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●29 どうしてこうなるのか 3






「ぶっっっっ――――――――!?」


 コーヒーを口に含んでいたら盛大に吹いていたところだが、そうでなくても思いっきり吹いてしまった。


「な、な……!?」


『お、お前っ、なん、なんっ……!?』


 あまりの狼狽ろうばいに、肉声と思念の両方で無意味な音を垂れ流してしまう。


『おやおや? どうしたんだい? まるでイゾリテ君とイチャイチャしているところに声をかけられたみたいに慌てているじゃあないか。大丈夫かい?』


 あまりにピンポイントでクリティカルな言い方に、


「『ちょっ、おま――見てんな!?』」


 堪らず肉声と思念の両方で怒鳴ってしまった。


 いくらなんでも例えがあからさますぎる。露骨ろこつにどこからか現在進行形で出歯亀でばがめしているに違いないセリフに、俺は盛大に抗議した。


「『変態か! プライバシーの侵害だぞ!』」


「ア、アルサル様……?」


 俺に抱きついていたイゾリテが、驚いた様子で顔を上げる。突然、意味不明なことを叫びだした俺に困惑しているようだ。無理もない。エムリスの通信は俺だけを対象にしていて、イゾリテには聞こえていないのだから。


 だが、イゾリテはさとい子だ。すぐに事態を理解したらしく、さっと顔色を変える。


「エムリス様――師匠マスターからのご連絡ですね?」


 流石の察しの良さだ。俺が、うんうん、と頷くと何事もなかったように、すっ、と身を離すイゾリテ。ついさっき俺が叫んだ言葉から、エムリスにのぞされていることにも気付いたのだろう。


 ちなみに、さっきから周囲を見回しながらエムリスがこちらを観察している気配を探っているのだが、まったく見つけられない。


 馬鹿な。ふざけるな。魔術なり理術の気配なら絶対に察知できるはずなのに。一体どういうことだ。


『おっと、変態呼ばわりとは心外じゃあないか。ボクは単に【見たままを言ってみただけ】だというのに。そもそも、そこは屋内ではなく屋外じゃあないか。そんなところでイチャイチャしているというのは、見られても構わないってことじゃあないのかい?』


 くそ、やっぱり見ているじゃねぇかコイツ。だが一体どうやって? さっきから捜索範囲をどんどん広げているっていうのに、まったく引っかかりやしない。


 いくらエムリスが最高峰の魔術師――否、魔道士とはいえ、魔力や気配の隠蔽にひいでているわけではない。むしろ膨大な魔力を有するが故に、その手のことは苦手だったはずだ。


 なのに、この俺に尻尾を掴ませないとは一体全体どういうことなのか。


『お前……【また】何か余計なことを仕出しでかしたりしてないだろうな?』


『また? 余計なこと? これはこれは。随分な言い草じゃあないか、アルサル。ボクが一体いつ、余計なことを仕出かしたと言うんだい?』


『おい魔王エムリス』


『ああ、【それ】か。うん、なるほど。それは確かに。こいつは痛いところを突かれたね。あははは』


『忘れてんじゃねぇよ、ってか納得してんじゃねぇよ、つか笑ってんじゃねぇよ。あとお前、イゾリテともちゃんとチャンネルつなげ。こいつもお前のこと心配してたんだぞ』


『おっと、そういえば。イゾリテ君には悪いことをしてしまったね』


 今ちょうど思い出したかのように言った直後、通信のチャンネルが拡張される。


『やぁ、聞こえるかい、イゾリテ君。すまないね、突然連絡を絶ってしまって。いや、決して面倒だったからじゃあないんだ。本当さ。どうかボクを信じて欲しい』


『エムリス、お前な……』


 語るに落ちるとはまさにこのことだ。言わなくていいことをわざわざ言って、墓穴を掘ってやがる。


師匠マスター、お久しぶりです。ご壮健そうけんで何よりです』


 絶対に気付いているだろうに、イゾリテはおくびにも出さず対応した。立ち上がり、その場でピシッと直立し、会釈する。


『どうかご安心ください。詳しいお話はアルサル様からお聞きしております。もし何かこのイゾリテにお手伝いできることがあれば、いつでもお申し付けください』


『うんうん、君は本当にいい子だね、イゾリテ君。素晴らしい眷属と弟子を持てて、ボクは幸せ者だよ』


『どう考えてもお前にはもったいないけどな』


 イゾリテがあまりにも健気けなげなことを言う一方、それを受け取るエムリスの態度が尊大に過ぎるので、反射的にとげのある物言いをしてしまった。


『おや? だったらイゾリテ君を君の眷属として迎えるかい? 譲るつもりは毛頭もうとうないのだけれど』


『問いかけと前提条件が矛盾してるだろうが』


 声というか思念だけの通信なのだが、気配からしてエムリスがニヤついているのがわかる。俺は眉間にしわを寄せて無駄なツッコミを入れてから、


『――つか、一体何の用だ。まだ定期連絡のタイミングじゃないだろ』


 話をぶった切って本題に入った。


 本来あるはずない通信に、すわ緊急事態かとも思ったが――


『ああ、別にトラブルが起こったというわけではないから、そこは安心してくれたまえ。いまもって魔王軍の進撃は順調さ。何も問題はない』


 何と言うか――かつて魔王を倒した英雄の口から、よもや魔王軍の進捗を聞く日がこようとは、一体だれが予想できようか。改めて、現況の異常さを実感してしまう俺である。


『じゃあ一体何の用なんだ』


『そう怒らないでくれたまえよ。イゾリテ君との逢瀬を邪魔されたのがそんなに腹立たしいのかい?』


『んなはずねぇってことはお前が一番よくわかってんだろうが。どうせ一部始終見てたんだろ。余計な挑発すんな。もうこれ以上はのってやんねぇからな』


 面白がってイジるのもいい加減にしろ、と語気を強めて告げるとエムリスは、うふふ、と楽し気に笑った。


『おやおや、すまないね。君の反応が楽しいものだからついからかい過ぎてしまったよ。では本題に入ろうか。実を言うとね、アルファドラグーンの領地を進軍中に珍しいものが手に入ってね。一応は情報共有しておこうと思ったのさ』


『珍しいもの、ですか』


 イゾリテが、それはどんなものなのか、という意味で聞き返す。というか、エムリスが聞き返して欲しがっているのを察して、そうしたと見るべきだろう。まったく気の利く少女である。


『何だかわかるかい?』


 何のヒントも出さずにクイズを出すな、と言いたいところだが、真に受けたイゾリテが指で唇を押さえて考え込むのを見て、口に出すのをやめた。


『……師匠マスターが珍しいとおっしゃるものが普通のものであるはずがありません。珍しいは珍しいでも、世界的に最上級レベルの珍品だと推察されます。また、かなりの危険物である可能性が高いはずです』


 丁寧に言ってはいるが、要は『エムリスは頭がおかしい』と言っているのと同義である。おそらくイゾリテ自身もエムリスも気付いていないだろうが。


『ほう? どうして危険物だと思うんだい?』


師匠マスターは安全無難なものには興味を示しません。刺激的なものほど気を惹かれる傾向があります。あくまで私の見立てでは、ですが』


 ほぼ断定口調のイゾリテ。ついでのように個人の感想です、と付け足しているが、実際にはかなりの確信を持って発言しているはずだ。


『――――』


 エムリスの思念が沈黙した。図星を指されて、ぐうの音も出ないってところか。


『すごいな、イゾリテ。大正解だぞ』


 なので、俺が代わりに褒めてやる。見事な観察眼だな、と。


 イゾリテは、ありがとうございます、と俺に会釈えしゃくし、


『――となれば真っ先に思い浮かぶのは竜玉りゅうぎょくですが、こちらは既に大量に入手済みです』


 思い起こされるのは過日の『果ての山脈』での戦い。エムリスはあの場で多くの貴族アリストクラットクラスの竜をほふり、かなりの数の竜玉を手中に収めている。


『そして、大して手掛かりを出さずに問いかけてこられたということは、それは私達にとって【既知】のものであるということ』


 キラーン、とイゾリテの緑の瞳から鋭い眼光がひらめく。探偵よろしくの推理に、俺は内心で舌を巻いた。


 俺と比べてまだエムリスとは短い付き合いのはずだが、もうそこまであいつの性格を看破かんぱしているとは。


『古い付き合いであるアルサル様はともかく、師匠と私とのこれまでの中で見かけた竜玉以外の珍品と言えば――』


 謎は全て解けた、と言わんばかりに右手の人差し指をピンと立てるイゾリテ。


『――即ち、〝聖具〟ではないでしょうか?』


『……君のような勘のいい弟子は大好きだよ、イゾリテ君』


 エムリスが微苦笑する気配とともに、イゾリテを妙な表現で褒めそやした。


『まいったね、まさか的中あてられるとは思わなかったよ。それなりに難題を出したつもりだったのだけれど』


『お前、正直に〝正解させるつもりなんてなかった〟と言ったらどうだ?』


『そうだね。〝アルサルに〟正解させるつもりはなかったよ。これっぽっちもね』


『本当に言うやつがあるかこの野郎やろう


『あははは。ボクは女だよ、アルサル。よって〝野郎〟は不適切だね』


『うるせぇこの女郎めろう


 お互いの姿が見えないというのに俺とエムリスがバチバチと火花を散らしていると、


『アルサル様と師匠マスターの打てば響く関係……とても素晴らしいですね。あこがれます』


 言葉通りイゾリテが憧憬どうけいの眼差しを向けてくるので、微妙に調子が狂ってしまう。


『……本題に戻すぞ。それで、珍しい聖具ってのは何だ? 今となっちゃもう聖具も大して珍しいものじゃねぇだろ』


 というかちょうど、その聖具の中でとびきりのやつが俺とイゾリテの視界の端に横たわっているところだ。『聖霊ミドガルズオルム』という名の巨大な残骸ざんがいが。


 ふふん、とエムリスがほくそ笑む気配。


『今現在、ボク率いる魔王軍が進攻しているのはアルファドラグーンの土地だ。さて、そこで見つかる珍しい聖具といえば?』


『――わかりました。【聖竜アルファード】ですね?』


『またまた大正解だよ、イゾリテ君。君は本当に優秀な子だ。実に素晴らしい』


 思念による通信だというのに何故か、パチパチパチ、という拍手の音が届いた。何をどうやっているのかは知らないが、手のんだことをしやがる。


『まぁ大方の予想通り、聖竜アルファードはドラゴンフォールズの滝にあった一機いっきだけじゃあなく、アルファドラグーンのあちこちに眠っていてね。その大半が今回の戦争をきっかけに目覚めさせられたわけだけれど、まだ未着手のものがそこそこ残っていたようでね』


 魔王軍を西へ進めるかたわら、めぼしいものを発掘してみたのさ――とエムリスは自信満々でのたまった。


『……お前、やっぱり【余計なこと】してるじゃねぇか……』


 俺は顔をしかめてうなる。なんでこいつは無駄に危ない行動ばかり起こすのか。休眠している聖具なんぞ放置しておけばよいものを。


『いらねぇだろ、そんなもの別に。元あった場所に返してこい』


『捨て犬か猫を拾ったみたいに言わないでもらえるかな、アルサル。というか、君はボクの父親じゃああるまいに』


『確かに父親面するつもりはないがな、面倒なものを拾ったって意味じゃ似たようなもんだろ。いいから余計なことすんなって。マジで』


『お断りだね。せっかく面白いものを手に入れたのだから、遊ばないともったいないじゃあないか』


『ほら遊びって言ったぞ今。実験って建前すらかなぐり捨てやがったな。本当やめろよ……』


 頭が痛い。俺は両手で顔を覆って天を仰ぎたくなる。


 エムリスの奴め、完全に開き直ってやがる。誰も近くにおらず、一人だからって自由気ままに振る舞いやがって。まったく。


『――ああ、そういえば。一つ言い忘れていたことがあったよ、アルサル』


『……今度は何だよ』


『ありがとう』


『は?』


 唐突なお礼に、俺は頭が真っ白になる。エムリスに礼を言われる心当たりなど、まったくない。


 と思っていたが。


『ミドガルズオルム、だったかな? アレはとてもいいものだ。実に興味深い。可能な限り原形げんけいが残るように壊してくれたのだろう? もちろん、ありがたく回収させていただくとも』


 声の弾み具合からして、エムリスがホクホクの笑顔を浮かべているのがわかる。


 しかし、そうか。そういえばそうだった。こいつにやるために極力、ミドガルズオルムの原形が残るようにしてぶっ潰してやったんだった。


 というか、そういうことなら、この馬鹿でかい残骸の問題も解決したようなものではなかろうか?


 なにせエムリスのアイテムボックスは聖竜アルファードを収納できたほどだ。


 おそらく、否、間違いなくミドガルズオルムだって難なく飲み込んでしまうはず。


 あいつのストレージの魔術でミドガルズオルムの残骸を回収してもらえれば、この邪魔な金属塊も消えて地上もスッキリするというもの。


 こいつは一石二鳥である。エムリスは幸せになり、俺達も助かる。まさにウィン・ウィンというやつだ。


『喜んでもらえたんなら何よりだ。よかったら、できるだけ早めに回収してやってくれ』


 とはいえ、あくまで『してやった感』を出すことは忘れない。エムリスは変に律儀なところがあるからな。恩を売っておいて損はあるまい。


『そうだね、一つ一つ回収していくのは骨が折れるから、一挙にアイテムボックスへ送れるよう術式を構築してみよう。とりあえずは目の前のことを終わらせてから、だけれどね』


 ミドガルズオルムはなにせセントミリドガルという国を丸ごと取り囲む城壁型の兵器だ。俺の攻撃によって無数に分断され、バラバラになっているのもあってか、エムリスをして回収は容易ではないらしい。


『――それで? まさか珍しいオモチャを拾ったからって、それだけで連絡してきたのか?』


 閑話休題。俺は急な通信の目的もくてきあらためて問いただす。無論、まさかそれだけじゃなかろうな、という言外の威圧も込めて。


『まさか。相変わらず君はボクをなんだと思っているんだい? 犬猫が飼い主に獲物を見せびらかすようなこと、このボクがするわけないじゃあないか』


『……その割には竜玉を渡した時は朗々ろうろうと説明だの解説だの繰り広げていた気がするんだが』


 自信満々でまったく根拠のないことをのたまうエムリスに、俺はジトリとした口調で指摘を入れる。すると、


『――さて、ボクがどうやってアルサルとイゾリテ君の様子を観察しているのかという話だけれど』


 あ、こいつ露骨に話題をらしやがったぞ。見ろよ、あまりにもあからさますぎて流石のイゾリテすら軽く困惑の表情を浮かべてるじゃねぇか。師匠の威厳が台無しになってんぞ、おい。


 とはいえ、魔術でも理術でもない手段で監視されていることについては純粋に興味がある。なので俺は敢えてツッコミを入れて話をかき回す愚を犯さず、沈黙を保った。


『何を隠そう、この聖竜アルファードに搭載された機能の一つなのさ。アルサルなら理解わかると思うのだけれど、いわゆる衛星カメラとの無線接続が可能でね。いくつもある内の一つの照準を、地上の君達に合わせているというわけさ』


『えいせい……かめら……?』


『――――』


 エムリスの自白に出てきた耳慣れない単語を、イゾリテが復唱して舌に乗せる。俺は二の句が継げず、唇を引き結んだ。


 いやいや。衛星カメラ? 正確に言えば『軌道きどう衛星えいせい』ってやつか? そんなものが俺達の頭上にあったという事実にまず驚きなのだが。しかも無線接続できるということは、明らかに聖力によるもの――つまり聖神製であること間違いない。


 つまり、遙か古代の世界において、その衛星カメラは聖竜アルファードの開発に前後して宇宙へ発射された――ということになる。


『おいおい……』


 思わず思念が漏れた。ここは剣と魔法のファンタジー世界ではなかったのか? まさか本当に宇宙空間が存在するとは。


 いやまぁ、確かに考えてみれば、当たり前の話ではあるのだが。ここは俺が前にいた■■という星ではないが、それでも空がある。突き抜けるような蒼穹がある。そして、夜には星々の輝く空――即ち【銀穹】が現れる。


 だから空の彼方かなたに宇宙空間が広がっているのは、当然と言えば当然なのだ。


 実際、俺はこの世界の星空にある煌めきから権能を引き出しているのだし。


 先日のシュラトとの戦いにおいても、俺の星剣は宇宙にまで届いたのだし。


『――というか、今でも生きてるんだな、そのカメラ付き軌道衛星……』


 むしろ、〈スーパーノヴァ〉をぶっ放した時にあやまって一つか二つぐらい巻き添えにしてやいないだろうか? とそんなことが気になった。


『ああ、その点についてはボクも驚いたよ』


 ざっと軽く見積もっても聖竜アルファードが生まれたのは数千年前、下手すりゃ一万年前だ。同時期に打ち上げられた軌道衛星が今なお稼働しているとは、にわかには信じがたい。俺がいた世界の基準では考えられないほどの長持ちである。


 考えてみれば、聖竜アルファードも長きにわたってアルファドラグーンの大地に眠っていたというのに、何の支障もなく再起動していた。常識外れの技術と言う他ない。恐るべし聖神の文明レベル、と言ったところか。


『……って待て待て。何か普通にスルーしかけたが、待て』


『おや、どうしたんだい?』


『お前なに普通にアルファードの機能をフル活用してんだよ。一体いつの間にそんなに聖具に詳しくなったんだ?』


『ああ、なに。魔王というのも存外ぞんがいひまなものでね』


 あまりにも手持ち無沙汰だったものだから、手に入れた聖具をいじり回している内に詳しくなってしまったのさ――とエムリスはつまらなげに言った。


 いやおい。いくら暇でも聖竜アルファードはあのサイズだぞ。一朝一夕いっちょういっせきで全体くまなく調べるなんて不可能だろうが。


 という俺の思考を読み取ったのか、


『まぁ実を言うとだね、ストレージの魔術で作った亜空間において、ボクは自分の分身をいくらでも作れるのさ。しつよりりょうと言うだろう? 時にそれは真理となり得る。そも、このボクが分身できるという時点で質は保証されているわけだからね。その数が多くなると言うことは、可能性は無限大ということだよ』


 つまりエムリスは、アイテムボックスの中に大量の分身を発生させ、その全員が一丸となって収納されている聖竜アルファードを調べて性能を把握した――ということらしい。


 なるほど、そういうことなら短期間であの巨大な機械について詳しくなれるのも納得だ。


 得心ではあるのだが――


『どんな頭の構造してるんだよ、お前は……』


 そもそも『自分の分身』を無数に作った上、それらが得た情報を頭の中で統合するという行為自体が、想像の埒外らちがいだ。まったく意味がわからない。


『褒め言葉として受け取っておくよ、アルサル』


 どこか誇らしげにエムリスは曲解きょっかいした。こいつのドヤ顔がまぶたの裏に浮かんでくる。


『そんなわけで君達の行動は丸見えというわけさ。あ、イゾリテ君、今右手を挙げたね? わかるとも、試してみたのだろう? 些細な仕草もしっかり見えているから安心したまえ』


 まだ半信半疑だったろうイゾリテがコッソリ片手を頭上に上げてみると、目敏めざとくエムリスが食い付いた。これまたドヤ顔をしているようだが、これは逆にイゾリテに釣り上げられた形に近いと思われる。


 ほぅ、とイゾリテは小さく嘆息し、


『流石は師匠です。私の意図まで見破っておられるとは。本当によく見えておられるのですね』


『ああ、ちなみにそこから移動しても自動追尾モードで追いかけることも可能だから、どこか屋根の下にでも行かない限りはボクから見られていると思った方がいいね。まぁ、覗き見なんて真似は今回限りにするつもりだけれど』


 いちいちカメラを確認するのも面倒臭いしね――というエムリスの心の声が聞こえたような気もしたが、俺は敢えて口には出さなかった。


 んんっ、とエムリスは咳払いを一つ。


『というわけで、そろそろ本題に入ろう』


『まだ本題じゃなかったのかよ』


『ボクのような人種は基本的に前置きが長いのさ。知っているだろう?』


 まぁな、と相槌を打ちそうになったが、そうすると調子に乗りそうだったので沈黙を返してやる。


『さて、せっかく手に入れた聖竜アルファード達だ。これは一つ遊んで――いやいや、試してみないともったいない。そう思うだろう? いや、思うはずだ。誰だって間違いなく』


『今更取り繕ったところで無意味だぞ。つうか強引だな、話の持っていき方が』


『あるものは使う。これは基本さ。それに、何かしら研究の足しになるかもしれない。どうせ拾い物なのだし、せっかくなら盛大に使ってしまうのも悪くないだろう?』


『だから余計なことをするなと――』


『というわけで、コレを使って一足先にヴァナルライガーへ攻め込んでみようと思う。空を飛行できる魔物達も引き連れてね』


『――なんべん言ったらわか……は?』


 信じ難い言葉を耳孔じこうに突っ込まれて、俺は一瞬フリーズしてしまった。


 ――おい、今なんつったコイツ?


『ちょっと待て。……ヴァナルライガーへ、攻め込む……? なぁ、イゾリテ、俺なにか聞き間違えてないか?』


『いえ、私にもそう仰っているように聞こえました……』


 イゾリテと目を合わせると、やはり困惑の表情を浮かべている。自分ではわからないが、俺も似たような顔をしているはずだ。


 というか、思念で通信しているのだ。空耳なんてことはあり得ない。


『そんなに驚くことかい? 別段、本来の目的からそう逸脱いつだつした行動じゃあないだろう?』


『いや……驚くというか、何て言うかだな……』


 確かに筋は通っている。エムリスが魔王軍を率いて西へ進軍しているのは、ヴァナルライガーを拠点とする聖神教会をおどすためだ。


 より正確に言うなら、聖神教会に重い腰を起こさせ、魔界から流れ込んでくる魔力を中和させるためだ。


 そのため、魔王エムリスがヴァナルライガーへ攻め込むのは元々のプラン通り。特におかしな挙動ではない。


 ないが――


『かつて世界を救った魔道士が、魔王になって、さらに古代の聖具を持ち出して、人間の国へ攻め込む……』


『おやおや。そうして事象だけを箇条書きにされてみると、なんとも皮肉な状況だね。あははは』


『最ッ悪ッじゃねぇか! 笑い事じゃねぇだろ!?』


 というか、自分で言ってみてそのあまりのひどさに一瞬いっしゅん目眩めまいがしたわ。


 なんだこれは。俺の言えた義理ではないが、悪夢か何かか。


 ただでさえ過去の英雄が魔王を名乗った時点で相当な状況だというのに、この上さらに聖竜アルファードが戦力に加わり、かてて加えて空からの襲撃予告である。


 もちろん俺も軍を率いて国境を越え、ヴァナルライガーへと侵攻する予定ではある。


 俺とエムリスがおこなうことにはそれぞれ、本質的な違いなどない。


 ないのだが――それが【ほぼ同時に行われる】というのは、いくらなんでも無秩序が過ぎる。


 まさに混沌こんとんの極みだ。


 まず間違いなく、誰にも制御できない混乱が広がるに違いない。


『おっ前なぁ……! 本当に余計なことするなよな! そんなことしたら人界に無駄な混乱が広がるだけだろうが!』


 割と本気で思念で怒鳴る。今回の件、目的は色々とあるが、人界の平和は中でも優先順位の高いタスクだ。


『そうは言うけれどもね、アルサル。生半可な戦乱で【あの聖神教会】のお歴々が動くと思うかい?』


 エムリスの反論。こいつはこいつで、魔力に関する事柄を第一に据えているようだ。その思念に誤魔化しや嘲弄といった揺らぎはない。


『ボクは戦略戦術に詳しいわけじゃあないけれど、それでも〝戦力の逐次投入〟が悪手だということは知っているつもりさ。実際、かつてのボク達も【そうしていた】じゃあないか。そうだろう?』


『……ぐぬぬ……』


 意外なことに、エムリスの言うことには一理あった。確かに、相手をあなどっての戦力分配ミスなんて、負け戦の典型だ。特に今回は敵の戦力を削るのではなく、聖神教会のお偉方である教皇や総大司教、枢機卿の【心を折る】のが主目的である。


 そういった意味ではインパクトを重視するエムリスの目論見は、あながち間違いではない。


『人類未曾有の大混乱、いいじゃあないか。むしろ、それぐらいでなければ困るというものだ。そうでもなければ、あの老害達は慌てないだろうしね。錆びついた歯車を動かすには、多少なりとも強引にいかないと』


 それも一理ある。なにせ魔王の出現にすら反応せず、それどころかセントミリドガルが召喚した〝白聖の姫巫女〟を『聖力を扱う姫巫女なのだから、我らの聖女に違いない』と保有する権利を主張した奴らだ。厚顔無恥とは、まさにあの老人らのためにあるような言葉である。まぁ、実際にニニーヴが聖神教会に所属したのは、まぎれもなく彼女自身の意思なのだが。


 俺は、ふー、と息を吐き、


『……言いたいことはわかった。一理あるのは認める。確かにあのジジイ共を動揺させるにはかなりの勢いの絶望が必要だ。俺もそう思う。だけどな』


 大筋では理解を示し、同意も認める。だが、しかし。


 だとしても、だ。


『目的を達成した後、その時に生じた混乱の余波はどうやって収めるつもりだ? 引っかき回してはいそれじゃ、とはいかねぇだろ。どうやって収拾つける? 何か策があるのか?』


 無論、エムリスのことだ。何かしら腹案があってのことだろう。腐っても〝蒼闇の魔道士〟なのだ。俺にはとんと思いつかないが、きっと何か起死回生の策を――


『え?』


 えっ?


『――えっ?』


 心で思った後、思念もそのまま漏れた。


 沈黙。


 そのまま時が凍ったかのごとく、俺とエムリス、イゾリテの間に静寂が訪れる。


『――おいちょっと待て。お前まさか……』


『……あっはっはっはっ』


 俺が驚愕に目を見開くと、エムリスから乾いた笑い声が発された。


『何も考えてなかった、だと……!?』


『いやー、参ったね。ボクとしたことがうっかり失念していたよ。そういえばそうだったね。混乱が起きたからにはそれをどうにかしないといけないんだった。こいつは傑作だ。あっはっはっはっ!』


『師匠、こればかりは流石に笑い事ではないかと』


『……はい』


 あまりのことにイゾリテでさえ苦言をていすると、エムリスは、すんっ……とトーンを落とした。


 お前なに弟子にたしなめられてんだよ。情けない。いや、俺もあまり他人のことは言えないが。


『いやしかし、そうだね。確かにこれは由々しき問題だ。目的は達成しなければならないけれど、やり過ぎると後始末が大変面倒になる。かといって手加減した結果、何も得られないようでは作戦失敗だ。ボク達はこれらのバランスを見極め、計画を成功させなければならない』


『急にどうした、キリッとした声して』


 冗談抜きで、キリッ、と音が聞こえてきそうな勢いでエムリスの思念に真剣味が加えられた。まったく現金な奴である。


『――というわけで、役割を分担しようじゃあないか、アルサル』


『は?』


『なに、いつものことさ。むかしもそうだっただろう?』


『……おいコラ、ちょっと待て。お前もしかしなくとも――』


 嫌な予感がして予防線を張ろうとした俺を、


『そう、そのまさかさ!』


 強引にさえぎってエムリスが言い放つ。


『ボクが無茶苦茶をやる役、君はその後始末をする役だ。よろしく頼むよ!』


『はぁあああああああああああああああぁっっ!?』


 度し難い発言にもはや的確な文句すら咄嗟に思い浮かばず、俺はただ荒々しく抗議の声を上げた。


『ふざけろ!』


『ああいいとも、ふざけるとも!』


『違うそっちの意味じゃねぇ! 反対だ!』


 いちいち説明するのも何だが『ふざけろ』と『ふざけるな』は同じ意味である。


『ふざけんなつってんだよ!』


『なんだいもう。ふざけろと言ったり、ふざけるなと言ったり、言うことがチグハグだなぁアルサルは』


『つまんねぇ揚げ足とってんじゃねぇよ!』


 我ながら不毛だと思うやりとりを続けてしまうが、このままエムリスのペースに乗せられて終わるわけにはいかない。


 俺は深呼吸をして、自己抑制セルフコントロール


『いいかエムリス、ことはそう単純な話じゃないんだぞ。今からやることは俺やお前だけじゃなくて、シュラトやニニーヴはもちろんのこと、ここにいるイゾリテやガルウィン、ひいてはこの世界に生きる人類全体の――』


『いやぁ面倒な話になってきたね。実を言うともうとっくにボクの中の〝怠惰〟が仕事をしてくれていて、アルサルの話は半分も耳に入ってきていないのだけど、それを今ここで正直に言うボクはなかなかに律儀な性格をしているとは思わないかい? ああ、大丈夫。返事は求めていないからね』


 冗談抜きでテンションの低い思念で、正々堂々と最低最悪なことを言ってのけると、俺の返事を待つことなく、


『というわけで通信も面倒になってきたから切るね。他にまだ言いたいことがあるようならメッセージでも送ってくれたまえ。見るかどうかはわからないけれど。ああ、ちなみに既にお察しだとは思うけれど、ボクは現在進行形でアルファードに搭乗して移動中さ。わかっているだろうけれど、もう止まれないよ。放たれた矢は射手のもとには戻ってこないものさ。わかるだろう?』


 嘘でも誇張でもなく、本気で俺の声が聞こえていないらしい。何もかもどうでもよさげな声音で一方的にのたまうと、


『じゃあ、後はよろしく。そうそう、イゾリテ君はまだしばらくそちらでアルサルを補佐してあげてくれたまえ。不束者ふつつかものだけれど、よくしてやっておくれ。君にも苦労をかけるね』


 エムリスは抑揚よくようのない、まるで台本の台詞でも読み上げるような口調で続けると、最後にこう結んで通信を絶った。


『――ああ、めんどくさい』


 心底しんそこだるそうな響きの中に、どこか舌なめずりする野獣がごとき気配を感じたのは、果たして俺の気のせいだったのだろうか。










いつもお読みいただき、まことにありがとうございます。


ここでいったんストック終了となります。


続きを待ってくださっていた皆様へ、しばらく更新期間があいてしまい、大変申し訳ございませんでした。


実を言うと、四章の最初の前書きで言っていたのですが、2021年の11月に大切な恩人にして友人が突然死してしまいました。


かの人は私に「作家になること」――つまり「小説を書き続けること」を強く勧めてくれた人で、今の国広仙戯があるのは、ある意味その人の激励のおかげなのです。


コロナ禍ということで、一年以上も顔を合わせていない中での急死でした。


あくまで作家になるきっかけの人であって、それ以上でもそれ以下でもありません。


ですが自分でも思っていた以上に彼の存在は大きかったらしく、その喪失感からここ一年は執筆の手が止まることが多くありました。


更新が遅くなってしまったのはそれが原因です。


どうもリアルのお仕事のトラブルもあいまって、軽くメンタルをやってしまったようですね。


ただ先日、一周忌ということで共通の友人と集まり、偲ぶ会を行いました。


そのおかげか、はたまた一年も経ったおかげか、大分と気分が楽になりました。


一区切りついた今は、執筆意欲も元に戻りつつあります。一年かかりましたが、ようやっと気持ちが吹っ切れたのかもしれません。


ここからは速度を上げて続きを書いていこうと思いますので、どうか完結までお付き合いいただければ幸いです。



さて、いつものお願いになりますが、ここまでお読みになって「おもしろかった」と思ってくださった方は、すぐ下の【ポイントを入れて作者を応援しましょう】という評価欄で☆☆☆☆☆を選んでいただけると嬉しいです。



次は少なくとも五章完結まで一気にお見せしたいなと思います。


それでは皆様、少し早いですが、よいお年を。



国広仙戯


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