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●29 どうしてこうなるのか 1







 ガルウィンがセントミリドガルの王となって内乱こそ収まったが、他国との戦争はまだ終わっていない。


 というか、終わるはずもない。


 むしろ、ここからが本番だと言っても過言ではないのだ。


 既に宣戦布告はなされた。


 ジオコーザが下手を打ってあちこちから戦争を仕掛けられていたところに、ガルウィンがさらに侵攻を明言したのである。


 戦意はかつてないほどに高まっていた。


 それぞれの大国が矛を収めるためには調停するしかないが、まだそのような段階ではない。


 というか、アルファドラグーンについては被害軽微とはいえ、名目上は魔王エムリスの手に落ちたのだ。


 ひとまず、かの国の主権は魔界側に移ったと考えるべきだろう。


 実態はともかく、概念的には既にアルファドラグーンという国家は滅亡したようなものだ。


 よってセントミリドガルとしては、東から来るであろう魔王エムリスの軍勢を睨みつつ、これまで通り北のニルヴァンアイゼン、西のヴァナルライガーと戦争を続けるしかない。


 もちろん、南のムスペラルバードとの併合も進めつつだが。


 さて。


 内政の細かいことはガルウィンやイゾリテに任せるとして。


 こと戦いとなれば俺達の出番である。


 そう、俺とシュラトの二人で、北のニルヴァンアイゼンと西のヴァナルライガーを同時に攻略するのだ。


 ちなみに俺がヴァナルライガーを担当し、シュラトはニルヴァンアイゼンを相手取ることになっている。


 これはただの消去法で、シュラトの妻の一人であるフェオドーラがニルヴァンアイゼン人だから、という理由でシュラトが北を担当することになり、その結果として俺が西となったのだ。


 とはいえ、俺的にもこれは都合がいい。


 ヴァナルライガーには聖神教会があり、そこにはニニーヴもいる。


 高速通信では久しぶりに言葉を交わしたが、直に会うのは十年ぶりだ。どんな風に成長しているのか少々楽しみでもある。まぁ、もしかするとエムリスみたいにまったく変化していない可能性もあるのだが。


「――さてと、どうしたもんかな」


 ガルウィンが国王の座について一週間ほどが経過し、俺は早くもセントミリドガルの西の果て、ヴァナルライガーとの国境線近くへと足を運んでいた。


 セントミリドガルとヴァナルライガーの境界には『ビューボイジャーの森』という大森林が横たわっており、本来なら心を潤わせる絶景が広がっているのだが――


 現在は、俺がコテンパンに破壊した超巨大聖具『聖霊ミドガルズオルム』の残骸が、せっかくの景観を台無しにしていた。


「……これ、どうやって片付けりゃいいんだ?」


 話を聞くに、ミドガルズオルムは元々はセントミリドガルの大地の奥深くで眠っていたという。つまり、こいつは地下――地底からやってきた。


 まぁ、国一つを丸ごと取り囲む巨大城壁なのだ。他にしまっておく場所など他にあるまい。


 であれば、邪魔なこいつを片付けるには地の底へと送り返さなければならないわけだが――


「いや、無理だろ」


 はぁ、と息を吐いて、ローチェアに腰を下ろす。


 ん? ヴァナルライガーとの国境くんだりまで来て、一体何をしているのかって?


 見ての通り、ソロキャンプである。


 既にテントや他諸々の設営は完了しており、これから焚き火でも始めようかという段階だったりする。時刻もちょうど昼過ぎで、飯を食うにはいいタイミングだ。


 何を隠そう、今回も軍事行動を起こすにあたって、いつもの前乗りである。


 しつこいようだが、戦い自体は俺一人で充分だ。他の奴らは必要ない。


 が、何事にも様式美というか、形式というものがある。


 実際、敵戦力を撃破した地域にはこちらの兵士を配備し、支配権を確立しなければならない。


 まぁ、ぶっちゃけヴァナルライガーの中枢にいきなり飛び込んで電撃的に陥落させるという手もありと言えばありなのだが、それでは唐突すぎて、あちらの国民も理解が追いつかないだろうしな。


 人界の統一というのは、やはり名実ともに揃ってなければいけない。ヴァナルライガーの国民にも、国が負けてセントミリドガルに統一されるということを、しっかり理解してもらわねばならないのだ。


 なので、真っ正面から、圧倒的実力で打ち破る。


 これが正解だ。


 よって、俺は従来通り軍を率いた上でヴァナルライガーに侵攻をかけなければならない。


 というわけで、今回もこうして軍に先んじて国境まで移動し、わざわざ野営をして楽しんでいる俺なのであった。


「コーヒーでも淹れるか……」


 一つ一つが山のようなミドガルズオルムの残骸でひどく景観が損なわれているが、本来『ビューボイジャーの森』の周辺はキャンプに適した土地である。森の内部は鬱蒼うっそうとしていて薄暗いが、中に入らず離れた場所から眺めているだけなら美しいものだ。


 今一つではあるが、この微妙な風景をさかなに一杯やるのも悪くない。


 俺は慣れた手つきで焚き火台に火を起こすと、早速湯を沸かしにかかった。


 今頃は新たに編成されたセントミリドガル軍がこちらへ向かって移動していることだろう。


 おそらくヴァナルライガー側もそれに感付き、国境付近に部隊を集結させているに違いない。


 どうせ俺が一蹴して終わるだけなのだから、双方ともに無駄な金や労力を使わずともいいのに――とは思うが、先程も説明した通り、これは必要な手順なのだ。補給線を確保して、大勢の兵士の糧食を準備してと、色々ともったいないが、これらは必要経費として割り切るしかない。


 ちなみに、今回はガルウィンもイゾリテも留守番である。


 当然だ。いまやガルウィンは国王、イゾリテは王妹として国の実権を握っているのだ。おいそれと戦場に出すわけにはいかない。


 まぁ、裏でめちゃくちゃ駄々こねてたんだけどな、あいつら。


『自分もついていきますアルサル様! 肩を並べて戦うが眷属のほまれ! 何卒ご一緒に!』


『執務はガルウィンお兄様がお一人いれば問題ありません。私の理術と魔術は必ずやアルサル様のお役に立ちます。是非、私にお供させてください』


 こんな感じでグイグイ迫ってきたが、俺が何を言うまでもなく二人の間で口論が勃発した。


『何を言うんだイゾリテ! それこそ内政はイゾリテがいれば十分なのだから、ここは自分が――!』


『いいえお兄様、今となってはお兄様は国王なのです。唯一無二の存在なのです。危険な場所へ行かせるわけにはまいりません。ここは私が――』


 ギャアギャアと平行線でしかない話を繰り返すものだから、俺は『どっちも連れて行かない』とはっきり宣言し、王都を出てきたのである。


 そのおかげで、こうして一人でのんびりキャンプができているので、やはりあいつらを置いてきて正解だったとしみじみ思う。


 俺が宣言した瞬間、二人してこちらを向いて『そんな!?』と叫んだのはちょっとおもしろかったが。


「あー……この解放感、やっぱり一人が落ち着くな……」


 青い空、暖かい日差し、爽やかな空気――これらを全部独り占めにできるのだ。ソロキャンプ最高である。


 ただ最近、一人でキャンプできるのが決まって大きな戦いの前ばかりなのには、ちょっと辟易へきえきしてしまうのだが。


 火にかけたヤカンがコポコポと音を立て始めた。湯が沸いたのだ。


「コーヒーですか?」


 と、背後から聞き慣れた声。


「おう、一息つこうと思ってな」


「素敵ですね。私もご一緒によろしいでしょうか」


「ああ、これから豆を挽こうと思っていたところだ、大丈夫……ん?」


 俺としたことが違和感に気付くのがめちゃくちゃ遅くなってしまった。


「……イゾリテ?」


「はい、アルサル様」


 振り返るとそこには、声音から察した通りの人物が立っていた。


 癖のある琥珀色のボブカット、静謐せいひつ湖面こめんがごとき緑の瞳、花のつぼみのような桃色の唇。


 そして、いつも通りの恬淡とした無表情で。


 遙か遠く、セントミリドガルの王都にいるはずのイゾリテが、そこにいた。


 しかも、城で着ていたような上等な服ではなく、冒険者かと思うほど動きやすい恰好をして。


「お、おま――なん、で……!?」


 こんなところにいるのか、という俺のリアクションに、


「仕事はガルウィンお兄様に任せてきました。私には師匠マスターから伝授された〈空間転移ジョウント〉がありますので、それでこちらへ。アルサル様ならきっとこの辺りで休まれているかと思いまして」


 詰まるところ、俺の指示を無視して押しかけてきた――イゾリテはそう言ったのだった。


「…………」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。よもや、イゾリテがこのような行動に出ようとは。


 確かに、ガルウィンと違ってイゾリテには俺を追いかける手段があった。ましてや、王族とはいえ王や宰相といった、確固とした地位についていなかったイゾリテだ。その気になれば仕事を他所に預け、俺のもとへ来るなど造作もなかっただろうが――


「……まさか、お前が仕事をほっぽり出して来るなんてな。エムリスの眷属になって悪い影響を受けたか……?」


「いいえ、これは良い影響というのです、アルサル様。私は師匠から積極的に動くことによる利点を学びました」


 イゾリテは足を進め、俺を迂回し、焚火台の向こうへと立った。そのまま姿勢を正し、


「このイゾリテ、お兄様に代わってどこまでもアルサル様にお供いたします。今後ともよろしくお願いいたします」


 ご丁寧に深く腰を折って頭を下げる。洗練された無駄のない動きだ。言葉も淀みなく紡がれ、事前に何度もシミュレートしてきたであろうことがうかがえる。


 つまり、それがイゾリテの覚悟を表していた。


 こうなると多分、テコでも動くまい。


 はぁ、と溜息が出た。


「……どうせ帰れって言っても帰らないんだろ?」


「はい」


 即答だった。間髪入れずの肯定だった。まったく、小さい頃と比べて随分と成長したものだ。


「別に、お前の出番はないぞ?」


「構いません。アルサル様のお近くでお仕えできるのなら、イゾリテは幸せです」


 わかっちゃいたが、ビクともしない。これは下手に追い返そうとしても、隠れてついてくるだけだな。


 仕方ない。


 俺はさっきからずっと沸騰したままだったヤカンを焚き火台から取り上げ、


「……お前もコーヒー飲むか?」


 遠回しに了承の意を示した。


 するとイゾリテが面を上げ、ほんの少しだけ相好を崩し――僅かに唇の端がつり上がったような気がする、程度の変化だが――満足げに頷いた。


「はい。よろしければ、私に淹れさせてください」


 その声は、明らかに弾んでいたのだった。







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