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端花の気持ち

 端花たんか誠也せいやが好きだと自覚した。それでさっそく行動に移すことにした。


「誠也」

「ん?」


 刀と弓を手入れしていた誠也は、端花の来訪に驚かなかった。

 誠也の母である透青とうせいは帰ってしまっていたようで、同時に使用人がまたいなくなった屋敷は静かだった。


「話がある」

「ああ、俺もだ」


 誠也は道具を片付け、端花に部屋に入ってくるように促した。

 物の少ない誠也の部屋にも座布団くらいは二枚あったようで、用意されたそれに端花は腰を下ろす。


「端花、お前から話せ」


 誠也はどこか疲れた顔をしていた。連日の浄化の疲れもあるだろうが、そうではない、精神的な疲れが目に見えて、端花は落ち着かなかった。

 本当は、もっと手順を踏むはずだったのである。


「私は誠也が好きだ」


 誠也は生気のなかった目をゆっくりと見開き、わずかに口を開いた。だが何も言わない。


「誠也?大丈夫?疲れてるようならまた後日にするけど」


 端花が気遣うような素振りを見せ、誠也はわけがわからなかった。


「はあ?!」


 思わず大きな声が出るが、ここは彼の屋敷であり、使用人もいない。取り繕うための理性は反射的に働かず、混乱をそのまま口に出す。


「おま、今、なんて言った?俺の耳がぶっ壊れたのか?」

「いま誠也が壊れているようには見えるけど」

「ふざけるな、お前のせいだよ。え、お前のせいであってんだよな?」

「どうしたの?」

「どうしたのじゃねえ!!」


 誠也は我慢できずに立ち上がった。特に理由はない。単に座っていられなくなったのである。


「お前、今、俺に好きだってっ」

「言った」

「言ったよな?え、言った?待て、それは置いておいて、いや、置いておけねえよ!」

「大丈夫か?」

「ああ、くそっ!!」


 誠也は目をきつく閉じて、眉間に手を当てて吐き捨てた。


「端花、いいか?」


 やっと自分を取り戻した誠也は座り直し、本気で心配そうに見てくる端花に目線を合わせた。


「うん」

「そんな唐突に俺が好きだとか、言うな。あと、疲れてるなら後日にするとか、そういう話じゃないだろ」


 端花は一度考えてから口を開く。


「急に伝えて悪かった。けど、誠也の体調が優先だ。酷い顔色だったよ」


 彼女のことはよく知っているつもりだった。こういった反応をされても、特にからかわれているとは思わない。本気で誠也のことを心配してくれているのだということもわかる。だが、


(端花のいう好きは、俺と同じ意味で合っているのか?)


 彼女の愛情というものは歪である。ろくに人と関わらなかったせいで、感覚が他人とはずれているのだ。例えば、親のように思っていた優妃に恋慕していると思っていたように。

 誠也は昇天する前の端花とは親しい関係を築けていなかった。何度も告白をしたし、からかわれるような関係にはあったが、長く共に過ごしたことはない。自分が優妃と同じような立ち位置なのではないかと、端花がそれをそうと認識しないまま好きだと言っているのではないかと不安だった。


「端花、本当に俺が好きなのか?」


 常より低い声に、端花がぴくりと肩を揺らした。それでも視線を逸らすことはなく、ゆっくりと頷いた。

 それを見て誠也の胸に僅かな期待と、その期待さえ塗りつぶしてしまうほどの黒い感情が生まれる。


「なら何故、縁談を断った?」


 誰と誰のなど言わなくてもわかったようで、端花が驚いたように目を見開く。それもそうだろう、誠也だって、まさか母が端花に縁談を持ちかけるとは、そのことを自分に伝えるとは思わなかったのだから。


「透青様が仰ったのか」

「そうだ。それで、何故断った?」

「何故って、それは、誠也だってわかるだろう?」


 端花は曖昧な存在である。れい家を支えていくために跡継ぎが必要とされている状況で、誠也の結婚相手として端花は相応しくない。


「子ができないからか」

「そうだ。私では誠也の相手に相応しくない」


 そんなことくらい、誠也だってわかっている。だが、気持ちはどうにもならない。それが人を好きになるということではないのか。


「俺は、それでもお前と結ばれたいのに」


 こんなことを言うつもりはなかった。

 昨夜母に呼ばれて、将来についての話をされた。情勢が不安定な中、母も年を重ね、そろそろ誠也も身を固めなければならない。望む相手と結ばれないことを受け入れないと、麗家は滅びてしまう。

 正直、誠也はどうでもよかった。囲山家に生まれたせいで、余計な恨みを買うこともあった。母に反抗したこともあった。それでも、彼女の並々ならぬ想いを知っている。自分一人が取り残され、家のためにと頑張ってきた姿を見ている。好きな人がいるならしょうがない、と口になどしない女であることを知っている。

 これまで結婚を強要されなかったことが不思議であったくらいだ。端花を想う気持ちが決して消えないと知りながら、身を固めることを決意したのに。


(端花のせいだ。どうして、今、そんなことを言うんだよ)


 例えそれが誠也の気持ちと同じではないとしても、誠也は期待してしまう。返ってくる見込みなどないまま、大事に抱えていくと決めたのに、変にかき回さないでほしかった。


「誠也、」


 情けない顔で言い淀む端花を見て、誠也は笑えてきた。


「家を継がなければならないから?その役に相応しくないから?」


 誠也は片膝を立てて端花に近づくと、行き場をなくして彷徨っていた手を掴み、そのまま床に押し倒した。

 ぎゅっと目をつむった端花が再び開いた瞳に、不格好に笑う自分の顔が映っている。


「俺は、」


 その真っ直ぐな瞳がずっと欲しかった。自分だけを映していればいいと思った。

 片方の手を端花の頬に添わせる。あたたかくて柔い肌だった。


「お前が好きだ。ずっと、ずっと好きなんだ。家のことなんて考えずに、お前と一緒になりたいと思ってしまう。

 俺がもしお前の立場なら、たとえ相応しくないと言われても、自ら縁談を断るなんてできねえよ。そんで、その次の日に、好きだなんて言うことも、相手を気遣ってやることも、そんな簡単に他の誰かとの結婚を認めることも、できない」


 端花はじっと誠也を見つめていた。困ったように眉が下がっているが、それでも感情の揺れは見せなかった。


「誠也」


 頬にある誠也の手の甲に自身の手を重ね、なだめるように優しく撫でた。


「誠也は今、私の感情を疑ってるんだな」


 誠也は否定できなかった。


「悪かった。きっと、こんな風に告げるようなものではなかった。知らなかったんだ。

 たぶん、私の気持ちは誠也と同じ深さじゃない。普段どれだけ怒りっぽくても自制ができる誠也が、こんな風になってしまうんだ。誠也は私をとても深く想ってくれているんだろう」


 そう淡々と告げられるのがつらかった。そうだ、と言ってやりたかった。お前に、この気持ちがわかるものかと。


「けど、嘘じゃない。私は誠也が好きだよ」


 端花は誠也の手を挟むように自分の手と頬を押しつけた。


「誠也に触れると安心できる。気が沈んでも持ち直せる」

「それは、妖優妃だって、そうだったろ」

「はは、師匠はもっと安心できたよ」

「おい」

「でもね、こんな変な気持ちになったのは初めてなんだ」


 端花は相変わらず真っ直ぐな目をしていた。恋も愛も知らないような。


「誠也との縁談は受け入れられなかった。誠也はさっき色々言ってたけど、麗家を放っておくことは出来ないし、私の存在についてもよくわかってる。だから、誠也は他の人と結婚すべきだと思った。

 それは間違いじゃない、正しいことのはずだ。なのに、何故か落ち着かなかった。変な焦りがあって、胸が痛かった」


 普段と何ら変わらない声の調子で、それでも目の奥が揺らいで見えて、誠也は本当に驚いた。


「私が正しいとした判断を、何故か受け入れられない。理解できているはずなのに、気持ちが落ち着かないんだ。頭と感情が分離したみたい」


 それでもやはり端花の雰囲気は穏やかだった。それが諦めだと、ようやく誠也は理解した。


「端花」


 掴んだままだった片方の手を取って端花を起こし、誠也はおそるおそる自分の胸に迎え入れた。端花は抵抗しなかった。


「悪かった。お前だって、戸惑ってただろう。そういうことに慣れていないと、勝手がわからないと知っていながら、八つ当たりした」

「いや、誠也だって色々と整理できてなかったでしょう」


 図星だった。たった一夜母親に詰められたくらいで、このおよそ二十年も抱え続けて来た想いをしまうことなんてできない。そこを端花につつかれてしまったのだ。


「ああ、でも、俺はお前以外のやつと結婚するよ」

「うん、知っている」


 何の間もおかず変わらない声の調子に心が折れそうになるが、誠也は端花の言い分を信じることにした。


「それでも、お前を想い続けていいか?」

「うん」


 誠也は一度強く端花を抱きしめて、体を離した。


「あとこれはお願いだ」

「なに?」

「お前自身の気持ちを見極めて欲しい」


 端花は驚いたように、え、とこぼした。


「お前は俺を好いてくれているよ。それでも、俺の気持ちと同じだとは限らない。その気持ちが妖優妃に向けたものと同じである可能性もあるし、友情の範囲内であるかもしれない」

「そんなことは」

「わからない、だろ?そもそもこれほど長い時間を共に過ごしたのは優妃以外いない。お前が俺を本当に大事に想っていてくれていたとして、それが俺と同じようなものとは限らないんだ」


 端花が不満そうに眉をひそめるので、誠也は苦笑してその頭を撫でる。


「疑ってるわけじゃない。お前自身のためにも、見極めてほしい」

「わかった。正直、私はこういった感情について自信はない」


 端花は薄っすらと微笑んだ。


「いつか、誠也に証明してやろう」

「証明?」


 端花は真面目な顔になってうなずいた。


「これから勉強する。知り合いは少ないけど、怨邪ならそこらにいるし、浄化ついでに話を聞いてみる」

「は?」

「ああ、銀葉ぎんよう様なら詳しいかもしれない」

「待て!それはやめろ!」


 銀葉に伝わればその父である銀杏ぎんきょう薫衣くんいにも伝わってしまう。お喋りな年頃の女の子は秘密なんて守らないし、端花は秘密にして欲しいとも言わないだろう。


(銀杏様ならまだしも、薫衣様は勘弁だ。あの人、端花に気があるだろ)


「端花、落ち着け」

「落ち着いてないのは誠也だろ」

「いいから!」


 からかうような笑みを見せた端花に、不意に胸が高鳴る。好きな人に好きと言われれば余計に意識してしまう。誠也は長年の経験をいかして表情を硬くする。


「ゆっくりでいい。そんな他人に聞いて回るようなことはするな。焦っても答えは出ない」

「必死だな。でもわかった。誠也のためにも、自分でゆっくり考えてみる」


 端花は楽しそうに笑った。

 決して結ばれることなどないというのに、どうしてそれほど前向きでいられるのか、誠也は不思議でしかなかった。それでもその気持ちは疑わないことに決めたのだ。

 端花が前向きに自分の感情について考えている限り、誠也もまた、急いで感情を処理する必要もないように思えた。一生引きずると思っていた気持ちを受け止めてもらえるかもしれない、その淡い期待だけで、誠也は少し息がしやすくなった。


 だが、端花には、ゆっくりと考える時間など残されていなかったのである。

ここまで前の話にまとめる予定でした。

無理でした。

かなりゆっくり進めましたが、次からは逆に展開はやいです。

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