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頸国にて(五)

 入り口に近づくにつれて負傷者が増える廊下を抜け、表に出ると、異様な光景が広がっていた。


(なんだ、これは……)


 複数の浄化士が一体の怨邪に対応していたのではない。二十はいるだろう怨邪おんじゃが、浄化士たちに襲い掛かっていた。

 通常、邪は人には見えない。実体を保つことも難しく、人に害をなすといっても悪夢をみせて精神的に追い詰めたり体内に侵食して病のもととなったりするのみだ。

 しかし稀に、強力な怨邪は恒常的に実体を持つようになる。そして邪気が膨らみ過ぎると、今回のように分裂して増殖する。


(宮中には入れないようだが、門前でも普通の邪なら近づかない。それにここまで邪気が強いのも珍しい)


 異例ずくめの事態に状況の把握が遅れたが、端花たんか誠也せいやに言われた通り、怨邪に対処するよりも負傷した浄化士や巻き込まれた宮の使用人の救助にあたった。

 動けない人を抱えて宮中と門の外を行ったり来たりを繰り返すうちに、今回の騒動の情報が集まってきた。


「まったく邪の気配などなかったのです。それが、宴が始まった頃でしょうか、突如門の前に怨邪が出現したのです」

「最初は一体だったのですが、徐々に膨らんで五十ほどに分裂しました」

「二十ほどに数を減らしたのですが、その頃には動ける者がだいぶやられてしまい」


 今回宴に出ていたのはかなり実力の高い浄化士ばかりである。そんな中残りの者で数を半数以下に減らせたのは流石神戴国(しんたいこく)の浄化士といったところか。

 警護として囲山家いさんけの一つは今回の宴に参加していない。今残っているのはほとんどがその囲山家の者であり、泉力せんりょくはあるが、一度に多数を攻撃できる術を使うための札が切れ、剣で一体一体相手するため膠着しているらしい。


「怨邪の名はわかりますか?」

「いいえ、まず邪気が強すぎて実体はあるのに姿が定まらず人相がわかりません、次に残留する土地や執着するものも急に現れたのでわかりません、最後に、名を聞き出すための術を作動させる時間が足りません」


 情けない顔で端花に運ばれる若い(とはいっても見た目は端花より年上に見える)浄化士は、座学通りの順で邪の名前を引き出す方法が取れなかったことを説明した。


「なるほど、ありがとう」

「痛っ」


 端花は礼を述べて雑に浄化士を宮中に放り込んだ。


「端花!」


 外に引き返すところでようやく誠也が合流した。剣を差し、弓矢を背負っている。


「どうだ、名はわかったか?」

「ごめん、思ったより状況が悪くて救助を優先した」

「そんなにか?」

「うん、外に出たらあんまり喋ってる暇もないと思う。そこで誠也」

「ん?」

精霊剣せいれいけんを使ってもいい?正道の名探なさぐりだと時間がかかり過ぎる」


 許可を取るということを覚えた端花に誠也は感動しかけたが、端花の目は真っすぐ前を向いており、どうやら形式上訊ねただけみたいだ。


「俺がダメだって言ってもやるつもりだな?」

「否定はしない」

「即答かよ……。お前、神子様の所に行く時も言ったからいいやって思っただろ?俺は何も答えてなかったのに」

「誠也、今は怨邪に集中しないと」

「わかってるっつの!ああ!説教は後だ」

「だからそう言ってるでしょ」


(後でも説教はごめんだけど)


 悪びれもせず淡々と言い返す端花に、誠也は共に過ごす中で身につけた諦めを装備した。


「状況は?」

「怨邪が二十ほどに分離してる。もとは五十。囲山家の浄化士30人弱が応戦中。札が切れて剣を使ってる」

「なるほどな」

「私がすることは?」

「とりあえずは名を聞き出せ。お前の方法は邪の名前など関係ないかもしれないが、今回ばかりは正攻法でいった方が早い」


 邪気を使った浄化の仕方はいくつかあるが、端花は主に邪の未練を晴らすことで浄化をしてきた。今回のように凶暴で話を聞き説得するのが難しい怨邪は、名を聞き出して強制的に浄化した方が手間がかからず浄化の見通しもつきやすい。


「後はそうだな、できれば一か所に浄化士を誘導しろ。『状況が悪くて救助を優先した』ってのは、浄化士が散って戦っていて、怪我人が邪魔だったってことだろ」

「そうともいう」

「神代主様のことだ、後続に余分に札を持って来させるとは思うが、それまでは札のない頸国の浄化士は囲山家でも当てにならん。せいぜい当主とその直系くらいしか使えんだろう」

「じゃあ門の前に浄化士を集めよう。適当に結界を張れば邪もある程度はひとまとまりにできると思うけど……」

「分裂してた方が浄化しやすくはあるな」

「うん。一番濃い邪気の怨邪だけ誠也の前に固定しよう」

「頼む」


 誠也の浄化を手伝う形は初めてだったが、二人は一月以上ともに浄化を行ってきた。それに端花が昇天する前も共闘の形を取ったことはある。お互いに何ができてどう考えるか、短い会話で連携が取れるようになっていた。

 門の外に出ると、また動けない浄化士が増えていた。怨邪は頭がいいのか、機動力を落とすために脚を狙って攻撃していたのだ。端花はその辺の倒れている浄化士を邪気を使って寄せ、門の前に固めて置いた。浄化士たちはまた邪気に掴まれて怯えていたが、それが端花のものとわかって微妙な顔をしていた。


「札を渡すから結界を張って。できれば壁護神へきごしんに力を借りて欲しい」

「わかった、ありがとう」


 神力授与の証のある者は判断が早く、素早く端花から札を受け取り、浄化士を囲む壁を作り出した。

 それを尻目に、端花は邪気を使って邪気の薄い怨邪を追いやり、一番濃い怨邪を誠也の前に固定した。邪が離れたことにより、よく統率された囲山家の浄化士は門の前に集まった。


「助かりました、誠也殿――と、そちらは?」


 囲山家当主らしき男が誠也に礼をした。

 端花は頸国の姫君に衣装を借りたままだったので、彼は困惑したようだった。


「初めまして、右脚国囲山家預かりの清です」

「ああ、君が噂の清ですか。ありがとうございます」


 丁寧に礼をした当主に端花も深く返礼し、自分の仕事に向かった。


「ところで、これからどうなさるおつもりですか?」


 あまり打つ手のない当主は誠也に指揮権を移した。


「清が一番濃い邪気を持つ怨邪を私の前に固定します。それ以外は散らせたまま、集合しないように結界で隔離し、弓矢や後で届く札で浄化します」

「わかりました。しかし怨邪の名がわからなければ完全には浄化できません。だいぶ邪気は減らしましたが、一体に使う泉力が多すぎる。かなり削られますよ?」

「大丈夫です。そのうち他の浄化士も合流します。それに――」


 誠也は結界で誠也の前に怨邪を固定した端花を見る。


「清がすぐに名を割り出します」


 端花は自分の周りに簡単な結界を張り、腰に提げていた精霊剣の柄を握り、刀身を引き出した。

 真っ黒な刀身に真っ黒な鞘、それを飾る白い紋様。浄化士ならば耳にしたことのある精霊剣を見て、その場の浄化士に緊張が走った。

 端花は周囲の反応に取り合うことはなく、今回は双結を顕現させず、その邪気のみを引き出した。強い邪から名前を聞き出すには、端花の邪気だけでは足りなかった。

 端花は刀を握り、一番邪気の強い怨邪に飛びかかる。


「初めまして、お名前は?」


 襲い掛かる邪気を自身の邪気で払い、濃い霧のように邪気がまとわりついた怨邪の、その心の臓に剣を突き刺した。

 怨邪を囲んでいた邪気は霧散し、ようやく怨邪のはっきりとした人の形が現れた。

 豪奢な衣装は白地に銀――頸国のものであった。そして周囲にどよめきが走る。


さい様!」

『私は、賽』


 同時に怨邪が端花に名を告げる。


(周りの反応からすると、もしかして――)


「賽……?」


 柔らかい声が聞こえた。端花が後ろを振り返ると、驚いた表情の神代主がいた。宴に参加していた頸国の浄化士たちも、勢いをなくし、戸惑っている。


「母上……」

「母様……」


 父親の後ろに立っている兄神子も、唖然としているが、その後ろ、唯一門の中にいる妹神子だけが、忌まわし気に怨邪を睨みつけていた。


「そんな!賽様がお亡くなりになられたのは十年も前だぞ?!」

「どうして今……」

「ずっと天界に受け入れられずにおられたのか」


 怨邪はこちらの困惑には何の反応も示さず、急に増えた浄化士を襲い始める。


「まずは浄化だ!誠也の援護を!」


 真っ先に冷静になったのは神代主で、現場の陣形から意図を読み、誠也も含めた呆けている浄化士たちに指示を出した。

 ぎこちないながらも浄化士は動き出し、札を使って分散している邪に術を飛ばし始めた。

 端花は役目を終えたので、怨邪から引き抜いた精霊剣を仕舞い、邪魔にならないように誠也の後ろに下がった。


「誠也、名はわかったようだよ」

「そうだな、助かった。賽様!」


 誠也の呼びかけに、ようやく怨邪が反応し、誠也に向けて邪気を放つ。

 怨邪の浄化に名が必要なのは、その名の主導権を握るためでもある。意志のある邪は自身の名前を自覚し、それによって邪気を、自分自身を操っているのだ。それは酷く曖昧な自我でもあり、他者に名を知られれば怨邪は崩れやすい。それゆえに自身の名を呼ぶ者には反応し、攻撃する。浄化士としても避けたい事柄ではあるが、怨邪の名を呼ばない限りはその主導権を握れない。

 誠也は予め用意してあった札に最後の一筆を入れる。


「創造主が右脚、清麗神の水をわが手に」


 完成した札は光り、誠也は背中から弓を取る。矢は持たず、構えに入る。


「邪を破る矢となりこの地を清め給え!」


 誠也の手の中の札が形を変え、一本の矢となる。澄んだ水のような矢は誠也によってつがえられ、真っすぐと怨邪に向けられる。


「賽様、ご覚悟!」


 誠也は真っすぐに弦を引き絞り、狙いを定め矢を放った。狙い通り矢は怨邪を貫き、散っていた邪気が急に動きを止め、細かく分裂し始める。浄化が始まったのだ。


「う、うう、ああああ!!!」


 人の声とは思えぬ唸り声を上げた怨邪は、誠也に向けて残っている邪気を飛ばし始める。他の浄化士の元にあった邪気も誠也に集中し、周りの浄化士が止めようと奮闘するも一つに集まりつつある邪気を全て食い止めることはできなかった。


「誠也!」

「神代主様、ご心配なく!私は大丈夫ですので、どうか自国の者にお気遣いください!」


 加勢しようとした神代主を止め、誠也は用意してあった札で応戦し、上空から攻める邪気には弓を放ち、近づいてきた邪気は剣で切り払った。剣と弓を同時に扱い、札まで飛ばす誠也に、周りも感嘆の息を漏らす。


「素晴らしい!術の豊富さもさることながら、剣も弓も申し分ない。さすが誠也殿」

「阿呆、感心してないで早くこっちを手伝わんか」


 動きが止まった若者たちを引っ張って、他の浄化士は丁寧に場の浄化を始めた。今回はこの地で発生したわけではなさそうだが、どちらにせよ神代主の妻であれば宮の前は思い入れのある場所にあたる。霧散した邪気も含めて土地ごと浄化するために、聖水を撒いていく。

 今回は出しゃばるわけにはいかないので、端花もそちらに参加することにした。

続きます。

次で頸国の話は終わりです。

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