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●34 操り人形の葛藤 2






「――かがやさけべ、〝ウォルフ・ライエ〟」


 そう口を動かし、〝銀穹の勇者〟として最大級の星の権能を呼び起こそうとした、その時だった。


 ぞわり、と背中に薄ら寒いものが走った。


 急に夢から覚めたようだった。


 冷水を浴びせられたかのごとく危機感を覚え、くちびるどころか全身が凍り付く。


 刹那、こつん、と背中に小石が当たるような感触。


 ――後ろをとられた。


 驚きも困惑もなく、ただ事実だけを受け止めた。戦闘中に感情を動かすのはご法度だ。そんなものは後でやればいいこと。なによりもまず現状を認識する。


 肩で風を切り裂くようにして振り返る。ほぼ条件反射でそうした。考えるよりも先に体が動いていた。


 イゾリテがいた。


 一瞬の認識過ぎて感情が動かない。前後関係に頓着せず、目の前にある事象だけを丸ごと飲み込む。


 自分を慕ってくれている少女は、両眼を見開き、驚きの表情を浮かべていた。片手がこちらへ差し出され、何かを放り投げたような体勢を取っている。愕然とした表情から見て取れるのは――おそらく〝後悔〟の感情。


 そして、自分とイゾリテの間に、見たこともないペンダントが宙に浮いていた。


 おそらくこれが先程、背中に当たったものの正体だ。


 初めて見るペンダントだった。しかし、トップパーツの形状にどことなく見覚えがある。そう、ジオコーザやヴァルトル、モルガナ王妃がつけていたピアスと同系統の意匠だ。


 そう理解した瞬間、何もかもを悟った。


 状況証拠だけでわかる。このペンダントは間違いなく聖神ヘパイストスが用意したもので、イゾリテは当人の意思に関係なくこれを持たされ、こうして投げさせられたのだ――と。


 なら、その用途は言うまでもない。


 以前、ジオコーザの耳から切り離したピアスは、直後に超高重力場を発生させた。セントミリドガルの王城を丸ごと飲み込むほど大規模なものを。


 しかもそれは現象の発生というより、実際にはほぼ召喚に近いもので、前兆と呼べるような隙はほとんどなかった。


 反応が一瞬でも遅れたら、それまで。


 顔を合わせたことこそないが、これまでの所業にかんがみて、実に聖神ヘパイストスらしい手法だ。


 業腹なことに、結果として、俺はペンダントが背中に当たるまでイゾリテの接近に気付くことができなかった。


 そして現在、今更のように振り返り、この貴重な一瞬を状況把握に使ってしまっている。


 故に、間に合わなかった。


 それでも――無理だとわかっていてもなお、俺はペンダントをどうにか遠く離れた場所へと飛ばせないかと抗った。


 あるいは、この手に掴んで少しでも出現するブラックホールを抑え込めないものかと。


 だが遅かった。


 俺の手が届く寸前、ペンダントのトップパーツを中心として【漆黒の闇】が出現し、光よりも早く膨れ上がった。


 目の前が真っ暗になった。


 実際に光が断たれ視覚を失ったのもあるが、それ以上に、イゾリテが超高重力場に巻き込まれてしまったという事実に。


 俺は掛け値なしの絶望を覚えた。


「――――」


 光すら逃がさず圧縮する超重力が俺の肉体をさいなむ。


 だが、まるで気にならない。


 ちょうど俺の中の〝傲慢〟と〝強欲〟が勢いよく活性化して、肉体の強度を上げているのがわかる。だから何の問題もない。壊れたところがあってもすぐに再生する。


 だからそんなことよりも、この心を埋め尽くす、どす黒い激情の方がよほど優先だった。


 聖神製の兵器であろう高重力爆弾は、いつかと同じようにエネルギーを使い果たし、消滅した。


 気付けば俺は巨大なクレーターの真ん中に立っていた。巨大なブラックホールが、地面ごと球状に空間をえぐり抜いていったのだ。


 わかってはいたが、イゾリテの姿は、どこにも見当たらない。


「…………」


 見つかるはずもないのに、つい周囲を見回してしまう。いくらエムリスの眷属になっていたとはいえ、どう考えても人間の肉体で耐えきれる威力ではなかったはずだ。


 間違いなく、イゾリテは砂粒よりも小さく圧縮され、消滅していた。


 死んだのだ。


 遺体を残すことすらなく。


「――――」


 この気持ちを、なんと呼べばいいのだろうか。


 わからない。


 自分が何を感じて、何を思っているのか、そんなことすら理解できないぐらい全身が熱くなっていた。なのに芯の部分は空っぽだ。


 無数の感情が灼熱して、溶鉱炉のようにドロドロに溶け合っている。


 だからきっと、この感情に名前などない。


 怒り、悲しみ、憎悪――それらに類する全てが溶解して、一つになった激情。


 衝動。


 わかっていることは、ただ一つ。


 俺のやるべきこと。


 そう、それだけは決まり切っている。そうだとも。そうする以外にこの激情を解消する方法なんてない。


 殺す。


 まだ会ったこともないクソ野郎を、何が何でも殺す。殺し尽くす。


 それ以外になかった。


「…………」


 思い出したように、俺は息を吐いた。今の今まで、真実、呼吸を忘れていた。これは自制心のための呼吸ではない。その逆だ。


 体の中で燃え盛る炎をさらに焚きつけるための、酸素を供給するための呼吸だった。


 通信によるエムリスの声。


『あっははは! おやおや、イゾリテ君。急に出てきたかと思えば、どうやら死んでしまったようだね。ボクの眷属だったからわかるよ。骨身に沁みるようさ。いやはや残念だったね、アルサル。僕も残念だよ。でも、そうやって落ち込んでいる君を見るのはとても愉快だね。あっはははっ! あー楽しいつらい楽しいつらい、ボクは心の底から嬉しいかなしいよ』


 この程度で惑わされる俺ではない。


 今のエムリスはもうエムリスではないのだ。


 見ただけでわかる。普段は適当な長さに抑えられていた青みがかった黒髪が、どこまでも長く伸長し、怪鳥の翼のごとく広がっている。もちろん輝紋は全開で励起しており、全身から〝蒼闇の魔道士〟の名にふさわしい群青色の光を放っている。普段は青白く光っているように見える瞳ですら、ダークブルーの煌めきを炎のごとく揺らめかせ、妖しく細められている。


 いかにも尋常ではない姿。


 そう、あの矮躯を動かしているのは、体内の〝怠惰〟と〝残虐〟に支配された別人格。


 ベースがエムリスの人格と記憶であるため、それとなく似ているように見えるが、実際に言葉を発しているのは八悪の因子から成長した悪魔――怠惰の化身【ベルフェゴール】、あるいは残虐の化身【アスタロト】、もしくは双方が融合した存在のどれかだ。


 だから今の言葉は、エムリスの本心ではない。本心であるはずがない。


 無論、偽物の言葉であっても許すつもりは毛頭ないが。


『なぁ、それより今の女は誰なん? アルサルはんの新しい女なん? まぁたどこぞの馬の骨でも拾ったん? あぁ……ほんま腹立ちよるなぁ……! アンタええかげんにしときぃやぁ……! 殺すで?』


 露骨に豹変するニニーヴの言動。わかりやすすぎて、いっそ笑えてくるほどだ。もっとも今の俺はまったく笑える気分ではない。ただ、頭の片隅に少しだけ残っている冷静さが、そんな可能性を示唆しただけ。


 そんなニニーヴの外見もまた変貌していた。


 身につけていた祭服が、質感からして別物へと変じている。布だったはずのものが金属の光沢を持ち、なおかつ変形しているのだ。


 帽子だった部位は、光を放つ輪っかとなって宙に浮き上がり。背中からは金属の翼が、三対六枚も生えて。胴体と四肢を覆う服は鎧というか、パワードスーツというか、得も言えぬごつい装甲パーツと化していた。


 その上でニニーブも輝紋を最大限に励起。〝白聖の姫巫女〟の名前から想像できる通り、純白の光が皮膚上を駆け抜け、不思議な紋様を描いている。


 機械天使――そのような名称が脳裏をよぎる出で立ちだった。


 それでいて現在、その肉体を支配しているのはニニーヴではなく、嫉妬の化身【レヴィアタン】、もしくは憤怒の化身【サタン】、あるいはその両方の悪魔である。


 そう、本来のエムリスなら、イゾリテの死を笑ったりなどしないし、人の不幸を喜んだりもしない。


 本来のニニーヴなら、イゾリテを馬の骨などと嘲弄することもなければ、怒りに任せて殺意を口にすることもない。


 歪まされているのだ、暴走した八悪の因子によって。


 だが――


『悪いな、お前ら。めいっぱい丁寧に相手してやりたいところだったんだが、事情が変わった』


 俺は意味がないことを承知で二人に話しかけた。そうでもしなければ頭がおかしくなってしまいそうだった。体の内側で何匹もの龍が暴れ回っているかのようだ。気を逸らしでもしなければ、今すぐにでも爆発してしまいそうだった。


『エムリス、ニニーヴ。今の俺はお前らに優しくしてやれる自信がこれっぽっちもない。本当に悪いが、秒で済ますぞ。痛くても苦しくても文句言うなよ。後でちゃんと謝ってやるから』


 出来るだけ感情の激発を抑えようとしているので、自然と口調から抑揚がなくなり、声の調子が平坦になってしまう。まるで先程のエムリスのようだな、と頭の片隅で思う。


 返事は聞かない。どうせ各々の人格をトレースして、宿している因子が味付けした言葉を吐くだけだ。会話は空虚。これ以上はもう価値がない。


「おいテメェら、【仕事の時間】だ。本気でやってもらうぞ」


 俺は自分自身に向けてそう告げた。正確には、俺の中にある〝傲慢〟と〝強欲〟に対して。


 普段なら絶対に活性化して欲しくない奴らだが、もはやそんなことは言っていられない。


 何が何でもだ。


 何が何でも、イゾリテを巻き込んだクソ野郎をぶっ殺すためなら、俺は何でも利用してやる。それが例え、俺の魂をすり減らすことになろうとも。


 ただでさえ激憤で溢れんばかりの精神エネルギーが、俺の中の〝傲慢〟と〝強欲〟へと注ぎ込まれた。二つの因子はそれを貪欲に呑み込み、一気に活気づく。体内が燃えるように熱くなり、全身を巡る血潮を沸騰させていく。


 シュラトと戦った時のように自然と活性化していくわけではなく、自ら能動的に発破をかけたのだ。その勢いは比ではない。


 腹の底に新たな心臓が二つもできた気分だった。ドクン、ドクン、と〝傲慢〟と〝強欲〟が強く脈動する。同時に全身に力が漲り、今にもはち切れそうになる。


 続いて俺は左手を天に突き上げ、星の権能を呼び起こした。


 俺が有する中でも最強の星〝ウォルフ・ライエ〟――【ではなく】。


「――流星となれ、【全天の星々】!」


 【全部】だ。


 俺が扱える全ての輝星を、ここに呼び起こす。


 転瞬、天空が凄まじい光を放った。


 太陽が爆発したかのごとき烈光がほとばしる。


 地上の影という影を、輝きが塗りつぶす。


 次の瞬間、文字通り【星の数ほどある流星】が俺めがけて落ちてきた。


 流れる輝光の奔流。


 細い水流が一つに束ねられ、激流となるように。


 無限とも思える数の流星が一斉に降り注ぎ、俺一人へと結集する。


 それこそ光の速さで。


「――――」


 前にも言った通り、星の権能を全て同時に呼び起こし、この身に宿すことは可能ではある。


 だが、そのエネルギーはあまりにも膨大だ。


 正直に言うが、これをやるのは俺の人生でまだ二回目だ。


 一回目はもちろん、魔王エイザソースを倒した時である。


 つまり、今の俺は魔王討伐の時と同じ――いや、それ以上に本気だった。


 俺は言った。【秒で済ます】と。その言葉に嘘はない。


 これが証拠だ。


 かき集め、束ね、練りに練った星々の力を〝星剣レイディアント・シルバー〟へと流し込む。


 銀光が凝り固まった一メルトルほどの棒にしか見えない、星剣の柄。その先端から噴き出すのは星々の光――ではなく。


 闇だ。


 種々様々な星の光が混ざりすぎて、いっそ漆黒へと変わってしまった煌めき――〝闇色の光〟としか言いようのないものが、濁流のごとく噴出した。


 だが、ただの闇ではない。天に輝く星々の閃きを内包した闇だ。


 即ち――【夜空】。


 そう、俺の持てる全ての力を注ぎ込んだ〝星剣レイディアント・シルバー〟は夜空――【宇宙そのもの】を刀身として出力する。


 宇宙空間に浮かぶ星々の質量を総動員して、一振りの刃とするのだ。


 その威力は推して知るべし。


 もちろん『絶対切断の概念』も健在だ。


 どんなものであろうと切り裂くし、概念防御で抗うものすら超質量で叩き潰す。


 故に、斬れぬものなど存在しない。


 そう――これこそ【世界を断つ剣】。


 間欠泉のごとく噴き上がり、そのまま空の彼方まで伸び上がっていく闇の刃を見上げ、俺はうそぶく。


『エムリス、ニニーヴ。お前ら全力で抵抗しろよ? さもねぇと――』


 全身の輝紋を励起させ、俺は銀光に包まれる。その姿ははたから見れば、さながら輝星ホシそのものだったろう。


〝銀穹の勇者〟の勇者は星空の勇者。自ら夜空を生み、自ら星となって輝く。


 まさに光の勇者。


『――流石に一回は死ぬぞ?』


 不老不死の奴らを相手を、それでも殺すと。あるいは、死んでおいた方がまだしもマシだったと思うような苦痛を味わうぞ、と。


 俺は酷薄に告げ、次の瞬間。




「 〈スーパーノヴァ〉 」




 容赦なく本気の一撃を振るった。






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