扉の向こう
飯屋の店主であるあたしには、秘密が3つある。
一つ、実年齢。
一つ、宮廷魔術師の弟子だった過去。
一つ、異世界へ渡り、現地人と縁を結んだ過去。
人間だった母が死に、長耳族の父が田舎へ引っ込んだ頃、あたしは世界で最も難しい学問と言われる、魔法学を学び始めた。頭の出来は正直微妙だったけれど、それを補えるだけの時間と魔力をもて余していたから、ちょうど良かったのだ。
それなりに魔法が使えるようになった頃、酒飲み仲間の爺いが、魔法を教えてやろうかと持ちかけてきた。軽い気持ちで頷いて、二日酔いでふらつきながら爺いの住居を尋ねたら王宮だった時は、びっくりしすぎて一瞬で二日酔いが治った。
遊び半分、爺いと色んな魔法を試した。
耳から花が湧き続ける薬を作ってみたり。
触れるもの全て、目が痛くなるようなピンクへ変わる呪いを作ってみたり。
指先や手、杖以外から魔法を発動させる研究をして、口から光源の魔法を発動させてみたり。
大概がバカらしく、ろくでもない、ほぼほぼ役に立たないものだっが、面白おかしさとしては満点だった。
しかしながら、腐っても宮廷魔術師の爺いとその弟子。他の仕事もしなくてはならなかった。
隣国との小競り合いに、威嚇として攻撃魔法をぶっぱなしたり。
女誑しの王弟殿下が、どこぞの魔女に掛けられた呪いを解いてやったり。
皇后陛下の魔法薬(美容液)を作らされたり。
クソのような仕事である。面白くもなんともない。しかも忙しい。樽いっぱいの美容液が、どうして一週間もたないの?なんで二日に一回の割合で呪われるの?バカなの??
疲れはてた我々は、とある病に掛かった。
旅に出たい病である。
事あるごとに、旅に出たい。旅行に行きたい。温泉行きたい。絶景に癒されたい。と呟くしか出来ない。だって強行したら王弟殿下に睨まれ、皇后陛下に殺される。(物理。)
そこで我々は、とある魔道具を開発した。
遠見の窓である。
爺いの研究室の窓に魔法を掛けたのだ、閉じている時だけ、どこぞの絶景が見える様に。
王弟殿下がついに御成婚され首輪が付き、皇后陛下の無駄遣いが皇帝陛下にバレてお叱りを受けた頃、爺いは更に爺いになっていた。ヨボヨボのヨボである。
弟子として、飲み仲間として、最期まで看取ってやろうと思っていたが、当の爺いに放り出されてしまった。
「看護なんぞ、まだまだいらんわい。何処へなりと旅立つがいい。」
爺いからの最後の言葉。
あたしが王宮を出て、ちょうど一月後、他の飲み仲間から爺いが死んだという話と、王宮が目の色変えて後釜を探しているという話を聞いた。
王宮としてはあたしが後釜になるもんだと思っていたらしいが、爺いがアレを破門したと吹聴しまくっていたとか。あたしの自由を守ってくれたらしい。
それこそ、大きなお世話だ。まったく、可愛げのない爺いめ。
弔いと、ちょっとの感謝を込めて、あたしは魔道具の研究を始めた。
遠見の窓よりも更に遠くへ繋がって、更には見えるだけじゃなく、行ける道具を。なんだったら、爺いが行ったであろうあの世にだって繋がっちゃう魔道具を。もし繋がったら、散々自慢して聞かせてやらあ。
それから、どのくらい経ったか。
あたしが自分の魔力とその力量の限界を知った頃、それは完成した。
結びの扉。
兎に角遠くへ行こう!を主題に作られた魔道具。あたしの最高傑作。
ただし、標準体型の大人がギリギリ体を捩じ込める程度のサイズ。戸棚の扉並みである。