カレンティーノ王太子殿下への想い
レディアーヌ・コレンティア公爵令嬢は、艶やかなる黒髪の色白なそれはもう美しき令嬢だ。
彼女は高位貴族コレンティア公爵家の一人娘として生まれ、それはもう、公爵家の令嬢として恥ずかしくない教育を受け、国で一番の美しく高貴な令嬢と言えばレディアーヌと言われる程の有名人。
夜会へ行けば、ダンスの申し込みが殺到する程のモテぶりであった。
歳は18歳。社交界へデビューしたばかりで、このあり様。先行きが恐ろしい令嬢である。
一方、このアルセリア王国の王太子、カレンティーノは金の巻毛が麗しい碧い瞳の美男で、国中の乙女達の憧れの的だった。
勉学も剣技も優れていて、こちらも夜会へ行けば貴族令嬢に取り囲まれて、ダンスの申し込みが殺到する程の物凄いモテぶりであった。
歳は20歳。
そして誰しもが思っていた。
カレンティーノ王太子はレディアーヌ公爵令嬢を妃に望んでいるのではないか。
この二人は結婚するのではないかと。
しかし正式に婚約をしている訳でもない。
王家から申し入れがある訳でもない。
コレンティア公爵家には、他の貴族からは山のように婚約の申し込みが殺到しているのにも関わらずだ。
コレンティア公爵はさすがに考える物があり、
「レディアーヌ。私はお前をアルセリア王国の王妃にしたかったのだが、
肝心の王家からは何も音沙汰がない。お前も婚姻出来る18歳になった。
どこか公爵家と縁談を考えようと思っているのだが良いかね。」
レディアーヌはソファに座り、扇を手に上品に微笑みながら。
「どこの公爵家でも構いませんわ。
お父様。王太子殿下とは、お話をする機会もありませんでしたし、
いつもあの方、沢山の令嬢に囲まれているのですもの。わたくしなんぞ付け入る隙もなくて。
わたくしも、そろそろ婚姻をしないと、行き遅れてしまいますもの。それで、
候補はいらっしゃいますの?」
「ライアル公爵家のレイノルド公爵子息を考えている。お前に薔薇の花を良く送ってくれるだろう?」
「ああ。あの熊みたいなお方ですわね。わたくしが夜会へ行くと必ずダンスを一番に申し込んでくださいますわ。よろしくてよ。進めて頂戴。お父様。」
「では、進めるとしよう。」
部屋に戻ると、レディアーヌはため息をつく。
恋なんてとっくに諦めている。
レディアーヌだって好きな人はいるのだ。
そう、自分に見向きもしないカレンティーノ王太子。
あの逞しい胸に抱き締められたら、熱く耳元で囁かれたらどれだけ幸せなのであろう。
別に王妃になりたい訳でもないが、カレンティーノ王太子は魅力的な男である。
夜会で見かけるたびに話しかけたいのだが、いかんせん。
大勢に囲まれたカレンティーノ王太子に近づく事も叶わないし、自分を囲む貴族達を振りきる事も出来ない。
父にはそうは言ったが、レディアーヌは、どうしてもカレンティーノ王太子を諦められなかった。
どうにか二人で会う事は出来ないだろうか。
自分は他の令嬢達のように、自分の魅力をアピールすら出来ていないのだ。
このまま後悔したくはない。
翌日の朝、レディアーヌは食事の席で、コレンティア公爵である父と夫人である母に頼み込んだ。
「父上、母上、ライアル公爵家とのお話、少し待って頂けますか?わたくしは、カレンティーノ王太子殿下の事、まだ諦められません。ですから、足を掻いてみようと思っております。」
コレンティア公爵は驚いた顔をして、
「お前からそんな熱い言葉を聞けるとは、良いだろう。頑張ってみなさい。」
公爵夫人もオホホホと笑って、
「後悔のない人生をね。レディアーヌ。貴方なら上手くやれると思うわ。」
「有難うございます。」
かといって、こちらから二人きりで面会したいなどと、王太子相手である。
公爵令嬢の自分が言う訳にはいかない。
夜会では互いに取り巻きが多くて、近づく事すら出来ていないのだ。
昼間、偶然の出会いを王宮内で果たす事は出来ないか。
アルセリア王国の王宮は、身分さえしっかりしていれば、出入りは可能である。
政務をつかさどる事務官や、色々な人が出入りをしないと不便極まりないので。
ただし、王族の住まいである奥宮は入る事は出来ないが。
王宮でカレンティーノ王太子が通りそうな廊下で待っていれば、会えるのではないのか。
待ち伏せする事にした。
しかし、同じことを考える令嬢は沢山いた。
まさか廊下がこんなに貴族令嬢達であふれているとは思ってもみなかった。
皆、プレゼントを手に、10人位の令嬢達が、ソワソワと立って待っている。
ミルフィーナ・ロンデール公爵令嬢がレディアーヌの姿を見つけて、
「あら。珍しい所でお会いになりますこと。レディアーヌ様。」
「これはミルフィーナ様。何をしていらっしゃるのです?」
「王太子殿下を待っているのですわ。ここをもうじき通るはずですから。一目お姿を見ようと。」
「まぁそうですの。」
「レディアーヌ様も?まさかレディアーヌ様ともあろうお方が、王太子殿下の待ち伏せなどと。」
「オホホホ。偶然ですわ。偶然通りかかったまでです。それではわたくしは失礼致しますわ。」
あああああ…わたくしったら…つい、見栄を。
千載一遇のチャンスを…
結局、遠目からカレンティーノ王太子が、大勢の女性達に囲まれている姿を、夜会と同じように遠くから見つける事しか出来なかったレディアーヌである。
公爵家の馬車で屋敷に戻ろうとしたレディアーヌは背後から声をかけられた。
「レディアーヌ。我が美しき女神。」
赤の薔薇の花束を差し出して来たのは、レイノルド・ライアル公爵令息である。
身体が大きくがっしりしている彼は、見るからに実直そうな印象の歳は20歳の男性だ。
「まぁ、わたくしを待ち伏せ?レイノルド様。」
「勿論。私程、貴方に惚れている男はいないでしょう。」
そして、レイノルドはレディアーヌに向かって、
「私は貴方の虜です。貴方の望む事なら何でも解る。カレンティーノ王太子殿下に貴方の魅力を解って頂ける機会を設定致しましょう。」
「え?よろしいんですの?」
「私の幸せは貴方が幸せになる事ですから。今度の夜会。楽しみにしていてください。」
「有難う。レイノルド。」
自分の事を愛しているといつもアピールしてくるレイノルドだが、
自分の恋を応援してくれるだなんて…
だから、まさかあんな事になるとは…この時のレディアーヌは思ってもみなかったのであった。
王宮主催の夜会。
それも、若者を主体に集めたのは、王家側もそろそろカレンティーノ王太子の婚約者を決めたいのだろう。
20名程の令嬢が招待されていたはずなのだが、
その日に来たのは、レディアーヌただ一人であった。
だから白い貴族服で着飾ったカレンティーノ王太子が会場を見て驚いたのは無理もない。
碧く美しいドレスに艶やかな黒髪をアップにした、レディアーヌの姿に、カレンティーノ王太子は目を見開いて、
「今日はそなた一人か?」
「ええ。そのようですわね。皆様、どうしたのでしょうか。」
「丁度いい。そなたと一度、話をしてみたいと思っていたのだ。」
「わたくしもですわ。カレンティーノ王太子殿下。」
「では、ゆっくりと話をしよう。」
二人きりの夜会で、椅子に座って、カレンティーノ王太子と話をするレディアーヌ。
カレンティーノ王太子は熱っぽく、
「いつも大勢の取り巻き達がそなたの周りにいるから、話しかける事が出来なかった。
そなたは本当に高貴で美しい。」
「有難うございます。わたくしも、王太子殿下とお話がしたくとも、近づく事も叶いませんでしたわ。」
二人で座って、色々と話をした。
話をすればする程、カレンティーノ王太子の魅力が感じられて、
カレンティーノ王太子も同じようで、ついには、レディアーヌの手を握り締めて、
「どうか…私の婚約者となる事を承知して貰えないだろうか。私はそなたの事が愛しくて愛しくて。」
「わたくしも王太子殿下の事が…」
胸がドキドキする。レディアーヌは幸せを感じた。
両想いだったなんて…
だから、どうして他の令嬢達がこの大事な夜会に現れなかったのか、
その時は考えもしなかったのだ。