邪気を操るもの
「命神様はその者に心当たりはございますか?」
銀杏の言葉に、双結は首を横に振った。
「いや、ない。おそらく、天界の誰も知らぬだろう。六神が知っていたとしたら、このように端花に面倒なことはさせまい。
命を終えた魂をまた新たな命とするのが六神の役目。地上のことに干渉しない神でも、死んだはずの端花の魂を天界で受け入れられないとなれば、それは自身の役目に関係する。実際には死んでいなかったが、そのような不手際が起きるのは今回が初めてだ。もしそのものの存在を知っていたのなら、神が直接動いているだろう。原因がわからないから、端花に行動させるのだ。もちろん、端花の死を設定することでこの問題を解決する意味もあるが」
双結は懐かしむように、悲しむように眉を下げる。
「知っているとするなら、創造主のみだろう」
創造主はこの世界をつくった神であり、六神、もとは七神をつくった神でもある。
「頸神様も同じように考えられたでしょうね。命神様が源泉の核から避難されたことを知っていたのであれば、命神様を追いやった邪気、ひいてはそれを操る者にその時点で気づいていたはずです。創造神はなんとおっしゃったのでしょう?」
地上のことは神々が全て把握している。彼らにわからぬことも、この世界をつくった創造主ならばわかる。そう考えての銀杏の言葉に、命神は深く息を吐いて項垂れた。
「頸神は創造主に話を伺ってなどいないだろう」
「それは、どういうことですか?」
神々の事情は、永年預泉を務める銀杏にしかわからない。端花と誠也は次々と交わされる言葉を理解できないまま、じっと話を聞いていたが、端花はふと、隣に立つ双結の手を取った。双結はその手を握り返し、深い悲しみを滲ませて口を開いた。
「六神、いや、七神であった時から、我々は、創造主と話すことができていない」
銀杏は驚きのあまり、がたりと椅子を鳴らして立ち上がった。
「そんな!!」
「創造主と話す機会はもとより多くなかったが、ある時から、こちらからの呼びかけに応じる頻度が徐々に減り、遂には途絶えたのだ」
七神の間には動揺が走った。だが、神々の感情は人間ほどではない。また、創造主がいなければ彼らの役目が果たせないということはなかった。もちろん、人間でいうところの親にあたる創造主に会えないのは寂しさが募るが、だから何と言うこともなく、創造主と接触しない人間には関係のない話だ。いくら在位が永かろうが、人間であることに変わりはない銀杏には伝えられなかった。
「では、いったいどうすればよいのです?神々でさえ知りようのないものを、我々で探すことができるのでしょうか?」
端花は繋いでいた双結の手を離し、銀杏に向き直った。
「できると思いますよ」
「端花?!」
驚いたのはみな同じだが、代表するように誠也が叫ぶと、端花は「たぶんですけど」と付け足した。
「神々が知りえないとするならば、やはり創造神です」
止めようとする誠也の口を、双結が物理的に封じる。
「端花、続けろ」
「話の流れから考えると、私の魂を二分したもの、頸国の棺守と左腕、右腕の浄化士に神降ろしを強制したもの、私以前に邪気を扱い心国の源泉の核を侵したものは同じものです。私はその時に神ならば可能だと思いました。ここでいう神とは天界の神々ではなく、神という存在です。
そして天界の神々にも知られ得ぬ存在ならば、創造神のような存在なのです」
誠也が落ち着いたところを見て、これ以上触れていたくないというふうに、双結は誠也の口から手を離した。
(いつも誤解するような言い方するなよ!)
誠也は銀杏の手前口にはしなかったが、端花には伝わったようで、きまずそうに目を逸らされた。だが誠也は知っている。その行為にはなんの反省も謝罪もなく、単に面倒なことから目を背けるためのものだ。端花は構わず話しを続ける。
「ここで鍵となるのが岩小国です。彼らは邪気の扱い方を知っていた。私という存在が生まれたことで口実ができ、そして死んだことで、厄介払いができ、死後に堂々と使い始めたのでしょう」
「ああ、彼らがその存在と関わっていることに間違いはないだろう。神のような存在であれば、泉力と同じように、その邪気を操る力を与えられると考えていい。その存在と岩小国のものにはつながりがあり、岩小国のものはその存在に邪気を扱う力を与えられた」
双結の言葉に端花は頷いた。
「だが目的が見えない。端花が死んでから力を使い始めたのだから、岩小国としては端花の魂が二分されている今の状況は都合が悪いのでは?」
銀杏は難しい顔をして端花に尋ねる。視線を受けて端花も眉をひそめる。
「そこが一番の謎です。創造神に近い存在についてはわかりませんが、岩小国の目論見は何となく予想できます。小国ならば、神戴国になりたいと思うでしょう。神戴国と小国の間には大きな差があります。源泉の主が人間の枠を超えて神々と並びますし、単純に土地の浄化作用も強くなります。
神戴国の席に空きが出れば、小国から一つ神戴国に上がるところがあります。まさか常国を突くとは思いませんでしたけど、心国が崩壊したことも、その目的があったのなら説明できます。実際に双結は源泉を失い、心国は胴国の預かりとなりました。心国の扱いが保留されているのは双結が消えることがなかったからですけど、本当に消えてしまっていたら、新たな神戴国が定められたでしょう。
そこまでは力を持つ者と岩小国の目的は一致しているように思えます。岩小国はそもそも、今の源泉の主である連神が連を興し、優秀な浄化士が揃ったことで発展し、小国になりました。ここにも邪気を持つ者の協力があったのであれば、両者は同じ志を持つか、目的が一致していて、長らく共にあったといえます。けれど、私の死に関して全く別の方向を向いています。魂を二分したのだから、力を持つ者は私を殺す気はなかった。私の昇天後、堂々と力を使い始めた岩小国は私が死んでいなければ不都合。このあたりから乖離がみられます」
「あまり考え過ぎもよくないでしょう」
誠也は心配そうに銀杏と端花を見る。
「仮説が立って、話を進めたい気持ちはわかります。けれど、わからないことに頭を悩ませるのはよくないのでは?
創造神に近い、邪気を操る力を持つものがいる。岩小国と関係があり、恐らくその連神とも繋がりがある。神戴国の座を狙って心国を滅ぼそうとした。邪気を操る力を手に入れた端花が現れ、死んだことにより力を使うようになった。端花の死を境に岩小国と目的を違えた。
ひとまずはここで十分でしょう」
全くわからなかったことが一気に進んですぐに片付けたい気持ちはわかる。だが、そもそもの始まりは仮説なのであり、いくらその可能性が高かったとしても確定事項ではない。
「神戴国に邪が発生している異常事態の今、神代主様もお忙しいでしょう。あまり休まれていないのではないですか?
もともとは仮説について報告するまでの予定でした。これ以上このことについて話すより、お休みになられた方がよろしいかと」
「心配してくれてありがとう」
銀杏は苦笑した。話し合いをするほどの時間を取っていなかったことは、誠也に見抜かれていたらしい。
「すみません、銀杏様」
端花ははっとして謝罪した。
「謝らなくてもいい」
銀杏はゆっくりと首を振った。
「私としては嬉しいよ。君ははじめ、あまりにも自分の状況に対して興味がなかった。どうして今の状況になってしまったのかも、転生のために誰かを愛そうとすることもなかった。君自身に起こったことについて、ここまで関心を持てたことはよい変化だったと思うよ」
そもそもは端花の状況に、優妃が関わっているかも知れないということから原因を探し始めた。それがいつの間にか、自分の身に何が起きたのかについて考えるようになった。
昇天する前は優妃に盲目的に想いを寄せていたが、様々な場所での浄化を通して、人と話して、端花は自分で考えることができるようになっていたのだ。
銀杏は口にしなかったが、そういった変化も含めて、端花を肯定した。
「ありがとう、ございます」
端花は一度目を見開いてから、恥ずかしそうに微笑んだ。銀杏は頷いて答える。
(昔の端花に戻ったようだ)
昔、とはもちろん端花の昇天前ではあるが、それよりも更に前である。小国を滅ぼす前の端花だ。
端花は表情に乏しい。それは変わりないが、笑うこともあれば、怒ることもある。銀杏は直接端花と話したことはなかったが、優妃や蛍草を通して話を聞いたことや、遠目に見たことはある。その中には確かに、彼女の人柄のようなものが感じられたのだ。
だが、追われる者となった端花は抜け殻のようになり、地上に降ろされた彼女に会った時も、どこか欠けているような気がしていた。
目的のために強い意志を持つのは変わらずだったが、それでも彼女は常に優しさを持ち合わせていた。いくら優妃に傾倒していたとはいえ、源泉を涸らして回ることを何とも思わないはずがないのだ。
それは彼女の師である妖優妃も同じであった。
銀杏の胸の中に、消化できなかった疑念が広がっていく。
(なぜ優妃は地上に来たのだろうか。『ある国を探さなければならない。そして、阻止しなければならない』……。ある国とは本当に心国で合っているのであろうか、阻止すべきは神戴国の崩壊だったのだろうか?
阻止すべきが神戴国の崩壊であったのなら、彼女はどうしてそれを知っていた?それに、もし『ある国』が特定できず阻止できなかったとして、心国の崩壊が起きてから心国に向かうのが遅すぎる。手遅れだからと見送るような子ではない。神戴国の崩壊自体が阻止すべきことではなかったのか?
もし、優妃が岩連神、ひいては岩小国の目論見に気づいていたとしたら?岩小国と特定はできずとも、そのような怪しい動きを感じ取っていたのではないか。そしてそれを感づかれ、連神に落とされたのだとすれば、地上に来た説明もつく。
しかし今度はなぜその後誰にも何も相談しなかったのかがわからない。蛍草になら頼れそうなものだが。神のような存在であれば、口を封じるのは簡単だったのだろうか。単に殺してしまってはあまりにも怪しいから、口を封じるようにしたのだろうか)
「銀杏様!」
はっと顔を上げると、心配そうにこちらを睨む誠也と目が合った。
「眉間にしわが寄っておられますよ」
「すまない、今度こそ休むよ」
誠也は滅多に銀杏の名を呼ばない。それほどひどい顔をしていたのか、と銀杏は額に手をやり、眉間をほぐすようにさすった。
「私達も、一度自国に戻ります。くれぐれもご自愛ください」
誠也が礼をし、端花もそれに倣う。
「ああ、ありがとう。また会おう」
「失礼いたします」
二人が退室した後、誠也を慕う若い浄化士がやって来て銀杏を寝台まで案内した。それはほとんど見張りのようなもので、銀杏は心配性な息子に笑みをもらした。
話し合いは終了です。
次回は誠也の母が登場します。




