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瑠璃繁縷の未練(上)

 地上には十二の神戴国しんたいこくと数十の小国しょうごくれんが存在した。

 神戴国とは創造主によりつくられた六神ろくしんを源泉の主とするけい国、どう国、右腕うわん国、左腕さわん国、右脚うきゃく国、左脚さきゃく国と、六仮神ろくかしんを源泉の主とするらい国、そう国、しゃ国、じょう国、国、すう国のことである。


 その神戴国の一つ、右脚国。またの名をすい国といい、右脚神うきゃくしん――海神かいしん清麗神せいれいしんともいう――を源泉の主とする。水が豊かな国であり、聖水などが名産として知られる。端花が落とされた先はそこだった。


「あんたがせいか?」


 目を開いた先に、一人の青年が立っている。

 白と青の士服に身を包み、腰には剣を、背中には弓矢を背負っている。既に神力授与――源泉の水を飲み、不老の力を得ること――が承認された証として、二つの青い飾り玉を腰ひもにつけている。


誠也せいや……」

「お前、俺の名前を知っているのか」


 端花は彼を知っていた。

 彼の名は麗誠也れいせいや。右脚国の囲山いさん家の出身であり、十六の時に神力授与を済ませた不老の浄化士であった。

 囲山家とは、主に神戴国における浄化士の一族であり、国の源ともいえる源泉を預かる預泉よせん家の次に力のある四家のことである。

 彼は神代主しんたいしゅ――神に代わり国を治める者――に宮殿に呼び出され、清麗神直々の命を受け、予定通り庭先で端花を迎えた。

 曰く、生前に邪道の罪を犯した者の魂の浄化を手伝って欲しいとのことであった。これを成功させれば、十二年毎の神力授与の更新を一度免除できる。


「まあ六神直々の依頼だから、俺の名も知っていて当然か。で、お前は清でいいのか?」

「うん」


 端花が死んで何年経っているのかは知らないが、妖端花ようたんかは未だ悪名高いのだろう。天界が用意したであろう清が、彼女の名となった。


「じゃ、清、今のその白装束を脱いで、水国の士服に着替えろ。生前は浄化士だったんだろ?着方はわかるな?」

「うん」


 答えて、白地に青の刺繍の施された士服を受けとる。


「着いてきな」


 誠也に案内されたのは小さな部屋だった。つるりと磨かれた床に文机と座布団が置かれているのみで簡素だったが、元々外を旅することの方が多かった端花にとってはそれで充分事足りた。


「ここがお前の部屋だ。着替えたら門の前まで来い。場所はわかるな?」

「うん」


 来た道を戻ればいいだけの話だ。

 端花の返事を受けて、誠也は廊下を戻って行った。

 端花はすぐに襟が逆の白衣を脱いだ。それはこの世の物ではないので、脱いだ瞬間に消えた。代わりに現れたのは生前端花が愛用していたのと同じ形の下着と、上衣、下衣だった。ついでのように愛用していた精霊剣まで置かれている。

 薄い袖なしの太ももまでの下着を着てから上衣を身につけ、その裾を押さえつける様にして下衣を穿く。その上に袖がなく、足首程まで長い士服を羽織り、前の襟を合わせてから青い帯で留める。帯に精霊剣を差す。

 廊下に出て庭に下りようとしたところで黒い丈の長い靴を発見し、通常より膨らみの小さい袴の裾ごと足を突っ込んで、靴に通してある紐を結ぶ。

 端花が落ちてきた門の前には、既に用意を済ませた誠也が立っていた。


「思ったより早かったな。それじゃ、行くぞ」





 誠也と端花が向かったのは、右脚国の端にある小さなしゅうだった。集や、集が集まってできたぐんは源泉がなく、土地の浄化の力が弱い。浄化士の仕事はもっぱら集や郡で行われた。


「お前がいつの時代の人間か知らないが、十五年ほど前、妖端花という若い浄化士がいた。十四で神力授与ができるほど優れた士だったが、ある時から小国の源泉を涸らして回るようになり、ほとんどの源泉が失われた。復興したところもあるが、大抵は源泉の主である天界の連神が消えちまって、どこの国も荒れに荒れてる」


 小国とは神戴国の次に大きな国である。神戴国も小国も連や郡、集が集まってできたものではあるが、小国が主とするのは上位の連神達である。どこかの仮神の神戴国が力を弱めた場合、連神が仮神に昇格し、その国と入れ替わって神戴国となる。


「神戴国の源泉は無事だが、浄化士は妖端花を止めようとして命を落とし、浄化士の数は足りないし、今までより国境の集での邪の発生が多くなっている」


 邪とは穢れの総称であり、人が死んで昇天する際、魂と分離されて地上に残る気でもある。神戴国では聖水で死者の体を清めれば誰でも浄化できるが、源泉の力が弱いと浄化士が向かって邪を祓う必要がある。

 その他にも特別強い思いを持って死んだ人間は邪気が強く、神戴国でも浄化士を呼んで処理する。その邪を怨邪おんじゃと呼ぶ。


「今回のはおそらく怨邪だな」


 誠也は旗の立ててある家を見つけ、足を止めた。

 その家には老夫婦と、若い娘が暮らしていた。


「わざわざこんな辺境までご足労頂き、ありがとうございます」


 話は老婆がしてくれるようだ。

 誠也と端花は狭い家内の食卓に座るように言われ、老婆と娘と向かい合う形で席についていた。


「つい半月ほど前の話です。もう寝ようと明かりを消して布団に潜り込んだ時に、誰かが戸口を叩きましたので、夫が外を確認しに行きました。しかしそこには誰もいなかったのです。

 悪戯だと思いましたが、それが翌日も、その翌日も続き、もう半月続いています。これは邪の仕業だと思い、浄化をお願いした次第です」

「なるほど。もう少し詳しく聞いてもいいですか?」


 何度か質問をして、誠也と端花は周辺を調査することになった。

 邪や怨邪はその人が死んだ場所か、馴染みのある場所で発生し、異常を起こす。しかし今回の家には三人以外家族がいたわけでもなく、半月前に発生したのであれば、その家族の前の住人というわけでもない。


「まずは半月前に死んだ奴がいないか、確認するぞ」


 近くの住民や隣の集に行って話を聞くも、ここ半月どころか半年の間に死んだ人間はいないという。

 半年もたっていれば、腐っても神戴国の領土、邪が残っていても浄化されるはずである。となれば他の郡の話かも知れないが、そうするとあの家との関連がわからない。


「もうすぐ夜になる。あの家の前で待ってればわかるんじゃない?」

「そりゃ邪だったらな。もし怨邪だったらどうすんだよ。こんだけ手がかりがなきゃ名前を割り出すまで相当時間かかるぞ。つーか、お前かなり無礼だな?俺は神力授与を二度は受けた浄化士だぞ」


 端花の方は誠也を誠也として認識しているが、誠也にとって端花は、邪道による穢れで天界を追い出された元浄化士・清である。どのくらいの実力があるのかもわからない。邪道に身を落とすくらいだから下級の浄化士だろうと考えていた。


「それは申し訳ない。けど別に怨邪がみな名を明かさないわけではない。戸を叩く以外の行為をしていないとなると、恨みがあるわけでもなさそうだ。

 怨邪は何も怨念を抱えた邪気のみを差すわけではない」


 知らないのか?と心配そうに見てくる端花に、誠也のこめかみがぴくぴくした。


「それくらい知っとるわ!もういい、お前はあの家で待ってろ!俺が解決する!」


 怒って行ってしまった誠也について行く義理もなく、端花は大人しく依頼主である家に引き返した。


「はい、どうぞ」


 家の娘は、りんと言った。両親は出稼ぎに行っていて、幼い頃から祖父母と暮らしているのだという。年のころは十六。端花が死んだ時の年齢だった。

 おさげにされた髪はぱさついて、艶がないが、そばかすの浮かんだ顔は輪郭が丸く、垂れ下がった目が優しい印象を与える。


「これは?」

「ふふ、珍しいでしょ。これはね、左脚国の知り合いがくれたお茶なの。知ってる?隣の国なんだけど、薬草で有名なんだ」


 端花は大きく頷いた。何せ、端花の師である妖優妃が左脚国の出身なのだ。


「この葉をくれた人とは、親しいの?」

「親しい、というか。月に一度この集を訪ねてくるの。それで知り合いになったって、感じかなぁ」


 そういう少女の頬は赤みが差し、口元は緩んでいた。


(ただの知り合い、というわけじゃなさそう。それに――)


「その商人が来るのはいつ頃?」

「うーん、あと少しじゃないかな?今度はもっといい茶葉を持って来てくれるって、約束したの」

「その商人から他に物を買ったことは?」

「買った、ていうか」


 りんは言葉に詰まった。


「いつも、もらってるの。感想を聞かせてくれるのがお礼だって言うから」

「なるほど、ね」


 端花は一度家を出て、入り口の土を調べた。そこには予想通りの物が落ちていた。


「おい、しゃがみ込んで何してるんだ?士服を汚したら自分で洗えよ」


 調査を終えたらしい誠也が、怪訝そうな顔で言うと、端花はすっと立ち上がり、士服の汚れを払って落とす。


「心配はいらない。それで、収穫は?」

「お前なぁ」


 誠也はこの生意気な少女の礼儀を正すことを諦めた。正直、そんなことをするほど気力が余っていない。


「何もない。取り合えず日も暮れたし、適当に周囲を浄化して回って来た。これで一晩様子を見る。気配からしてただの邪であれば即刻祓う。そうでなければもう暫く時間をもらう」

「二回も神力授与をしたのに、怨邪を祓えないの?」

「お前喧嘩売ってんのか?怨邪は名を明らかにしないと祓えない。そりゃ追い出すくらいはできるが、どうせ戻ってくんのにそんなことしてどうする?悪意はないんだろ?泉力の無駄遣いは避けたい」


 説明を聞き終わらない内に、端花は家の中に戻る。誠也は自分の中の怒気を何とか抑えて、はぁと溜息をついた。


 *


「それじゃ、いいですね」


 夜も深まり、辺りが静寂に包まれた。老夫婦と孫娘を起こした状態で、誠也はその時を待った。

 彼自身は何もできることはないのだから、寝かせてあげればいいと思う。だが端花が今夜中に方をつけたいなら、家族の人も起こしておくべきだと言ったのだ。

 もし今日で無理だったら、今後は寝かせておくつもりだ。


「ああ、今回も俺が出た方がいいのか?」


 いつも外を確認するのは娘の祖父の役目だという。


「いいえ、私が出ます」

「君が?」

「はい、確認したいことがあるので」


 自分に対する態度とは打って変わって丁寧に話す端花に、


(ちゃんと喋れるんじゃないか)


 と、誠也は内心舌打ちした。


「危なくないのか?」

「ご心配なく」


 老人の心配に、端花は笑みを返しただけだった。

 時間が経ち、外で風が強く吹いたかと思うと、家の扉が叩かれた。

 コンコン、コンコン。

 弱々しくあるものの、確かに聞こえた音に緊張が走る。


「誠也、いちおう結界を張って。では、開けますよ」

「あ、おい、待て!」


 慌てる誠也をよそに、端花が扉を開ける。

 そこには闇夜が広がるだけで、誰の姿も見えなかった。


「俺は左腕の士じゃないんだ!急に結界を張れとか言うな!」

「できたんだからいいでしょ。さすが二回も神力授与を済ませただけある」

「引きずんな!」


 誠也を無視して、端花は外に出た。

 暗い闇の中に、ぼんやりと人ような形の光がある。これは、おそらくあの家族の誰にも見えていないはずだ。

 端花がしゃがむと、それを認識できる誠也が目を見張って結界を強くした。端花の先にある光に気づいたからだ。ただの邪は霧のように薄くたなびく。人の形をとるのは、怨邪である。

 そしてもう一人、怨邪が見えていないはずなのに顔を強張らせた者がいた。


「あれ、こんなところに葉っぱが――」


 端花が地面を探って目的の物を掴み上げると、音もなく老人が倒れた。こちらに駆けてこようとして結界に阻まれたのである。


「さて、一度お話をしましょう」


 端花は家の前に佇んだままの怨邪を放置して、家の中に入った。

続きます

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