妖優妃(三)
端花はすくすくと育った。双結と出会う前にあまりいい思いをしなかったからか、他の人との関りは薄かったが、そのぶん双結と優妃には深く懐いた。
「師匠、修行は終わりですか?」
「ええ、よく頑張りましたね」
端花は浄化士としての才能があった。神であった時に得た情報なので双結は詳しくは語らなかったが、両親共に浄化士だったらしい。父親は右腕の出身で、浄化士として活躍しながらも刀をつくっていた。生まれてくる我が子のためにとつくられたのが、今の双結の宿る霊剣であったらしい。
両親とも優秀だったのだろう。浸泉授力が早かったのも相まって、端花はわずか10歳で修行を終えてしまった。もちろん、それ以外にも要因はある。
「師匠、この前の所に行ってもいいですか?怨邪が探していた飾りを見つけたのです」
端花は邪気を操ることができ、怨邪と話すこともできた。
優妃はあの黒いものに出会うまで、怨邪が話しをすることなどないと思っていた。だが、怨邪の意志は言葉となって伝わるようで、優妃が知らないところで端花は怨邪と交流していた。初めは止めていたが、怨邪は端花に害をなさず、その内に正道とは違った形で浄化されたのでそのままにしておくことにした。人との交流がないぶん、怨邪とはいえ会話できるものとの交流の機会を奪うのも躊躇われたのだ。
「ええ、構いませんよ」
優妃も共に行くことにして、安全さえ確保できれば心配もなかった。
浄化士としての任務だけでなく、道中そういった形で浄化をしていくので、端花の名が知られるのにそれほど時間はかからなかった。彼女の出自について噂も流れたが、実力の方が大事にされた。ついには神力授与が認められ、史上最年少で栄誉を手にした。
通常なら浸泉授力をした源泉で行うが、その泉は涸れてしまっている。彼女の父親の出身である右腕か優妃の出身である左脚かで行おうとしたが、右脚がその役割を引き受けてくれた。慈悲深い清麗神が是非にと言ったのだ。神々は端花の事情を知っている。
「端花、別に何も神力授与しなければならないというわけではないのよ。不老になるということは、あなたの成長もそこで止まるということよ」
端花の功績を考えれば当然とも言えるが、優妃は何も今じゃなくてもよいのに、と思っていた。端花はまだ14。大人たちのように老いを警戒する必要はなく、むしろ成長を望むべきなのだ。
「よいのです。私は、師匠の傍にいられればそれで」
自分の身体の成長など全く考えていないのだと、端花を悪く言う者なら考えるだろう。けれど優妃にはその言葉の意味が正しくわかっていた。
順調に浄化士としての道を歩んでいる端花だが、周囲の雑音が消えることはない。畏怖、不快、嫉妬、恨み。それを端花は感じ取っていた。真も嘘も混じり合う噂を繋ぎ合わせて、心国の源泉の話も知ってしまった。端花のせいではないのに、と思うが、優妃が彼女に伝えたわけではない以上、慰めることもできなかった。優妃が慰めれば、その噂が本当なのだと認めているようなものだ。
源泉を涸らした罪を負ってしまった端花は、高い能力を持っているのに、立場が弱い。年齢も関係しているが、この実力なら、預泉と対等に話してもおかしくはないのに。罪を犯した身で神力授与の機会を与えられたのに、辞退できる立場ではないと言われてしまうのだ。
(また、嫌な話を聞いてしまったのね。私は何を言われたって構わないのに)
優妃は浄化士であったが、特別その才があったわけではない。秀でていたのは薬草についてだ。もし端花がこの話を断れば、何も知らぬ師匠が悪いのだと優妃に責が及ぶこともわかっているのだろう。
端花が優秀であると知って、その師が元連神とはいえ浄化に優れた者ではないと知って、端花を弟子にと願う家は少なくなかった。傲慢なことに、それを端花が喜ぶと思っている者が殆どだった。けれど端花はその話を断った。端花が望まないのであれば、優妃もここまで大事に育てた子どもを手放したくはない。
(あの子が泉の跡にいると知ってても、誰も保護しなかったのに)
「師匠、私は師匠が認めてくだされば、それでいいのです」
周囲の声を聞かぬようにか、端花はいっそう優妃のみを目に映すようになった。一時的なものだと思っていたが、端花は歳を重ねるごとにその傾向を強くしていった。
「端花、それではだめよ。神力授与をするならば、なおさら。私は老いていくのだから、私がいなくなった後のことも考えないと」
端花が浄化士として活躍しだした頃、麗家を訪れた時、どうやら麗家子息には嬉しい変化があったようだが、端花には何の影響もなかった。それでも端花を見つけては話しかけに来てくれる子どもは、優妃にとって少し救いになっていた。
「師匠がいなくなっても、変わりません。私はずっと師匠のことを覚えています。双結もいます、心配しないでください。
それより、そんな先の話をしないでください」
優妃がいずれはいなくなることを話すと、決まって端花はそう言った。悲しそうなその目に、優妃は逆らえないのである。
「わかった。悪かったわね、端花」
端花は首を振って、優妃に控えめに抱き着いた。胸の中にある丸い頭が可愛くて、優妃は優しく抱き返してから、端花を送り出した。
*
優妃は端花が十四の時まで、何の変化もなかった。彼女が狂いだしたのは、弟子を連れてある国の任務を受けた後。その小国こそが、岩小国だったのである。
岩小国は今の連神が普通の人であった頃、邪界とのつながりを見つけたことから始まった。
邪の浄化の仕組みは、人間が増えすぎたことにより機能しなくなっていた。土地の浄化作用では追いつかず、浄化されなかった意志を持たない邪は、下へ下へと落ちていき、地下という世界を作り出した。その地下には邪気しかなかったが、そこから邪神が生まれた。神が泉力を生み出したのと逆で、邪気という力が集まったことにより、その力を統べる者が誕生した。まだ曖昧な存在が、岩連神と出会ったのである。
彼は邪気を操る邪神を利用した。神々は地上のことはすべて知っているが、いつのまにやら誕生した地下には気づいていなかったのだ。邪神を完成させるために、地上の邪気を邪神に操作させた。そうすれば地上の邪気は消え、地上は浄化される。岩連神はそれを重ねて優秀な浄化士と認められ、死後連神になったのである。
邪神も一方的に利用されていたわけではない。地上の邪気を自分のものにして、強くなっていったのだ。その存在が大きくなるほど、創造主は力を失っていった。そして神々は創造主との連絡が取れなくなったのである。
邪神は源泉に邪気を混ぜ、邪気を操る力を岩小国の者に与えた。いずれ、源泉の核を得て、神として存在するために。邪神は力を与え、岩小国は邪神に源泉の核を提供する。そういう契約を交わしたのだ。
天界で異変に気付いた妖優妃も地上に降ろすことに成功した。予想外だったのは、源泉が涸れてしまったことである。それも、一人の子どもによって。それだけならまだしも、何故か心国の源泉には新しい主が置かれず、胴国の管理下となった。
これにより岩小国の計画は大いに狂った。が、収穫もあった。源泉を涸らした子どもは邪気を使うことができたのだ。それもただ使うだけでなく、研究者の弟子ということもあってか、様々な応用を考え出した。今まで邪気を取り込み邪神に送るしかなかった岩小国にとって、子どもの知識は参考になり、また新しい計画を練ることができたのだ。
これほど有名な邪気の使い手が出れば、邪気を扱うことはおかしなことであっても、ありえないことではなくなる。もしこの子どもが死ねば、数年後には彼女を研究した結果として、堂々と邪気を扱うことができるのだ。
源泉の核を手に入れ神戴国への道を絶たれた岩小国にとって、邪神を強くすることが一先ずの目標であった。その力を振るえば、源泉の核など容易く手に入る。そして核を得た邪神は正式に神の力を手に入れ、この世はひっくり返る。
任務を依頼して子どもに邪神の邪気を取り込ませた。邪神が力を増せば、子どもの中の制御権は邪神に移り、いつでも消すことができる。それに厄介だった妖優妃も、子どもの中の邪神の邪気に引きずられていくだろう。邪気は人の所有するものだが、多すぎれば当然不調をきたす。怨邪が人を病にすることができるのは、そういう理論なのだ。
邪気を操る子どもが死ねば堂々と邪気を使える。また既に邪神の邪気が埋め込まれている優妃も、邪気に侵される。邪神の邪気に理性を奪われれば、死後に天人となるようなことはない。口封じができる。
優妃は岩小国を邪界のつながりのある小国だと見抜けなかった。小国を訪れる際はかならず土地の邪気の調査を行ったが、岩小国は他の小国と同じような塩梅だったのだ。それは優妃を警戒した岩小国か、邪気を調整していたからである。普段ならば地中の邪気はすべて邪神に取り込ませている。
「師匠、終わりましたよ」
正道ではなく邪気を自分のものにする方法で端花は浄化を終えた。岩小国の目論見通り、邪神の邪気は端花に取り込まれてしまったのだ。
何も知らぬまま、端花と優妃は浄化を続け、岩小国も邪神に邪気を送り続けた。そして、端花の中の邪神の邪気は強くなり、師弟共に蝕まれていった。
「端花、私にはやらねばならぬことがあります」
「師匠?」
「源泉を涸らすのです。小国の、源泉を」
岩小国の計画は上手くいかなかった。当初は端花の制御を邪神に渡そうとしていたが、端花は何故か邪神にのまれることがなかった。また、妖優妃は邪神の邪気の影響を受け、理性をなくしていったが、彼女の強い思いが消えることはなかった。そのまま妖優妃が罪人となり極刑となったからよかったものの、小国の源泉を涸らし回られた時には岩小国も肝が冷えた。
想定とは違う形となったが妖優妃とその弟子妖端花はこの世から姿を消し、岩小国は堂々と邪気を扱えるようになり、秘密が露見する危機も避けられたのである。
ざっくり優妃と端花の人生でした。
あとちょっとで終わります。




