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頸国にて(二)

 神代主しんたいしゅの言葉に端花たんかの思考は停止した。


「君は愛する者に殺されない限り、死ぬことができない。つまりは昇天できず、転生できないということだ」


 神代主は話を続けた。


「もちろん、君は実際には死んでいない。――ああ、君が知り得た情報に関しては、神戴国しんたいこく常国じょうこくに流されるんだ――。しかし神は嘘をつかない。

 君が愛する者に者に殺されれば、君は死ぬことができる」

「それは、矛盾しているのではないですか?」


 端花はひとまず、理解できる話に食いついた。


「この世の理かい?それに関してはね、神々はどうにでもできるのだよ。そうでなければ、わざわざ調整役として頸神けいしん様が天界で門を守る必要はない。勝手に転生するのであれば、放っておけばいい」

「確かに、一理ありますね」

「そう。だから、君が望むのであれば、条件を満たして死ぬ手伝いをしてもいいと思っているんだ」


 神代主の顔はいたって真面目で、その声色からも、真実、端花のためを思ってくれているのだということがわかる。


「それがどうつながるんですか?その……妻と」

「私は永く生きている。これからもそうだろう。しかし今まで妻となってきた人は丁寧に扱い、心の底から愛した」


 神代主の言葉に嘘はない。嘘くさい言葉でさえも嘘ではないがゆえに、彼はここまで神代主として頸国を治めている。


「君が妻となれば、私は君を愛すると誓おう。

 人というのはね、特別相性が合わないということがない限り、長く過ごせば過ごすほど情が湧き、愛情を抱くようになる。もともと愛し合う関係性の枠組みに収められればなおさら」


 これは永く生きてきた彼の経験からの言葉なのだろうか。端花はじっと神代主を見つめた。


「私には時間がたっぷりとある。そしてそれは死ねない君も同じだろう。

 君は私との相性が悪いと思うかい?」

「いえ、それは……」


 端花は視線を逸らした。

 どちらかというと端花は神代主を好意的に思っている。それが愛につながる感情なのかはわからないが、少なくとも一緒にいて嫌いになっていくとは思えなかった。


「私はね、端花。今この状況で言うのは卑怯かもしれないが、以前から君と、君の師匠――妖優妃ようゆうひに対して、悪い感情は持っていない。

 君に会うのは今日が初めてだが、連神れんじんともなった優妃とは交流があったのだ。彼女はとてもやさしい心根の持ち主だったよ。人を救うという信念を貫いた人だった。それがどうしてあのような結果になってしまったのかはわからない。そこには何か、彼女の本質とはずれたモノが関わっていたのではないかと今でも思っている」


(それは、本当に卑怯だ)


 端花は俯いて唇をかみしめた。


(もし師匠の異変に気づいていたのならば、どうして師匠を庇ってくれなかったんだ。源泉を涸らした私はともかく、師匠は実際には何もしていない。ただ私に命じただけ。神戴国の神代主であり預泉家当主であるのならば、師匠を助けることはできたはずだ)


 端花にだって立場のある者が身動きがとりにくいのは知っている。それでも、どうしても思ってしまう。下を向いてしまった端花を、神代主は静かに見守っていた。


「神代主様、もしそう思うのなら……」


 端花は言いかけた言葉を切り、一度言葉を練り直した。

 顔を上げて神代主の目を見つめる。


「神代主様、私の今の状況は珍しいと思います。私は天に昇ったのに、実は死んでいなかった。ではいったい私の身に何が起こったのでしょう?

 もし私が神代主様の申し出をありがたく受け死んだところで、この謎は解けません。神々が地上と連絡を取るくらいです。神々もこのことを解決したいのではないでしょうか?」

「さぁ、どうだろうね。私に神々を推し量ることはできないよ」

「そうですね……。けれど、私は――」

「悪いね、端花」


 神代主は端花に歩み寄り、そっと端花の唇に人差し指を乗せた。


「意地悪をしたよ」


 そのまま端花の頬を撫でると、申し訳なさそうに眉を下げた。


「君が地上に降ろされたのは、君が天界に受け入れられなかったからだ。邪気との結びつきが強く、それは君がまだ死んでいないせいだった。そして君は愛する者に殺されなければ死ねない体となった」


 神代主はゆっくりと室内を歩きながら一つ一つ言葉を紡いでいく。


「君は地上の浄化を言い渡された。それ自体は君の犯した罪の後始末とでも言おうか。

 しかし君は浄化に専念し、頸神様に課された条件をすっかり追いやってしまった」


 神代主と彼を追っていた端花の視線が交わる。端花なりに答えを出したのだが、どうやらよくなかったみたいだ。


「君は人を愛するために何か働くわけでもなく、誠也によると自身に何が起こったかについても特に興味を抱かなかったらしいじゃないか」


 誠也が頸国に行くと言った時に乗り気でなかったことを言っているのだろう。


(頸国に向かうことを伝える時に告げ口したのか。優先順位を考えた結果だったんだけどな……。)


「すみません」

「いい。責めているわけじゃないんだよ。それが端花の選択だったのならね。

 けれど今、君は考えを変えた」

「まんまと神代主様の罠にはまりました」


 砕けた言い方の端花に、神代主は驚いてから微笑んだ。端花の前まで戻ってきてからかうように端花の頭を撫でる。


「どうしてそう思ったのかな?」

「私の話から自然と師匠の話に繋げました。神々と連絡を取っている神代主様が師匠の話を出せば、師匠が何か私の身に起きたことと関わりがあるのではないかと思ってしまいます」

「判断材料としては弱いと思うが?」

「すべてお見通しでしょう」


 端花はむすっとして神代主の手を丁寧に退けた。


「私はそこで私自身に何が起きたのかに興味を持ったのです。連神となる前の師匠を知っていてもおかしくない神代主様が、師匠の変化に他者の関与を疑った。そしてこの話を持ち出したのは、私の興味をひくためでもあるでしょうが、神代主様自身が、この二つを関わりのあるものだと考えているからではないでしょうか?」

「ふふふ、面白い子だね。よし、無意味な問答はやめようか。

 こちらへ――」


 神代主は部屋の中の椅子に端花を案内し、その向かいの椅子に腰を下ろした。


「私が意地悪をした、と言ったのは優妃の話を持ち出したことだよ。君はわずかでも優妃につながることを見つければ食いつくと思ったんだ」

「その通りです」

「けれどまさか、その先まで考えるとは思わなかったな。優妃の名を出したことで、感情的に優妃との関連を問われるかもしれないとは思っていたけど」

「私のこの状況に師匠が関係しているのですか?!って詰め寄ると思っていたのですか?

 さすがに話を出されただけで確信は持てませんよ」

「まあそうなのだけれどね」


 神代主は身を乗り出すようにして端花との間にある白い机に肘をつき、その手を組んだ。


「はっきり言おう。私は君の身に起こったことに興味がある。知りたいと思っているし、優妃の豹変にも何か関りがあると考えている。

 さて、君は今どう思っている?」


 間近に迫る切れ長の目が端花を捉えた。その強さに端花は緊張して肩を上げたが、息を吐いて体の力を抜くと、自身も身を乗り出し、神代主にぐっと迫る。


「私は私の身に起こったことについて知りたいと思います。師匠に関わりがある可能性が少しでもあるのなら」


 神代主は柔らかく微笑むと姿勢を正して座り直す。端花もそれに続いてきちんと椅子に座った。


「でも私にこの選択をさせるのであれば、もっと他に方法はありましたよね?わざわざ妻にならないかと持ち掛ける必要はなかったのでは?」

「君は――」


 神代主は目を丸くして、誠也のように呆れた表情を作った。


「はあ、優妃が何より大事なのはわかったけれど、もう少し君自身について考えなさい。君の身に起こったことを知ったところで、君が愛する者に殺されない限り死ねないことは変わらないだろう?」

「あ」

「そもそも私はね、君が天界に受け入れられるように協力しようと思ったのだよ。邪気との結びつきが強いとは言え、頸神様に条件を課されたことで、君はそれを達成すれば死ぬことができる。つまり、邪気が分離し、清らかな気となり、天界に受け入れられることができる」


 そこまで考えたことはなかった。端花が考えを放棄したのは、自身が死んでいないという事実を知る前だったのだ。


「私自身に起こったことについては、放っておいてもよかったのですか?」

「ああ。君が知りたいと願えば知ればいい。そうでもないのなら放っておいても構わない。

 ただ君があまりにも自身の転生について興味が薄かったので、とりあえずそちらに興味を移したのだよ。自分の身に何が起こったかを知れば、何かしら進展があるかもしれない」

「とにかく今のまま浄化をするだけではだめだということですか?」

「それも一つの道ではあるよ」


 だが端花には別の道があることが知らされた。優妃も関係しているかもしれない、自分の身に起こったことについて知ること。


「いえ、私はこの謎を解きたいです」

「私は君を支援しよう。ただ、もし転生を真っ直ぐに目指したくなったら、私に相談しなさい」


 それは端花を妻として迎え入れ、愛してくれるということだろう。


「いいのですか?神代主様もこのことについて興味がおありなのでは?」

「もちろん興味はある。けれど、君自身について知ろうと思えば、嫌でも君の過去に触れることになる。君にとってはつらい思いをするかもしれない。

 私は自分の興味を他者の気持ちより優先することはないよ。あってはならないと考えている」


 だからこそ先に妻にならないかと持ち掛けてくれたのだろう。そうすれば端花は自分自身に、過去に向き合うことなく転生できる。


「ああ、だから、もし君が愛する人がいるのなら、私の申し出は無視してくれて構わないよ」


 そう言われて端花は苦笑した。


「いたらとっくに死んでいますよ」

「もしかするとそうかも知れないね」


 悲しそうに微笑んだ神代主の言葉はどこか曖昧だった。端花はそれに気づかなかった。

銀杏ぎんきょう(頸国神代主)は頸国が処刑を行ったこともあって、端花がなぜ死んでいないのかを知りたいと思っています。極悪人の考えをすることもできますが、彼は極めて善良です。

続きます。

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