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●28 有為転変(ういてんぺん) 1








 エムリスが語っていた流れとは違うが、状況はおおむね想定通り、俺達にとって都合のいい形で推移していった。


 当たり前だが、表立って魔王を名乗るエムリスと手を結ぶわけにはいかない。


 人と魔は相容れない。


 まさに水と油がごとき存在だ。


 だから表面上は敵対している風を装いつつ、ことを進める必要があった。


 とはいえ、何もしなければ世界中の人々が不安に押し潰されてしまう。


 よって、かつて魔王を倒した英雄の三人――つまり俺とシュラトとニニーヴに白羽の矢が立てられた。


 まぁ、これもまた俺達の計画通りだったのだが。


 時系列順に話そう。


 まずは、何よりもセントミリドガル王国のあれこれからだ。


 俺の侵略――敢えてそう言わせてもらおう――によって陥落したセントミリドガルでは、首のすげ替えが行われた。


 もちろん王位に就いたのはガルウィン・ペルシヴァル――もとい、ガルウィン・ツァール・セントミリドガルその人。


 彼が前国王オグカーバの落胤らくいんであることは、愛妾を囲っていた本人の口から直接、国民へと説明された。というか、させた。俺が。


 当たり前である。


 史上稀にみる愚考をやらかす息子を、何をするでもなく見て見ぬ振りし続けた大馬鹿野郎だ。死んでもケジメをつけさせるつもりだったし、実際にさせた。


 言わずもがな、妹であるイゾリテの存在も明るみに出させた。ガルウィンもイゾリテも優秀な人間だ。二人揃えばゴタゴタで崩れそうになった王国でも、きっと立て直してみせるだろう。ガルウィンを補佐するために、イゾリテにもそれなりの地位が必要だった。


 そして今回の戦争、否、大戦の引き金となったジオコーザには、父王ともども戦犯になってもらった。


 無論のこと、此度こたびの件の元凶は聖術士ボルガン――もとい、そう名乗っていた聖神ヘパイストスであることはわかっている。


 奴がジオコーザに例のピアスを与え、暴走をうながしたことも。


 だがセントミリドガルの国民にとって、そんなことは知ったことではない。


 彼らから見れば、ジオコーザを筆頭とした王族と貴族によって多くの血が流れ、取り返しのつかない犠牲が生まれたのだ。


 軍費を捻出するため税も重くなり、生活が圧迫された。


 国民は総じて、疲労ひろう困憊こんぱいおちいっていた。


 全ての責任は権力者にあり――そう考えるのが国民の心理であり、また倫理的な帰結だろう。


 高貴さには義務がともなう。いわゆる『ノブレス・オブリージュ』というやつだ。


 誰かが責任を負わねばならない。この場合、オグカーバとジオコーザの二人が誰よりもふさわしかった。


 当然、軍の陣頭に立ち、積極的にジオコーザの主戦論を支持し続けたヴァルトル将軍もまた戦犯の一人である。


 こちらも聖神のピアスによって洗脳されていたわけだが、やはり国民にとっては関係のない話。それなりの処分を下さなければ、誰も納得すまい。


 よって、オグカーバの廃位はいい、ジオコーザの廃嫡はいちゃく、ヴァルトルの罷免ひめんは既定路線として、さらには三名の無期限の禁固が決定された。


 これらの説明は新王たるガルウィンの口から国民へなされ、また、その場で彼の即位式が行われた。


 つまりこの時、オグカーバは自らの不始末に関する自供じきょうと、王位譲渡のためだけに、国民の前へと引きずり出されたのだ。


 敢えて俺の感想は言うまい。これも愚王の末路の一つであろう。


 くして、ガルウィンはセントミリドガル王国の新たな王となった。


 その姿は、国民の目にはどう映っただろうか。


 血筋で言えば前国王と繋がってはいるが、あくまで隠し子であり、状況的にはほぼ武力によって王位を簒奪さんだつしたようなものだ。


 しかし、見方によっては順当な世襲とも言える。本来ならガルウィンはオグカーバの第一子であり、あるいは彼が王太子になっていた可能性はゼロではないのだ。


 果たして――国民はこれを【順当な簒奪】と見た。


 王位簒奪に順当もくそもないが、それでも彼ら彼女らの目には『ガルウィンが自らの力で本来持ち得るべき権利を勝ち取った』ように映ったらしい。


 喜びと祝いの歓声が上がった。


 それはもう盛大に。


 結果として、セントミリドガルの新王ガルウィンと、その妹たるイゾリテ王女は国民らに大いに歓迎された。


 正直言うと、俺の胸には多少なりとも不安があったのだが、まさかここまで上手く運ぶとは。


 まぁ、ガルウィンとイゾリテが上手くやったというより、オグカーバとジオコーザ親子がこうなる下地を作っていたという感じなのだが。


 王都の中央広場、そこにしつらえた壇上。寄り集まった国民の前で、王冠をいただいたガルウィンは宣言する。


 世界の統一を。


 この瞬間、流石に国民もいったんは静まり返った。


 ようやっと馬鹿げた戦争が終わったというのに、まだ続けるというのか――と言わんばかりに。


 しかし。


『――戦争はまだ終わっていないっ! 魔王エムリスの軍勢はアルファドラグーンを陥落せしめ、間近に迫っているっ! 我が国の危機は減じるどころか増加しているのだっ! これを打破するためには今一度、我らセントミリドガルに生きるもの全てが力を合わせねばならないっ!!』


 ガルウィンがいつもの大声で、そう力強く訴えた。


 滅亡の危機はまだ去っていない。むしろ、これからなのだ、と。


 これには沈黙した国民達も頬を張られたように、はっ、となった。


 ガルウィンはさらに、ジオコーザによって身分を剥奪され『五大賊』となった貴族らの復権を約束した。


 過去を水に流せとまでは言わないが、眼前に迫る史上最大級の国難に際し、どうか力を貸して欲しい――と。


 再び、民衆から歓声が上がった。


 戦いはまだ続く。だが、新たな王は【間違えない】――国民はそう確信したのだ。


 国を、世界をより良くしていくために最善の手を選ぶ――そんな王であると、早くも信じられたのである。


 新王から差し伸べられた手を、復権した五大貴族は快く握り返した。


 というより、そうせざるを得なかった。これほどまでに民衆に支持された王の手を振り払うのは、あまりにもリスクが高すぎたのだ。


 面従腹背であろうが、しかしそれでも調停はった。


 これにより、セントミリドガル王国を二分していた内乱は終結した。


 また、これにともない各地の中小勢力の蠢動しゅんどうも徐々に収まっていくことになる。大国が見せびらかせていた、付け入る隙がなくなったのだ。下手に動けばひとひねりにされるのは弱い方である。当然の流れだった。


 引き続き、ガルウィン新王の口から東の地から迫る危難について言及があった。


 魔王エムリス率いる魔族と魔物の群れ。


 破壊された『果ての山脈』および〝龍脈結界〟から流れ込む魔力。


 これらへの対策として、ガルウィン新王はかつての英雄の名をあげた。


 ――〝銀穹の勇者〟アルサル。


 ――〝金剛の闘戦士〟シュラト。


 ――〝白聖の姫巫女〟ニニーヴ。


 流石に国民の前ではいつもの信奉者っぷりは鳴りを潜めていたが、それでも俺達の名を口にする時だけは緑の瞳がやたらと輝いていたような気がするのは、俺の気のせいではあるまい。


 残念ながら魔王を倒した四英雄の内、〝蒼闇の魔道士〟エムリスは人類に反旗をひるがえし、新たな魔王となってしまった。


 だが、人界にはまだ三人の英雄が残っている。


 ガルウィンはそう主張した。


 戦いは続く。危機は迫る。だが、世界を救った英雄がここにいる。


 彼らの力があれば、どんな困難であろうとも乗り越えられるはず。


 魔王エムリスを退しりぞけ、魔界から流れ込む魔力を中和し、世界に平和を取り戻す――


 そのためにはまず、人類が一つにならねばならない。


 故に、世界統一。


 これが必要なのだと。


 ガルウィンは強く訴えた。


 人類が一丸となって初めて、外敵に対抗することができるのだ――と。


 本来であれば古来、魔王が出現した時にこそ世界統一は成されるべきだった。東の果てから迫り来る脅威にあらがうために、人界は一つになっておかねばならなかった。


 だというのに、人類はこれまで複数の国に分かれ、互いに骨肉こつにく相食あいはむ歴史を繰り返してきた。


 これは愚劣ぐれつきわみである。


 だからこそ、今。


 このガルウィン・ツァール・セントミリドガルの名において、我々は一日でも早い世界統一を目指す。


 だからどうか国民よ、力を貸してくれ――!


 といった風に熱く、それはもう熱く語ったガルウィンに、国民から万雷の拍手が送られた。


 はっきり言って、俺も驚いた。まさかガルウィンに扇動者アジテーターの才能があったとは。


 事前にイゾリテと相談でもしたのだろうか。完璧な煽り具合だった。


 ある意味、王となるべくして生まれてきたような才幹である。


 こうしてセントミリドガルにいる俺と、ムスペラルバードに残ったシュラト、そしてヴァナルライガーのニニーヴは、セントミリドガル新王ガルウィンの名において、今再び世界を救う英雄たれと求められた。


 この請願せいがんは理術によって各地に同時中継されていたので、言うまでもなく他国にも届くこととなった。


 無論のこと、俺とシュラトについては否やはない。直後に、ガルウィンの口からムスペラルバードを併呑へいどんするむねも伝えられた。色々と面倒はあるだろうが、そこは確定事項である。なにせ、現国王の俺がここにいるわけだからな。


 しかしながら、ニニーヴは未だそういうわけにはいかない。


 あいつは聖神教会に所属する、いわゆる〝聖女〟ってやつだ。


 俗っぽい言い方をすれば『アイドル』と呼んでも差し支えない。


 そんな人物を救世の英雄として指名したのだから、聖神教会が黙っているはずもない。


 というか、これまでのことをかんがみるに、嫌がる可能性が非常に高い。


 聖神協会が否定的になると、自然とヴァナルライガー王国全体が同じ方針になりやすい。


 細かく言えば、聖神教会がそのままヴァナルライガー王国というわけではないのが、教会と王家の関係は長く、根深い。それ故、教会の意向がヴァナルライガー王家、ひいては王国全体に波及はきゅうするのは確かな事実である。


 教会上層部が首を縦に振らなければ、おそらくニニーヴは動けない。


 ニニーヴ自身も、教皇や枢機卿といった幹部はともかく、末端の信者を大切に思うが故に自縄自縛に陥るだろう。


 ――が、先述の通り、そんなことはもはや関係ない。


 して聖神教会およびヴァナルライガーの動向を見守るつもりなど毛頭ないのだ。


 既に〝龍脈結界〟は破壊され、魔界から人界へと、有害な魔力がとめどなく流入している。


 とっくに洒落にならない事態になっているのである。


 ゴチャゴチャ言っている暇などない。


 ごねるようなら首根っこ引っ掴んで力尽くで言うことを聞かせてやるまでだ。


 ――いやまぁ、そんなことを公然と口に出すわけにはいかないのだが、もちろん。


 ともあれ、さいは投げられた。


 後は結果を見守り、それ如何いかんによって行動を起こすだけだった。







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