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扉の話。  作者: MKS
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飯屋の店主

町の端にある飯屋は、長耳族と短耳の合の子が店主である。

長耳らしい耳ではないが、短耳より少し尖っているし、長耳らしい美貌でも醜悪さでもないが、俺が子供の頃から見た目が変わらない。カラッとした性根のおばさんだ。


-あら、いらっしゃい。今日も仕事帰りかい?精がでるねぇ。あんた、このところ休んでないだろ。ちゃんと休まないと駄目だよ?しかしまぁ、こんなに働き者なのに、何で独り身なんだかねぇ。え?大きなお世話?ハハ!違いない!まあまあ、いいじゃない。豆粒みたいな頃から見てれば心配にもなるってもんさ。さてさて、何にする?飯かい?酒かい?-


喋りながらも店主はくるくると動く。あっちのテーブルを拭き、こっちの皿を下げ、合間に鍋を掻き回す。10人も入れば一杯の狭い店だが、一人で切り盛りしているのだからたいしたものだ。

酒と煮込みを頼んで、カウンターの端を陣取る。ぽーんと店主が放り投げてきたのは冷たい濡れ布巾。この店では、飲み食いの前に濡れ布巾で手を拭かないと、料理も酒も出てこない。店主の里の風習なのか、変わった決まりだが、暑い時分は冷たい濡れ布巾、寒い時分は温かい濡れ布巾と、気遣いも感じれば文句を言う客など居ない。そも、些細な決まりを破って美味い飯を逃すのも馬鹿らしい話だし。


この店の味付けは、他と大分違う。変わっている。けれども、美味い。

この店で食べるまで、それが食べられる物だとは知らなかった野草がふんだんに使われていたり、下処理が独特であることもあるが、店主が自分で作った調味料が大部分の理由かもしれない。料理なんて殆ど出来ない俺にでも分かる程に変わった代物だ。


とにかく、その美味い飯の為には店主の機嫌を損ねないのが肝心だ。


-ちょいと待った!ちゃんと手を拭きなさいな、手を!そんな小汚い手で食べて、腹ぁ下されたら迷惑だよ!は?なんだって?ん?もういっぺん言ってごらん。ババアはいいけど、え?ぶっ殺すぞだあ?やれるもんならやってごらん!-


この辺りでは見覚えのない、店主より頭3つはデカイ体の若い男は、店主に掴みかかろうと動こうとしたが阻まれる。店主の、細く、長い、人差し指一本に。男の額に押し当てられただけに見える、その一本の指が、見かけ通りの弱々しさでは無いことを、この辺の悪ガキ共はみんな知っている。力強さもさることながら、威圧感も凄いのだ。丸太か何かを押し付けられた気分になるし、どうあっても力負けする。多分、身体強化の術でも使っているのだろう。長耳族は魔法が得意と聞く。


-ふんっ、やれもしないことに大口叩くんじゃないよ!みっともない。ほら!手を拭く!-


多分、普通に喧嘩をしたって負けないのだろうな。


そんな店主の様子が、一年に一度、少しだけ物憂げになる。

いつも通り店を開けるし、料理も美味い。客あしらいも昨日と変わらない。けれど、時々、何かを考える様な顔で客を、主に若い輩を眺める。


その日は珍しく客足が少なく、店内には俺と店主しか居なかった。


何となく、店主に問う。どうかしたのかと。


-え?ああ。いやあ、ちょっと面白くない事を思い出しちまってねえ。長く生きても、ダメだね。時が解決するなんて大嘘だよ、まったく。今日はさ、旦那の命日なのよ。……なんだい、その顔は。-


憮然とする店主。自分でも、分かる。俺は今、とても驚いているし、そういう顔をしている。指先一つで丸太の威圧感を出す女と結婚した猛者が存在したということへの、純粋な驚きだ。俺なら確実に怖じ気づく。

店主の娘時代とやらを想像してみようとしたが、それも無理だった。どうやっても、娘の皮を被ったおばさんというか、おばさんしか思い浮かばなかった。


-無礼な子だね!あたしだって色恋の1つや2つしてきたさ。この身には十分な時間があるからね。随分言い寄られたけど、旦那が一番熱烈でねぇ。パッと見は冴えない人たったけど、優しいし、あたしの事をそりゃあ大切にしてくれたんだよ?子供だって居たんだから!-


………居た?


-娘達は嫁に出してそれっきり。あたしがこっちに来ちまったから。息子は……戦争にとられちゃってさ…どっかで生きてるといいんだけどねえ。ふふ、そんな顔しなさんな。やだねぇ、湿っぽくなっちまった。ごめんごめん。-


聞いてしまった後悔。辛そうな相手に慰められる情けなさ。言葉どころか声も出ない。ぐりぐりと頭を撫でられるままにしていれば、店主は更に笑う。


-ちょうどね、あんたくらいだったのよ。息子が戦争にとられたの。そのくらいの年頃じゃあ、こんな話、聞いたところで何て言ったらいいかわからないもんだ。気にしなさんな。聞いてくれてありがとうよ。はい、年寄りの話はおしまーい!-


気を使われているのに、これ以上俺がしょぼくれてよい通りはない。

明るい空気に変えるべく、最近の俺や兄弟弟子たちの失敗談やら、こっぴどい失恋をした幼馴染みの話、評判の芝居やら、都で噂の菓子の話、森で見かけた小人族の話など、俺はぺらぺらと常に無い程喋った。


もうこれ以上ネタがない、となった時だ。ガタリと音がした。


店主と顔を見合わせて、音源と思わしき方向へ目を向ける。食器棚の、下の扉。


もう一度、ガタンと音が鳴る。ネズミが立てるにしては大きすぎる音。店主の息を飲む音がやたら大きく聞こえた。


バチンと何かの弾ける様な音と共に、食器棚の扉が勝手に開いた。




一瞬の間。



叫び出す俺。駆け寄る店主。困惑する顔。

食器棚の中に、俺と同じ年頃の男が居た。

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