棺守の共通点
端花は左脚国神代主に感謝され、盛大に宴を開いてもらった。藍蝶の一件を解決する間に端花に助けられた国民も集まってきて、預泉が止めてくれなければいつまでも続きそうな勢いだった。
優妃からある程度の知識を叩きこまれていた端花は、藍蝶と名付ける予定の夢誘いの花についてわかっていることをまとめさせられ、研究にも参加させられた。研究自体は嫌いではなかったけど、師匠を思い出して少し寂しい気持ちになった。
いくら急ぎではないと言っても、左脚にあまりにもとどまり過ぎたので、右脚国囲山家麗家から呼び戻しの手紙が届いた。
「端花、本当にありがとうございました」
「蛍草様……。
私は、左脚にしていただいた恩を少し返しただけです。師匠と私は埋葬さえ許されない罪人でした。こうして左脚の土に師匠が還れたのは、ひとえに、蛍草様と華蘭様のおかげです」
「端花、それは左脚を預かる者にとって、陸神様を源泉の主として戴く者にとって当然のことです。今回のことは、素直にお礼を受け取ってくれるかしら?」
蛍草は困ったように微笑んだ。
「はい、そういたします」
端花も気が抜けてふと笑みをこぼす。
「端花、あなたは今までにこの地に生を受けた誰よりも数奇な運命を辿っているように思います。けれど、あなたならば、その先にある真実を掴めると、私はそう信じていますよ」
「蛍草様にそう言って頂けると大変心強いです」
端花は預泉に挨拶をして、左脚を後にした。
左脚と右脚は隣接しているので、徒歩での帰りとなった。源泉に近い方は豊かで土地も浄化されていたが、国境辺り、特に右脚や左脚の南にある国との境では浄化が行き届いていない場所が多く、端花は請われるままに浄化を行った。
「遅い」
「ごめんなさい」
自分でも道草を食っている自覚はあったので、端花にしては珍しく誠也の叱りを受け止めて謝った。
左脚で長く引き留められても暇を乞わなかったのも、道中浄化を行ったのも、誠也と向き合うのが怖かったからだと端花も気づいていた。再会して初めての言葉がお叱りの言葉であって良かったと思うことはあまりないだろう。
「あんまり遅いから頸国から聖獣が送られてきたぞ。お前が戻るまで世話をさせられたこっちの身にもなってみろ」
「それは私のせいじゃない」
「間接的にお前のせいなんだよ!」
「いたっ!」
誠也に額を弾かれて端花は両手でその場所を押さえた。
頸国から送られてきた聖獣は喋る仕様のもので、やれ飯がまずいだの、やれ退屈だの世話する誠也にさんざん文句をつけたらしい。
(半分八つ当たりだ)
それでも自分の帰りが遅かったことは申し訳なく思っているので、端花は大人しく誠也の部屋を出て自室に戻った。久しぶりのはずの部屋は隅々まで掃除が行き届いている。誠也の屋敷には使用人がいなので彼がしてくれていたのだろう。
(誠也に、私の師匠への愛は、誠也が私に向けるような愛とは違ったと言うべきだろうか)
端花は腰から精霊剣を抜くと、壁にもたれかかって座り、精霊剣を胸に抱えて体の力を抜く。
(いや、きっと誠也はわかっていたな。それでも言わなかった。師匠の話をした時、双結と視線を交わらせたことがあった。双結が言わぬようにしてくれたんだろうか……)
ぎゅっと精霊剣を抱きしめると、応えるようにかたりとなった。
翌日、端花と誠也は再び頸国に発った。およそ一月ぶりの来国だが、頸国の者は快く迎え入れてくれた。
「聖獣での移動は疲れただろう。どうぞ、中に」
神子である薫衣が門で出迎えてくれた。誠也に向ける視線には嫌悪が混じっているが、端花には柔らかく微笑みかけた。
「清、銀葉が待っている。君はこちらへ」
「薫衣様、」
「ああ、誠也殿。あなたは客室へ。使用人が案内しましょう」
誠也としても友人関係にある銀葉の名前を出されてはついて行くわけにはいかない。薫衣も行く必要はないが、彼は銀葉の兄である。
薫衣は晴れ晴れとした笑顔で誠也を見送ってから端花を銀葉の部屋へと案内した。
「清、君にまた会えてうれしく思うよ。この間教えてくれた実があっただろう?その粉末を使用するようになってから、酒の席に参加するのが嫌ではなくなった」
「薫衣様のお役に立てたようで、何よりです。ご案内いただきありがとうございます」
扉の前で薫衣と別れた端花は、以前誠也がしていたことを思い出して口を開く。
「神子様、右脚国囲山家麗家預かり清です」
そう言うと、扉が独りでに開いた。
「清、久し振りね」
神子は立った状態で端花を迎えてくれた。勝気な瞳は変わらないが、どこかふっきれたような優しさがあり、あどけなさが払拭されていた。
頸国の色である白と銀で統一された衣装に艶のある黒髪が流れているが、以前とは違い、その頭に色鮮やかな簪がつけられていた。
「神子様、お久しぶりでございます」
「ふふ、堅苦しい挨拶はいいわよ。さあ、まずは着替えましょう!」
神子は端花の腕を引いて部屋の中に招き入れた。相変わらず使用人は部屋に見当たらなかったが、彼女の部屋は綺麗に整えられていた。
「神子様、私は――」
「だめよ、着替えるの。久々に士服を着てわかったけど、士服って男女であまり変わらないじゃない?浄化で来たのでなければ、士服なんて脱いでしまいましょう。年頃の女の子がこんな質素な服を着るなんてあり得ないわ」
端花は服に興味があるわけではないのだが、神子があまりにも楽しそうにするので結局着替えることにした。そしてその前に、旅の汗を流そうと湯浴みをすることになった。
「は~、気持ちいいわ。誰かと一緒に入るのもいいわね」
誠也の家にも常にいる使用人はおらず、もともと優妃といる時は自分で準備していたので、端花はてきぱきと湯を用意した。誰かと一緒に入る風呂は久し振りで、端花も同意するように頷いた。
「そういえば神子様、浄化士になられたのですか?」
「んー?ああ、そうね」
神子は照れ臭そうに笑った。
「もともと私は浄化士ではあったの。浸泉授力もしてるし、父様も素晴らしい人だから、その辺の神力授与済みの浄化士よりも役に立つとは思うわ。
兄様が無理やりに進めるものだから修業は終えたけど、浄化士になりたいとは思わなくて、ずっと宮に閉じこもっていたのだけど、父様の側に長く居るためには神力授与を受けるのが一番だから」
長年抱いていた不信感が消えた今、神子は父を悲しませないためにも、長く一緒にいるために浄化士の道を進もうと決めたのだろう。そこは兄の薫衣と同じ考えだが、まだ兄に対する反抗心は残っていそうなので端花は何も言わなかった。
「そうなのですね」
「それにね、」
神子は端花にぐっと近寄って、にんまりと笑った。
「右腕の神子様は浄化士も兼ねているのですって。剣技を得意とする右腕では預泉となることはなくても、神代主も浄化士として役目をはたしているらしいの。
つまりね、運がよければ任務で右腕の神子様と会えるのよ」
「そうなのですね」
瞳をきらきらとさせて語る神子は、普段より何倍も魅力的に見えた。
「銀葉様は、右腕の神子様を愛してらっしゃるのですね」
「あ、愛して、いや、うう……」
銀葉はぽっと顔を赤らめて、誤魔化すように顔を半分ほど湯船に沈めた。
「ま、まだ恋、かしら」
「恋?恋は愛とは違うのですか?」
「違わないけど!違うのよ!清にはまだわからないかもしれないけれどね!」
実際には銀葉も大した違いなどわからないのだが、端花もその手の話には疎く、最近自分の想いの形に気づいたばかりであったので、神子の話を鵜呑みにした。
「なるほど、神子様はとても物知りでいらっしゃいますね」
「清が知らなすぎるのよ。そうね、今日は私が恋について教えてあげるわ」
風呂から上がり、士服ではなく華美な衣装に着替え、食事を取ってから神子の寝間着を借りて一緒に寝台に入った。神子の話は夜中まで続き、端花は眠い中でもその話が楽しくてついつい夜更かしをしてしまうほどだった。
*
神子と楽しく過ごした翌日は誠也と共に神代主の部屋へと向かった。
「久し振りだね、端花。話は誠也から聞いているよ」
神代主は穏やかな笑みで迎えてくれたが、顔色はあまりよくなかった。
「左脚では驚いただろうね。君の代わりに誰かの遺体が埋葬されていただなんて」
今回頸国を訪れたのは、端花の遺体が入れ替えられたのが頸国であるからだ。もし端花の身体が予想通り岩小国にあったとして、入れ替えが起きたのは頸国で間違いない。端花は処刑されるその日まで端花であったのだから。
「けれど、賽の棺を守っていたのはただの棺守だ。君の時は怨邪を恐れて左腕の士が代わりを務めていた。双方とも埋葬前に棺に干渉がある点では同じだが、その二人に共通点はないよ」
確かに、当時世間に恐れられていた端花と優妃の棺を国の棺守に任せる訳にはいかないだろう。結界を得意とする左腕に頼むのは納得がいく。
「しかし、では一体誰がいつ私の遺体を入れ替え、賽様の簪を盗んだのでしょう?二つの件が関与していなくとも、入れ替えが考えられるのは棺に納められてから埋葬されるまでの間。その点は一緒だと思います」
「そうだね。私もそう思ったよ。もしこの二つの件が全く関係がないのであれば、私も君をわざわざ招くことはしなかった」
神代主は声を一つ落とした。
「奇妙なことにね、賽の棺守も君の棺守を担当した左腕の士も、当時の記憶がおぼろげなんだ」
「どういう、ことですか?」
「この二つの件に関して真っ先に疑われるのは棺守だ。君が左脚に行く前、私は賽の件を解決するために当時の棺守を訪ねたのだが、彼は身の潔白を主張した。
もう引退した身だが、給金はしっかりともらっていたし、金欲しさに簪を盗むわけがないと主張してね。怨邪の話が出なかったことを考えると、彼自身が今回の騒動に関わっているとは思えない。
だがいざ当時の話を詳しく聞き出すと、どういうわけか彼は答えられないことがあったんだ。彼自身も戸惑っていたよ。彼は自分の仕事に誇りを持っていて、どんなことでも聞いてくれと自信満々だったんだ」
賽の棺を守っていた日付、時刻、引き渡しの状況から埋葬への流れまで、何の記録を見ることもなく瞬時に答えた棺守。だが、時を細かく刻んでいくと、途端に口を噤んでしまった。
「彼は棺を訪れた者を順番に告げることもできた。けれど、どうしたわけか、銀葉が訪れたこと、私が二度訪れたことは言わなかった。彼の記憶にはないそうなんだ」
指摘しても棺守は全くわからなかったそうで、混乱に陥った。当時を思い出そうと記憶を探ると、脳に靄がかかったようになり、神代主が指摘した前後を思い出せないのだという。
「左腕の者も同じでね、そちらは棺を受け取ってから引き渡すまでの記憶が丸々ないらしい。彼の方は棺を渡す時の記憶はあったが、それまでのことは重要な任務に緊張していて頭に残っていないのだと、重責から解放された瞬間から記憶があるのだと思っていたそうだ」
そんなことがあるだろうか。
事件が起きた棺を守っていた彼らにだけ、記憶がはっきりとしないことがあるなど。左腕の者が緊張していたのは確かだろうが、それほどまでに記憶が飛ぶことがあるのか。頸国の棺守にいたっては、肝心な部分だけが抜け落ちている。
「端花、何か思い当たることはないかい?」
神代主の問いに、端花は首を横に振ることしかできなかった。
「記憶を混濁させる薬ならいくつかありますが、頸国の者のように記憶を指定して消すようなものはありません。意識を朦朧とさせる薬でも、効果が切れた直後におかしいと気づきます。今まで気づかずに過ごしてこれたり、緊張していたのだと済ませられるほどの違和感ではないです」
言いながら、端花は一つの可能性に行き当たった。
「降邪なら……」
降邪は神降ろしの儀を転じたもので、正道ではあるが端花のように邪気を扱う術がなければ邪に体を乗っ取られる。怨邪との意思疎通が難しい場合やその正体がわからない場合に、危険を承知で邪を降ろす。肉体を得た怨邪は自分の肉体を得て言葉を発する。名探りでも名を見つけられない場合に取られることが多い手段だ。邪を降ろした人間は邪が浄化された後、降邪をしていた時の記憶が飛ぶ。しかし、彼の身体自体は正常に動いているため、自身の脳にはぼんやりと行動していたような記憶が残るのだ。
「だが、棺守が望んで降邪をするか?」
誠也の言葉はもっともだ。左腕の士ならともかく、ただの棺守は降邪のやり方も存在も知らないだろう。知っていたとして、実行しても二人に何の得もない。
「だが効果としては一番近いね」
「そうですね。一度、降邪の可能性も視野に入れて左腕の者に話を聞きに行きます。頸国の棺守はわからないでしょうが、左腕の士ならば降邪についての知識はあります」
「そうだね。その視点があれば、彼もまた何か違う意見を持つかも知れない」
誠也の提案に神代主は頷いた。端花としても異論はない。
「私から先に報せを送っておこう。二人は明日、移動するように」
かくして、頸国に来て直ぐ、誠也と端花は左腕へ行くことになった。
端花は自分の変化に戸惑ったまま、事態は進みます。
次は左腕へ。できれば右腕にも行きたいです。
続きます。




