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【書籍化】最終兵器勇者~異世界で魔王を倒した後も大人しくしていたのに、いきなり処刑されそうになったので反逆します。国を捨ててスローライフの旅に出たのですが、なんか成り行きで新世界の魔王になりそうです~  作者: 国広 仙戯
第4章『魔王への道は悪意で固められ、善意によって舗装されているのかもしれない』

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●21 開戦の決意 2







 未だグリトニル宮殿が工事中のため、臨時の謁見の間に通されたセントミリドガルからの使者――見覚えのある顔だ。おそらくヴァルトル将軍の下にいる武官の一人だろう――は、しかし見るからに【やつれて】いた。


「――このたびは拝謁はいえつたまわり、まことにありがとうございます」


 粛然しゅくぜんと片膝をつき、頭を上げる武官。年の頃は俺よりも上。おそらくは三十代前半だろうか。


 こういうのは形式が大切だと知ってはいるが、なにせ相手は俺に冤罪えんざいをおっかぶせて追い出した国の人間だ。また、俺に王たる資格がないことも自覚している。


 なので、俺の態度は自然と雑になった。


「あー、堅苦しい挨拶はいらねぇんだわ、めんどくさい。それにちょっと前までお互い同僚みたいなものだったろ? 肩の力を抜いて、それから用件を話してくれ。手短にな」


 声にけんがこもってしまうのもいたかたあるまい。セントミリドガルから来たということは、十中八九ジオコーザかオグカーバが送り出してきた使者に決まっているのだから。


「……はっ。我が名はコバッツ・リヒター。ご存知の通りセントミリドガルぐん少佐しょうさでございます。アルサル陛下および他の皆様、どうかお見知りおきのほどよろしくお願いいたします」


 セントミリドガルの武官――コバッツ・リヒター少佐は悲壮感ひそうかんただよう顔を若干じゃっかんしかめて、自己紹介を述べた。


 だから、そういう堅苦しい段取りはいらないと言ったんだけどな。


 いや、突っ込んでも話が長くなるだけなので、もう黙っておこう。


「……此度は、はじ承知しょうち嘆願たんがんに参りました。ですが、その前に一つ質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 嘆願たんがん? やっぱり嫌な予感しかしないが、


「いいぞ、何が聞きたい?」


 許可すると、コバッツは頷きを一つ。


「――何故なにゆえ、アルサル様がこの国の王に……?」


 非常に理解に苦しむ、とでも言いたげな顔で問いを口にした。


「あー……」


 だよなぁ。やっぱりそう思うよな。普通なら絶対おかしいって思うよな。うんうん、わかるぞ。俺もいまだにこの状況の意味がわかってないからな。いやほんと一体何がどうしてこうなった? マジで意味がわからん。


「確か、先日の報道ではムスペラルバードの王位は、かの〝金剛の闘戦士〟シュラト様が簒奪さんだつされたと聞いていたのですが……それが何故、現在はアルサル様がその地位に……?」


「……話すと長くなる」


 本気でわけがわからない、と言った風なコバッツに、俺は重苦しい声で答えた。


「だから、細かいことは省略して手短に話すが……」


 んんっ、と咳払いをしてから、俺は言う。


「――シュラトの愚行を正そうとしたら、なんかこうなった」


 俺なりに真面目に考えて出した答えだったが、やはりと言うか何と言うか、無茶に過ぎたらしい。


 ぷふっ……と堪らず噴き出す声がどこからか聞こえてきた。


 多分、ガルウィンだろうな。まさかイゾリテではあるまい。いや、まさかのイゾリテが心なしか顔を逸らしているような気もするが、あの真面目な少女に限って――いやいや。


「……なるほど。わかりました。やむを得ない事情があったと……そういうことでございますね」


 幸いなことに、コバッツは今の説明で納得してくれたらしい。多分、本当はよく理解できていないのだろうが、こちらの顔を立ててくれた形だ。


 なので、俺も咳払いを一つ。


「話が早くて助かる。ともかく、まだ公式発表はしていないが今は俺がこの国の王だ。そういった前提で話を進めてくれ」


 我ながら説明になっていない説明だが、詳しく話すとキリがない。


「で? 改めて聞くが、何の用だ? まさかとは思うが、わざわざこんなところまで宣戦布告しに来たってのか?」


 もしそうだったら、普通なら生きて帰れないぞお前――という皮肉も込めて、俺は問い直した。


 当たり前だが、コバッツは神妙な顔で首をゆっくり横に振った。


「いいえ、とんでもございません。そのような意思は、少なくとも小官にはございません」


 だろうな。もし本当になら、謁見の間に入ってきてすぐ攻撃してくるなり自爆するなり、いくらでもやりようがあっただろうしな。


 コバッツはひざまずいたまま俺の顔を真っ直ぐ見つめ、どこか苦しげな表情で言葉を紡ぐ。


「――本日は、アルサル様に我が国へお戻り頂きたく、馳せ参じました……」


「はぁ?」


 思わず脊髄せきずい反射はんしゃで声が出てしまった。


 あまりにも理解しがたい話すぎて。


 ぐっ、とコバッツが身を引き締める気配。俺の反応を予想はしていたが、間髪入れずに聞き返されたことでつい身構えてしまった――という感じか。


「……悪い。意味がよくわからなかったんだが……戻ってきて欲しい、と言ったのか? 俺に? セントミリドガルへ?」


 自分で言うのも何だが、耳はいい方だ。聞こえなかったわけがないんだが、俺は敢えて聞き返した。


 本気で言ってるのか? という意味で。


「……はい。我がセントミリドガルは、あなた様のお帰りを切望しております」


 俺の意図はあやまたずコバッツに伝わっているようで、セントミリドガル軍の少佐は表情筋をバキバキに硬くして問いに答えた。


「…………」


 俺が無言を返すと、見る見るうちにコバッツの顔が蒼白に変わっていく。自分がどれほど舐めたことを言っているのか、自覚はあるのだろう。


 だが、俺としては当たり前のことを言うしかない。


「――その俺を国外追放にしたのは、他ならぬ国王と王子だったと思うんだが? いや、その前に処刑しようとしていたと記憶しているんだが。俺の気のせいかな?」


 刺々(とげとげ)しい物言いになるのも仕方なかろう。


 あまりにも支離滅裂すぎる。


 あんな形で俺を追い出しておきながら、今になって戻ってこい、だと?


 何言ってんだ。


「――は。その件につきましてジオコーザ様は、アルサル様がお戻りになるのなら全てを水に流すと……」


「水に流す、だぁ?」


 ふざけた発言にたまらず声に力が入った。


 ビクッ、とコバッツの両肩が跳ね、唇が微妙に開いたまま固まる。


 おっと、少しだけ威圧感が出てしまったかもしれん。落ち着け、落ち着け。こいつはジオコーザの言葉を伝えているだけにすぎない。阿呆なことを抜かしているのは、今も王城の中でふんぞり返っているだろう、あのザコ王子なのだ。


「――も、申し訳ございませんっ……!」


 蒼白を通り越して顔色が真っ白になりつつあるコバッツが、大きく頭を下げた。今にも額が床に触れそうな勢いだ。


 虎の尾の近くでタップダンスを踊っている自覚があるのだろう。よく見ると、生まれたての子鹿のように全身がブルブルと震えている。


「……一応聞くが、お前さんはわかってるんだよな? いま自分がどんだけ舐めたこと言っているのか、ってのは」


 助け船のつもりで俺は問う。だが、コバッツは肯定も否定もせず、


「……申し訳、ございませんっ……!」


 と苦しげに謝罪の言葉を繰り返した。


 まぁ、臨時の宮殿とは言えここは公式の場だ。自分の主君に対して非難するような言葉は吐けないか。


 しかし、否定しなかった時点で内心は見え透いている。


「はぁぁぁぁ……」


 俺はわざとらしく大きな溜息を吐いた。


 あきれて物が言えない――なんて気分になることが最近多い気がする。


 思えば、何もかもが全部、あの時からだ。いきなり反逆だの何だのと言われて、処刑だ国外追放だと騒いだ、あの時から――全てが始まったのだ。


 ややの間を置き、俺はゆっくりと答えを告げる。


「――戻るわけないだろ、常識的に考えて。一体何を水に流すつもりかは知らないが、クソでも流してろタコ――ってジオコーザの馬鹿に伝えてくれ。話は以上、帰っていいぞ」


 途中から、そういえばコバッツは使者だったな、と思い出して途中から伝言形式にした。ぞんざいに手を振って、コバッツに帰還きかんうながす。


「お、お待ちくださいっ! お話を! どうか私めの話を聞いてくださいっ!」


 用件が用件だけにあっさり帰るかと思ったが、意外にも食い下がられた。


 とはいえ。


「話を聞いてもいいが、無駄だと思うぞ。あっちは俺を追放したし、俺は城をぶった切った。お互いにやることやってんだ。いまさら関係修復なんか出来るわけねぇだろ」


 俺は薄く笑って、肩をすくめてみせる。結果的に誰も死ななかっただけで、あれは一歩間違えれば誰かが死んでいてもおかしくなかった案件だ。そう易々(やすやす)と水には流せないし、流すべきではない――というのが俺の見解けんかいである。


「で、ですが! 今こそ我がセントミリドガルは存亡の危機にあります! 我が国の〝勇者〟であるアルサル様さえお戻りいただければ、此度の戦いなどたやすく――!」




「お前、何か勘違いしていないか?」




「――ッ!?」


 コバッツの顔が大きく引きつった。どば、と毛穴という毛穴から汗が噴き出す。


 ああ、いかんいかん、みょうかんにさわることを言うものだから、つい声に変な力が入ってしまった。


 はっきりとした〝威圧〟が出てしまって、コバッツだけでなく謁見の間にいるほぼ全員が愕然がくぜんとしていた。幸い、一瞬だけだったから誰も倒れていないが。


 だが――ああ、そうだ。お前、確かに【踏んだぞ】。俺の中にある、虎の尾をな。


「何だ、その『我が国の〝勇者〟』って? 俺がいつそんなものになった? 俺はあの国の戦技指南役になった覚えはあるが、専属の〝勇者〟にあった覚えなんぞまったくないぞ? 誰から聞いた、そんな馬鹿な話?」


「も、申し訳あり――」


「いや【誰から聞いた】つってんだよ。謝らなくていいから質問に答えろよ。今度はスルーしてやらねぇからな」


 謝罪で濁そうとしたコバッツをさえぎり、俺は舌鋒ぜっぽうを喉元に突きつける。


「答えろ。誰が言った? ジオコーザか? オグカーバか?」


 もはや俺はムスペラルバード国王で、セントミリドガルは敵国というのもあるが、別の意味も込めて馬鹿王とザコ王子を呼び捨てにしてやった。


 俺はもう奴らを『上』だとは認めていない。なにせ、国からもらった〝戦技指南役〟という役職をしたのだ。いまや奴らと俺との間に上下関係などない。


「それとも……お前自身の考えか? コバッツ・リヒター少佐」


 低い声で、わざとらしくフルネームで呼びかける。


「――~っ……!?」


 もう威圧は抑え込んでいるから余計な重圧プレッシャーはかかっていないはずだが、コバッツは凍り付いたように身じろぎ一つしない。頭を俯かせたまま、小刻みに震えている。


 ま、そうなるようにしているのは他でもない俺なんだけどな。


 ふぅ、と吐息を一つ。


「――なんか、【お前ら全員が】勘違いしているようだから教えておいてやる。いいか?」


 コバッツを人差し指で示し、俺は言う。


「俺は確かに〝勇者〟だ。もうあんまり大声で言いたくないが、星の力をつかさどる〝銀穹ぎんきゅうの勇者〟って奴だ。そんな俺の役割は何だと思う? 何のためにこの世界に出てきたと思う? まずそこをちゃんとわかってるか?」


 コバッツだけでなく、この謁見の間にいる全員に問うように俺は言葉を紡ぐ。


 予想はしていたが、誰からも応答はない。というか、ガルウィンとイゾリテですら『???』という顔をしている。俺が国に縛られるべき存在ではないとは思っているだろうが、それでも〝勇者〟の存在意義についてまで思考を及ばせたことがないのだろう。


 仕方ないので、俺はそのまま語を継いだ。


「――【人々を救うため】だ。そして、【人の世界を守るため】だ。もちろん、その枠の中にセントミリドガル王国も含まれているが……逆に言えば、あの国だけじゃなく【人界じんかい全部ぜんぶ】が俺の守護する対象なんだよ。そのために魔王を倒す――それが〝勇者〟である俺の使命だったんだ」


 俺だけでなく、〝魔道士〟も〝闘戦士〟も〝姫巫女〟も、全員が同じ目的のために生まれた――正確に言えば『この世界に召喚された』だが――のであって、どこか一つの国を救ったり守ったりするような、そんなクソ矮小わいしょうな理由で戦ったのでもなければ、普通の人間としてのせいを投げ捨てたわけでもない。


「俺がセントミリドガルの戦技指南役になったのは、たまたま最初に呼び出されたのがあの国で、魔王を倒した後もそのまま流れで戦技指南役のポストを用意されたからであって、別にあの国専属の〝勇者〟になったつもりは毛頭ないし、なってたまるかって話だ。俺は別に誰のものでもなければ、どこの所属ってわけでもない。強いて言うなら【この世界専属の〝勇者〟】だ。だから、国家の枠組みなんざ知ったことか。必要があればどこの国にだって行くし、そこに魔族なり魔物なり、もっと言えば魔王がいるんだったら、俺は全身全霊をかけて戦ってやる。何度だって人界を救ってやる。それが俺の〝勇者〟としての使命だからな」


 あくまでも俺の――〝勇者〟の敵は『魔の存在』である。そのために異世界から召喚されたのだから、それ以外はぶっちゃけ管轄外だ――と。


 俺自身はそのスタンスを徹底してきたつもりだったが、どうも自分が思うほど他人には伝わっていなかったらしい。


 この場にいるほとんどの人間が『知らなかった』『そんなこと考えもしなかった』みたいな表情を浮かべて俺を見つめている。


 例外として、ガルウィンとイゾリテだけが『そのような深遠しんえんにして崇高すうこうなるお考えのもと動かれていたとは』みたいなキラキラした顔で俺を凝視しているが、まぁ例外はあくまで例外である。というか、自分が崇拝すうはいの対象になるって本当に慣れないな。いつまで経ってもこそばゆいというか、居心地が悪い気分になる。


「つまり、お前の言う『セントミリドガルの〝勇者〟』なんて奴はどこにもいない。元セントミリドガルの戦技指南役なら、ここにいるけどな。でもあくまで〝元〟だ。退職した今となっては完全かんぜん完璧かんぺき徹頭てっとう徹尾てつび、あの国とは無関係だ。よって、俺がそっちに戻る理由なんて微塵みじんもない。つか、未遂とはいえ死刑にしてくれようとした国に帰るなんざ頭おかしいだろうが。普通に考えて」


 俺はコバッツの懇願こんがんを完膚なきまでにひねり潰した。


 セントミリドガルに帰ることなど未来みらい永劫えいごうありえない、と断言したのだ。


 途端、コバッツの顔が露骨ろこつなまでに絶望ぜつぼうゆがんだ。もはや、どれだけことを尽くそうとも俺を翻意ほんいさせることは出来ない、と悟ったのだろう。


 ちょっと悪いことをしたな、と思う。流石にここまで言うことはなかったか。


 がくり、と肩を落としてうなだれるコバッツ。


 が、やがて――


「……こうなっては致し方ありません……正直に、お話しいたします……」


 力の抜けた声で、そう語り始めた。


「実を申しますと……我がセントミリドガル王国は滅亡の危機に瀕しております。外敵からの侵略はもちろんですが、それ以上に……国王陛下と王太子殿下の乱心により、いまや国の内部は滅茶苦茶なのです……」


 切実な声で語られる内容は、しかしさほど驚くべき内容でもなかった。


 うん、まぁそのあたりは大体わかっている。なにせ味方であったはずの五大貴族を敵に回したぐらいだからな。オグカーバにしてもジオコーザにしても、あたまだっているっていうのは想像にかたくない。後者に関しては聖神ボルガンのピアスが原因だとは思うが。


「特にジオコーザ様、そしてヴァルトル将軍の暴虐ぼうぎゃくひどく……今では当たり前のように臣下の粛清が横行しております。お二人の意向に逆らった者には死、意見が食い違う者にも死、失言すれば死……このままでは、国の役に立たなかったというだけで死を与えられかねません……」


「……そいつはなんとまぁ、ご愁傷様だな」


 おおよそ予想の範疇はんちゅうではあるが、その中でも極めつけ――最底最悪に近い状態に、俺は思わずつまらない言葉を返してしまった。


 コバッツは緩やかに面を上げ、だが視線は床に固定したまま、


「何を隠そう、私もそうです……会議の間にて、ついうっかり『アルサル様さえいれば』と漏らしてしまったところ、ジオコーザ様から直々に『ならばお前が連れ帰れ』と命令されました……」


「おお、ぶっちゃけたな……」


 普通そういうことは俺には黙っておくところだろうに。というか、ここは一応は公式の場だ。国の内情をあけすけに吐露とろするなどもってのほかである。


 逆に言えば、コバッツがそれだけ追い詰められている、ということにもなるが。


「お恥ずかしい話……私も失言を挽回するため、ジオコーザ様の前で方便を垂れました。アルサル様、あなた様をどうにか呼び戻し、いいように利用すればよいのです――と」


「お、おう……」


 どうした、自暴自棄になっているのか? そんなことまで暴露ばくろしなくてもいいと思うんだが。というか、普通に反応に困るんだが。


「そこまで大言壮語を吐いたからには、私も手ぶらでは戻れません……いまやジオコーザ様の粛清は、本人のみならず、一族いちぞく郎党ろうとう……家族や親類にまで及びます。このまま、おめおめと引き下がれば、国に帰った私を待つのは……」


 語尾を浮かせて、コバッツは沈黙した。


 これ以上は言うまでもないでしょう、と告げるかのように。


 当然、そこから先は想像に難くない。コバッツが先程言ったように、一族郎党皆殺し――つまりは虐殺が始まるのだ。


 しかし、そうか。いやはや、まったく。まさかそこまで悪化していたとはな。


「……ですので、私は国に戻るわけにはまいりません」


 コバッツの声音に力が戻り、その視線が上がった。


 いかにも覚悟を決めた顔で、俺を真っ直ぐに見つめてくる。


「もはや退路はありません。アルサル様、私と一緒にセントミリドガルへお戻りいただけないのであれば、どうかこの首を斬り落としてください。そして、ジオコーザ様のもとへ送り届けてください」


 澄んだ瞳で、コバッツはとんでもないことを言い出した。


「――いや待て、何の冗談だ?」


「冗談ではありません。私がアルサル様をともなうことなく国へ帰れば、間違いなく処刑されます。それも私だけでなく、私に連なる全ての者がそうなるのです。しかし、ここでアルサル様に首を落とされ、頭一つで戻ればどうでしょう? ジオコーザ様は交渉に失敗したと判断されるでしょうが、しかし身命しんめいして国にじゅんじたとして、私の家族や親類は見逃してくださるかもしれません……」


 つまり自分の首一つでジオコーザに慈悲じひう――コバッツはそう言っているのだった。


 何を馬鹿な、と一笑いっしょうすことは出来ない。


 コバッツが本気なのは表情からもわかる。また、奴の言っていることは道理にかなっている。コバッツが手ぶらで帰ればジオコーザは間違いなく虐殺を実行するだろう。そして、俺がここでコバッツの首を斬って送れば、あるいは奴の家族らは助かるかもしれない。


 ここで一人で死ぬか、戻って家族もろとも死ぬか――今のコバッツにはその二つしか選択肢がないのである。


 はぁ、と俺は溜息を一つ。


「家族を人質に取られてるんなら、仕方ないな。いいだろう、お前にも引けない理由があるってことは理解した」


 そう言うと、若干だがコバッツの顔に生気が戻った。


「――! アルサル様、それでは……!」


「いや戻らんがな? つかお前の話を聞いたら益々(ますます)戻りたくなくなったしな?」


 ナイナイ、と片手を振ると、枯れた植物のようにコバッツの勢いがしおれる。


「……そうですか……」


 呟き、またしてもこうべれる。アップダウンの激しい奴だな。切羽詰まっている気持ちはわからんでもないが。


「――ならば……!」


 突如、コバッツの声に決意がみなぎった。手や頬といった露出している肌の部分に、赤みがかった茶色の光が浮かび上がり、幾何学模様を描く。


 輝紋の励起れいきだ。


 途端、ひざまずいた体勢のコバッツから、猛烈な戦意がほとばしる。


 この瞬間、俺にはコバッツの腹が見えた。


 当たり前だが、謁見の間に入る前に奴の武装は取り上げられている。が、セントミリドガルの軍人ともなれば攻撃理術の一つや二つ、会得していてもおかしくはない。


 つまり、ここで問答もんどうをしてもらちはあかず、首を斬ってもらうことすら出来ないのなら――力尽くで襲いかかればいいと、コバッツはそう考えたのだ。


 当然ながら、返り討ちにあうことは織り込み済みだろう。とにかく奴は俺に殺されたい、その一心のはずだ。いや、俺の手によらずとも近くに控えているガルウィンやイゾリテ、衛兵の手にかかって死んだなら、とにもかくにもジオコーザへの言い訳は立つ。


 家族、親類だけは見逃してくれ――そう行動で示すつもりなのだ。


「――〝銀穹の勇者〟アルサルッ!! お覚悟ッ!」


 勢いよく立ち上がり、鋭い衣擦れの音とともに両手を前へと突き出す。


 同時、誰よりも速くガルウィンとイゾリテが動き出そうとした。当たり前だ。俺にあだなす不逞ふていやからを許す二人ではない。


 が、俺は片手を上げて二人を制した。


 待て、動くな――と。


「な……!?」


「アルサル様っ?」


 無論むろん、ガルウィンとイゾリテは愕然がくぜんとする。この土壇場で制止されるとは思いもしなかったのだろう。


 が、俺も考えなしに二人を掣肘せいちゅうしたわけではない。


「――〈狼牙ろうが水破すいはじん〉ッ!!」


 コバッツの攻撃理術が発動した。前に突き出した両掌りょうてから膨大な量の水があふれたかと思えば、意思持つ生物がごとく唸りを上げて膨れ上がる。


 大量の水を狼の牙のごとき形状に変え、敵を切り裂き押し潰す攻撃理術――それが〈狼牙ろうが水破すいはじん〉だ。


 流石は強国セントミリドガルの少佐と言ったところか。なかなかに強力な攻撃理術を扱うじゃないか。


 ま、魔王の鼻息にすらおよばないがな。


 俺はガルウィンとイゾリテを止めた片手で、そのままパチンと指を鳴らした。


 それだけで俺に襲いかかろうとした鉄砲水の狼牙が爆発し、盛大に飛び散った。


 指先にちょっと〝氣〟を籠めればこんなものだ。たかだか人間の放つ理術が俺を傷つけることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。


 というか、俺の強さを知っているくせに、それでも守ろうとするガルウィンとイゾリテが過保護にすぎるのだ。


「な――!?」


 コバッツの顔が驚愕きょうがく強張こわばる。そうか、お前も俺をめていたくちか。ちからおよばぬまでも一矢いっしむくいるぐらいは――とか思ってたのか? 確かに普通は、まさか指パッチンで攻撃理術を弾かれるとは夢にも思わないだろうけどな。


 ザァ、と〈狼牙ろうが水破すいはじん〉だった水飛沫が壁や床を打ち、音を立てる。


「そんなことしても意味ないぞ。俺にお前を殺す気はないし、お前が何をしようとも俺には通用しない。無駄な抵抗、休むに似たりってやつ……ん? 何か違うな、これ?」


 前の世界で覚えた慣用句が上手く出てこず、俺は一人で首を捻った。正しくは、下手の考え休むに似たり、だったか?


「ともかく、掃除が大変になるだけだから余計なことするなって。お前の言い分はわかった。ジオコーザのためというより、自分の家族や親類のために必死になってるんだろ? あっちに戻ってやるつもりもないが、お前を見捨てるつもりもない。そういうことなら俺が何とかしてやるから、とりあえず落ち着け」


 空中でてのひらを下へ押しつけるようなジェスチャーをして、どうどう、とコバッツを落ち着かせる。


 まことに遺憾いかんながら、俺も鬼ではない。流石に目の前に来られて窮状きゅうじょううったえられては、無視するわけにはいかなかった。


「ア、アルサル様……!」


 コバッツの瞳がうるむ。その目が、牙を剥いた私を許した上に助けてくれるというのか、みたいなことを言外に言っているようだ。


「つか、流石に腹が立つからな。この期に及んで俺を呼び戻そうだなんて、何考えてんだ、あの阿呆あほうどもは。そもそもそんな提案に乗るなっつー話だよ」


 俺が憤懣ふんまんやるかたなく愚痴ぐちると、コバッツが露骨に恐縮する様子を見せた。ま、こいつが〝そんな提案〟をした張本人だからな。


 突如、脇に控えていたガルウィンが一歩進み出て、


「ではアルサル様! 様子見は終わりということでしょうか! こちらから攻勢に出てセントミリドガルを滅ぼすということでよろしいでしょうか!」


「話を一気に飛躍させるな、ガルウィン。つか満面の笑みで言うことか、それ……」


 即座に祖国を滅亡させるという結論が出てくるあたり、俺が言うのも何だが、なかなかに過激な奴である。一応、国王はお前の父親で、ジオコーザは腹違いの兄弟きょうだいだろうに。


「ですがアルサル様、リヒター少佐を救われるのであれば、道は一つしかないのでは?」


 兄がしゃしゃり出ても叱責しっせきされないのを見てか、イゾリテも口を開いた。


「イゾリテの言う通りです! セントミリドガルの暴政を止めさせるには、もはや手段は一つしかないかと!」


 ガルウィンが便乗し、両の拳をしっかと握る。


 だからそうやって血気けっきはやるなっつーの。


 俺は曖昧あいまいうなずき、


「……まぁ、な。一応、他にも手がないか考えるつもりはあるんだが――」


 右手の人差し指を顎に当てて、俺は思考を巡らせる。


 つかの高速思考――


 ぶっちゃけガルウィンとイゾリテが言うように、暴走状態にあるジオコーザを止める手立てなど、さほど多くはない。


 一番手っ取り早いのは、やはり直接乗り込んで奴の頭をぶん殴ってやることだ。


 ここ最近エムリスの転移魔術でばかり移動していたから、すっかり忘れられているかもしれないが、俺も一応自力で転移できたりする。その気になればジオコーザの目の前に現れて、一発をくれてやることなど造作もないのだ。


 とはいえ。


 本来、国の舵取りは国王であるオグカーバの仕事だ。いくらジオコーザが聖神製のピアスで頭がおかしくなっているからとは言え、国王のオグカーバさえその気になれば、馬鹿息子に好き勝手させないことなど容易よういのはずなのだ。


 当初は、かつての賢君ですらここまで煩悩ぼんのうになってしまうものなのか、と思っていたが――


 ここまで来ると、やはりあの愚王にも聖神ボルガンが何かしらの影響を与えていると考えた方がいいかもしれない。


 いや、待てよ? そういえばアルファドラグーンのドレイク王は、少なくとも精神的にはまともだったよな?


 彼はどう見てもピアスの影響でおかしくなったモルガナ妃をかばっていた。


 ということは、オグカーバもおかしくなったジオコーザを庇うために? いやしかし、それにしては俺を追い出した時の態度が明らかにおかしかった気もするのだが。


 ともあれ、実質がどうあれ名目上の最高責任者は国王だ。結局の所、国王からどうにかしなければセントミリドガルの腐敗は根治こんちできない。


 だからといって、転移していってオグカーバも一緒にぶん殴る――っていう話でもない。


 そも、殴ってどうにかなると言うのなら、俺が出がけに王城を真っ二つにした時点で奴らも反省しているはずなのだ。


 だが、現実にはそうなっていない。


 むしろ愚劣さを加速させ、全世界に喧嘩けんかを売り、人界の全域に戦火を広めるという極めっぷりだ。


 もっとこう、抜本的ばっぽんてきな対応が必要だろう。


 何というか、手足を切り落とすというか、頭の中をいじくるというか――何がどう転がってもジオコーザとオグカーバには二度と馬鹿な真似ができなくなるような、そんな対策が。


 それでいて、暴力的に過ぎず、理不尽でなく、人界の人々から見て妥当だと思うような、エレガントな方策――


 いやいや、そんなものあるはずがな――


「…………」


 俺の中ではそこそこ長めの、しかし外の世界においては数瞬すうしゅん黙考もっこうの果て。


 ふと、俺の視界に収まっているガルウィンとイゾリテの姿に気付いた。


「――!」


 その瞬間、ピン、と来た。


 そうか。


 そういえばそうだったではないか。


 この二人は、こう見えて【セントミリドガル王家の血に連なる者】だった――と。


「――よし、決めた」


 天啓のごとく脳裏に閃いた妙案に、思わず口元に笑みを刻んだ。


 これはきっと、一石二鳥の名案めいあんだ。


 我ながら、この手があったか、と快哉かいさいさけびたいほどである。


「ガルウィン、喜べ。お前のお望み通り、セントミリドガルを攻略してやる。それも、徹底的にな」


 俺が楽しげに言ってやると、ガルウィンは緑の双眸そうぼうを見開き、口をオーの形にして、


「お、おお……おおおおおおおおっ……!?」


 もはや喜びが言葉にならないらしい。体の奥底か湧き上がる衝動のまま、ガルウィンは雄叫びを垂れ流した。


「イゾリテ、今ここにコバッツ・リヒターが来たという公式記録は抹消だ。少なくともセントミリドガル側には絶対に漏らすな。こいつの説得が失敗したと知れたら、あっちにいる家族や親類に危険が及ぶ。それだけは何があっても避けるんだ」


「――! 了解いたしました。このイゾリテにお任せください」


 兄貴ほどではないが軽く目を見張ったイゾリテが、すぐにうやうやしく頭を下げ、俺の命令を受理した。その脇で、


「ア、アルサル様……! 小官ことコバッツ・リヒター、この大恩だいおん、決して忘れません……!」


 顔をくしゃくしゃにしたコバッツが、今にも崩れ落ちそうな勢いで涙を流し、声を震わせている。


「安心しろ――っていうのはまだ早いか。とにかくお前と家族、関係者全員を助ける方向で動いてやる。が、さっきも言った通り、お前が俺に会ったことがジオコーザにばれたら色々とやばい。お前がまだ俺と会っていないていなら、あいつも無茶はしないと思うが……一応、最悪の事態も想定して、覚悟だけは決めておけよ。まぁ、ジオコーザにはそんなことも考えられないほど電撃的なカチコミをくれてやるつもりだが」


 本物の馬鹿っていうのは悪い意味で行動が読めない。こちらにとっては想定外の、普通そこまで馬鹿なことはしないだろう、ってことを平然とやる。何故なら、馬鹿は本当に馬鹿だからだ。


 最悪、俺がセントミリドガルに乗り込んだ時点で、コバッツの説得が失敗した、と勝手に推察してジオコーザが虐殺に手を掛けたらどうにもならない。念のため、そんな事態も想定して覚悟だけは決めておいてもらわなければ。


「はい……はい……! ですが、心より感謝いたします……! ――よかった、あなた様のもとへ訪れて、本当に良かった……! 〝勇者〟様……!」


 とうとうコバッツは崩れ落ち、床に膝をついた。そのまま両手を合わせ、神に祈るかのように頭を下げる。


 なんだか久々に『勇者様』と呼ばれて感謝された気がするが、なんとも微妙な気分である。


 俺としてはもう少し、〝勇者〟らしい功績で感謝されたいものなのだが。


 まぁいいか――と軽く首を横に振って、意識を切り替える。


 俺はガルウィン、イゾリテを含んだ臣下達を見渡し、告げた。


「――というわけでお前ら、いわゆる一つの戦争ってやつだ。宣戦布告……はもうしてあるんだっけな? じゃ、七面倒しちめんどうくさい手続きはなしだ。早速さっそくカチコミに行くぞ」


 玉座から腰を上げ、俺は軽く宣言した。


 特に気負う必要などない。セントミリドガルへ乗り込むなど、散歩に行くのと大して変わらないのだから。


「はっ! それではアルサル様、早速ですが部隊の編成について――」


「は? 部隊? なんで?」


「――えっ?」


 うやうやしくガルウィンが拝命した後、妙なことを言い出すものだからつい首を傾げてしまった。が、それはあちらも同じだったようで、俺達は意味もなく顔を見合わせてしまう。


「……あ、なるほど。そういうことか」


 ややあって、会話の齟齬そごに気付いた俺は得心の頷きを一つ。


「俺の言い方が悪かったな。【カチコミ】ってのは大部隊で進攻するって意味じゃないんだ。軍は動かさない。あっちに行くのは……そうだな、俺とガルウィン、イゾリテ。この三人だけで充分だろ」


「は……?」


「え……?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔を並べる兄と妹の二人。


 おいおい、この前の『果ての山脈』で何を見たんだ、お前達は。


 俺がいれば軍隊なんぞいらないってことぐらい、すぐにわかるだろうに。


「し、しかしアルサル様、戦争において兵を動かさないわけには……!?」


 珍しくガルウィンが食い下がる。わたわたと慌てた様子で、どうも他のムスペラルバードの臣下達を気にしているようだ。


 なにやら体裁ていさいたもちたいらしい。


「そういうものか? じゃあ、軍を出してもいいが、少なくとも俺のうしろからついてくるようにしろ。道は俺が切り開くから、軍隊はその後を追ってこい」


「あ、あくまで陣頭に立つおつもりですか、アルサル様……!?」


「――? 当たり前だろ?」


 おかしいな。俺はそんなにおかしいことを言っているのだろうか? ガルウィンなら俺の強さは嫌ってほど理解しているだろうに。


「俺が戦えば誰も傷つかないだろ? 誰一人怪我することも死ぬこともなくセントミリドガルをおとせるんだ。やらない理由はないだろうが」


「…………」


 唖然あぜん。ガルウィンの表情はその一言に尽きた。


 その隣に進み出たイゾリテが、得も言えない視線で俺を見据え、こう言った。


「――アルサル様。おそれながら……【それは戦争ではありません】」


「ん?」


 どういう意味だ、と聞き返すと、イゾリテは頭痛をこらえるような表情を浮かべて、


「……【それ】は戦争ではなく――【蹂躙じゅうりん】と呼びます」


 と溜息ためいきじりに言った。


「…………」


 流石の俺も、この指摘には何も言い返せなかった。


 と、その時だ。


「――緊急! 緊急連絡です!」


 突然、ムスペラルバードの武官の一人が謁見の間に飛び込んできた。


 本来ならこういった行為は不敬にあたり、どこの国でも厳罰に処されるのだが、俺は気にしないたちだ。というか『緊急の連絡』と言っているのだから、つまらんことを気にしている場合ではない、と考えるタイプである。


「どうした、何があった?」


 息せき切る武官――階級章を見る限りでは中尉ちゅういのようだ――をうながすと、彼は無理矢理に声を張り、


「――セ、セントミリドガル方面から攻撃が……! 敵の新兵器が、国境を越えて我が国に侵攻してきたとの連絡が……!」


 全力で走ってきた直後の大声である。見る見るうちに顔が赤紫に染まっていく。それでもなお、中尉は叫んだ。


「敵は……圧倒的です! 【国境線そのもの】が押し上げられています!」








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― 新着の感想 ―
国境線が押し上がっていく風景でふと何処ぞのロボットアニメのクリーン作戦思い出した……いや、どっちかというと巨人なやつの方なのかな??
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