●19 アルサルの誓い 1
お待たせしました、連載再開です。
去年の11月から仕事のトラブルや身内の不幸、20年近くの付き合いになる友人の急逝などありまして、ちと時間がなかったりメンタルをやられたりで執筆のペースが乱れておりました。
しばらく第四章の終わりまで毎日更新する予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
意味がわからない。
まったくもって理解しがたい。
一体何がどうなればそんな結論が出るというのか。
「だから、王位はお前に譲りたい。アルサル、この国の王になってくれ」
ピンを抜いた手榴弾の方がまだマシだぞってレベルの言葉を、シュラトは無造作に投げつけてきたのである。
さっぱり理解できない。
「待て待て? いやいや? おかしいだろ、それは? わけがわからんぞ?」
「おかしくはない。前国王や、他の大貴族といった有力者に断られたからには、王位を譲る相手はお前しか考えられない。子供にでもわかる理屈だ」
咄嗟に拒否の反応を示した俺に、爆弾発言をぶっこいたシュラトは恬淡と応じる。
会話の歯車の空回り感がすごい。
「待て。本当に待て。……あれだ、確かこの国は内乱中だったはずだよな? なら、王位につけるならどんな状態でも構わないって奴が一人ぐらいはいるんじゃないか?」
「残念だが、その内乱は暴走中の己が鎮圧した。前王権に反抗的な勢力は生き残ってはいるが、求心力を失っている。レムリアにも連絡を取ってもらったが、【けんもほろろ】だったらしい」
くそ、何と余計なことを。そこは内乱なんて収束させずに放置しておけよ。責任をなすりつける先がなくなっただろうが。
「アルサル様、そもそものお話なのですが」
「あ? 何だ、イゾリテ?」
俺が苦渋に表情を歪ませていると、後方から俺のかつての教え子にして、現在はエムリスの眷属および弟子となったイゾリテが声をかけてきた。
琥珀色の髪に緑の瞳、浅黒の肌を持つ少女は生真面目に頷きを返し、
「はい、そもそもの話なのですが――シュラト様はムスペラルバードの王位を簒奪した直後、全世界へ向けて『世界征服宣言』をなされています。つまりシュラト様から王位を譲り受けるということは、全世界を敵に回すのと同義です。それを考慮に入れると、よほどの傑物でもなければ、王位は拒否されて当然かと」
「――。」
そういえばそうだった、という顔をする俺。
しかも国が万全の状態ならともかく、こんな状況下で王として采配を振らなければならないとか、どんな罰ゲームだって話である。
というか『世界征服宣言』て。
我知らず心の内が目つきに出ていたのだろう。シュラトがすまなさそうに目を伏せ、
「すまない、アルサル。そちらについては俺の中の〝色欲〟の暴走に乗じて、〝暴食〟が悪さをした結果だ。後宮を手にした後は世界中の美食を――とな。無駄に先走り、あのような宣言をしてしまった」
「……いや、その件に関しては別にお前が悪いってわけじゃないと思うんだがな……仕方ないと言えば仕方ないし、な……?」
落ち込んでいる風のシュラトに、思わず優しい言葉を掛けてしまう。
八悪の因子の暴走を理由に持ち出されては、流石に強くは言えない。他ならぬ俺とて、いつ何時シュラトと同じように暴走してしまうかわからないのだ。あまり迂闊なことは言うべきではなかろう。
「しっかし『世界征服』か……なんか最近、妙によく耳にするフレーズだな、これ……」
そういえばアルファドラグーンのドレイク王からもそんな嫌疑をかけられていたっけな。多分ジオコーザあたりが吹いたホラのせいで。
当初は適当な噂だと思っていたが、意外や意外、こんなところまで執拗に絡みついてくるとはな。
何なんだ? この世のどこかに、俺に世界を征服させたい物騒な輩でもいるとでもいうのか?
まったく、どうにも気に食わない流れだな。
「――って、いやいや。何か俺が仕方なく受け容れる流れになってるけど、本気で嫌だからな? つか、返上する先がないならシュラト、もうお前が王様を続け……って、それを辞めさせるためにわざわざ来たんだよなぁ俺はさぁ!」
変な空気になってきたので慌てて拒絶の姿勢を取るが、妥協案を出そうとして自己矛盾を引き起こしてしまった。
押しつけられる面倒事から逃げようとしたら、これまでの行動指針がミシリと軋みを上げたのだ。
せっかくシュラトを王位から引きずり下ろすためにムスペラルバードへやってきて、魔界を巻き込んでまでド派手にドンパチをやらかしたというのに、現状維持を続けるのなら本末転倒もいいところではないか。
というか、そのあたりの問題点については俺が王位についたところで変わらないのである。
シュラトも人外なら、当然のこと俺も人外だ。
どちらにせよ、人間の国の王になどなるべき存在ではない。
つまり俺が王位を継いだところで、本質的には元の木阿弥なのだ。
「――おいエムリス、お前も何か言って……ってアイツなんでこんな時に限っていないんだよ!」
付き合いの長い〝蒼闇の魔道士〟に助けを求めようとして、奴がここにいないことを思い出す。うっかり失念していた。あの女、俺とシュラトを転移させるついでに紛れて、そのまま雲隠れしやがったのだ。
あーもーなんなんだー、と大声で叫びたくなるのをどうにか我慢する。
ガルウィンとイゾリテの手前、大人としてあまり情けない姿は見せたくない。
見せたくないのだが――
「これは好機! かつてない好機ですよアルサル様! ここを逃す手はありません!!」
「お兄様の言う通りです。棚からぼた餅、怪我の功名、果報は寝て待て。なんと覇権の方からアルサル様の方に転がって参りました。これはもはや天運です。かつてアルサル様が〝銀穹の勇者〟に選ばれたように、此度は『世界の王』として選ばれたのです」
その二人が大盛り上がりなのであった。
兄貴のガルウィンは拳を握って暑苦しく。
妹のイゾリテは、表情筋こそあまり動いていないが緑の瞳をキラキラと輝かせ、やや早口にまくし立てながら。
俺が玉座につくことを熱心に薦めてくる。
「お前らな……」
ここぞとばかりに勢いづく兄妹二人に、俺は呆れの溜息を禁じ得ない。
熱心に俺を見つめてくる二人の視線には、ワクワクドキドキ、という擬音がまとわりついているかのようだ。
ハチャメチャに期待されまくっている。
「頼む、アルサル。少なくとも己に王たる資格はない。だが、かつて世界を救った〝勇者〟であるお前なら、その資格があるはずだ」
「いや、どういう理屈だよ、それは……」
淡々と、しかく確実に押してくるシュラトに、俺は力の無い言葉を返す。
「大丈夫だ。わかっているとは思うが、面倒なことは全て前国王を含めた旧体制がやってくれる。お前は王として君臨するだけでいいはずだ。何も煩わしいことはない。安心してくれ」
「…………」
この無口な男をして、ここまで言葉を弄するとは。
よほど自分の行いを恥じ、後悔しているらしい。
まぁ、本来の自分なら絶対にやらないようなことを、八悪の因子の暴走のおかげでやらかしてしまったわけだからな。
我が身にも同じようなことが起こったら――と、俺も怖気を覚えずにはいられない。
そういう意味でも、俺の中に宿る〝傲慢〟と〝強欲〟を刺激しないためにも、王様になるなんて話は断固として固辞したいところだが――
「アルサル様!」
「僭越ながら、ご決断の時かと」
ガルウィンとイゾリテが距離を詰めてきて、俺を唆す。
「ぐ……ぬぬ……」
思わず俺の喉から呻きが漏れた。
今更言うまでもないが、シュラトはこう見えて結構頑固なところがある。
こいつが『自分には王になる資格がない』と宣ったということは、意地でも王位についたままではいられない、という意味になる。一度決めたら聞かない奴だ。その決意はテコでも動かないだろう。
じゃあ、だからといって王の座を空席にして立ち去ってしまう――というのもよくない。
今回の騒動の元はシュラトなのだ。俺もまた、仲間としてその尻拭いはせねばなるまい。
そう――もうわかっているのだ。
こうなっては俺が王位を譲り受けるしかない、ということは。
例え一時的なことであろうとも、いったんはそうしなければ事が収まらない状況になってしまっている。
これはもう、そういう流れなのだ。
そのことを、俺はしっかりと理解している。いや、理解してしまっているのだ。
だからこその、苦渋の決断であった。
「…………………………………………わかっ……た……」
我ながら蚊の鳴くような声だったと思うのだが、それでもシュラト、ガルウィン、イゾリテの耳朶にはしっかり届いたらしい。
「うおおおおおおおおおおおお――――――――!!」
ガルウィンが吼え、
「そのお言葉を待っておりました!」
希なことにイゾリテまで大声で喜びを露わにし、
「ありがとう。恩に着る」
シュラトまでもが薄く微笑んで礼を言った。
――あ、やべ……
この瞬間、俺は直感した。
越えてはならない一線を越えてしまった――と。
非常に感覚的なもので、何がどうなのか、と聞かれると困るのだが。
しかし、俺の本能が警鐘を鳴らしまくっていた。
今、ヤバいところに足を踏み入れてしまったぞ――と。
とはいえ、もはや後の祭りである。
「アルサル様が!! ついに!! アルサル様があああああああああ!!」
「記念日です! 今日は歴史に残る記念日ですお兄様!」
号泣しながら叫ぶガルウィンに、イゾリテが声を高くして両手を差し出す。するとガルウィンも両手を合わせて、
「ああそうだイゾリテ! ついにこの日が来た! 来たんだ!!」
「ええ、ええ、お兄様! ついにです!」
うわーすげーなー、あのイゾリテがキャッキャッしてるぞー。
撮影してエムリスにも見せてやりたい光景だった。
無論、冷静になった後の本人にも。
俺はもうツッコミを入れる気力すらなく、喜び笑う二人と、そうと決まれば早速とばかりに何かしらレムリアとフェオドーラに指示を出しているシュラトの姿を見ながら、ただただ虚無感を味わっていた。
斯くして、俺は歴史ある五大国が一つ、ムスペラルバード王国の国王となることが決定した。
してしまった。
だが、先に言っておく。
長く続けるつもりはないぞ。
絶対に。
可能な限り早急に、次なる人間を見つけて。
出来る限り迅速に、この立場を押しつけてやる。
ガルウィンやイゾリテが言っているような『世界の王』なんてものを目指すのはまっぴらごめんだ。
今回のこれはあくまで一時的な、そう、暫定的措置なのだ。
俺は必ずや何の責任もない無職へと戻り、再びのんびり気ままなスローライフの旅に戻ることをここに宣言する。
いや、誓う。
アイルビーバック!
俺は絶対に『世界の王』なんかにはならないからな!




