも知れない」


 藍晶はうっとりと端花の頬を撫でた。

 端花はぞくりとして両肩を上げたが、彼から視線を逸らすことはできなかった。


「随分と、いろいろ話してくれるけど、何か企んでるのか?」

「ふふ、そう怯えないで。もっと話をしよう。

 どうして俺と邪神が岩小国から離れたか、わかるかい?」

「あなたが唆したのだろう?」


 端花は頬に当てられていた藍晶の手を引きはがした。


「大当たり。

 俺は君を死なせたくなかった」

「私を、死なせたく……?」


 突然の言葉に、端花は最後まで言葉を紡げなかった。


(岩小国の藍晶。岩小国に任務で行った際には顔を合わせたかも知れないけど、正直師匠以外の記憶はあまりない。交流したこともなかったはずだけど)


「混乱しているね。わかりやすく言うならば一目ぼれ、かな。

 最初は俺の計画を狂わせた小さな少女が気になってただけだったんだ。邪魔だから排除したかった。

 けれど、君を一目見て好きになってしまったんだよ。その美しいかんばせを自分のモノにしたいと思った」


 藍晶はその少女の美しさに惹かれた。周囲からは忌み子として見られていたが、端花は端正な顔立ちをしていたのだ。藍晶は岩小国の生まれで、邪を操ることに対する偏見がなかった。


「最初は困ったよ。君は岩小国にとっていなくなってほしい存在だったからね」


 藍晶は少女を手に入れることと、邪気を操る力を公に使えるようになることを両立させようと目論んだ。端花は消えなければならない存在だが、邪神に操らせればなんとかなる。しかし彼女は邪神には支配されなかった。そこで表向きは死んだことにして、その身体を手に入れることにしたのである。


「ねえ端花。孤児の君は、親という存在についてどう思う?」


 急に話が変わったものの、その話は端花が地上に降りてから何度か考えたものであった。


「子どもを愛する存在でしょう?」


 どう国の神代主も、銀杏ぎんきょう華蘭からん透青とうせいみな子どもを深く愛していた。そしてまた子どもも、親を深く愛していたのだ。

 すれ違いや悲劇もあったけれど、それは変わりない事実で、端花の優妃への気持ちを気づかせてくれたものでもある。


「そしてまた子も親を愛するって?

 はは、端花はまだ幼いね。子どもを愛さない親もいれば、親を憎む子もいるんだよ」


 藍晶は岩小国の神代主じんたいしゅの元に生まれた。長男ではあったが、彼の扱いはよくなかった。神代主が頸国で手にかけた女の元に産まれたからである。

 正妻は藍晶に厳しくし、神代主も藍晶を軽く扱った。次期神代主の座も、彼が己の力で勝ち取ったものである。


「俺は親が大嫌いだった。力がなかったから従ってたけど、たかが邪神の力で成りあがった連神れんじん仮神かしんに押し上げて何が楽しいのか理解できなかった。神戴国しんたいこくになってどうする?邪神に核を提供するのであれば、まずはその連神を排除すればいい。そうすれば神戴国ほどの強力な核を得られずとも、邪神は実体を持てる。実体があれば力も強まるし、地上との繋がりができて侵食もしやすい。

 結局はご先祖様の連神に尽くしたいだけなのさ」


 実際、岩小国は邪神を道具としてしか扱ってこなかった。邪神が本物の神の地位を得ても、自分たちがその力を支配できると考えていたのだ。

 ただ岩小国が神戴国となればいい、とそのことしか頭になかった。


「俺は邪神と手を組むことにした。君は死ななければならない。けれど、方法によっては仮死状態で身体を留めておくことができる。そのために邪神の力が必要だった」


 それまでは岩小国と契約していた邪神をどうやって個人で動かしたのか。


(まさか!)


「私の身体を核代わりにするつもりだったの?」

「そうさ!」


 藍晶は大げさに喜んだ。


「ああ、やっぱり君は最高だよ、端花」


 端花は邪気に染まった源泉で浸泉授力しんせんじゅりょくを行った。邪気を力として操れる以上、その身体は邪気との結びつきが強い。まだ地上では神の地位がなかった邪神も、邪と繋がった端花の魂だからこそ、その力の源のものとして、管理できたのである。

 端花は単に邪気を操る力を与えられた岩小国の者とは違う。邪神が端花に宿れば、力を操る実体を得られた。


「邪神が君に宿れば、君の姿は残り続けるし、邪神は実体を得る。連神を仮神に押し上げることを優先しているあいつらよりも、俺と組んだ方がより早く目的を達成できるって邪神を説得したんだよ。

 だけど直ぐに君の姿を出すわけにもいかないだろう?絶対に各国の浄化士が出張ってくるし、たかが人の身体を手に入れたくらいでは邪神も神には及ばない。だからとりあえずは岩小国の方針通り、地上を邪気で染めることにしたんだ。

 浄化しにくい怨邪を放てば、浄化士達の数は減る。もともと君の悪行のおかげで浄化は滞っていたし、浄化士が減れば自然と源泉の守りも緩くなる。そうすれば邪神の力も強くなる」

「そうすれば神の核も手に入る、か。

 それならあなたも岩小国の者と変わりない。自らの目的のために邪神を利用しているだけだ」

「そうだね。君を殺さないために力を貸してもらっただけだからね。けれど一向に事を進められないやつらより、いくつか策を持ってた俺の方が信用できたんだろう。向こうも駒は多い方がよかっただろうしね」


 何と言おうと、藍晶はやってのけたのである。

 端花が死んだように見せかけて邪気を操る力を正当化することも、自分の望む少女の身体を手に入れることも。


「だけど、地上は邪気には支配されなかった」

「ああ、そうだ。

 あの頭の悪い緑礬ろうはは玉の手に入る胴国を落とした上に嫌疑を招いたし、せっかく温めていたさい様の怨邪も君が直ぐに名を探り当てた。その後の騒動も君の知識と実力で抑えられてしまった」


 藍晶は困ったように肩をすくめた。


「想定外だったんだよ。君が転生できないことは予想してたけど、まさか地上に降ろされるとは思っていなかったからね」


 神々は地上のことに干渉しない。けれど、端花については例外的な措置を取ったのである。


「やはり、運命だと思うよ。俺と君は。

 君はことごとく俺の策を破りに来た。けれど、だからこそ俺は君に会うことができた。そして一度は身体のみしか手に入れられなかったけど、君は魂を地上に送られ、こうして今、俺の目の前にいる」


 藍晶の異様なまでの執着に端花はどう対応すればいいかわからなかった。当然想いを受け入れることはできないが、自由を奪われている以上逃げることもできない。

 そもそも藍晶の考えがいまいち理解できなかったのだ。


(たしかに私はこうして死を免れて元の身体に収まっているけど、だから何だというんだろう。このまま私をここにつないで何が楽しい?

 邪神との問題も解決していないのに)


 岩小国が罪を負って捕らえられた以上、邪神との契約を抱えるのは藍晶ただ一人のみだ。邪神も意思があるようだし、このまま核を手に入れられなければ藍晶にも何か罰があるのではないだろうか。禁を犯せば罰するくらいの力があった。それは優妃が地上に降とされた時の話なので、今では更に力を得ているはずだ。


「不思議そうな顔をしているね。俺を心配してくれてるの?

 大丈夫、俺と君は運命だと言っただろう?」


 藍晶は一度洞窟を出た後、何かを持ってまた入って来た。

中途半端なところで切ってしまいました。

続きます。

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