●9 破滅への暴走と眷属化 2
エムリスと朝食を食べていたところにガルウィンとイゾリテが訪れ。
エムリスによって『果ての山脈』の一角へと転移させられ、テントやらなんやらを設営して、歓談しながらコーヒーを一服。
そうして話が落ち着く頃には、時刻はもう昼前になっていた。
「――参ります、アルサル様!」
抜き身のロングソードを構えたガルウィンが、声高く宣言する。
「おう、どっからでもかかってこい」
俺は左手に持った木剣を肩に担いだ体勢で、気軽に嘯いた。
何をしているのかと言えば、訓練である。
エムリスが言っていたように、魔界側が昨日の大爆発を調査しに来るまでは、まだまだ余裕がある。
だったら、それまでは久しぶりにガルウィンやイゾリテに稽古をつけてやろう、ということになったのだ。
もちろん発端は、先程のエムリスの発言である。
『この子達はどれぐらい【デキ】るんだい? 君が鍛えたんだろ? だったら、魔物の群れ一万体ぐらいなら楽勝かな?』
無理に決まってんだろ、馬鹿野郎。
とは流石にストレートにぶつけるわけにもいかず、俺は懇切丁寧に『普通の人間の限界』というものを説明してやった。
すると、
『なんだ、その程度なのか……ああ、でも、ちゃんと鍛えたら〝それなり〟にはなるんじゃあないかな? だって王族の末裔なのだから、血統的には良好だろう?』
とか言い出しやがった。
あまつさえ、
『じゃあアルサルは昔のようにガルウィン君を。ボクはイゾリテ君に理術と魔術を教えよう。ほら、なにせ近々【あっち】とやり合うことになるわけだからね。焼け石に水かもしれないが、やらないよりはマシさ。いい暇つぶしにもなる』
おい最後。そこ。それが本音だろお前。
と突っ込む間もなく、エムリスはイゾリテの手を引いて森の奥へと消えてしまった。
大人しく見えて芯は結構強いイゾリテも、俺と同じく魔王を討伐した〝蒼闇の魔道士〟の威光には逆らえなかったらしく、大人しく連れて行かれてしまった。
そんなわけで現在、俺は仕方なくガルウィンに剣の稽古をつけているのである。
「――はぁっ!」
ガルウィンの体が、ぐんっ、と沈み込み、引き締まった脚が地を蹴る。
うんうん、なかなかの勢いだ。俺の訓練部隊から離れても鍛錬は怠っていなかったらしい。人間にしては鋭い踏み込みである。
放たれた矢のごとく飛び出したガルウィンが、長剣を直突きに構えたまま俺に肉薄。
いいぞ。剣を大きく振りかぶるなんて隙だらけの攻撃を許した覚えはないからな。素早く、コンパクトに、最小限の動きで最大の威力を出す――ちゃんと憶えているようだな。
が、甘い。
「ほっ」
俺はガルウィンの視線から狙いを見極め、手にした木剣を振るう。
俺ぐらいにもなれば例え木剣であろうと、金属の真剣と互角以上に戦える。まぁ単純に理術を使ったり、勇者特有の〝氣〟を流しているだけなんだがな。
ガキィン! と耳をつんざく金属音。
ガルウィンの長剣の切っ先と、俺の木剣の先端とが正面衝突した音である。
「自分が狙っている箇所を熱心に見つめるな。敵に『ここを攻撃するぞ』って言っているようなもんだぞ」
「はいっ!」
俺の指導にガルウィンが勢いよく返事する。しかも笑顔で。
俺は木剣でガルウィンの剣を払いつつ、
「なんか嬉しそうだな?」
そう聞くと、爽やか青年は、あは、と笑い、
「嬉しいに決まっていますよ! またアルサル様に指導していただけるのですから!」
子供のような無邪気さで、さらに相好を崩す。
そういえば五年ぶりだもんな。思い返せば、こいつはいつだって訓練の時は笑顔だった気がする。もしかしなくてもマゾなのだろうか?
まぁ、そういうところが強さに繋がっているのだから、ガルウィンには『才能がある』と言えるのだが。
俺も思わず口元に微笑を刻んでしまう。
「じゃあ、お前の成長をもっと見せてみろ。正直、全然物足りないぞ?」
「はいっ! 喜んでっ!」
言った途端、ガルウィンの動きが激変した。
加速。
先程の踏み込みは手抜きだったのかと思うほどの高速機動。
たった二歩で俺の背後へと回り込み、
「――〈牙裂斬〉!」
輝紋を媒介にした剣理術を発動。
ガルウィンの皮膚上に山吹色に輝く幾何学模様が浮かび上がり、その光輝がロングソードの刀身にまで伝播する。
うんうん、いいタイミングだ。発動速度も申し分ない。普通の奴が相手なら、これだけで首を撥ね飛ばせていただろう。
無論、俺には通用しないが。
「よっ」
再び苛烈な金属音が山中に響き渡る。先程のよりも若干大きい。剣理術によって威力をブーストしたが故だ。
「いいぞ、その調子だ。でも、もっと行けるよな?」
木剣を背中に担ぐようにしてガルウィンの袈裟斬り〈牙裂斬〉を防いだ俺は、さらに煽ってみる。まだまだこんなもんじゃないだろ、と。
「はいっっ!!」
ガルウィンの声量が倍になった。流石にすぐ後ろから大声を出されるとちょっと耳が痛い。
ガルウィンが地を蹴り、大きく飛びずさった。距離を取って、間合いを調整するつもりか。
その隙に振り返ると、ガルウィンはロングソードを背中に隠すほど腰をねじり、膝を曲げて身を低くしていた。
その顔や首元、肌が露出している部分からは、未だサンライトイエローの輝紋が強い煌めきを放っている。
何か大技を出す気か――そう予感させる構えだった。
「ぉぉおおおおおおおおお……!」
地の底から這い上がってくるような、ガルウィンの唸り声。
「いきますよ、アルサル様!」
カッ、と緑色の眼を見開き、怒号のごとく吼えた。
「――〈新星裂光斬〉ッッッ!!!」
初めて耳にする剣理術の発動名。
刹那、ガルウィンの背中に隠れされた長剣が眩い閃光を放つ。
まるで太陽の一部を地上に召喚したかのごとき、山吹色の鮮烈な輝き。
勢いよく煌めくそれは、まるでガルウィンの背中を飾る後光のようだ。
「はぁあぁああああああああああああッッッ!!!」
裂帛の気合いと共に、ガルウィンが前のめりに体を倒しながら光り輝く長剣を振り上げ、一気に振り下ろした。
剣光一閃。
爆発的に強くなったサンライトイエローの輝きが俺の目を灼く。俺が普通の人間だったら、これだけで視覚を潰されていたことだろう。
もちろん、とうに人間を辞めた俺にはまったく通用しないのだが。
刀身に束ねられた光が咆哮を上げ、疾走する。
どうやらガルウィンの発動させた剣理術〈新星裂光斬〉とやらは、膨大な光熱エネルギーを斬撃波に換えて発射するものらしい。
いいな、素晴らしい。とても練り上げられている。これなら貴族クラスの竜砲にだって対抗できるぞ。
「――ふっ」
かつての部下の成長を喜びつつ、俺は木剣で軽く縦斬りを放った。
俺の〝氣〟が込められた木剣は、いわば擬似的な〝銀剣〟だ。
断てぬものなどまず存在しない。
故に、ガルウィンの放った〈新星裂光斬〉の閃光すら真っ二つだ。
転瞬、二つに分かたれた光の奔流は俺の左右を抜け、背後に広がる木々へと殺到した。
テントを設営した場所から十分以上に離れておいて正解だった。
ガルウィンの〈新星裂光斬〉は、それこそドラゴンブレスよろしく山林の一部を吹き飛ばし、焼け野原へと変えてしまったのだ。
山吹色の光が落ち着いた後、背後を省みると、山火事が起きたような真っ黒な山地が広がっていた。
「……よし、いいぞ。すごいじゃないか、ガルウィン。思った以上に成長しているな」
顔の向きを戻し、俺は素直に賞賛を送る。お世辞抜きで、実にめざましい成長だった。よほど努力を重ねたのだろう。そうでもなければ、人間でありながらここまでの境地には至らない。
「はい、ありがとうございます!」
残心から構えを解いたガルウィンが、背筋を伸ばして深く頭を下げる。
エムリスが言っていた通り、持って生まれた才能もあるのかもしれないが、これほどの練度なら一国の将軍になっていてもおかしくない力量である。この若さでこれだけの技が放てるなら、本当に将来が楽しみだ。




