●9 破滅への暴走と眷属化 7
右手を掲げ、そこに〝氣〟を宿す。掌の全体が淡く銀色に輝く。先程エムリスが手本で見せてくれたような、ゆらゆらと揺らめく光だ。
――で、これをガルウィンに流し込めばいいんだな……?
俺はエムリスに目線だけで尋ねる。
すると、エムリスはうんうんと頷き、さらには片手の親指をぐっと立てて見せた。いやウィンクはいらん。
では、とガルウィンの頭に手を――って、やっぱこいつ背が伸びたな。昔はもっと小さかったのに――置き、気持ちゆっくりと〝氣〟を注ぎ込んでいく。
ふわり、と銀の燐光がガルウィンの頭部へ伝播し、そのまま重力に引かれるようにして下へ落ちていく。首から肩、胴、腹、腰と来て、下半身へ。頭の天辺から足のつま先まで銀色の〝氣〟が染み渡ると、やがて光が消えた。
「……これでいいのか?」
特にこれと言って手応えがないだけに、確信を得られずエムリスに聞いてしまう。
「ああ、ばっちりだね。これで〝眷属化〟は成された。今よりガルウィン君はアルサルの忠実な眷属、その第一号だよ」
「はいっ! アルサル様への忠誠なら誰にも負けませんっ!!」
「――~ッ……! あ、あのだね、ガルウィン君? 悪いのだけど、こんなに距離が近いのだから、あまり大きな声は出さないでくれたまえ……」
すぐ近くで大声を張られたエムリスは、再び両手で耳を押さえながらガルウィンに緩く釘を刺す。ふぅ、と息を吐いて仕切り直し、
「しかし、アルサルもいいことを言うね。イゾリテ君、聞いたかい?」
「はい、エムリス様」
「言ってはなかったけれど、ボクも基本的にはアルサルと同意見だよ。〝眷属化〟によって君が得た力は、あくまで外部接続によるブーストに過ぎない。どれだけ使いこなそうとも、君自身の力とは言えないし、いつかそうなることもない。そのことをしっかり自覚した上で、慎重に使って欲しいとボクは願うよ」
「心得ました、師匠」
礼儀正しくイゾリテが頭を下げる。どうやら〝眷属化〟以外にも、師弟の契りを交わしたらしい。魔術を使う人間はよくそういった関係を結ぶのだと、いつだったかエムリスから聞いたことがある。
「なんだ、結局イゾリテは俺からエムリスに鞍替えしたってことか。ま、俺は理術の基本しか教えられないからな。仕方ないか」
イゾリテがエムリスを師匠と呼ぶのがちょっと寂しかったので、ついそんなことを言ってしまう。すると、イゾリテは首を横に振り、
「いいえ、アルサル様。先程、私はお兄様と共にあなた様に忠誠を誓いました。鞍替えなどとんでもありません。それに、師匠は師匠です。アルサル様は今でも変わらず、私にとっては『先生』ですよ」
珍しくも、ふふっ、と微笑を浮かべる。
そういえば、イゾリテに理術の手解きを始めた頃は『アルサル先生』と呼ばれた時期があったっけな。後に俺が〝銀穹の勇者〟のアルサル――たまたま勇者と同じ名前の別人だと思っていたらしい――だと判明した瞬間から、今のような『アルサル様』呼びに変わってしまったのだが。
「よく憶えてたな、そんな昔のこと」
「大切なことです。絶対に忘れません」
穏やかながらも芯の通った声でイゾリテが断言すると、エムリスがパンと両手を打ち鳴らした。
「よし、それじゃあ試し撃ちと行こうじゃないか。ちょうどよく比較サンプルもあることだしね」
と、つい先刻ガルウィンが〈新星裂光斬〉で吹き飛ばした焼け野原を指差す。貴族クラスのドラゴンブレスにも匹敵する破壊力の、その証左だ。
「なかなかに大した威力だ。でも、今のガルウィン君ならもっとすごい結果が出せるはずだ」
改めてガルウィンを褒めつつも、エムリスは不敵な笑みを浮かべ、こう煽った。
「君達も、自分がどれだけ強くなったのか、身をもって感じてみたいだろう?」