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●14 東国の興り、成長する英雄、新たな最終兵器 1

お待たせしました、更新再開です。

完結までの道のりが見えたのでタイトルを一部変更しました。

何卒よろしくお願いします。














 色々とんでもない事態になってきてはいるが、心を落ち着かせるため、ここでひとつ歴史を紐解ひもといてみようと思う。


 五大国筆頭セントミリドガル王国――その東に隣接する大国アルファドラグーンについて。


 かつて魔王が支配し、今なお魔族の領域である『魔界』と隣り合わせの魔術国家――


 この国が何故〝アルファドラグーン〟なる名称で呼ばれているのか。


 賢明な読者諸氏なら既にお気付きかもしれないが、そういったかたもどうか辛抱強く耳を傾けて欲しい。


 もとはといえば、魔界と隣接する危険な地域に人が住むわけもなく、ここいらは広大な未開拓領域であった。


 さもありなん。


 いくら『果ての山脈』と、大昔に張られた大結界『龍脈結界』があるとはいえ、山を一つ越えればそこは人肉じんにくむ魔物の巣窟そうくつなのである。


 そのような土地にこのんで住む変人などおらず、人界の東の地は長らく手つかずの空白地帯だった。


 しかし、とある転機てんきおとずれる。


 西の聖域にまう聖神らが、時の魔王討伐のために『聖竜アルファード』を創造し、『魔の領域』へと進軍させたのだ。


 途端、人界じんかい東端とうたんの未開拓領域は、史上類を見ない激戦区へと変貌へんぼうした。


 もちろんのことながら、聖神の生み出した『聖竜アルファード』はたった一機のみにあらず、なんと千を超える軍勢だったという。


 人界と魔界の境界である『果ての山脈』を越えてきた、魔族まぞく魔物まものの混成軍。


 そして大群をなした『聖竜アルファード』は、人界の東にて凄絶せいぜつ激突げきとつを果たした。


 機械の竜ことアルファードの性能は知っての通り。


 その巨体が故に、そこらの上級魔族など比べものにならないほどの破壊力、機動力を有する――まさに神の作りしたもう『怪物』だ。


 その名『アルファード』とは、『夜空に輝くもっとも美しい星』を意味する言葉だという。


 こののちに生まれる伝説の勇者が〝銀穹ぎんきゅうの勇者〟と呼ばれることになったのは、この聖竜にあやかってのことだったのだろうか。


 真実は知りようもない。


 まさに一騎当千の戦力である聖竜アルファードは、たった千機少々の数で、数百万もの魔王軍と互角以上に渡り合った。


 しかしながら早々に結果から言ってしまうと、この時の会戦は引き分けに終わった。


 魔王軍は手勢の大半を失い、魔界へと撤退。


 アルファードもまた、その三分の一が行動不能となった。


 だが無論、ただ一度の会戦で戦争が終わるはずもなく。


 魔王軍が魔界に引き返してからも、数百体の聖竜アルファードは人界東端の地に残り続けた。


 いずれ到来するであろう、魔王軍の再侵攻に備えるため。


 しかしこの後、一体何があったのか――時の魔王は活動を止め、数百年単位で人界に侵攻することはなかった。


 そのため、待機状態にあったアルファードはそのまま自然に埋もれ、ぼっし、ゆっくりと姿を消していったという。


 やがて、平和になった東の地に人類が足を踏み入れ、開拓を始める。


 その頃にはもう、稼働可能な状態にあったアルファードは全て大地と一体化し、長い眠りについていた。


 聖神がアルファードという聖なる竜を送り込んだ土地――一体どこから情報が漏れたのか、東端の地はそのように呼ばれるようになった。


 アルファードというドラゴンの眠る地――その通称が縮められ、簡略化し、最適化した結果。


 この地はいつしか『アルファドラグーン』と呼ばれるようになったという。


 古い話である。


 まだ〝勇者〟や〝魔道士〟、〝姫巫女〟や〝闘戦士〟と言った『伝説の英雄』が生まれる前の時代。


 まだ、この世界が出来たてで、その方向性すら定まっていなかった時代の話。




 この昔話から得られることで、忘れてはいけないことが一つ。


 それは――


 聖竜アルファードは、〝ドラゴンフォールズの滝〟に眠っていたものだけではなく、まだ他にもたくさん存在するということだ。


 この広いアルファドラグーンの大地のあちこちに。


 今なお点在てんざいして、眠り続けているのである。


 いずれきたる、目覚めの時を待ちながら。




 ■




「やっぱりだ。成長しているんだよ、ボク達」


「は?」


 いきなりエムリスが妙なことを言い出したので、俺は思わず奴の胸元に視線を向けてしまった。


 反射的に。


 しまった、と思った時にはもう手遅れであった。


「――笑顔で聞くけど、アルサル? 今どうしてボクの胸を見たのかな? 成長って言葉を聞いて真っ先に見るのが【ここ】っていうのは、一体全体どういう了見なんだい? ん?」


「いや、待て。違うぞ、誤解だ。決して他意はない。お前の気のせいだ。というか俺は【そこ】だけじゃなくて、お前の全身を見ただろ?」


 慌てて平静を取り繕いながら誤魔化すが、既にエムリスの笑顔は氷点下のそれ。口から吐いた言葉は決して取り消せない。後の祭りである。


 ソファに腰掛けたエムリスの、その細っこい指先が俺の顔を指し示し、


「 炎 」


「ぐわっ!?」


 いきなりの魔力操作で俺の頭に火がいた。


 髪が燃えたとかそんなレベルではなく、文字通り首から上の頭部が炎に包まれたのだ。


「あちゃあちゃあちゃあちゃちゃちゃちゃ――!?」


 ま、言うほど熱くはないのだが目の前が炎に包まれていて、それなりに熱を感じるので、ついついそのように振る舞ってしまう。かつて人間だった時の癖みたいなものだ。


 それなりに慌てて両手で頭や顔を叩き、魔力の炎を振り払う。


 当たり前だが、ちょっと驚いただけで火傷はしていないし、髪の毛だって燃えていない。


 が、しかし。


「――いきなり何しやがるっ!? 俺じゃなかったら洒落になってねぇぞ!?」


「もちろん、君だとわかってやったんだから問題ないよ。レディに失礼な視線を向けたむくいだと知りたまえ」


 俺の抗議を、エムリスは冷然れいぜんとはね除けた。お前が悪い、の一点張りである。


 ふん、と荒い鼻息を吐いてから、


「成長というのは肉体の話ではないよ。それに、ボク達、と言っただろう? ボク個人の話ではなくて、君も含めた四人の話さ」


 折れた話の腰を戻す。


 俺もまた、これ以上しょうもない口論を続けるさとり、改めてエムリスの話に耳を傾けた。


「十年前の俺達四人と、現在いまを比べた際の〝変化〟っつー話だろ?」


 そうスラスラと聞き返せたのは、俺にも多少なりとも【心当たり】があったからだ。


 しかり、とエムリスは頷き、


「その口振りからすると、君も気付いているんだろう?」


「気付いているというか、痛感しているというか……」


 まぁ正直に言えば、ここ最近まではまったく自覚がなかったのだが。


 しかしそれは多分、エムリスとて同様だろう。


「――俺達、【強くなり過ぎじゃね?】」


 そうなのだ。


 先日、『果ての山脈』の向こう側で魔物や魔族と戦った時から、うっすらと感付かんづいてはいたのだ。


 俺もエムリスも、十年前と比べて【格段に強くなっている】――と。


 エムリスは、うんうん、と頷いて同意を示す。


「でも、よく考えてみれば当たり前の話なんだ。十年前のボク達は、誰がどう見ても『未成熟な子供』だった。まだ全然【発展途上】だったんだよ」


 当時の俺達と言えば、十三か十四の少年少女である。


 そんな子供らに世界の命運を任せるなど正気の沙汰ではない――と今になっても思うが、それはさておき。


 俺もエムリスもこの十年間、特に訓練をしたり修行を積むこともなく、ましてや魔物および魔族と戦うことすらなく、ただ平穏に暮らしていた。


 だというのに、だ。


 俺で言えば、魔界でのザコ侯爵――いや、伯爵だったか? 男爵だったか? よく覚えていないが、とにかく略したら『ザコ』だった奴――との戦い、そして聖竜アルファードとの戦闘で、妙な違和感を覚えた。


 ――【弱すぎる】、と。


 俺の魔力感知センサーが馬鹿になっていなければ、あのザコは、かつて激闘を繰り広げた四天してん元帥げんすいに勝るとも劣らない力量を有していたはずだ。


 四天元帥といえば、十年前の俺達が四人がかりでどうにか【一人ずつ】倒したほどの強敵である。


 それがどうだ。先日の俺はそんな相手を、それこそ赤子の手でもひねるように圧倒あっとうしてしまった。


 もちろん、魔王と戦う直前に〝傲慢〟と〝強欲〟という八悪の因子を体内に宿し、【人間をやめてしまった】のも理由の一つではあろう。


 しかし、それだけではないはずだ。


 何故なら、八悪の因子はあくまでも【魔王と同じステージに立つための力】に過ぎず、俺達の能力を劇的に変化させるようなものではなかったのだから。


 であれば――


「あれから十年。ボクは肉体の成長がほぼ止まっているけれど、アルサルは見た目も中身も大人になった。きっとニニーヴやシュラトだってそうだろう。未成熟だったボクらは時を経て成長し、全ての面において進化したんだ。それは当然、体のサイズや筋力だけでなく――理力や魔力、その他の力だってもちろんのことで。そして、【技術】だってそうさ」


 理力や魔力の制御。俺で言えば〝星の権能〟もそうか。


 自身の扱える力の制御が、昔よりも楽というか、綺麗で正確というか。


 とにかく【やりやすい】。


 その上で攻撃を放てば【思った以上に威力が出る】。


 これを『成長』と呼ばずして何と呼ぼうか。


 十三の少年が青年になり、頭脳や体格、体力や精神力が成長したように。


 俺達の『強さ』もまた、大きく成長していたのだ。


「マジか……自分で言うのもなんだが、たった四人で魔王軍を突破して、魔王をぶっ倒したってだけでも充分な強さだったと思うんだが……」


「充分以上さ。そこに八悪の因子まで入ったしね。十年前の力量だけで、ボク達は必要以上の強さを持っていたと思うよ。でも……」


 エムリスはいったん言葉を切り、はぁ、と溜息を吐いた。


「……ボク達は、強くなるのが【早すぎた】んだ」


 採点されたテストの結果を見て、どうしてこんなケアレスミスをしてしまったんだろう、とでも言いたげな声音だった。


「そりゃそうさ。ああ、考えてみれば当たり前の話なのさ。あんな子供が魔王に勝つぐらい強くなったんだ。大人になったらもっと強くなるのは自明の理じゃあないか。しかも、まったく意味のない成長だからねコレ。こんなに強くても、もう戦う相手がいないんだ。ただただ窮屈きゅうくつさが増すだけさ。昨日の君じゃあないけど、不完全燃焼はボク達の【さだめ】になってしまったんだよ」


 はっ、と吐き捨てるようにエムリスは自嘲の笑みを浮かべた。


 我が身の不運を呪うような、世界の構造を恨むような、そんな笑い方である。


 俺も釣られて溜息を吐きたくなるのを我慢して、


「……まぁ、これまでも八悪の因子に耐えながらやってきたんだ。また一つ忍耐しなくちゃならねぇことが増えたってだけの話だろ? それに成長ってんなら、年齢的にもう頭打ちのはずだ。これ以上は成長することもないんだから、よかったじゃないか。これで青天井で強くなっていくってんなら、色々とヤバいことになっていたと思うが」


 話題が話題だけに、我ながら大人になったものである。昔なら感情に流されて俺も一緒に溜息を吐いて愚痴を漏らしていたことだろう。


 だが今は理性りせいまさっている。目の前の問題、課題に対して悟性ごせいをもって対応できるのは、まさに大人のあかしだと言っていいだろう。


 しかし。


「甘い。甘すぎるよ、アルサル」


 エムリスが人差し指をピンと立て、俺の見立てを否定した。


「問題はそう単純じゃない。その程度で流せるほど簡単な話じゃあないんだ」


 眉間みけんしわを寄せて難しい顔をしたエムリスは、硬い声で告げる。


「というと?」


 要領を得ない俺が聞き返すと、


「言っただろう? ボク達は成長している。つまり――【変化している】んだ。一大決心をして、八悪はちあく因子いんしをこの身に宿したというのに――だ」


「…………」


 人間が変化する――そんなことは当たり前の話ではあるが、残念ながら俺達は十年前に【人間をやめている】。


「わかるかい? 魔王を倒すため、不変の存在になるためにボク達は外部がいぶ世界せかいから八悪はちあく因子いんしれ、この世界のことわりから外れた存在になった。だというのに、だよ。存在そのものが不変になっても、肉体的・精神的な変化は止まっていないんだ。まぁ思考して活動できているのだから当たり前の話なのだけどね。本当に不変の存在なら思考も活動もできなくなるんだから。でも、【これじゃあダメなんだよ】。非常にまずいことになっているんだ」


 虫歯のうろを舌でなぞるような顔をするエムリス。


 重大な欠陥に気付いた技術者のように、憂慮ゆうりょえない様子だ。


「あー……すまん。具体的に、どういう感じで問題なんだ?」


 エムリスの言いたいことが見えない俺は、素直にそう聞き返した。


 すると、すん、となったエムリスからジト目を向けられた。


「……やれやれ、これだからアルサルは。はぁ……」


 いやいや、理不尽だろ。お前の話し方が本質の輪郭をなぞるようだから、はっきりと明言してくれと言っただけだぞ。勿体ぶった言い回しをしているお前も悪いだろうが。


「いいかい? ボク達は変化する。だから成長する。つまり――【退化】もするし【劣化】もするということなんだ。このボク達が。八悪の因子を宿して【魔王と同じ不変の存在となったボク達が】、だ」


 人差し指の先端を俺に向けて、ズビシ、ズビシ、ズビシと空気を衝くエムリス。


「要するに?」


 俺はわざとらしく首を大きく傾げた。


 とうとうエムリスが半ギレになる。


「ああもうわからない奴だな君はもうっ! ボク達の中にある〝傲慢〟や〝怠惰〟といった因子の影響も限定的じゃあないって話だよっ! 下手したら今以上に因子の影響が出てしまって、ボク達の人格が【八悪に呑み込まれるかもしれない】んだよっ! わかるっ!?」


「…………」


 がーっ、と声を荒げたエムリスの言葉をゆっくり咀嚼そしゃくし、一節一節をしっかり理解していく。


 それから、


「――え? それってヤバくね?」


「だからヤバいって言ってるんだよさっきからぁっ! ボクの話をちゃんと聞いてるのかな!? このおばかっ!!」


 あまり慌てないまま、ようやく要点を理解した俺に、エムリスは勢いよく罵詈雑言をぶつけてきた。いや、このおばか、ってお前。こいつ、昔から頭に血がのぼると語彙ごい貧弱ひんじゃくになるところあるよな。


 とはいえ、さっきも言ったが俺はもう大人だ。ムキになって反論などしないし、つられて慌てることもない。


「落ち着けって。そう大きな声出すなよ。いくらここならガルウィンやイゾリテに聞かれないからって」


 そう、説明が遅れたが、俺とエムリスが今いる場所について話そう。


 亜空間である。


 いや、アイテムボックスの中ではない。


 エムリスが用意した亜空間なのは確かだが、ちょっとおもむきことなる。


 ここはかつて、魔王討伐の旅の際に使っていたテント内に作られた、生活用の亜空間なのだ。


 前に話したと思うが、十年前の旅はやはり過酷だったので、しっかり体と心を休める空間が必要だった。俺はテントと寝袋だけの野営も結構好きだが、それはそれ。


 仲間達も含めて心置きなく心身を休ませるためには、ちゃんとした安全な空間が必要だったのだ。


 それで作られたのが、ここ。テントの内部を出入り口として設定された亜空間は、ちょっとした家――というか屋敷? ぐらいの広さがある。


 なにせキッチンやら洗面所やら風呂やらトイレやら、むしろこの世界の水準を遙かに超える贅沢な設備が整っていて、四人それぞれの個室に加え、リビングルームまで用意されているのだ。


 当時のエムリスはまだ〝怠惰〟の因子を宿す前だったが、それでも自身が作った亜空間のリビングルームでソファに寝そべり、


『あーもー……ボクずっとここにいたいなぁ……』


 と遊園地のパンダみたいにダラダラとしていたほどの快適空間なのである。


「まったく、本当にアルサルときたら。ことの重大さがまったくわかっていないようだねっ!」


 だが、そんな奴が今じゃ同じ場所で頬をリスみたいに膨らませてプリプリと怒っているのだから、時間の流れというのは不思議なものだ。


「おいおい、ちゃんとわかってるって。実際、俺もお前もここ数日で何度も【引っ張られてた】もんな。ヤバいってことはしっかり理解してるって」


 すっかりおかんむりなエムリスをなだめながら、俺は改めて思考を回転させる。


 八悪の因子はその名の通り、善と悪の二つに分けられる概念の片側を象徴するものだ。


 七つの大罪という言葉に聞き覚えはあるだろうか? ならば、それに一つだけ足したものを想像して欲しい。


 俺の持つ〝傲慢〟、〝強欲〟。


 エムリスの〝怠惰〟、〝残虐〟。


 ニニーヴの〝嫉妬〟、〝憤怒〟。


 シュラトの〝暴食〟、〝色欲〟。


 これらを総称として『八悪』と、俺達は呼んでいる。


 七つの大罪と比べると、エムリスの〝残虐〟が追加要素と言えるだろうか。


 細かい説明は割愛するが、これらの因子を宿すことによって俺達は『特別な存在』となり、同じく次元の違う存在だった魔王と対等に戦えるようになった。


 考えてもみて欲しい。


 魔王というのは、呼吸一つで周囲の生命体を死に至らせる正真正銘の化物ばけものだ。


 その体温は数万度というでたらめなもので、魔王城にある特殊なフィールドの中に置いておかないと、魔界そのものが焦熱地獄と化すという天元てんげん突破とっぱっぷり。


 声を放てば致死量の言霊が吹き荒れ、言葉の意味に関係なく物が壊れ、生物は死に絶える。


 もはや生命ではなく、『死の概念』をそのまま形にしたような存在だったのだ。


 まさに【死神】である。


 正直、今でも俺はアイツを魔王と呼ぶのには違和感があって、どっちかというと死神と呼んだ方が正しかったのではないのかと思っている。


 そんな相手に戦いを挑む? いや無理無理。近付くことすら出来ないさ。だって魔王の体温は数万度。きっとその気になれば数十万度から数百万度にまで達するはず。何かする前に蒸発するのがオチだ。あまりにも次元が違いすぎる――


 そう思ったのは、何も俺達だけではない。


 ここではっきりと明言しよう。


 俺達以前の過去の勇者が『魔王討伐に成功した』というのは真っ赤な嘘だ。


 断言する。もし過去に『魔王を殺した』とうそぶく奴がいたなら、そいつは死んだ後、百万回以上は舌を引っこ抜かれる刑に処されるほどの大嘘つきだ。


 人間に魔王は殺せない。


 いな、この次元の世界に生きとし生きるもの全てに、魔王は殺せない。


 文字通り【生きている次元が違う】のだから。


 だから歴代の勇者は魔王を殺すのではなく、【封印する】という手段を取ってきた。


 魔王は俺達が殺すまで、一度も殺されたことはない。ただ何度も封印され、時間が経つ度に復活するのを繰り返していただけなのだ。


 そもそも伝説の勇者が誕生する以前に、西の聖神らが聖竜アルファードという破格の戦力を送り込んでもなお不可能だったのが、魔王討伐なのである。


 次元の壁を越えなければ、魔王を倒すことは叶わない――それが、十年前に俺達が得た結論だった。


 本来なら、俺達も前例にならって魔王を封印する道を選ぶべきだったのだが――


 幸か不幸か、俺達は例外だった。


 魔王を殺せる手段があり、たとえ俺達にとってどれほどつらい道であろうとも、実行が可能であるならば、それを選ばないという選択肢はなかったのだ。


 ――と、いかん。話が大きく逸れてしまった。


 要は俺達と魔王とのあいだにあった、圧倒的にして絶対的な差を埋めてくれたのが『八悪』だ。


 だが、その副作用は知っての通り。


 俺なら性格が〝傲慢〟や〝強欲〟になる時があったり。


 エムリスなら〝怠惰〟の影響でやる気が減衰したり、〝残虐〟によって酷薄さが際立きわだったり。


 それぞれの有している因子によって千差万別だが、要するに【悪影響】が出てしまうのだ。


「――つまりお前はこう言いたいわけだよな? シュラトの乱心は『八悪』の影響じゃないのか、って」


「そう、つまりはね」


 思考の果てに要点を見いだすと、エムリスは脱力気味の吐息を一つ。


 呆れたというより、やっと話が通じた、という感じか。


「因子の影響が限定的、つまり今のボク達ぐらいの状態がデフォルト、もしくは最大だというなら問題はないさ。いや、問題はあるけれど別段大騒ぎするようなことじゃあない。実際、ある程度はコントロールできているわけだからね」


 俺もエムリスも、たまに因子の影響に呑まれて軽い暴走はしかけるが、制止の声が入ったり、これ以上はヤバいってところまで来ると我に返ることが出来ている。


 だから、致命的なミスは起こっていない。


 とりあえず。


 今のところは。


「けれど、ボク達は成長する。変化する。つまり――【因子の影響だって悪化しないとは限らない】んだ。これがどういった事態を引き起こすのか、想像できるかい?」


 もし俺達の有する八悪の因子、それぞれの〝浸食〟が深刻化すればどうなるのか――


 そんなもの、想像にかたくない。


 俺はこれまで以上に〝傲慢〟になり、さらに〝強欲〟によって底なしになった願望を叶えるため行動し始めるだろう。自らの絶対を盲信し、欲望を満たすことだけを考える――もはや怪物モンスターと呼んで然るべき存在になるはずだ。


 あるいは実際の魔王よりも魔王と呼ぶにふさわしい、最低最悪のクズ野郎である。


 エムリスの場合は〝怠惰〟が優勢なら何もしないだけマシだが、もし〝残虐〟が強くなった場合は想像もしたくない。絶対に酷いことになるのは間違いないのだから。


「――最悪、因子に呑み込まれて、人格そのものが変わるって可能性もあるわけ……」


 俺が低い声で呟くと、その通り、とばかりにエムリスが首肯した。


 八悪の因子の影響は、精神にダイレクトにおよぶ。肉体への作用ならどうとでもなるが、頭に直接というのは普通にまずい。


「だから、まだ真偽は定かではないけれど、もし本当にシュラトがムスペラルバードの王位簒奪なんて真似をしたというのなら、彼の持っている〝暴食〟ないし〝色欲〟が本格的に暴走したと見るべきだと思う。少なくともボクには、その可能性しか考えられない」


 真剣な口調でエムリスはそう結論づけた。


 いつかガルウィンやイゾリテが言っていたように、魔王を倒した俺達の力は超絶的で、まさに『最終兵器』と呼ぶにふさわしい。


 そんな俺達が悪の因子に呑み込まれ、我を失って力を振るう――そんな事態になったら、人界は滅茶苦茶になってしまう。


 それこそ今起こっている戦乱など目ではない。人類同士のあらそいなど可愛いものだ。


 暴走した俺達は、その上をロードローラーのごとく容赦なくつぶしていけるのだから。


「これは紛れもなく、人界の危機だ。そうだろう、アルサル」


 エムリスがほのかに青白く輝く瞳で、真っ直ぐ俺を見つめる。


 俺の行動原理を知悉ちしつされているようで少々気に食わないが、言いたいことはわかっているつもりだ。


「……仕方ない。行くか、ムスペラルバード」


 俺は照れ隠しでわざとらしい溜息を吐きながら、そう言った。


 とにもかくにも、シュラトに直接会ってみないことには始まらない。


 この世界の新聞など所詮しょせん人伝ひとづての情報に過ぎないのだ。真偽しんぎのほどは、自らの目で見極めなければならないのである。


「よろしい。それでこそアルサルだよ」


 何故か満足げに笑うエムリス。一体それはなに視点してん台詞せりふなのだ。よくわからんが、上から見下ろされていることだけはわかるぞ。


「しかし、ガルウィンとイゾリテにはなんて説明するか、だな……」


 ことこまかに話そうと思うと、先程の解説のように長ったらしくなってしまう。それに『八悪』については外部世界の概念だ。この世界の住人である二人にどこまで理解できるものか――


「え? 何がだい? 普通にありのまま説明すればいいじゃあないか」


 キョトン、と小首を傾げてエムリスが言うので、今度は俺の方が眉をひそめてしまう。


「お前な……説明できるわけないだろ。一体どこから話せばいいんだよ? そもそもの話、あいつらは【俺達がそれぞれ別の世界から召喚された異世界人だ】ってことすら知らないんだぞ?」


 対外的に、俺達四人の出身はセントミリドガル王国ということになっている。


 が、それは虚偽きょぎである。


 もちろん一般的には秘匿ひとくされているし、ガルウィンやイゾリテですら俺の出身地については気にした様子もなさそうだが。


 実際には俺達は、ある日突然、別々の世界から召喚された異邦人いほうじんなのである。


「……ふむ。確かにそこは説明が面倒くさいね。というか、上手く説明できるわけがない。なにせ、ボク達はもう【過去の記憶を失っているのだから】」


 もっともらしく頷くエムリス。


 さっきの八悪の話に戻るが、魔王のような別次元の存在と対等になる無茶な手法に、何の代償もないわけがない。


 結論から言うと、犠牲となったのは俺達の『記憶』だ。


 前にいた世界のこと、自分の名前、家族や友人――今いるこの世界に来る前の出来事は全て、八悪の因子を手に入れるための代償として差し出し、つゆと消えてしまった。


 だから、俺の〝アルサル〟という名前も、歴史上れきしじょうはつの勇者からいただいたもので、本来の名ではない。


 当然、エムリスも、ニニーヴも、シュラトだってそうだ。


 全員が過去を抹消まっしょうすることで、異次元の存在である魔王を殺す力を手に入れたのである。


「もう自分がどこで何をしていた人間なのか、なんて名前だったのかもまったく思い出せないからね。まぁ、おかげで元の世界に帰りたいとも思わないし、そもそも悪の因子を宿したからには帰るわけにはいかないのだけど。――ありがたいと言えばありがたいことさ。他人には上手く説明できないことではあるけれども」


 無論のこと、何もかもを完膚なきまでに忘れた、というわけではない。


 例えば俺が前にいた世界では、理力や魔力といったものは存在していなかった。


 科学というものが発達して文明を支えていて、しかし生活レベルはこの世界と比べものにならないほど格段に高かったのを覚えている。


 エムリスの世界は、俺の世界よりもさらに進歩した、科学と魔法が融合したような文明だったと聞く。俺達の体に刻まれている輝紋きもんのことも〝SEALシール〟と呼び、エムリスは生まれた頃から持っていたのだとか。そのあたりが、あいつが〝蒼闇の魔道士〟としてばれた所以ゆえんだったのだろう。


 詳しいことは割愛かつあいするが、ニニーヴもシュラトも、場所も時代もまったく違う世界から召喚されている。惑星レベルで違うのか、次元レベルでことなるのか、そこのところはよくわからないが。


 ともあれ、俺達が異世界からの来訪者であることは口外禁止の禁忌タブーである。


 言っても誰も信じないだろうし、あまり意味もないだろうが――もし信じてしまう人間がいたら、世界が混乱してしまうかもしれない。


 ここの人類は、この世界一つだけでも持て余しているのだ。他にも世界があるなんて知れたら、何が起こるかまったく予想できない。


「じゃあ、仕方ないね。説明はしないでおこう。なぁに、あの子達はボクらの眷属なんだ。しかもアルサルに心酔している。君が『行くぞ』と一声かければ、どこにだってついて来てくれるだろさ」


 キッパリと、エムリスは諦めの言葉を口にした。


 まるで悪びれずに。


「お前なぁ……」


 あまりの適当さ加減に、思わず呆れの声が出た。


「なんだい? いいじゃあないか、別に。説明できないことなら無理に説明することもないさ。この世は最初から不思議なことだらけなのだからね。一つや二つ増えたところで誤差というものさ」


「そういう問題じゃないだろ。場合によっちゃあシュラトと【やり合う】ことになるんだぞ? 何も言わないのは……フェアじゃないだろうが」


「フェア? 何を言っているんだい、君は?」


 心の底から不思議そうに、エムリスは聞き返した。


 本気で俺の言っている意味がわからない、という顔だ。


「【どうでもいいじゃあないか、そんなこと】。ガルウィン君は君の眷属で、イゾリテ君もボクの眷属だ。主導権はこちらにある。言うことを聞かないのなら主の特権として言うことを聞かせ――」


「ちょっと待て、おい」


 当たり前のようにとんでもないことを言おうとしていたので、俺は声を低くして、強めにさえぎった。


「――?」


 が、舌を止めたはいいものの、エムリスは俺の意図をまったく理解していないようである。


 こうなると怒りが一周回って、呆れの感情となる。


「お前な、言っていいことと悪いことの区別も――ん? んんんん?」


 苦言を呈しようとしたところ、微妙な違和感を覚えて俺は首を傾げた。


 やはりおかしいな。エムリスはこんなことを言うような奴じゃなかったはずだ。なにせ四人の中で〝怠惰〟と〝残虐〟を引き受けることになった人間なのだ。逆説的に、昔のこいつがどんな奴だったのかは大体想像してもらえるだろう。


 とはいえ、今のところ因子の影響は限定的だ。性格の根本から捻じ曲げてしまうとは、とても思え――いや、シュラトの件もあるから断言はできないか。


 しかしだ。


「んー?」


「なんだい、アルサル? さっきからウンウンうなって」


 確かに再会した頃から微妙な違和感はあった。ちょっと思いやりが足りないと言うか、はっきり言えば他人のことが想像できないサイコパスになったみたいな。


 もしや〝残虐〟の影響か? 他人への思いやりを持たないのは残虐性の一面ではある。辻褄は合う。合うが――


「――あ、なるほど。そういうことか」


 ふとひらめき、俺は指を鳴らした。


 そのまま指先をエムリスに向け、


「エムリス、お前なんだかんだ言いながら【思考放棄】してるな?」


「――――」


 反応は露骨ろこつだった。


 きゅっ、と唇を引き結んだかと思えば、そのまま無言で目を逸らしやがったのである。


 ビンゴだ。


「【やっぱりそうか】。さては〝残虐〟っていうより〝怠惰〟の影響だな? どうせ『余計なことを考えるのが面倒くさい』とか思ってたんだろ。言っていることの方向性が『ガルウィンとイゾリテをイジメてやりたい』ってよりも『細かいことはどうでもいい、考えるのが面倒くさい』って感じだったもんな」


「…………」


 エムリスは無言。何の反駁はんばくもない。


 が、この場合の沈黙は肯定の意味でしか有り得ない。


「お前なぁ……いくら面倒くさいと思ったからって『どうでもいい』はないだろ、『どうでもいい』は。大体、お前はイゾリテのことが可愛くて仕方ないんじゃなかったのか? 問答無用で言うことを聞かせるとか、可愛がっている弟子にする仕打ちか、それ? 常識的に考えて」


「うぐっ……」


 先日の発言を取り上げての言及げんきゅうに、とうとうエムリスの口から苦しげな声が漏れた。


 気まずそうな顔をして固まり、だらだらと冷や汗をかく。


 いつもならエムリスが俺に向けるジト目だが、今回ばかりはこっちの番だ。


 やがてエムリスは、ふっ、とくるまぎれの笑みを浮かべたかと思うと、


「……まさかアルサルに『常識的に考えて』なんて台詞を言われるなんてね……」


「悔しがるのそこかい」


 つい間髪入れずに突っ込んでしまう。どうも話題を逸らそうとしているようだが、そうは問屋とんやおろさない。


「まぁ〝残虐〟の影響じゃなかっただけマシだが、それでもちょっとよくないんじゃないか? 色々と余計なことを考えるのがお前の特技だろうに。魔術やら何やらの怪しいことばっかりよく考えて、身近な人間のことはよく考えずにないがしろにするってのは、孤独へのジェットコースターだぞ」


「ぐ、ぐぬぬ……こういうときに限ってめちゃくちゃ腹の立つ言い方をするねきみぃ……!!」


 エムリスも今回ばかりは自分が悪いと自覚しているのだろう。悔しそうに顔を歪めるが、強く言い返してはこない。


 これ以上いじょう抗弁こうべんするを悟ったのか、ふぅ、とエムリスは肩の力を抜いて身を引き、


「……わかった、ボクが悪かったよ。確かに君の言う通りさ。色々と考えるのが面倒くさくて適当なことを言ってしまった。全面的に謝罪する。これでいいだろう?」


 両手を挙げて降参のポーズである。


 しかし。


「――でも、やっぱりその辺りを考えるのは面倒くさいね。細かいことは君に任せるよ。ガルウィン君やイゾリテ君には君から上手く説明してくれたまえ。それが出来ないなら二人を置いていけばいい。もし本当にシュラトと戦うことになるのなら、ボクは【この本を開くことになる】だろうし、君だって【剣を抜くことになる】だろう?」


 投げやりに言って、ポンポン、といつも腰掛けている大判の本の表紙を叩く。


 いつもエムリスを宙に浮かせているあの本は、ただの飛行具ではない。こいつが〝蒼闇の魔道士〟としての本領を発揮する際に使用する『切り札』なのだ。便利なアイテムだから、というのもあるだろうが、それ以上に重要なものだからこそ肌身離さず持ち歩いているのである。


「ボクはどっちでも構わないさ。ま、出来ればボク達の事情に、あの子達を積極的に巻き込みたいとは思わないけどね。でも基本はアルサルに任せるよ。そもそも、このたびは『ボクがアルサルについて行く』と決めたものだからね。最初から主導権は君にあるんだ」


「頭の回る奴は、本当に言い訳がズルいな……」


 エムリスの露骨な言い回しに、俺は率直な非難を返した。


 どっちでも構わない、と言いつつ決定権と一緒に責任まで俺に丸投げしているのだ、こいつは。


 俺は多少ムスッとしつつ、


「と言っても、あいつらを置いていくって選択はなしだ。ここで切り捨てるんなら最初から旅の連れにするな、眷属にするなって話だからな。そのへんの責任はちゃんと取るべきだろ、大人として。それは俺だけじゃなくてお前もだぞ、エムリス」


「……はーい」


 俺の刺す釘に、渋々と言った風に返事をするエムリス。そのままソファに身を倒し、ぐでー、と寝そべった。これも〝怠惰〟の影響か?


「――お前、本当に大丈夫か? 本気で心配になってくるから、調子悪いんなら正直に言えよ」


「んー……」


 もぞもぞと動いて、ソファの上でひなたぼっこをする猫のように身を丸めたエムリスは、しばし間を置いてから、


「……考えたのだけどね、アルサル。どうもボク達が宿した八悪の因子は――〝一人でいると浸食の度合いが強まる〟、という仮説が立つんだよ」


 こっちと目を合わせないまま、淡々と語り出した。


「あ? 一人でいると……?」


「そう、一人ひとり、つまり孤独だね。他人の目を気にしないでいい状況にあると、誰かといる時よりずっと因子の影響は強くなるし、自分でも知らないうちに〝芯〟が汚染される――みたいだ。まだそうと確定したわけではないし、あくまでもボク一人の体感の話なのだけどね」


 そう言って、エムリスは重めの溜息を吐いた。心底めんどくさそうな、そんな吐息を。


 そして。


「……正直に言え、と言ってくれたから言うのだけれど――本当はこんな話はしたくなかったのだけど……せっかく君が心配してくれているのだからね、思い切って言うよ」


 抑揚の薄い口調で前置きすると、訥々(とつとつ)と語り出した。


「実を言うと、アルサル、君が訪ねてくるまでボクは基本的にダラダラとしていたんだよ。ろくに研究もせずにね。日がな一日いちにちボーッとするか、何度も読んで内容を暗記している本をまた眺めてボケーッとするか、そのどちらかでね。たまに王様から頼まれていたポーションやら何やらの製造ラインのメンテをしたり、材料の補充や納品の時ぐらいにしか動かないような、そんなひどい状態だったんだ。多分……いいや、確実に〝怠惰〟の影響だね。君のくれたメッセージにも返信する気力がなくてね。気付いたら眠っていて、三日が経過していた……なんてこともしょっちゅうだったよ。こう言ってはなんだけど……本当に自分で言うのもなんなのだけど――ボクのこの十年は、ほとんど【空っぽ】だったんだ」


 台本でも読むかのように語るエムリスは、身を丸めたままで顔を隠している。


 本当は話したくなかった、というのはどうも嘘ではないらしい。〝怠惰〟の影響でソファに横になったのかと思っていたが、実際には照れ隠しというか、一種の防御体勢だったようだ。


「これは、そこから立てた仮説だよ。八悪の因子は孤独な時ほど力を強める――実際、人の中で暮らしてきた君にはあまり影響が出ていなかったようだからね。正直、君の顔を見るまでは『よっぽど〝傲慢〟になってるか、〝強欲〟になっているかのどちらかだろうなぁ』と思っていたのだけど……見た目が成長したのと、中身がちょっと大人になったところ以外は以前のアルサルのままだったから、少し驚いたよ。それでも、因子の影響は少なからずあったようだけれど」


 エムリスという奴は、自分の好きな分野となると饒舌じょうぜつで、早口かつ抑揚たっぷりの口調で喋り倒す、生粋の『魔術オタク』だ。


 逆に言えば、興味のない分野、苦手なものについて話す時はこのような淡々とした語り口になり、テンションも海底スレスレを泳ぐ深海魚みたいになる。


 この話、どうやらエムリス的には結構なコンプレックスらしい。


「ああ、あまり気にしなくても大丈夫だよ。これでもかなり回復してきているんだ。特に魔力を使うと、体の中に溜まっていたる〝怠惰〟の因子が減少するみたいでね。その分、反動で〝残虐〟の因子が元気になるようだけれど。このあたりはどうにかバランスを取っていかないといけないね。最近になってようやく検証することが可能になったから、まだまだ確かめないといけないことがたくさんあるよ」


 エムリスの『告白』を黙って聞いていると、どこか言い訳じみたことを言った。そんな体勢で『気にしなくても大丈夫』と言われて、本当に気にしない馬鹿がどこにいるというのだ。


「それでね、アルサル。どうしてこんな恥を晒すような話をしているのかと言うとね、ボクと同じことがシュラトにも起こったんじゃないかと思うからなんだ。ほら、シュラトも大概たいがい、友達を作るのが苦手なタイプだったろう? 無口だし、あんまり表情変わらないし、喋ったら喋ったでびっくりするほど声が低いし。だからこそ〝色欲〟と〝暴食〟を担当してもらったのだけど」


 俺は十年前、一緒に魔王軍と戦った仲間のことを思い出す。


 シュラトは〝金剛の闘戦士〟――その名にふさわしい巨躯とパワーを持った屈強な戦士だった。


 力こそ正義。パワー・イズ・ジャスティス。そんな言葉を体現するような、近接戦闘の鬼。


 魔術を使うエムリスとは、まさに真逆のタイプである。


「――もし、シュラトがひとりぼっちでいたがゆえに八悪の因子が暴走して、今回のような暴挙ぼうきょに出たのだとしたら……それはボクの責任でもある。十年前、この世界に『八悪』の概念を呼び込んで体に宿そうと提案したのは、他ならぬボクだ。そう、ろくに正体もわかっていないものを利用して魔王を倒そうと言い出したのはこのボクなんだ。だから……」


 小さな子供のように体を丸めているエムリスの表情は、俺には見えない。見えないが――まぁ、大体想像はつく。


 だから、俺に言える言葉はただ一つ。


「アホかお前は」


 それだけを言うつもりだったが、つい鼻で笑うという行為まで追加してしまった。


 はん、といかにも小馬鹿にしたような笑い方をしてしまう。


 それがあまりにショッキングだったのだろう。


「な……!?」


 ガバッ、とビクついた猫みたいな挙動で、エムリスが頭を上げてこっちを見た。ひどい罵声ばせいを浴びせられた、みたいな顔で俺を凝視する。


 別に〝傲慢〟が活性化したわけでもないが、こちとらすいいもあまいも噛み分けた――とまではいかないが、そこそこ味わった大人なのだ。十年間ぼっちで引きこもっていた奴とは。積み上げた人生経験の厚みに大差があるのである。


「なに悲劇のヒロインぶってんだ。似合わないにも程があるだろ。一体何を勘違いしているのかは知らんが、十年前のことは【俺達全員が満場一致で決めたこと】だろ。勝手にお前一人の責任にするなよな。そういうのは〝傲慢〟って言うんだぞ、ゴーマン。というか、どっちかと言うと俺の役割だろうが、それ。まったくお前らしくもない。気持ち悪いからやめてくれ、本気で」


 ついきょうって、ははん、と嘲笑ちょうしょうまでしてしまった。わざとらしく肩をすくめて、完全に煽りモードである。


「な、な、な――!?」


 変な体勢のまま、エムリスが白皙はくせきの顔を真っ赤に染めていく。振り向いた猫みたいな体が小刻みに震え、徐々に振り幅が大きくなってきた。


「まぁでも? そうやって殊勝にしているのは確かに可愛らしいけどな? 見た目は子供のまんまだし、実年齢は言わなきゃわからないからな。薄幸の美少女ってやつ? くくく……似合ってる似合ってる。すげーお似合いだよ」


 こういうの前にいた世界では『草が生える』って言ってたっけな。俺は手で口元を押さえて、プークスクス、とわざとらしい笑い方をする。うん、我ながらどう見ても嫌な感じのするオッサンである。自分からやっておいて何だが、ちょっと演出過剰だったかもしれない。


「こ、この――言わせておけばぁっ!」


 怒髪天を衝く勢いでエムリスが身を起こし、口を大きく開いて怒号を上げた。


 まったく、ここが亜空間でよかった。ガルウィンやイゾリテに聞かれる心配がないからな。ちなみにこの内緒話をするあいだ、二人には温泉宿のラウンジで休息を取ってもらっている。


「きゃ、かっ、勝手にゃ、勝手なことっ! びゃ、ばっか、ひ、言っ――言ってぇっ! きょ、このぉっ、なんっ、あー、えっ、その、なんっ――ば、ばかぁっ!!」


「いや言えてないしな。噛みまくってるしな。言いたいことをちゃんとまとめてから喋ろうぜ? 子供かな?」


 一気に興奮しすぎたせいか舌が回っていない――というか度々(たびたび)、声も裏返っている――エムリスに、俺はよせばいいのに茶々(ちゃちゃ)を入れてしまう。


「むがぁぁぁぁーっ!!」


 本当に子供みたいに両腕を振り上げて怒るエムリス。まぁ、さっきみたいに魔力を使って攻撃してこないだけ、まだ理性は残っているようだ。精神が乱れた状態で魔術を行使したら、何が起こるかわからないからな。


 俺は片手を上げ、掌を向ける。


「まぁ落ち着けって。閑話かんわ休題きゅうだいだ。とにかくお前の言いたいことはわかった。シュラトがやらかしたかもしれない件について、責任を感じてるってことだろ? オッケー理解した。というか最初からそう言えよ、意味もなく俺をあおるんじゃなくて。――十年じゅうねんとうが百年ひゃくねんとうが【仲間】だろ? 俺達は」


「……………………ごめん……」


 余計な遠回りとか変な気の使い方をするな、という俺の主張に、エムリスはしばしの沈黙を挟んだ後、素直に謝罪した。


 この宿泊専用の亜空間で話がある、と最初に言い出したのはエムリスだ。


 何かと思ったが、結局のところ、先程の発言が全てだったということだ。


『――もし、シュラトがひとりぼっちでいたがゆえに八悪の因子が暴走して、今回のような暴挙ぼうきょに出たのだとしたら……それはボクの責任でもある。十年前、この世界に『八悪』の概念を呼び込んで体に宿そうと提案したのは、他ならぬボクだ。そう、ろくに正体もわかっていないものを利用して魔王を倒そうと言い出したのはこのボクなんだ。だから……』


 色々と言っていたようだが、要するに俺をムスペラルバードに向かわせたかった、の一点に尽きるわけだ。


 まったく。俺を上手く誘導しないとシュラトのところに行かないとでも思ったのだろうか。


 何気にそのあたりが一番腹の立つ俺なのであった。


「そんじゃま、シュラトのところには行く、ガルウィンとイゾリテも連れて行く――ってことで決まりだな。ほれ、行くぞ」


 善は急げとばかりに立ち上がると、エムリスは困惑気味に不思議そうな目を向けてくる。


「え……? で、でも二人に説明するって話は……?」


 どうするんだい? と言いたげな顔をするので、ふん、と俺は鼻息を一つ。


「そんなもんどうにかするに決まってるだろ。シュラトのところにガルウィンとイゾリテも連れて行く、ってのはもう決定事項だ。なら後は上手く辻褄を合わせるだけだろうが。大体、お前が言ったんだぜ?」


「え……?」


「基本は俺に任せる、主導権は俺にある――ってな。そう言ったのは他でもないお前だろうが。悪いがもう決定権は渡さないぞ。お望み通り俺が全部決めてやるよ。ちなみに文句のたぐいには耳を貸さないからな。いいから黙って俺について来い」


 そう言い置き、俺は亜空間のリビングルームを辞する。


 外の空間へと繋がる出入り口の前で立ち止まり、軽く笑って、


「――勇者を舐めんなよ? 伊達だてに魔王を倒しちゃいないんだ。不可能を可能にすることぐらい、造作もねぇって話だよ。十年前みたいに、大船に乗ったつもりで俺に任せとけ」


 我ながら大言壮語に過ぎるかな、と思いつつも、今度こそ俺は亜空間テントから退室した。


「……………………しってるよ、ばか……」


 そんな小さな声が背中に当たったような気もするが、おそらく空耳だろう。そういうことにしておく。


 さて――ガルウィンとイゾリテには何と説明したものだろうか。








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― 新着の感想 ―
他の3人も異世界人なのかぁ……記憶はないけどスマホとか草生えるとかふと思い出すことあるんだね……
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