●13 聖竜アルファードと宮廷聖術士、突然の凶報 4
結果的に指揮官を失神させてしまったので、仕方なく比較的軽傷で済んでる奴を見繕って事情聴取をした。
「冒険者? お前ら全員?」
詳しい話を聞くと、こいつらことアルファドラグーン軍特殊部隊〝セイクリッドギア〟とやらは、指揮官も含めて冒険者上がりの急造部隊だという。
「道理でアルサル様とエムリス様の名を聞いても反応がないはずです。今を生きる軍人で、魔王を倒した四英雄を知らぬ者はまずおりません。ですがつい最近、冒険者から軍人になったというなら納得です」
イゾリテが得心の頷きを一つ。
そう言われてみると確かにおかしな点はいくつも思い出せる。アルファドラグーンに限らず、俺は他国との軍事演習に何度も顔を出し、各国の王や将軍にも存在が知られているはずなのだ。
本当に自分で言うようなことではないが、各軍で俺みたいな危険人物の存在について教育が施されてないわけがない。
つまり今回の聖具隊とやらは、全員が『モグリ』だったというわけだ。
「しかし特殊部隊ですか……物は言い様ですね。要は【正規兵ではない】ということでしょう? 響きはよいですが、実際の扱いとしてはひどいものですね……」
ガルウィンが顔をしかめる。よもや偉そうな口上を並べ立てていた指揮官でさえ、つい先日までは冒険者組合で『中の上』程度の立場だったというのだから。
何故そんな人間に、聖竜アルファードなる古代兵器を操作するリモコンが与えられ、それを目覚めさせる任務が授けられたのか。
どう考えてもアルファドラグーン国王ドレイクの采配とは思えない。
「宮廷聖術士ボルガン? というか、さっき聞いた時も思ったのだけど、いつから聖神教会は聖術士をよその城に出向させる方針になったんだい?」
エムリスが首を傾げる。
俺達の仲間であるニニーヴも所属する聖神教会は、その名の通り聖神を信奉する集団である。この世界には大なり小なり無数の宗教が存在するが、中でも聖神教は一大巨頭だ。国際的宗教団体だと言っても過言ではない。
だが宗教団体は、図体がデカくなればなるほど自重を求められるものだ。
政教分離という言葉がこの世界にも存在するぐらいである。聖神教会は各国に拒絶される前に、自らを戒め、政治には手出ししない方針を打ち出していたはずだが――
「世界情勢が激変したので、方針を転換したのではないでしょうか?」
「うーん……その程度であの頑固な教皇がポリシーをねじ曲げるかな? ニニーブから聞いた話によると、相当すごい石頭だったはずなのだけど……」
イゾリテの意見に、エムリスが腕を組んで唸る。偏見かもしれないが、一国の王でもなく、また血統や武力によって頂点に立っているわけでもない教皇は、その信念の強さだけが全てだ。
世界の情勢を見て打つ手を変える――なんてのはどう考えても似合わない。
世界がどうなろうともこの方針だけは変えない――というのなら、いかにも狂信者らしくてまだ理解もできるのだが。
「で、その宮廷聖術士のボルガンって奴が、お前らを結成させて、聖竜アルファードの封印されている場所と、封印を解くための道具をくれた――と」
改めて確認すると、元冒険者の兵士は神妙に頷いた。
どうも宮廷聖術士ボルガンってのがドレイク国王の目を盗んで、好き勝手に暗躍しているようだ。
そして聖術や聖力と言えば、先程の戦いでも言っていたように『魔力でも理力でもない』ので、俺の自慢の感覚では察知できないものとなる。
つまり――
「なぁ、エムリス。俺、思ったんだが……」
「奇遇だね、アルサル。多分ボクも同じことを考えていたところだよ」
俺が水を向けると、エムリスは我が意を得たりと頷きを返した。
ジオコーザやヴァルドル将軍、そしてモルガナ王妃の耳についていた例のピアス。
聖具隊が装備していたヒートブレイドに白い鎧。
そして、聖竜アルファード。
どれもこれも、魔力も理力もないのに不可思議な現象を起こし、尋常ではない力を発揮していた。
それらを踏まえ、ここで浮かび上がってきた『宮廷聖術士ボルガン』の名前。
全てが一つに繋がった――と豪語するのは、少し早計が過ぎるだろうか?
ともあれ、一連の出来事について一筋の光明が差した。
十年続いていた俺達の日常が変わったのは、宮廷聖術士ボルガンなる人物のせい――ひいては、その裏で糸引く聖神教会の仕業かもしれない。
それだけわかれば充分だ。
たまさか観光に寄っただけなのに、思わぬ収穫である。
「これは確認しに行った方がいいね。ニニーヴに会いに行く理由にもなる」
「そうだな。観光はいったん中断して、ヴァナルライガーに向かうか」
正直、いったんセントミリドガル城やアルファドラグーン城に戻って、それぞれの国王に真偽を問いたいところではある。
が、ドレイク国王の様子を見るに、何かしら口封じの方策をとられている可能性が高い。あれだけ必死に王妃を庇っていたのだ。命に関わることかもしれない。
であれば、表層の枝葉にこだわってなどいられない。
攻めるなら本丸。問題の根幹へと直接突撃するのが最速にして最短であろう。
これからの指針についてエムリスと合意を得ていると、
「ところでアルサル様……」
「ん? なんだ、ガルウィン」
おずおずとガルウィンが切り出してきたので、俺は素で聞き返す。
「この状況なのですが、どう収拾をつければよいのでしょうか?」
そう言って琥珀色の髪を持つ爽やか青年は、緑の瞳で周囲を見回す。
冒険者上がりの軍人らが観光客を追い払ったせいで、ガランとしている展望台広場。
名物であった〝ドラゴンフォールズの滝〟は内部に眠っていた聖竜アルファードが目覚め、動き出したおかげでグチャグチャ。
しかも封印を解いた際に岩や土、泥などが辺りに飛び散っており、常日頃は綺麗に清掃されていたであろう観光地を盛大に汚している。
ついでに言えば、俺の発した〝威圧〟によって展望台広場の一つが所々(ところどころ)罅割れ状態に。
有り体に言って『惨状』――その一言に尽きた。
「あー……」
これはひどい。そう思った俺は、意味もなく声を出してしまう。
「アルサル様、これは私達の責任となるのでしょうか? あの巨大な竜を目覚めさせるにあたっては、こうなるのは織り込み済みだったと思うのですが」
冷静沈着なイゾリテが、非常にもっともなことを宣った。
「……それもそうだな?」
言われてみれば確かにイゾリテの言う通りだ。
聖竜アルファードを起動させればこのような被害が出るとわかっていたからこそ、ボルガンだかモルガンだかいう聖術士は人払いの命令を出したはずである。それを受けた特殊部隊〝セイクリッドギア〟の指揮官も、知っての通り野蛮極まる方法ながら観光客を追い払った。
つまり、こうなることは最初から決まっていたことなのだ。
まぁ、そこに俺達が居合わせ、その特殊部隊が壊滅状態になることだけは、予定になかっただろうが。
「とはいえ、完全に放置ってわけにもいかないよな。エムリス、国王に連絡取れるか? メッセージを送るだけでもいいから、ここでのことを報告して欲しいんだが」
エムリスの魔術の腕を持ってすれば、一方的に念話なりお告げなりを送信することだって可能なはずだ。しかし、
「うーん……ボクはなかなかアレな感じで城を飛び出した人間だからね。可能は可能だけど、出来れば連絡は取りたくないっというのが本音のところなのだけど」
反応は渋い。まぁ、気持ちはわからんでもない。俺もセントミリドガル王家に連絡を、と言われたら少々どころか、かなり嫌な気分になるだろうからな。
エムリスは、パチン、と指を鳴らした。
「――そうだ、ここにいる彼らに魔術をかけよう。正規兵ではないとはいえ、アルファドラグーン軍に所属していることは間違いないのだから、指揮系統を辿っていずれはドレイク国王のもとに報告が届くはずさ。それにイゾリテ君に強制支配の魔術を教えるのにちょうどいい。実践訓練になる」
名案を思いついたとばかりに、ほくそ笑む。なんか今『強制支配の魔術』とか、えらく不穏な言葉が聞こえたような気がしたんだが。
幼くて純朴なイゾリテを変な道に引きずり込むような真似だけはやめて欲しいぞ、切実に。
後でちゃんと釘を刺しておかないとな――と思いつつ、
「ま、お前がそれでいいんならそれでも構わないぞ。とにもかくにも今回みたいな乱暴なやり方を野放しにしておくと、戦闘に関係ない一般人に被害が出るかもしれないからな」
「わかっているさ。そのあたりは特に留意するようにと、国王に話が届くよう上手くやるよ。さぁイゾリテ君、講義の時間だ」
「かしこまりました、師匠」
エムリスの手招きにイゾリテが応じる。
「ガルウィン、俺達はこいつらの装備の没収だ。何はともあれ聖具ってのは危険だからな。供給元の聖術士ボルガンって奴は、俺の見立てじゃ相当怪しい。こいつらには悪いが、変なことが出来ないように回収していくぞ」
「了解しました!」
こいつらの持つ聖具がアルファドラグーン軍にもたらされた全てではなかろう。また聖神教会から派遣された他の聖術士が、他国にも同じものを供給している可能性だって充分にある。
そう考えるとあまり意味はないかもしれないが、これらを持って行けばニニーヴと話をする際の材料ぐらいにはなるだろう。
ついでというわけではないが、あっちの方に飛んでいった聖竜アルファードの残骸も回収しておこう。
何を置いてもあれだけは放置できない。ないとは思うが、修理されて再利用されても【こと】だ。
またニニーヴ、ひいては相手取ることになるかもしれない聖神教会に対して、最大級の武器にもなろう。
「あ、アルサル、言っておくけどあの機械のドラゴンはボクの研究サンプルにさせてもらうよ? 実はちょっと聖力にも興味が出てきたんだ。回収はボクのストレージだからね、異論は認めないよ」
「……はいはい、わかったわかった。いいからさっさとそっちの用事を片付けてくれ」
いちいち戻って来て念押しするエムリスに、俺は辟易しながら応対する。
言われなくとも、最初からお前にやるつもりだったよ。俺があんなもの手に入れて何に使えってんだ、まったく。




