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想い人は異世界にも、居た

作者: 月翔

網の目のように張り巡らされた鉄道網、その網がより濃くなるのが首都圏。

その首都圏のターミナル駅の一つへ地下鉄を使ってやっとたどり着き、(れい)は空腹を抱えながら地上を目指して移動していた。

普段より多い人の波をかき分けつつ進むので歩みが遅い気がしてならない。

さらに朝食を食べたもののすでに14時近くとなっているため空腹はすでに飢餓へと移行しつつあった。



通り道にある普段使う店は昨今流行している感染症のリスクが怖くて休日は入る気にならない。

少し遠くても、と知っている店を頭に浮かべるが移動すら面倒になる疲労と空腹度についにあきらめた。

(次にみつけた適当なところに入ろう)

スマホを取り出し、目的地に近い適当な店を見繕ってルートを決める。地上が見えてきてさらに増えている人波にげんなりし、ルートをたどるのをあきらめ目の前にあった看板を目指した。


その店に入ったのは全くの偶然だった。

以前別の土地で同じ店名の店に友人と入り、おいしかったのを覚えていたのが大きい。

少しぐらい混んでいても、と諦めながら受付を済ませ、待ち時間を聞こうとして手近な店員を見上げて目が丸くなる。

(まさか)

数年前、あこがれて心を寄せた存在と良く似た顔がそこに居た。



数年前、玲は友人に連れられ喫茶店へ足を踏み入れていた。

そこで出会ったマスターの有能さと知識の多さに惹かれ、通い始めて喫茶店つながりの友人ができた。マスターがその店を辞めてからもその次に勤めた店を人伝えに教えてもらい、友人と共に通ったこともある。

マスターの所作のひとつひとつに目を奪われていた。

年上の余裕に惹かれていたのもあったのだろう。

マスターが次の店で営業外の講座を開催したときに話していた話題に影響されて茶道を始め、今では自分で点てられるまでになったのは自分でも意外である。

次の店もいつの間にか音沙汰を聞かなくなり、自身の環境が変わってもマスターへの憧憬は消えなかった。


そんな、いわばバックボーンの一部となっている顔が突如目の前に出現し、玲は一瞬固まった。

予想待ち時間だけ聞いて待ち場所へ戻る。

待つことほどなく、先ほどの店員に呼ばれて席へ案内され、腰を落ち着けてやっと自分を取り戻した心地がした。


まさかメインをその店員が持ってくると思わず、目を合わせずそつない応対を心がける。

必死で食べ終わって店を後にして、目的地へと足を進めた。正直動揺は自覚していた。


その中、目的地の店に到着し、自動ドアをくぐろうとして…空気が変わった。


「おや。どなたですか」

「え?」

まばたきすると先ほど盛大に動揺した顔が目の前の机に座ってこちらに顔を向け、目を丸くしている。

「見ない顔ですが、新入りですか」

柔らかな表情をうかべているようで、長めの前髪がかかる眼鏡の奥の瞳は鋭い。

なにごと、と玲は瞬きを繰り返しながら周りを見渡して、固まった。

目的地の店とはかけ離れた空間がそこにはあった。


目の前には資料の積みあがった机。自分が居るのは部屋の入口。机の前にある窓からは全く見たことのない風景が広がっている。

風景を見てふたたび固まった玲を見てひとつため息をつき、男は立ち上がってベルを鳴らした。

すぐに足音が聞こえてくる。

加門(かもん)。迷子です。警察へ連絡とこの人の保護を。」

「迷子??ああ、って、ええ!?どこから入ったんですこの人??」

「俺が聞きたい。ひとまず頼みました」

「はい、分かりました、って言えばいいのかこの場合。もしもし?聞こえてます?」

自分のことか、と振り返ると背の高い男性が立っていた。少々硬いものの人の好さそうな笑顔を浮かべて、こちらへ、と促す。

玲は一度頭を下げてから加門の後について行った。


場所を移動して何度か聞き取りが行われ、どうやら日本とは違う世界へ来てしまったことを玲が理解できたのはそれからしばらく経ってからだった。

「佐藤玲さん、でしたか。佐藤さんの場合は今落人(おちうど)どのがいるのでそのうちあちらへ帰ることができると思うよ」

警官と名乗った私服姿の男性がにこやかに言う。

「そのうち、とは?」

「1週間以内には。10日以内が確実と考えて」

「ではその旨店長に伝えてきます」

加門が駆け出していく。

「さて、基本的にこのような場合は最初に現れた場所がいわゆる迷子の身柄を保護することになっているので、先ほどの店長にあとは詳細を聞いてください。国から補助も出るので役所へ申請を。即時給付されるんじゃないかなあ。あとはこのパンフレットに載ってる通りだから」

読んどいてね、と玲に渡して警官は帰っていった。呆然と玲は後ろ姿を見送る。

足音が聞こえてきてあの顔の御仁と加門が部屋に入ってきた。

「大方聞きました。そうしたら宿は給付金でホテルを取ってもらって、日中は場所を作るのでここで過ごしてもらいましょう。加門、頼む」

「あ、はい…また俺ですか」

「副店長だろう」

はあ、と納得しきっていない加門を置いておいて御仁はこちらに向き直った。

「店長の木村です。ここの責任者です。」

名刺を差し出されて受け取る。声音までそっくりで鼻の奥がつんとした。

「佐藤玲です。お世話になります」

よろしくお願いします、とあいさつを交わし、木村は忙しいらしくすぐに部屋を出て行った。

加門がすぐに動き出し、手続きを取ってくれる。見る間に役所の人間も到着し、玲が何も手を動かさない間に処遇と居場所が決まっていった。


翌日からは空き部屋らしいところに場所をもらって時間を過ごすことになった。あまりの手持無沙汰に加門に頼んで簡単な仕事をもらう。

若手に仕事を教わりつつ、つい目は木村を追ってしまった。


簡単な仕事と言いつつ多岐にわたる。最初電化製品を使えなかったのには参った。電源ボタンを押しても動かず加門を呼び、「魔素をこう集約…」「魔素とは?」でお互い顔を見合わせたのは記憶に新しい。結局役所に追加申請をし、首飾りを借りてなんとかなっている。


地道に手を動かそうとすると若手も加門も魔術を使うので面食らうことも多々あった。ちょっとお茶が冷めてしまったときに温めることから始まり、鍵の代わりやサインの代わりに使われるのを見た。


一度窓から吹き込んだ風に積み上げた書類が部屋の中に散らばり阿鼻叫喚の態で玲が立ちすくんでいると、背後から「おやおや」と苦笑いする聞き覚えのある声が響いた。そのままなにやら空気が動き、散らばっていた書類がひとりでに風に乗って集まり山となる。

「見ていないから大まかにしか集められていません、あとはよろしく」

振り返ってやっとお礼を言うと去っていく木村が見えたこともあった。


元のあこがれていた存在とは少しずつ差異も見えてきた。

応答の癖、行動の所作で少しずつ違う人間、と分からされる。有能さは変わらない。

マスターとして客の前で見せていた声音と姿勢だけしか見ていないからそう見えるのかもしれないが、こちらの木村も見ていて心惹かれるのが分かり、自分で苦笑した。


日を送るごとに木村も玲に声をかけてくれることが増え、扱っている仕事を直に教えてもらうこともあった。

ふとした距離の近くに動揺し、挙動不審になるのを抑える。どうしました、と尋ねられ、いえ、と外向きの笑顔で対応したこともある。

木村さんは佐藤さんには優しいですよねー、と仕事を教えてもらった若手に茶々を入れられ、そうですかね、とこちらも柔らかに笑顔で返して若手が固まるのも見かけた。



その時は突然やってきた。

朝出勤して仕事をこなし、昼食を、と立ち上がってめまいのような感覚を覚えた。貧血かとしゃがみこんでこらえる。

一瞬だけ元の世界が見えて愕然とした。

帰る時間が、近い。


慌てて木村のもとに走る。昼食をとるのが遅いからまだ机に居るはず。

部屋に飛び込んで、安心した。居た。

「どうしました?」

「もうすぐ、帰ります。ありがとうございました」

この近しい居場所もなくなる。自然と涙がにじんだ。

「帰る…?ああ」

一瞬瞠目して、納得したようにうなずく。

「握手してもらっていいですか」

「…どうぞ」

差し出された右手を両手でそっと握った。元の世界ではこんなことはあり得ない。

「ありがとうございました。…好きでした」

言い切って、笑って見上げた。困ったような、信じられないような木村の顔が見え、まためまいを覚えた。もうこらえられない。笑ったまま目を伏せる。



もう一度見上げたら、目的地の店の前に居た。

(神隠し、か)

こぼれそうになっていた涙を上を向いて吸収させ、店に入るのはあきらめてゆっくり踵を返す。

一方的とはいえ、そして別の存在とはいえ、想いを伝えてしまった。別の存在と分かっていても心惹かれて、想いを伝えられた。思いを伝えられたそれだけでも当時の自分より成長できたかな、と思う。

今度元のマスターにも最初に会ったよく似た御仁にも、こちらで会ったらお客としてきちんと応対できるよう心構えだけはしておく。そう心に決めて玲は歩き出した。




まだあたたかさの残る手を見下ろし、木村は呆然としていた。

いきなり爆弾発言をされた。

笑顔がいいな、とは思っていた。突如として出現されたときには正直面倒事は加門へ押し付けてしまう心づもりだったが、玲の仕事ぶりと性格に少しずつほだされてもいた。

「こちらの気も知らないで」

ぼそりとつぶやく。

「あれ、今佐藤さん来てませんでしたか」

「帰った」

加門が顔を出したのに短く答える。

「えええ!??」

「元の世界に帰った」

「マジか。寂しくなりますね」

「そうだな」

これから忙しくなる。まずは昼食を食べて役所に届け出か、と木村は仕事を切り上げて机の前の風景を見る。


しばらくは最後に見た玲の顔が忘れられない気がした。


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