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●41 進撃、神の領域






 ――やれやれ。そういえば、あのネプトゥーヌスだかポセイドンだかには『待っててやる』って約束したんだがなぁ……


 だが、それを言うと間違いなくエムリスあたりが、


『何を言っているんだい、アルサル。【約束は破るためにあるものじゃあないか】。特に敵対する相手との約束は、ね』


 などと言うに決まっているのだ。


 だからきっと、俺はこう反論する。


『それ勇者パーティーがやっていいことかよ?』


 するとエムリスは、間違いなくこう返す。


『おいおい、しっかりしてくれたまえよ。今の君はもう【魔王】じゃあないか』


 仄かに蒼く光る瞳を弓形ゆみなりに反らし、ニヤリと笑って。


 それで俺は、


『……それもそうか』


 なんて、妙に腑に落ちて納得してしまったりなんかして。


 ――って、なんだこのイメージ……?


 いつの間にやら益体のない妄想へ浸っている自分に、ふと気付いた。


 ……あ? なんだ? これは夢か? 一体何がどうなっている?


 体の感覚がない。さっきから自分の手足を動かそうともがいているが、何一つ手応えがない。


 それどころか、視覚、聴覚といった五感も反応がない。何も見えないし、何も聞こえないし、匂いも味も皮膚の感覚すらない。


 まるで、肉体そのものを失ってしまったかのような――


 一体なんなんだ、この状態は? 俺に何が起こった?


 今にもパニックに陥りそうな精神をはがねの理性で支えつつ、記憶の糸をたぐる。


 ――確か、エムリスとニニーヴの共同作業で俺を聖神の世界に送るっていう……


 そこまで思い返して、唐突に理解した。


 ああ、そうか。成功したのか――と。


 訳がわからないのも当然だ。今、俺は前人未踏の地にいるのだから。


 いや、『地』と表現するのは少しばかり的確ではないか。


 ここは上位存在、情報生命体たる聖神の世界。


 高次元の世界なのだ。


 とすれば、俺の持つ常識が通用しないのも頷ける。ここは次元を超えた、まったく別の世界なのだから。


 手足や五感がないのも当たり前だ。それらは〝あっち〟に置いてきた。


 ――つまり、今の俺は聖神と同じ情報生命体……精神だけで存在している幽霊みたいなもの、ってことか。


 あるいは『魂だけの状態』と言っても過言ではなかろう。肉体といううつわなしで、俺という存在の本質が剥き出しのままであるのだから。


 しかし、そうと気付いてみれば楽なものだ、と気付いた。


 無論、肉体がないということは何も出来ないということ。手足を動かすことも、周囲の様子を察知することも不可。下手をすれば赤子よりなお無力の状態である。


 しかし、肉体がないということは、それにまつわる不便もないということ。実際、今の俺は何の不快も感じていない。光が眩しいだとか、音がうるさいだとか、体のどこかがむずがゆいだとか、そういったことが一切ない。


 なるほど、肉体を捨てて精神だけになることが上位存在への昇華だということが、心の底から理解できる。余計なものを脱ぎ捨て、まさしく〝解脱〟という感じだ。


 というか、凄まじく心地がいい。ふかふかのベッドで柔らかい毛布にくるまって寝転がるよりなお、気持ちがいいのだ。


 これはたまらない。肉体という余計な容れ物を持たないだけで、これほどまでに解放感を得られるものなのか。現実味を維持しながら、常に夢見心地の気分。朝、半覚醒の状態でベッドの中でぬくぬくと惰眠をむさぼっているかのような――


 と、いかんいかん。


 ぼーっとしていてはまずい。危うく意識が楽な方へ転げ落ちていくところだった。このまま気持ちよさに流されて正気を失ったら、何のためにここまで来たのかわからなくなる。


 思い出せ、ここへ来た目的を。


 それはもちろん、イゾリテを蘇らせるためだ。


 結局の所、俺達はポセイドンだかネプトゥーヌスだかと名乗った例の聖神の帰りを、丸一日待った。


 別段、一日を期限として律儀に待機していたわけではなく、俺をこうして高次元へ送り出すための準備にそれだけ時間がかかったというだけなのだが。


 結論から言うと、奴は戻って来なかった。


 いや、わかっている。あいつにも色々とあるのだろう。悪気があって待ちぼうけを食らわせたわけでないことぐらい、流石に理解できる。話を聞くに中間管理職っぽかったしな。俺もかつては戦技指南役という微妙な地位にいたので、ある程度なら事情も気持ちもわかってやれる。別に同情などしてやる義理もないのだが。


 だからまぁ、少しだけ――ほんの少しだけ、申し訳ないといった気持ちがないこともない。待っててやると約束しておきながら、たった一日でこうして本拠地まで乗り込んできてしまったのだから。


 とはいえ、後悔する気持ちは一片もなかったりするのだが。


 ――ここまで来たからには、意地でもイゾリテを復活させて帰らないとな。


 俺を高次元こんなところにまで送ってくれた仲間達の心意気に応えるためにも。


 きっと今頃〝あっち〟では、エムリスもニニーヴも疲労困憊で昏倒していることだろう。そんな二人を一人だけ無事なシュラトが介抱しているに違いない。次元を超越するというのは、それほど大それたことなのだ。本来なら到底不可能なことを可能にするということは、絶大な代償を要求するものなのである。


 その犠牲――と言うと少々語弊があるかもしれないが――に報いるためにも、俺は必ずや結果を持って帰らねばならない。


 ――さて、じゃあどうする?


 ようやく思考がスタートラインに立った。


 どうにか聖神のいる高次元までやって来たが、ここで何も出来なければ話にならない。全てが無意味に帰す。


 だがしかし、この次元のことごとくが形を持たない情報存在。現在の俺も例外ではなく、先述の通り肉体のない実に曖昧な状態だ。


 ――一体どうすればいい?


 いや、とっかかりならある。


 聖神のやつばらは基本的に〝ここ〟で活動しているのだ。さっきの俺みたいに無上の心地よさにひたすら心を委ねている者もいるかもしれないが、箱庭なんぞを創造して運営している連中だっている。


 つまり俺が理解できていないだけで、何かしら〝ここ〟で【活動する方法】がある、ということだ。


 ――考えろ。何かしら手があるはずだ。考えろ、考えろ、考えろ……


 肉体がない今、従来の感覚には頼れない。ということは聖神らもまた、五感に頼らない生活をしているはず。


 つまり、第六感――下手をすれば第七感、第八感なんてものまで使いこなしているのかもしれない。


 ――いや無茶言うな。なんだそれ。まったくわからんぞ。


 まぁ、第六感ならわからないでもない。輝紋を扱う際の感覚――きっとこれがそうだ。また理力や魔力といったエネルギーを察知する感覚――これもそこに含まれるだろう。


 ――お? ちょっとやってみたら、輝紋は励起できるみたいだな。なるほど。


 いつものように銀色に輝く模様こそ見えないが、感覚として俺の持つ輝紋が盛大に稼働しているのがわかる。どうやら輝紋は肉体ではなく、魂、精神に根ざしたものらしい。なかなかの大発見だ。エムリスあたりに教えたら大喜びするかもしれない。


 ともあれ、きっかけは掴んだ。


 我思う故に我あり――出典は忘れた――ではないが、手足どころか脳みそがなくとも【俺はここに存在している】。そのことが確定した。それさえわかればこっちのものだ。


 ここは物質の存在しない情報だけの世界――俺が日頃から認識している三次元のさらに上。


 ならば五感に頼らず、この剥き出しの魂で、ただあるがままを感じるだけだ。


 ――意識を研ぎ澄ませろ。今までの感覚を全て忘れて、精神統一だ……


 肉体に備わっていた感覚のことごとくを捨て去り、今ここで感じていることだけに没頭する。


 輝紋はある。ならば理力もある。その流れを感じ、全神経――いや神経もないのか? まぁ輝紋がその替わりになるだろう――を集中させる。


 ――なんとなくだが、わかってきた……


 なんと言えばいいのだろうか。非常に曖昧な表現になってしまうが――


 今、俺は『情報の海』にいる――ようだ。


 そうとしか言いようがない。肉体を持たず何も感じることが出来ない俺にとって、ここは一見して『何もない』場所に思える。だが、それは大いなる勘違いだ。


 ここには凄まじいまでの『情報』が密集している。しかも、それが流動性を持って常ならず動いているのだ。大河の流れのごとく。


 そして、ここにいる俺もまた一つの『情報』に過ぎない。


 そう、この世界は『情報』という概念だけで成り立っているのだ。俺という存在も、その輝紋を流れ巡る理力も、あくまで一個の『情報』という単位でここにある。


 ――情報と情報が混ざってグチャグチャになってないのは、なんでだ……?


 ふとした疑問が脳裏をよぎる。


 ここが『情報の海』なら、無数の『情報』は無慈悲にシェイクされ、意味のない破片だらけになっていてもおかしくないのではないか? 川の流れによって石が砕かれ、削られ、丸くなっていくように。この『情報の海』にあるものはなべて千々に千切られ、無意味な『情報』の塊ばかりが流れる河になっていて然るべきなのでは、と。


 ――いや、そうなっていないのには理由があるはず。何故だ……?


 さらに意識を鋭くさせ、周囲の様子を探る。俺という『情報』を取り巻く全てを可能な限り感知し、理解するために読み込んでいく。


 ――〝膜〟があるのか……? 『情報』を一単位として保護する〝膜〟のようなものが……


 想起するのは、シャボン玉のような薄くて透明な〝膜〟だ。この〝膜〟に包まれているが故、『情報』は一つ一つがその形状を保ったまま『情報の海』の中を漂い、流れていくことが可能となっているらしい。


 かなり朧気だが、失われた元の世界での記憶に、大量のゴムボールを敷き詰めたプールに飛び込むというものがある。おそらく幼い頃だろう。そこで意味もなくはしゃいで遊んだ覚えがある。


 多分、イメージとしてはあれに近い。『情報』一つがボールとして、それらが大量にひしめき合っている宇宙――それがここ、聖神の本拠地である高次元なのだ。


 逆に言えば、【ただそれだけの場所】でもある。


 膨大な量の『情報』がただグルグルと渦を巻いているだけの、本当にそれだけの次元。


 ――こんなところで、一体どうやって生活しているんだか……


 肉体というしがらみがないからこその心地よさは認めるが、逆に言えば、それ故に刺激というものがまったくない。もっとわかりやすく言えば――【退屈】なのだ、ここは。


 ――ああ、そうか。なるほど、そういうことか。


 突然、爆発的に理解した。


 だからか。こんなにも退屈な世界だから、あいつらは〝箱庭〟なんてものを作ったのか――と。


 人間や魔族を、箱庭という一つの世界で囲い、あまつさえ魔王だの英雄だのを配置して物語を自然発生させる――


 そんなことでもしなければ、きっと退屈が過ぎて死んでしまうのだろう。いや、俺達と同じ不老不死の存在だろうから、死にたくなってくるのだ。


 奇しくも、俺がここへ来る前に言っていた〝永遠の退屈〟の話と同じである。聖神は無限に続く無聊ぶりょうを慰めるため、箱庭なんぞを運営して、そこでの営みを観察しているのだ。


 だからと言って、奴らが俺達にした仕打ちを許すつもりにはまったくならないが。


 ――いかん、思考が無駄な方向に逸れたな……


 ここでは肉体がなく、意識だけしかないせいか、うっかりしていると思考が変な方向へと逸れていってしまう。〝考える〟、〝思う〟ことそのものが『在る』ということに直結しているからだろうか。どんな些細な思考も、適当に浮かんで消えていくのではなく、河川で言えば一本の主流としてちゃんと流れてしまうのだ。


 ――けどまぁ、おかげで段々と【乗り方】がわかってきたぞ。


 先程、俺はここを『情報の海』と称したが、それはあくまで比喩である。実際には海など存在せず、俺も含めて虚無がそこにあるだけだ。


 しかし、俺の感覚では情報の溢れる『海』なのだ。ならば、そのイメージを逆手に取ろう。目に見えない『海』を、俺は上手に泳げばいいだけの話だ。流れに逆らわず、むしろ波に乗るようにして。サーフィンのごとく。


 おそらくこの次元に距離や時間といった概念は存在しない。全てのものが同じ座標にあり、そして過去も現在も未来も同時にある。我ながら矛盾だらけのおかしなことを言っているようだが、少なくともこの高次元においては矛盾しない。理屈は俺にもわからないが、整合するのだ。不思議なことに。


 だから『泳ぐ』と言っても別に移動する必要はない。要は必要のない『情報』をかき分け、求める『情報』を手元に手繰たぐり寄せればいいのだ。この『情報』が密集し、あるいは網のように繋がった『海』を漂いながら。


 ――イメージしろ……新しい感覚を拓け……この世界に順応しろ……


 自分に言い聞かせるように思考を巡らせる。肉体のない魂だけの存在ということは、つまり変幻自在ということだ。千変万化が当たり前ということだ。


 だから、順応できる。そう、この次元に来た時点で、俺はここに適応できることが既に確約されているのだ。そうでなければ、俺は〝ここ〟にいない。逆説的に。


 俺は適合する。かつて〝八悪の因子〟をこの身に受け入れ、変化したように。


 ――意思を強く持て。ここでは心の強さがそのまま存在の強さになる。『情報』としての大きさと圧になるんだ。


 輝紋をさらに励起させる要領で、自身の魂の力を高めていく。この世界に光など存在しないが、もし視覚化されるなら、激しく輝く銀色の流星がここに誕生していたことだろう。


 光が広がるごとに、自身の感覚が研ぎ澄まされ、鋭敏になっていくのがわかる。『世界』の形を理屈ではなく肌感覚で理解していく。


 己の内面が大きく変化していくのがわかる。別次元の存在へと昇華していくのだ、当たり前のことだ。言い換えれば、現在進行形で俺は『人』から『神』へと進化しつつあるのだから。


 しかし【魂の本質】までは変わらない。変えられっこない。この十年、〝傲慢〟や〝強欲〟の影響を受けながらも俺が真に変わることがなかったように。


 俺という〝核〟はそのままに。


 心にまとうものだけが変化し、進化する。


 かつて元いた世界ではただの学生だった俺が、異世界へ召喚され〝銀穹の勇者〟となったように。


 魔王を討つため八悪の因子を体内に宿し、人間ではない化物になったように。


 変貌する。


 古い殻を破り、新たな存在へと羽化する。




 ――掴んだ。




 はっきりと、とらえた。


 手応えがあった。


 絡まっていた糸がほどけ、一本に繋がった。


 世界を手中に収めた――そう錯覚するほどの達成感。


 いや、これは気のせいなどではない。


 俺は今、確かにこの次元の全てを理解した――




 ■




 ――ような気がしたが、やっぱり気のせいだった。


 当然だ。


 流石に『この次元の全て』は言い過ぎである。


 しかし逆に言えば『全て』ではないにしろ、大体のことはわかった。


 なにせ『情報』はそこにあるのだ。何もかも、全てが。


 俺の『魂』と、この次元に存在する『情報』は密接に繋がっている――そう言っても過言ではない。


 ただ薄い膜に隔てられている――これも俺の観念に過ぎないのだが――だけで、全ては同じ座標に、過去現在未来に関係なく存在しているのだから。


 ならば、ちょっと手を伸ばして吸収すればいい。


 そこら中にある『情報』を読み込めばいいのだ。


 咀嚼そしゃくし、呑み込み、消化し、自分のものとする。


 そうすれば俺は理解できる。ここにある何もかもを。


 その結果――


『……うし、こんな感じか?』


 俺は脳内イメージ――と言っても脳すらもないわけだが――を発展させ、仮初めの視界へ反映させることに成功した。


 今、俺の目には広大な宇宙空間が映っている。


 当然、ただの幻だ。実際にそんなものは存在しない。俺の肉体ですらも。


 つまるところ、これは〝嘘〟だ。俺が頭の中で勝手に作った高次元世界のイメージ。それを、自分自身を騙すようにして幻覚――疑似的な現実感へと昇華させたのだ。


 いわば自力の仮想現実(VR)である。


『我ながらかなり強引な手だが……この方が断然やりやすいな』


 俺は掌を握ったり開いたりしながら、独り言ちる。もちろんこの声も、心のそれをいかにも発声しているかのようにイメージしているだけだ。


 ひとからかみへと進化する――などとうそぶいてみたが畢竟ひっきょう、慣れ親しんだ感覚はやはり手放しがたい。


 こうして偽物とはいえ肉体の感覚と、三次元的な空間があった方が、色々とわかりやすいのだ。


 というか、実際にそこらにある『情報』を読み込んでみてわかったのだが、言うまでもなくその量は膨大だ。いや、膨大なんて言葉では表しきれないぐらいの情報量であり、ぶっちゃけ真面目に処理しようとすると俺の『魂』が摩滅しかねないほどなのだ。


 なので、俺は読み込んだ情報を一つ一つ処理するのではなく、大雑把に捉えて感覚に反映させることにした。


 今ちょうど見えている宇宙空間がそれだ。


 どう考えても処理しきれない多大な『情報』を、広大に過ぎる宇宙空間に例えているのだろう。無限の『情報』をわかりやすく視覚化したのだ、無意識に。


 そして、あちこちに点在する星々――その中で、輝きが強いものほど重要な『情報』なのだと推察できる。ろくに精査もせず大まかに読み込んだ『情報』の中から、俺の無意識が感覚的に優先順位をつけたのだ。


 うん、さすがは神へと進化した俺だ。適当ながらも、するべきことはしっかりしているし、実にわかりやすい。


 まぁ、星の配置がまったく見たことのないパターンで、マジで適当に並べたんだなってこともよくわかってしまうのだが。


『あの太陽みたいにデカいのが本命か……? その周りにいくつかそこそこのデカさのがあるな。まずはそっちから攻めていくべきか……?』


 星の輝きの強さは、あくまで俺の無意識による主観的な評価だ。輝きの強さが実際の重要度にそのまま繋がっているとは言い難い。


 が、無意識とはいえこの俺の判断。取りも直さず、かつて世界を救った勇者の英断であり、今は神の領域へと至った存在の慧眼である。


 あながち間違っているとは思えない。完全に手前みそな考え方だが。


『多分、あそこにこの次元……いや、神社かいしゃとか言っていたか? そこの中枢があるんだろうな。……お? というか、あっちにも別の銀河があるな? ってことは――』


 察するに俺が認識している宇宙は、おそらく箱庭を運営している聖神の組織――ネプトゥーヌスが言っていたところの『神社』という組織のものなのだろう。


 言わずもがな、聖神とて一枚岩ではない。神々が相争って滅びる話など、あちこちに転がっている。


 そしてネプトゥーヌスから聞いた話から考えるに、箱庭と呼ばれる『世界』を運営している奴らは【他にもいる】。むしろ、数多くの神社がこの次元には存在し、さらに多くの箱庭が運営されていると見るべきだろう。


 そう考えれば、俺達の住まう世界すら数限りなく存在する内の一つということであり――奴らの中で扱いが軽いのも、何となく理解はできる。


 なんせ見ず知らずの人間を勝手に複製して、英雄としての役割をおっかぶせ、地獄を見せるような連中だ。しかも、その行為には特に悪気がないときた。子供のように無邪気に――というわけでは当然なく。まるで昆虫の標本でも作るかのごとき冷酷さをもって、奴らはそういうことをしているのだ。


 ――まったく、何が〝勇者システム〟だ。何が配信で大人気だ。


 そうやってある日いきなり召喚され、過酷な戦いを強いられる者のことなど微塵も考えていないのだ。


『……考えれば考えるほど、はらわたが煮えくり返ってくるな』


 脳内イメージを投影した仮初めの肉体で、俺は渋面を作る。今のところ、煮えくり返る腸もないのだが。


 俺と直接関係があるのは、今ここにある銀河に所属する聖神らだが、極論を言えばこの次元に存在する奴ら全員が戦犯だ。もちろん、配信されるものを観覧している連中も含める。


 ――他人様を勝手にエンターテインメントにしやがって。どんだけ人間のことを舐めてやがる。


『思い知らせてやらないとな……』


 燃え盛る激情ではなく、ふつふつと煮立つような心持ちで俺は決意する。


 命を舐めて弄んでいる連中に目に物見せてやる――と。


 一寸の虫にも五分の魂、とはどこで聞いた言葉だったか。


 玩具のように好き勝手している人間の底力というものを、そのねじ曲がった性根に叩き込んでやろうではないか。


 などと決意を新たにしながら、さらに周囲に視線を巡らせる。やはり、いざ意識して探してみると、ここと似たような銀河があらゆる方角にあることがわかる。予想通り、多くの似たような神社が存在し、箱庭を運営したりしているのだ。


『――ん?』


 ふと、それぞれの銀河の間を飛び交う数条の流星に気付いた。


 今の今まで気付かなかったのは、銀河間を飛翔する星の軌跡が糸よりもなお細かったせいだ。だが一度感知してみれば、似たようなものがそこかしこを走っているのがわかる。フォーカスとか、ピントが合うとでも言うのだろうか。


 あれは一体何だろうか。


 疑問に思いながら眺めていると、その内の一つが俺のすぐ目の前を通り過ぎようとした。


『おっと』


 反射的に小石のような流星を手で掴む。くどいようだが、ここは俺が勝手に想像して作り上げた仮想空間だ。実際に流星を手掴みにしたわけではなく、あくまで観念的な描写である。


 ともあれ、俺は流星の形をした『情報』を捕獲した。


『なんだこれ……?』


 掌を開き、すっかり移動エネルギーを失ってしまった小石を見やる。刹那、意識の中に『情報』が流れ込んできた。


『――ふむ、なるほど……?』


 どうやらこの流星は、どこからか送り出されたメッセージだったらしい。俺達の世界にも、輝紋を介して離れた位置にいる相手にメッセージを送信する術があるが、要はそれと同じだ。


 どうも俺は、宙を飛んでいた誰かしらへの手紙を捕まえてしまったらしい。


 内容は――よくわからない。当たり前だが、俺のいた次元とこの次元とではコミュニケーションの方法が根本的に違うのだ。少なくとも俺の知っている言語ではあり得ないし、そもそもからして、この『情報』は言語のていをなしていない。


 何と言えばいいのだろうか。フォーマットが違うとでも言えばいいのだろうか。これはまだ人類が手にしていない類いのコミュニケーション方式だ。


 簡単に言えば、気持ち、感情、意志――そういったものをダイレクトに伝えるものらしい。


 だから読み取るのに少々コツがいる。


『ま、何とかなるんだけどな』


 はっ、と俺は架空の鼻で笑う。


 先述の通り、俺はこの次元のほとんどを理解した。ほぼ無意識下での知悉ちしつではあるが、必要があれば自然と知識が思い浮かんでくるのだ。さながら【思い出す】ように。


 故に、軽く意識を傾けるだけで俺はメッセージの読み取り方を【思い出した】。


『なになに……?』


 掌の小石から伝わってくるのは少しの怒り、わずかな焦り、懇願、心配、疑問――


 どうやら送られてくるはずのものが締め切りを超えてなお届かないので、それを催促するメッセージらしい。


『はっ、結局【こっち】も【あっち】も大して変わらないらしいな』


 神を名乗っていながら、これでは人間とほとんど変わらない営みではないか。馬鹿馬鹿しい。次元を超え、肉体を捨て、情報生命体になってなお、仕事の締め切りもあれば、それに遅れるとこうして催促されたりもするのだ。


 まぁいい、どのみちメッセージの内容そのものについては興味もなかった。肝心なのは――


『これを壊せるかどうか、だな――っと』


 細かい中身への関心を捨てた俺は、おもむろに小石を握り込み、ぐっ、と力を込めた。くどいようだが、これはあくまでイメージであり、実際にそうしたわけではない。


 ないが――パキッ、と確かな感触を得た。


 無論、そんなものは気のせいであり、俺の思い込みに過ぎないのだが。


『お、できたか』


 手を開くと、そこには無慈悲に砕けた石の残骸がある。見た目は小石だったが、実際の硬さはクッキーか何かのようだった。まぁ見た目は俺が勝手に作り出した幻影なので仕方ないが、しかし思った以上に脆い。


 これで知りたいことは確認できた。


『――【壊せる】、な』


 そう、それが知りたかったのだ。


 この次元は言うなれば『情報』のみの世界。だというのに、密集する『情報』が互いに混ざり合わないのは、それぞれが薄い膜に包まれ防護されているからだ。さもなければ全ての情報が無秩序に溶け合い、ここは渾沌の世界となっていたはずである。


 逆に言えば『情報』を保護する膜さえ破壊できれば――


『こうして無意味なものになりさがる、ってな』


 砕けた石には、もはや何の価値もない。どのような形式フォーマットでもなく、どこの誰にも理解できない意味不明な『情報』と化した。


 詰まる所、これがこの次元における【死】だ。


 情報的な価値を喪失する――それがおそらく、この世界に生きる情報生命体たる聖神にとっての死。俺はそう考える。


『なら、【殺せる】』


 圧倒的な暴力でもって聖神の分身体アバターを滅多打ちにするまでもなく。心が折れ、摩耗してしまうほどのダメージを与えるまでもなく。


 俺はこの手で聖神を殺せる。その価値を虚無にすることによって。


 なに、簡単な話だ。こうしてメッセージという『情報』を含んだ流星を壊したように、聖神を聖神たらしめている〝膜〟を破ってしまえばいいのだ。


 聖神という『情報』を保護し、そのものたらしめている〝膜〟さえ破壊すれば、中身は無残に漏れ出し、バラバラになる。そして形を失い、【何でもない何か】になる。


 聖神を構成していた『情報』の一つ一つこそは消えないが、崩壊し定形をなくしたそれらは、一切の意味を失う。


『よし、これで話が早くなるな』


 俺がここ、聖神が本拠地とする高次元くんだりまでやって来たのは、知っての通りイゾリテを復活させるため。


 いわば【殴り込み】である。あるいは強襲、急襲、奇襲、突撃、吶喊とっかん、討ち入りなどと言ってもいい。


 要はそういうことだ。


 そのために必要なのは――暴力。


 実に単純だ。こういう時は暴力に訴えればいい。


 我ながら野蛮に過ぎる考え方だ。正直、自分でもどうかと思う。あまりよくないことだ。それはわかっている。


 しかし。


 俺には、こういうやり方しかない。


 こういうやり方しか知らない。


 何故なら、俺は十年前に複製召喚され、魔王を打ち倒した〝勇者〟だから。


 暴力でもって世界を救った英雄だから。


 誰よりも、最終的に暴力がものをいうことを知っているから。


 というより、暴力ほど素早く効率的に物事を解決する手段を知らない。


 これ以上いい方法を知らないのだ。


 たとえ次元が違えど、力こそが全てであり、弱肉強食が真理であることは変わり得ない。


 他の世界から人間を複製し、力を与えて〝勇者〟にするのだって一種の暴力だ。


 そう、一番強い奴が一番偉いのだ。


 結局のところ。


 業腹なことに。


 だが、聖神らにとっては自業自得ではある。


 何故なら、暴力こそ最強の解決方法――そう俺に教えたのは、他ならぬ聖神あいつらなのだから。


 俺は改めて仮想の宇宙空間を眺めやり、口元に微笑を浮かべた。


『――とりあえず、片っ端から潰していくか』


 やり方はいつもと変わらない。いつか魔王を討伐した時と同じだ。


 端から順に潰していって退路を断ち、追い詰める。


 それだけだ。




 ■




 広大無辺の宇宙空間を音もなく飛翔し、目についたものを無慈悲に破壊する。


 無情に、冷淡に。


 当たり前だ。俺はこの次元に何の思い入れもない。何なら聖神への憎悪だけは腐るほどある。


 いっそ気持ちいいほどだった。


 目の前にあるのは無窮の星々。


 遠くから見れば星屑の散りばめられた漆黒のカーペットだが、近寄れば一つ一つの解像度が上がる。


 光る星は派手に燃える土塊つちくれ


 そうでない星はただの土塊だ。


 恒星、惑星、衛星――大きさも形も関係ない。俺にわかるのは、それらがただ聖神らにとって重要なものであろうこと。


 だから、ぶっ潰す。


 だからこそ、ぶった斬る。


 この前、ネプトゥーヌスとミネルヴァを叩きのめした時と同じように、架空の〝星剣レイディアント・シルバー〟を取り出し、宇宙空間にも似た星光を孕む闇の刃を形成し、振り回す。


 唸りを上げるは、星断つ剣。


 そうとも、俺は〝銀穹の勇者〟。


 星を断ち、宇宙を裂き、次元をつんざく――それが俺。


 大気の存在しない宇宙空間に轟く音はない。故に無音のまま、俺の破壊活動は続く。


 不思議なことに輝く星を叩っ切る直前、頭の中に情報が入ってくる。いや、正確には〝既に読み込んでいた情報を思い出す〟か。おそらく破壊の瞬間、情報的に俺と対象の接触密度が急激に上昇するからだろう。


 つまり、これから壊す『情報』の正体が直前にわかるのだ。


『なんたら事業所やら、なんちゃら支部やら、そういうのばっかだな?』


 片っ端から潰していく、という宣言通り比較的小さい星々から狙ってぶった斬っているので、当たり前と言えば当たり前だが。


 それでも星を真っ二つにした瞬間、そこから蜘蛛の子を散らすように〝気配〟が逃げ惑っていくのを感じる。おそらく神社の事業所やら支部やらに所属している聖神達だろう。


『――捉えた』


 襲撃されたというのに尻尾を巻いて逃げ去っていく聖神の気配に意識を集中させ、その『情報』にピントを合わせる。フォーカスが成功すると、これまで曖昧だった聖神の実体を視認することが可能となった。


 この目に映るのは、人間に似たシルエットをした光の塊。


 形状や光の色はそれぞれ微妙に違うが、『輝く人型』というのは共通している。外見がほとんど曖昧なのは、単に俺が聖神らの見た目を上手く想像できないからだろう。というか、興味がない。あいつらがどんな顔や体型をしていようと、どうでもいいのだ。


『人にはやれ魔王を倒せ、やれ世界を救えだとか言っておきながら、自分達は逃げるだけかよ。まったく』


 大慌てで飛び散っていく数百の聖神を前に、俺は吐き捨てるように呟く。俺や仲間達は血反吐を吐き、汗や涙どころか鼻水まで垂らして戦ったというのに。それをけしかけた連中は抵抗する素振りすら見せずに逃げ惑うだけ。もはや一周回って呆れてしまう。


『そうやって逃げ回っていりゃ、世界が救われたってストーリーでも見たことあんのか?』


 聞こえているいないに関わらず、俺は皮肉を禁じ得なかった。他者を『正解』に当てはめて箱庭を運営していた奴らが、一番それから遠い選択をしやがる。愚劣の極みだ。


『それとも、こんな事態はまるで想定してなかったってか? いいご身分だったよな。お前らは【見ているだけ】でよかったんだから』


 言い捨てながら、俺は剣を振るう腕を止めない。宇宙規模の刀身はもはや計測するのも馬鹿らしい長さで、一振りするごとに星を両断していく。ちょうどよく二つ並んでいれば、どっちもまとめて真っ二つだ。その度、中で仕事をしていたであろう聖神らが花火か何かのように爆散し、三々五々に逃げ去っていく。


 しかし我ながら、こうして仮想現実として構築したのが宇宙空間で、奴らの住処が星々だというのは、なかなかに気が利いている。


 こいつは逆転現象だ。


 今この瞬間まで、奴らが箱庭を管理する側であり、生殺与奪の権を握っていた。


 だが現在、聖神の安穏とした時間と場所を奪い去り、恐怖を与えているのは俺の方。


 奴らにとってはまさしく天災地変の権化と言っていいだろう。


 だからこそ。


『――思い知れよ』


 星剣を振るう手に力がこもった。無論、実際には『情報』に干渉してそれらの〝膜〟を破っているだけであり、ことさら力を入れる必要などまったくないのだが。


『……ん?』


 そうしてテニスボールでも打ち返すかのごとく手軽に星々を破壊していたところ、ふと気付く。


 目についた光る星の中で小さい方から潰していたのだが、さすがにそろそろサイズが大きくなってきた。


 最初は衛星サイズ、次いで惑星サイズを無造作に撫で斬りにしていたが、いつの間にやら恒星サイズにまで達していたのだ。


『急にでかくなってきたな……』


 それだけ聖神側にとっては重要な部署なのだろう。とうに俺がいた世界の惑星サイズなど超越し、下手をすれば太陽か、それ以上の恒星が目の前にある。


 とはいえ、斬るのに何の支障もない。


 対象がでかいなら、その分だけ星剣の刀身を伸長させればいいだけだ。


 そして早いことに、最も巨大な恒星まで残り十数個といったところだった。


『なんかもう面倒くさくなってきたな。そろそろ一気に――』


 こうなったら刀身を盛大に伸ばして一息に切り捨ててやろう、と思った、その時だった。


『――何だ?』


 仮想で構築した五感に、強烈な違和感が生じた。


 異常? ――いや、違う。


 目の前の景色が【ぐるり】と回転し、【ぐにゃり】と歪む。平衡感覚が消失し、自分の立ち位置がわからなくなる。


『……あ?』


 言うまでもなく俺が見ているのは仮想のもの。目がおかしくなったとか、実際に風景がそのように変貌したとか、そういったことは起こり得ない。そして、仮初めとはいえここは宇宙空間。立ち位置など最初からなく、俺は宙を泳いでいたはず。つまり、平衡感覚がおかしくなることなどあり得ない――はずだ。


『――――』


 慌てず自己の状況観察に努める。ここは俺自身がこじつけで構築した仮想現実なのだから、元より曖昧なもの。なにせ自分に暗示をかけて幻覚を見ているのだから。ほんの些細なことで崩れるのなんて容易に想像できる。


 ――イメージが甘かったか? それとも〝あっち〟に置いてきた肉体に精神が引っ張られているとか、か? まさか〝あっち〟でのっぴきならない事態が発生したんじゃないだろうな?


 瞬時に様々な推測を立てるが、確認のしようがない。


 そういえば〝あっち〟への戻り方だが、


『確証はないけれど、なに、問題ないさ。アルサル、君は上位存在になるんだ。その気になったらこっちに【下りてくる】なんて簡単なはずさ』


 などとエムリスが宣っていたが、その少し後に、


『……いや? ボク達が本の中には入れないように、次元をくだるのも上がるのと同じぐらい難しい、のかな……?』


 と小首を傾げていたので、まったくこれっぽっちも信用できない。


 まぁ、その気になれば何とかなるだろう、というスタンスは俺も一緒だったので別に文句を言うつもりもないが。


『ん?』


 頭の片隅で記憶の反芻をしていると、やがて異常をきたしていた虚構の五感が落ち着いてきた。


 主に視界および平衡感覚が通常の状態へと戻り、今のは一体何だったんだ――などと思っていたところ、


『――は?』


 目に映るものの大胆な変化に、思わず声が出た。いや、思念が乱れた、と言った方が正確か。


 宇宙空間であることは変わりない。だが、これまで光る星――つまりぼんやりとした巨大な光球でしかなかった恒星が、まるで違うものへと変転していた。


『……ビル、か? ……だよな?』


 そう、俺の視界に入ってきたのは、超巨大なビル。つまりは建築物だ。


 恒星と思しきサイズの、しかし人工物でしかあり得ない造形の建物。


『……おいおい』


 何度も言うが、ここはイメージの世界。俺の心が見せている幻覚だ。つまり現実にはあり得ない光景も、ここでは当たり前に有り得る。実際、夢を見ているようなものなのだから。


 とはいえ、だ。


『さすがに荒唐無稽が過ぎるだろ……』


 自分の頭がちょっと心配になってくるが、まぁそこに関しては多少なりとも自覚がある。致し方ない。ちょっと考えればわかることだが、子供の頃から魔物や魔族と殺し合いをしてきた奴の精神が、まともであるはずがないのだ。


『――いや、待てよ? これは……精度が上がった、ってことか?』


 はたと気付く。これは異常ではない。【進化】なのではないか――と。


 ただの光の塊にしか見えていなかったものが、このように具体的な形状をとったのだ。きっと何か意味がある。この次元の『情報』を読み込んだ俺の無意識が、さらに選別の精密さを上げたと見るべきだ。


 何故なら、ほら――ビルの窓の向こうに、はっきりと人の姿が見える。


 聖神だ。間違いない。


 こちらも今の今まで、人型をした光の塊にしか見えていなかったものが、しっかりと視覚化されている。個体の識別が可能となったのだ。


 それでいて、おそらく重要な立場にいるであろう人物――否、【神物】には後光にも似たオーラが見える。そのオーラは建物を透かして輝き、例え姿が見えずとも、どこにいるのかが手に取るようにわかるのだ。


『なるほど、一層【馴染んできた】ってことか』


 俺は口元に笑みを浮かべた。


 この次元に来て時が経てば経つほど――と言っても時間の概念すら存在しない場所なので主観的なものなのだが――俺の感覚は慣れ親しみ、順応していくらしい。一息では処理しきれない膨大な『情報』をしかし、徐々に整理し制御下へ置いているのだろう。放っておけば放っておくだけ、俺は自動的にこの次元への【理解を深めていく】――つまりはそういうことらしい。


 面白い。


 これは嬉しい誤算だ。たなからぼた餅とはまさにこのこと。あといくらか待てば、きっと俺の目的に一番近い神物――神社の社長がどこにいるのかすらもわかるはずだ。


 が、それを座して待つつもりは一切ない。


『こうなってくると意思疎通も可能だろうな。なら――』


 暴力は最も原始的かつ効率的な手段だが、人間に与えられたのはそれだけではない。


 知性、言葉――話し合い。それもまた手段の一つ。あるいは使いようによっては暴力よりもなお効率的に物事を解決する手法ともなり得る。


 もちろん脅迫、恫喝――それらが【話し合い】の範疇に入るのであれば、の話だが。


 将を射んとする者はまず馬を射よ、と言う。


 最終的にどんな手を使ってでもイゾリテを蘇らせるつもりだが、さすがに暴力一辺倒で全てが解決できるとは俺も思っていない。だからこそ、ここに来る前にはネプトゥーヌスに時間を与え、解放したりもしたのだ。


 おそらく、いや、間違いなく最後は単純な暴力だけではどうにもならない場面が出てくる。真っ正面から脅しつけるだけでは、箱庭のロールバックの強要はできないはずだ。


 最悪の予想をすれば、あちらには究極の最終手段があるのだ。箱庭の削除、という極めつけに最悪な方法が。


 だから――〝搦め手〟から攻めればいい。


 こちらの要望を受け容れ、首を縦に振らざるを得ない状況へ、相手方を追い込む。


 そのためには――


『当たり前だが、どいつもこいつも大騒ぎだな。おかげで穴だらけだ』


 ここに来るまで俺が斬り捨ててきたのは、聖神らの神社の一部だ。つまり、あちらから見れば俺は無差別テロリスト。そんな恐ろしい奴が現在進行形で暴れ回っているのだ。パニックにも陥ろうというもの。


 しかも、最初はなからそういった概念がないのか、警備は手薄どころか【がら空き】だ。


 おかげでコソコソ隠れる必要もなく、堂々と胸を張ってビルの中へ侵入できる。


 混乱の坩堝に叩き落とされて迷走する聖神ら――俺と同じように宙を飛んで移動している――を横目に、俺は手近なビルの中へ入ると、まず一際大きなオーラを発している奴を目指した。


 暴力と話し合い、手段は違えど方針は基本的に同じだ。


 外堀から埋めていく。逃げ場を奪う。そして追い詰める。


 後はこちらの掌の上で踊らせるだけ。


『さて、やるか』


 我知らず、俺は舌なめずりをした。


 刀身を短くした星剣を片手に、巨大建築物の中を迷わず進んでいく。


 こうして思考しているのにおかしな話だが、時間の概念がないのは実にありがたい。


 ゆっくり、着実に、進撃できる。


 俺は不思議と、かつて魔王を追い詰めた際の感覚を、どこか遠くに思い出していた。






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