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月夜の下で

 比較的浄化の早かった右脚うきゃくの士たちは、他の神戴国しんたいこくへと駆り出された。今回救いだったのは、神戴国以外の小国や連、郡、集には怨邪の突然発生が起きなかったことだ。浄化士たちは神戴国の浄化に集中すればよかった。

 端花たんかたちが他国に派遣されて半月ほどで、事態は収拾した。


「端花、怪我はないか?」


 疲れ切った表情の誠也せいやが端花に話しかけてきた。端花と誠也は今回別の場所で浄化にあたっていた。


「うん、大丈夫。誠也は?」

「俺も無事だ」

「疲れてそうに見えるけど」

「それはみんな一緒だろ。移動がなかったぶん、俺は楽だよ」


 浄化の区切りがついたことを祝い、浄化士たちを労うため、また今回の事態について話し合うために宴が開かれることになった。場所は頸国けいこく。誠也は頸国で浄化の手伝いをしていたのだった。


「それならよかった。

 浄化は済んだけど、結局のところ原因もよくわからない。話し合いはともかく、この時期に宴を催しても大丈夫なの?」

「大丈夫、というか」


 誠也は周りを確認して、端花の耳元にそっと口を寄せた。


「首謀者がわかった。予想通りのな」


 端花は驚いて誠也の顔を見るが、その顔はまだ暗いままだった。


「経緯やその他詳しい話はまだ聞き出せていない。だが、これ以上隠し持っているものはないことが確認できてる。だから祝いをして皆を労い、今後について話し合うわけだ」

「警戒はあまり必要ないと?」

「基本的にはな。これ以上大きな事は起こらないだろうが、不安の種はある。藍晶らんしょうは知っているだろう?」


 端花は急激に体温が下がった気がした。彼にはあまりいい思い出はない。誠也も一度その場面を目撃しているからか、端花の怯えにはすぐに気づいた。


「なに、大したことじゃない。彼は首謀者には裏切り者と言われていた。今回の事には関わっていないのだろう。話を聞きたいが向こうが疑われていると思って姿を現さない。それだけだ」


 誠也がためらうことなく端花の頭を撫でると、彼女はほっとしたように息をついた。


「藍晶はすぐに見つかるだろうさ。どちらかというと、今回のことについて詳しい話を聞き出すのが難しいって方が問題だ」

「何かあったのか?」


 予想通り端花が食いついたのを見て、誠也は肩の力を抜いた。自分以外の男に気を取られている姿を見たくない気持ちもあったが、端花が藍晶の話を頭に残したままでは不安だろうと思っていたのだ。


「首謀者の様子がおかしいんだよ。会話はできるんだが、たまにかみ合わない。具体的な内容に入るとどうも頭が狂うみたいなんだ」

「なるほど」

「おそらく邪気がらみだから、お前の意見を聞きたいってよ。頼りにしてるぜ」

「ふふ、任せてくれ」


 そこで鐘が鳴る。


「準備が整ったみたいだな」

「ああ、行こう」


 頸国の広間には多くの国の浄化士が集まっていた。神戴国の囲山家はもちろん、浄化に協力してくれた小国や連のものもおり、滅多にない機会に目を輝かせていた。

 疲労は残っているだろうが、事態が収まったことでみな穏やかな顔つきであった。


「その剣は……!せい様ですね?!」

「何だと!」

「今回もご活躍されたとか!」

「次々に怨邪の名を割り出していただいたおかげで、浄化しやすかったです!」


 まだ席に着く前なので集まった人々は思い思いの場所で集まっている。女の浄化士は数が少ないこともあって端花はすぐに見つかってしまった。

 次々に挨拶や感謝をされるが、端花は大人数の人間の相手には慣れておらず、入って来たばかりにもかかわらず、


「すみません、すこしお手洗いに」


 と広間から逃げた。

 誠也はその様子に苦笑いを浮かべたが、責めることはしなかった。お手洗いと言われてはついて行くわけにもいかない。なるべく端花に話が回らないようにと、代わりに話せることは話してやることにした。

 しかし、この時の判断を、誠也は一生後悔することになる。





*





 広間を抜けた端花はとりあえず本当にお手洗いにいくことにした。頸国には何度もお世話になっているので使用人の案内を断り、一人で厠に向かい用を済ませた。

 厠の位置からでも聞こえる人の声に、何だか近づきがたくなって散歩でもしようかと庭に下りる。屋根の下から抜ければ、天には大きな月が輝いていた。


「いい月夜ですね」


 突然の人の気配に驚くと、声の先には人好きのする笑みを浮かべた藍晶がいた。


「藍晶、様」

「ああ、そう警戒なさらないでください。まあ今回の首謀者である岩小国がんしょうごくの次期神代主(じんたいしゅ)預泉(よせん)ですから、警戒するのも無理はない」

「そうですね。けれどあなたは今回の件とは関係ないとか」

「おや、それは意外でした。父上が何か言いましたかな?」

「そうですね。彼にとってあなたは裏切り者なんだとか」


 藍晶は短く息を吸うと、瞼を少し閉じた。その目は昏く、思わず端花は息を飲む。


「なるほど、それでは私も宴に参加しましょうかね」


 藍晶はすぐに笑みを浮かべる。


「清様、ご案内いただけますか?」

「もちろんです」


 端花は危険を承知で、藍晶を案内するために彼に背を向ける。そして少しずつ右手を左腰に伸ばす。


「ただ、その前に一つお聞きしてもよろしいですか?」

「何です?」

「私があなたにした話はまだ広まってはいません。あなたが宮内に入れば、宮の者なり、他の浄化士が騒ぎ立てそうなものですが、どうやってここまで入って来られたのです?」


(返答次第ではここで捕らえる)


 端花は念のために双結そうけつを引き抜こうとしたが、それは叶わなかった。


「な?!」


 端花の手に邪気が絡みつき、その動きを封じたのである。


「酷いですね、清様。私の潔白を知っているのに抜刀するとは。背を向けるほど私を信用してくださっているわけではないのですね」


 藍晶を振り返ると、彼は言葉とは裏腹に恍惚とした笑みを浮かべていた。


「どうやってここまで入ったか?こうしたのですよ」


 素早く端花との距離を詰めた藍晶は、手に持っていた布を端花の口元に押し付けた。


(これは、夢誘いの香!)


 逃れようともがいても、力の差は歴然だった。背中に腕を回され、手で後頭部を抑えられてしまえば、端花は抵抗できなかった。端花はゆっくりと意識を失った。

続きます。

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