●20 内憂外患 2
「――フハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハ!!」
戦場の記録映像を前に、ジオコーザの哄笑がこだまする。
聖術士ボルガンからもたらされた新たな兵器――即ち『聖霊ミドガルズオルム』。
満を持して『最強にして無敵の聖具』とまで謳っただけあって、その力は絶大なものだった。
「見よ! 敵がゴミのようだ! どいつもこいつも塵芥だ! ざまあみろ!! ハハハハハハハハハハハハッ!!」
両目を真っ赤に充血させたジオコーザは狂ったように笑い、会議の間にいる臣下達に同意を求める。
応じるのは、やはり一人だけ。
「当然であります! やはり我が軍は無敵! 常勝! 不敗! これぞ本来あるべき姿ですとも!」
セントミリドガル軍部の最高峰、将軍ヴァルトル・ガイドシーク。
ジオコーザと同じく聖神特製のピアスをつけた男は、王太子と同程度かそれ以上の狂気に囚われている。
その熾火のような瞳に映るのは、凄惨な光景だ。
東のアルファドラグーンの誇る『聖竜アルファード』。
北のニルヴァンアイゼンの駆る『聖駒ヴァニルヨーツン』。
西のヴァナルライガーが操る『聖狼フェンリルガンズ』。
どれもが鋼鉄の怪物であり、超常の兵器である。
だというのに。
それらがまとめて、セントミリドガルに与えられた超巨大聖具によって蹴散らされ、蹂躙され、駆逐されていた。
聖術士ボルガン――否、〝聖神ボルガン〟がセントミリドガルに与えたのは、大地に眠りし巨大な円環にして連環なる【広域殲滅兵器】。
その名こそ、世界を呑み込む蛇から由来する――
『聖霊ミドガルズオルム』
その正体はセントミリドガルの大地深くに眠りし、超巨大な機械の大蛇。
ミドガルズオルムの巨体――いや、もはや〝極大機構〟とも呼称すべき構造物は、ちょうどセントミリドガルの国境をなぞって円を描くように、地下の奥深くに横たわっている。
まさしく大国をその身一つで囲い込み、自らの尾を口でくわえる蛇の形だ。
その極大機構はボルガンによって火を入れられるまでは、大地の深層で永い眠りについていた。
しかし、ひとたび目を覚ませば、それは一息に地表へと顔を出し、真価を発揮する。
大地をどよもし、地割れを起こして隆起させ、世界蛇こと『聖霊ミドガルズオルム』は復活した。
地面の亀裂からせり上がってくるは、巨大な金属の城壁。
当然、生半可な城壁ではない。もはや城壁と呼ぶことすら生ぬるい、大国セントミリドガル全体を一切の綻びなく包囲する、超長大なスケールの巨壁。
そう、それこそは城壁を超越した、長城であった。
セントミリドガルそのものを【ぐるり】と取り囲む巨大長城は、東、北、西の三大国の軍勢、および他勢力が国境を越え、【内側】にまで侵入した直後に出現した。
それぞれの軍が自陣へと戻るための退路を断ったのである。
逃げ場を失った各軍は周章狼狽し、一時的に行軍が停止した。
その直後だった。
巨大な鋼鉄の長城が――【動いた】。
まるで生き物のごとく。
陽光を鈍く照り返す巨躯が、山のような構造物が大きくうねり、盛り上がり、身悶えする。
さながら強大な蛇身よろしく。
さらには各所に小さな穴が空いたかと思えば、そこから灼熱の閃光が撃ち放たれる。
細い、しかし強力な熱閃は空を裂き、地を削り、万物を切断した。
これにはアルファードを始めとした鋼鉄の機動兵器群も、ひとたまりもなかった。
細く、より細く絞られた熱閃は、鋭利な刃物がごとく容易に金属を断ち切る。
抵抗は無駄だった。
宙を飛ぶ機械竜も、地を進む鋼鉄の巨人も、群をなして疾走する黒金の狼も、例外なく八つ裂きにされた。
無論のこと、それらを操縦していた兵士らもまとめて。
どの軍も一瞬にして瓦解した。崩れ落ちた鋼鉄が大地と抱擁して轟音を鳴り響かせ、中には動力炉に火が点いて大爆発を起こすものもある。
即死しなかった兵士や司令官は例外なく叫喚を上げて逃げ惑った。
それでも『聖霊ミドガルズオルム』の暴虐は止まらない。
鋼鉄の巨体をくねらせ、何百、何千と空いた穴から同じ数だけの熱閃を発射する。細い光の線は熱の刃となり、世界を縦横無尽に切り裂く。
組織だった軍隊が崩壊するまで、さほどの時間はかからなかった。
大した間もなく、セントミリドガル国内に進軍した部隊は壊滅状態へと陥った。
どの勢力も、生存者はほんのわずか。
生きている者の反応がほぼ消えると、巨大な連環型城塞は再び地の底へと潜っていく。
セントミリドガルを取り囲み、そして守護する世界蛇『聖霊ミドガルズオルム』は、次の戦いに備えて眠りについた。
後にはもう、細切れにされた死体と、鋼鉄の残骸が積み重なった山が残されるのみ。
もはや戦争とは呼べぬ、それは虐殺の光景だった。
「――ヒヒヒハハハハハハハハハハハッッ!! 圧倒的ではないか!! ボルガンよ、褒めてやる!! 貴様は本当に良いものを持ってきた!!」
改めて映像を見たジオコーザは声を裏返しながら笑い、会議の間の片隅に立つ漆黒のローブへと賞賛を飛ばす。
「ええ、ええ、お褒めにあずかり恐悦至極でございますとも」
そこに黒い布が浮かんでいる――としか言いようのない姿をした聖術士ボルガンは、どこか道化じみた動きで会釈をした。動きに合わせて、ほんの微かなアクチュエーター音が漏れ出ているが、気付く者は一人もいない。
くつくつと笑うボルガンは、広間の隅に佇んだまま、
「ですがミドガルズオルムの本領はこんなものではございませんよ。偉大なるセントミリドガルの大地を司りしかの聖霊の力は、防衛のみに限りません。その身で作った輪を広げることにより、活動範囲をより拡張させることが可能なのでございます」
ジオコーザ、ヴァルトル他、十数の臣下の視線を受けながら、朗々(ろうろう)と謳うように語る。
「つまり、ミドガルズオルムがその輪を広げれば広げるほど、セントミリドガルの国土も広がるわけでございます。この意味……もちろんのこと、おわかりでございましょう?」
ねっとりと、粘液をこねるようにしてボルガンは言葉を紡ぐ。
その含みのある雰囲気は、見事にジオコーザとヴァルトルへと伝播した。
狂気に囚われた少年と壮年は、揃って笑みを深める。
「よいではないか! よいではないか! これより我らが反撃の時! 愚かな者どもに身の程を思い知らせてやる時が来たぞ!」
ジオコーザは声を高め、体全体を大きく使って燃え上がる戦意を露わにした。口角泡を飛ばす、とはまさにこのこと。全身の毛穴から噴き出した闘争心が、会議の間に飽和するほど充満した。
だがそんな王太子のすぐ隣には、黙して座っているだけの国王オグカーバ。
そして臣下のほとんどが、逆襲に昂ぶるジオコーザの声に無反応を示す。
もはやジオコーザが他者のことなどまったく意に介していないことを、この場にいるヴァルトル以外の者が知悉していた。
どんな言葉も、どんな意見も、どんな態度も無意味。
今となってはジオコーザは周囲を見ていない。例え充血した目で見ていても、心は何も見ていない。耳も同様だ。音を聞いていても、そこから何かを得ることはもうない。
肥大化した自意識の怪物――それが現在のセントミリドガル王太子、ジオコーザの正体だった。
狂気を理解できるのは、同程度かそれ以上の狂乱に取り憑かれた者のみ。
「もちろんであります! 今こそ我が国を侵そうとした恥知らず共へ報いを与える時! 遠からず五大国は一つの国へと統合されることでしょうな! 人界全てを支配する、大セントミリドガルの下に!」
胴間声で同調して、ヴァルトルは呵々(かか)大笑した。
これを受け、ジオコーザの気勢がより一層煽られる。
「フハハハハハハハハハ! フハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハハッッ!!」
風を受けた火炎が、より強く、より大きく燃え盛るように、ジオコーザの昂揚は天井知らずに高まっていく。
「そうだ! 今こそ世界統一の時! 身の程を知らぬ愚か者共を滅ぼし、我らセントミリドガルが人界を制覇するのだ! いや、魔王亡き今もはや魔界すら恐るるに足らず! 人界を統一した後、そのまま一気呵成に『魔の領域』すら呑み込んでやろう!」
熾火のようだった赤い瞳に、苛烈な欲望の輝きが灯った。下卑た笑みを浮かべたジオコーザは、漆黒のローブへと狂的な視線を向け、
「無論できるのであろうな! 貴様の自慢の『聖霊ミドガルズオルム』ならば!」
問われたボルガンは大仰に首を縦に振った。
「ええ、ええ、もちろんでございますとも。もとよりミドガルズオルムは世界を呑む蛇。人界のみならず、魔界、あまつさえ聖界をも呑み込むことができましょう。そう、全てはジオコーザ様、あなた様の御心のままに……」
人界と魔界と聖界――即ち、人と魔と神の住まう世界の全てを、ミドガルズオルムは覆い尽くせるだろうと。
ボルガンはそう告げた。
まるで甘い果実に毒液を注射する、魔女のごとく。
「ク――ククククッ……!」
見え透いた追従にしかしジオコーザは気付かず、ほくそ笑む。
「いいぞ、いいぞ……! これであのアルサルが戻ってくれば、まさしく獅子が翼を持つがごとし!」
と悦に浸っていたジオコーザが、ふと気付いた。
「――ん……? そういえば、奴はどうなった? あの馬鹿はいつになったら戻ってくるのだ?」
愚かな失言をした武官を迎えに向かわせてから、もうしばらくが経つ。それそろ戻って来ていなくてはおかしいのではないか? という意味で、ジオコーザは誰にともなく問いを投げた。
当然、答えを持つ者などいない。
現在、かつての戦技指南役アルサルの行方を知る者は、セントミリドガルには一人もいなかった。
なにせアルファドラグーン側は、王城に〝勇者〟アルサルが訪れ、〝魔道士〟エムリスと共に出て行ったことを公表していない。
少なくとも公的には〝勇者〟アルサルは行方知らずのままだ。
さらに言えば【非公式な情報】――つまり裏の情報網においても、ドレイク国王は目を光らせている。
まずもって、アルファドラグーンと敵対しているセントミリドガルに対して、情報漏洩は起こり得ない。
だが、そんなセントミリドガル側でも、手元にある情報からある程度の推測を立てることならばできる。
東の大国アルファドラグーンのさらに東、魔界との境界線にあたる『果ての山脈』が突然爆発し、景観が大きく損なわれたことは記憶に新しい。
あればかりは流石に隠しきれない大事件だった。
悪い噂は翼を持つと言う。
この未曾有の事態は山を越え、谷を渡り、人里を駆け抜け、世界中の人々の耳に届いていた。
これをなんとアルファドラグーンは、なんとこれを『セントミリドガル王国の仕業』と断定して宣戦布告を行ってきた。
だが常識的に考えて、これはおかしい。
今でこそ『聖具』なる破格の兵器が各国に存在しているが、当時はそのようなものは提供されていなかった。
そんな中、一種の霊山とも言える『果ての山脈』を、その景観が変わるまで破壊するなど、余人には到底不可能な所業である。
可能だとすれば、それはかつて世界を救った〝銀穹の勇者〟、〝蒼闇の魔道士〟、〝金剛の闘戦士〟、〝白聖の姫巫女〟の四人か――
あるいは魔王、ないしその配下の上級魔族。もしくは八大竜公のような超強力な魔物。
それぐらいしか考えられない。
であれば、件の犯人がアルサルである可能性が高いと考えるのは、ごく自然なことであった。
そのため、例の武官はおそらくアルファドラグーンに向かったはず――というのが、この会議の間にいる臣下達の共通認識だった。
無論、余計なことを口にして首が飛ぶなんてことは、誰しも御免被りたいものである。
よって、この場にいる全員が知らぬふりを決め込み、決してジオコーザに進言しようなどとは思わなかった。
だが、そうとは知らぬジオコーザは、
「それに、アルサルもアルサルだ! 大々的に『城に戻ってきてもよい』と喧伝してやっているというのに、未だに【なしのつぶて】とはな! どこまでつけあがる気だ、あの愚か者め!」
憤懣やるかたない様子で吐き捨てる。
何を隠そう、理術通信や新聞といった各種媒体を介して、
『セントミリドガル王国、敗色濃厚。この局面を打開するには、かつての〝勇者〟にして元戦技指南役の帰還が必須だと思われる。既に王家は水面下で交渉中との噂あり』
といった情報を世間に流したのは、他ならぬジオコーザ自身なのだ。
戻ってこいと声を掛けてやればアルサルの奴も喜んで帰ってくるだろう、しかし直接的に言うのは品がない。ならば第三者を使って仄かに匂わせてやれば、餌を目にした獣のごとく近付いてくるはずだ――
ジオコーザはそう考え、遠回しに情報を流したのである。
無論、無駄な行為であることは言うまでもない。
ひとくさり怒気を放出したジオコーザは、ふと肩の力を抜いた。
「――ふっ、だがまぁよい。今となってはあの男も、もはや無用の長物よ。いまや我がセントミリドガルには最強の! そう、最強の聖具があるのだからな! ハハハハハハハハハハッ!!」
歯牙にも掛けずに笑い飛ばす。それも、ボルガンから提供された『聖霊ミドガルズオルム』があるのだから、と。
借り物の力を我が物と思い込む――〝虎の威を借る狐〟とはまさにこのことだった。
「それよりもヴァルトル将軍、気になることがあるのだが」
「はっ! 何でしょうか? 殿下」
「此度の戦闘ではアルファ、ニルヴァン、ヴァナルの三国とその他の有象無象を殲滅できたようだが……何故、南のムスペラルバードは含まれていない?」
敵の用いる聖具の軍勢に圧され、敗走および潰走を装って後退。これにより敵軍を自国の領土まで誘き寄せ、時機を見計らって『聖霊ミドガルズオルム』を稼働させ、一網打尽にする――
これが強大無比の聖具と共にボルガンから献上された反撃策だったのが。
「何故だ? 何故あやつらは我が国に攻めてこなかった? あの国にも聖具は配備されているのであろう?」
かつていない快勝を重ねたおかげか、今のジオコーザには精神的な余裕があった。よって、落ち着いた口調で問いを重ねる。
これに対し将軍ヴァルトルは、
「はっ! 聖術士ボルガン殿の話によればムスペラルバードに与えられた聖具は『聖炎ムスペルテイン』――重火器を搭載した戦車群とのことですが……」
冷静な口調ながら、それでも充血しきった赤い目が横に動き、部屋の片隅に佇む漆黒のローブを一瞥する。
ヴァルトルのテンションもまた、ジオコーザのそれと呼応するように平静状態を保っていた。
「――理術による遠見によれば、ムスペラルバード軍は聖具を横列に並べてはいますが、移動は一切させていない模様ですな。おそらくですが、かの〝金剛の闘戦士〟シュラトが王位を簒奪したため、指揮系統に混乱が生じているのでしょう。専守防衛というわけですな」
「ほう? ということはつまり、ムスペラルバードは攻めてこないのではなく、【攻勢に出られない状況】だということか?」
腐ってもアルサルのもとで訓練を積んだジオコーザである。その精神は狂気に囚われていても、軍事における最低限の見識は有していた。
急激な王位の変動により、現在のムスペラルバード軍は正常な状態にない。故に、攻めてくる敵勢に対しては応戦するが、積極的な進軍はできない状況にあるはずだ。
南の怨敵がせっかくの罠に引っ掛からなかったのは癪に障るが、逆に考えればこれは好機とも言える。
かの国の陣容は万全ではない。
ならば、今こそ攻め落とす絶好の機会である――!
ジオコーザはそう考えた。
「――ふっ……フハッ、フハハハ、フハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
昂揚が腹を揺らし、ジオコーザは声高く哄笑した。ギラリ、と赤く充血した瞳に剣呑な輝きが宿る。口を大きく開き、歯を剥き出しにして叫んだ。
「決めたぞ! 逆襲の第一手はムスペラルバードからだ! まずは態勢の整っていないあそこから陥とす! 見せてもらうぞボルガン! お前の自慢するミドガルズオルムの本領とやらをな!!」
後にわかることだが、これは最低にして最悪の采配だった。
無知は罪なりという。
この場合、ジオコーザはアルサルの居場所を知ろうとしてもわからない状態にあったのだが、それも所詮は言い訳にしかならない。
余計な欲などかかねばよかったものを。
愚かな王太子は、自らの国を巻き込む形で、わざわざ世界最大の地雷を踏み抜くことを決意したのである。
ヴァルトルは最敬礼をとり、この下命を拝した。
「はっ!! すぐにでも!!」
応じて、何人かの武官が立ち上がり、最敬礼をしてから会議の間を出て行った。進軍の準備へと向かったのだ。
しかしながら、会議の間に残った武官と文官の間に『他国への侵略の前に内憂への対処ではないのか』といった空気が流れる。
国内の懸念と言えば、かつての五大貴族が盟主となった『自由貴族同盟』だ。
周辺諸国の軍勢であれば国境線沿いに潜伏しているミドガルズオルムによって撃滅できるが、もとより国内の中心部に居を構えていた『自由貴族同盟』に対してはそうもいかない。
現在はセントミリドガル王国軍が精強ゆえに余裕を持って対応できているが、ともあれ彼ら反乱貴族が〝獅子身中の虫〟であることに変わりはなく。
このままの状況が続けば、場合によっては叛徒の牙がジオコーザや、オグカーバ国王の喉笛を切り裂くことも十二分にあり得る。
なるほど、ボルガンが用意した『聖霊ミドガルズオルム』は最強の聖具かもしれない。だが、国境線に沿って配備されているその威光は、しかし国内の紛争に対しては無力だ。
油断している間に足元をすくわれねばよいのだが――と臣下達は思ったが、やはりこれも言葉にはされなかった。
「フフフハハハハハハ!! 見ていろ臆病者のムスペラルバードめ!! 何が〝金剛の闘戦士〟だ!! 我らセントミリドガルを差し置いて世界征服を宣言するとは、不遜な輩め!! この私が成敗してくれるわ!! ハハハハハハハハハハハハッ!!」
傲岸に笑うジオコーザは、暴走する自意識に衝き動かされるように豪語する。
「大国の一つを陥落させれば、あのアルサルも喜び勇んで戻ってくるに違いない!! ミドガルズオルムにあの愚か者の力が加われば、名実ともに我が国が最強だ!! もはや世界征服は成ったも同然よ!!」
本人は気付いていない。
当初はアルサルを反逆者として粛清するだけだったはずが、いつの間にやら目的が世界征服へと変化していることに。
自らの意思が肥大化する欲望に呑み込まれ、支配されていることに。
「――――」
そんな息子の隣に座る国王オグカーバは、やはり沈痛な表情を顔に固定したまま、黙して語らなかった。
あるいは、既にこれから起こることについて覚悟を決めていたのかもしれない。
畢竟、坂道を転げ落ちる石は壁にぶつかるか、砕けでもしない限り止まることはないのだ。
斯くして、セントミリドガル軍は聖具ミドガルズオルムと共に、南国ムスペラルバードへの進軍を開始する。
そこに、自らが帰還を待ち望んでいる〝銀穹の勇者〟アルサルがいるとも知らずに。




