下降
「残念だが、君の魂はここで預かることができない」
冷たく清らかな声が、神殿に静かに落とされた。
ここは天界。創造主によりつくられた六神と、連神から選ばれた六仮神によって、魂の流転を行う世界である。
死後、人の魂は邪気を地上に落とした後、清らかな気となり天界に昇り、次の転生を待つ。天界には六神と六仮神の十二神の他に、前世で徳を積み、次の転生まで穏やかな生活を送ることができる天人と、生前に名を馳せ、信仰の対象となった連神が住んでいる。
いずれにせよ、この天界において邪気は一切存在しない――はずだった。
「妖端花、君の魂は邪気との結びつきが強すぎる。君の生前の行いを考えれば当然とも言えるが、他に思い当たる理由はあるか?」
椅子に腰かけ、険しい顔で下段の端花を見つめるのは、六神が一柱、頸神であった。頭の上で一括りにされた黒く艶のある髪と、その髪が柔らかく流れる白と銀で彩られた神服のコントラストが美しい。
「私が師を深く愛していたからです」
鋭い眼光をものともせず、下段で正座をしていた少女――端花ははっきりと答えた。同時に、彼女の周りを取り囲む連神達がざわりとする。
「師、だと?」
「確かあれの師は妖優妃」
「まさか邪道に走るとは」
連神の中には妖優妃を知る者も多い。何故なら彼女は、元は連神だったのである。その身を地上に落として以降、気が触れ、弟子である端花と共にいくつもの源泉を涸らした極悪人である。
「端花、君の師は今どこにいるかわかるか?」
「共に天に昇ったはずです。今この場に私しかいないということは、師は既に清らかな気として天界に受け入れられているのでしょう」
「ああ、その通りだ。それがどういう意味かわかるか?」
頸神の言葉に、端花は真っすぐ頸神を見上げていた視線を落とした。
「師は、私を愛していなかったということです」
「何と!」
「元連神。そこはそうでなくては困る」
「しかしかわいそうだわ」
「それは!」
耳障りな声を打ち消すように端花は声を張り上げた。
「それは、ずっと前からわかっていたのです。師が私の想いに応えてくれたことは一度もなかったのですから」
明らかに傷ついた表情になった端花を見て、頸神は重い腰を上げた。そしてふわりと下段へ降り立つ。噂話をしていた連神達が慌てて姿勢を正した。
「端花、君のことがよくわかった。君はまだ学ぶべきことが多そうだ」
「どういう意味です?」
「君の魂を地上に下ろす。君は、穢れた地を浄化して回り、その罪を償いなさい」
三歩先の頸神を見上げた端花は困惑した面持ちで訊ねたが、頸神はその問いには答えなかった。
「君は怪我をすることも、痛みを感じることもある。しかし死ぬことだけはない」
「何をおっしゃっているのです?」
「君が愛する者に殺されない限り」
「頸神様!!」
叫んだ声は届かず、端花の身は地上へと下ろされた。
昇天の時とは逆の流れに流されながら、端花は絶望していた。
自身が愛する人に殺されない限り――それは、愛していた優妃を失った端花にとって、決して達成できない条件だったのだ。
はじまり