扉の向こう2
あたしの限界がそこだったのである。
長耳族の血を引くあたしの魔力を持ってしても、普通の扉では魔力が足りなかったのだ。見えるだけではなく、通過可能にしたことで、道具は膨大な魔力を食う代物となった。しかも最初に込めた魔力だけでは稼働できず、毎回一定量の魔力を込めなくてはいけない。
それでも、完成したに変わりはない。
取っ手に指をかけると、魔力を吸い取られる感覚に襲われる。体がだるくなるが、正常に動いた証拠とも言える。
記念すべき第一回に試すのは、何処まで遠くに行けるか、である。
柄にもなく、少しだけ緊張しながら開けた扉の向こうには、見たことのない植物が見えた。
枯れ木に実る、鮮やかなオレンジ色の木の実。
家屋らしき建物の、やたらでっかい屋根は草で出来ている様だ。
畑らしきものあるけど、なんだか王都周辺の農村とは様子が違う。柵の変わりだろうか?溝?
それなりに長いこと生きてきて、それなりに旅もした。読書量もそれなりだ。記憶力にはそこそこ自信がある。けれど、知らない。つまり、ここは、あたしが行ったことも、聞いたことも無い場所だ。
大・成・功!
で?何処なんだよ。ここは。
身を守る術なんて、両手で足りない位には持っているけど、見知らぬ土地、まずは警戒しなくちゃね?
とんでもない魔獣……は、まあ。居ないか。家屋があるわけだし。いや、原住民が攻撃的ではないとも限らない。油断大敵だ。
ともすれば、成功に弛んでしまいそうな口許を引き締める。無くしてしまわない様に扉を持って………うわ邪魔だコレ!もうその辺に置いとく?姿隠しの魔法でも掛けとけば大丈夫じゃないか?
思い立って、ふと、気づく。
え。あれ?嘘だろ?魔法を発動させるだけの魔素を周囲から感じないなんて!
他の魔法使いがどうしているか知らないが、魔道具を別として、あたしは周囲の魔力を魔法に変換する様にしている。魔力量が多かろうが、己の一部を使えば疲れるものは疲れるのだ。回避できるなら、わざわざ疲れる必要なんぞ無い。が、ここには魔素がほとんど無い!そんな場所があるなんて!!
いよいよもって、何処だよここ。
土地柄なの?呪われし地とか?いやいや、そしたら魔素どころか草の一本も生えないだろ。
とりあえず、扉に魔法を掛けるのは止めよう。うん。帰りに扉を使う時に魔力を吸われるだろうし、なんだったらさっき吸われた分も回復していないし。
こうなると、持ち運べる大きさで良かったのかも。扉。
しかしまぁ、扉を持ち歩く異邦人なんて、不審者以外の何者でもないよなぁ。
仕方なし、あたしはこっそりと木々の合間を移動しながら、周囲の観察をすることとした。
住民。家畜。畑。植物。建物。やっぱり未知だ。
中でも最も未知なのは原住民。男女の別はなんとなく分かるのだが、顔が…のっぺりしているというか、平坦というか、見分けが難しすぎる。黒髪、黒い瞳、日に焼けた具合まで大差ない。なんだこれ。みんな血族とか?
長く生きてきたけれど、知らないものも分からなんことも、まだまだあるもんだな。
少し離れたところに見えていた原住民たちは、集まって木陰に座り込みはじめた。楽しげな笑い声とその様子からして、畑仕事の休憩らしい。
気がつけば太陽はほとんど真上。昼時だ。あたしの腹もそれなりな音量で空腹の抗議を上げだした。
一度帰るか?
いやいや、なんか適当に木の実でも探そう。魔力がもったいない。そういえば、さっきの枯れ木に生っていたあの実は食べれるのか?
そして、あたしは知る。
シブガキの存在を。
それから、恋とか、愛とか、そういうものを。