●27 神々の黄昏 2
俺、即ち人界および勇者側の勢力――と敢えて言おう――が五大国を平定するために動き出したのと同時、自称魔王エムリスの軍勢もまた活動を始めていた。
魔王軍が『果ての山脈』を越えれば、そこはもう東の大国アルファドラグーンの領土である。
アルファドラグーンは短期間の内に二度も、最大の観光名所である『果ての山脈』に大穴を穿たれ、顔に泥を塗られまくっている状態だ。
このままではドレイク国王も鼎の軽重を問われかねない。
だが、腐ってもアルファドラグーンは五大国の一角であり、魔術国家としても名高い軍事強国である。
大国の威信にかけて、魔王軍に敗れるわけにはいかない――
とか何とか、ドレイク国王を始めアルファドラグーンの首脳部はきっと意気込んでいたに違いない。
まぁ、あくまで俺の想像なのだが。
しかしながら、相手はあのエムリスである。
世界を救った〝蒼闇の魔道士〟にして、現在は魔王を名乗る超常の存在。
何を隠そう、魔界との境界線である『果ての山脈』を二度も爆裂させたのは、かの自称〝大魔道士〟エムリスなのだ。
そんな怪物を相手に、人間が真っ向からぶつかって勝とうなど、まさに愚の骨頂。
命知らずの身の程知らず。
魔王を倒した俺達四人全員がそうなのだが、エムリスもまた、その気になれば単独でこの惑星一つを滅ぼせる化物だ。
絶対に勝てるわけがない。
エムリスもそう思ったのだろう。
だから、奴は【戦う前に決着をつけた】。
何をしたかって?
実に単純だ。
その日、アルファドラグーンの王都の四方に、突如として巨大なクレーターが四つも穿たれた。
スプーンでプディングを掬ったような大穴は、しかし王都を取り囲む城壁の外側にある土地だけを奇麗に抉り取っていた。
王都の外は未開発の土地であり、それ故、人的被害は皆無だったという。
ただ、穴の一つ一つのサイズが、アルファドラグーンの王都を丸ごと飲み込んでもおかしくないスケールだっただけで。
前触れもなしに穿たれた四つの大穴。
その中心に、ぽつんと残された無傷の王都。
これが意味するのは、ひどく簡単な事実。
エムリスはその気になれば一瞬で、広大な王都を丸ごと消滅させることができる――
周囲に作られた、四つの大穴のように。
わざわざ王都だけ無傷で残したのが、いかにもなやり口だった。
王都に住む人々、そして中央の王城にいるドレイク国王を始めとする要人らは、総じて顔色をなくしたことだろう。
エムリスの示威行為は、万の言葉よりもなお雄弁だった。
事前にエムリスは言っていた。
『ああ、そこは任せておくれよ。見ていたまえ、ボクこと魔王エムリスはこれからアルファドラグーンを犠牲一つなく落として見せよう。無論、交渉や策略なんて迂遠なことはしない。徹頭徹尾、力尽くで何とかしてやろうじゃあないか。大魔道士らしくね』
その言葉に嘘はなかった。
犠牲は出なかった。
交渉も策略もなかった。
徹頭徹尾、力尽くだった。
大魔道士らしかったかどうかは――まぁ、よくわからないが。
ともあれ、戦う前から趨勢は決した。
言わずもがな、アルファドラグーンは白旗を上げた。
無理もない。誰の目にも明らかな形で、格の違いを思い知らされたのだから。
特にドレイク国王に至ってはつい先日、目の前でエムリスが『BANG☆』の一言で『果ての山脈』を吹き飛ばすところを見せつけられているのだ。
ビビるなというのが無茶だった。
一瞬にしてこの世から消滅させられる恐ろしき力を、誰よりも間近で目の当たりにしていたのだから。
無血開城。
結局の所、そう呼ばれる形でアルファドラグーンは魔王エムリスの手に落ちた。
まぁ、俺達にとっては既定路線ではあったのだが。
当然ながら、人界に激震が走った。
英雄エムリス乱心――それだけでも大ニュースだったというのに、大して時を置くことなく五大国の一つアルファドラグーンが陥落したのだ。
俺だって事情を知らなければ腰が抜けるほど驚愕していたかもしれない。
実際、エムリスが魔王を名乗った時はめちゃくちゃ面食らってしまったしな。
無念の敗北を喫したアルファドラグーンだったが、しかし酷いことにはならなかった。
魔王軍を率いているのはエムリスなのだから当然といえば当然だが、無条件降伏したアルファドラグーンに対し、魔族と魔物の大軍は一切の手出しをしなかった。
もちろん、魔王軍の目的は侵略であり、侵略というのは領土を侵すということだ。
意気揚々(ようよう)と『果ての山脈』および〝龍脈結界〟を越えてきた魔王軍は、アルファドラグーンの領土に入るや否や、まず南方へと向かった。
そのまま人口密度の薄い土地へと進み、敢えて人里を避けるようなルートで進軍し、現在はセントミリドガルとムスペラルバードの国境線あたりを目指しているという。
これが人間同士の戦争であれば、敗戦国は戦勝国から様々な邪知暴虐を受けていたことだろう。負けた側が蹂躙されるのは歴史の常であり、人類が動物の一種である以上、当然の帰結ではある。
ましてや人間ならざる魔族であれば、なおのこと――なのだが、人類に対して超絶的な力を見せつけた魔王エムリスは、やはりその強大さから魔族と魔物の大軍を完全に御していた。
魔族や魔物が有する生来の凶暴性を完璧に抑え込み、秩序だった行軍をさせていたのだ。
さもありなん。魔族の中でも上級、否、超級とも言える『七剣大公』の一体を見せしめでぶっ殺したのがエムリスである。
むしろ性質が獣に近ければ近いほど、奴の恐ろしさは本能的に理解できるはずだ。
あいつ、言動は理性的に見せかけているが、ある意味では俺達四人の中で一番のバーサーカーだからな。よくも悪くも倫理観がぶっ壊れているというか。
いつだったかアルファドラグーンのモルガナ王妃がエムリスのことを『魔女』と呼んでいたが、あれはあながち間違っていないのかもしれない。
まぁ、『魔女』呼ばわりはエムリスにとって最上級の侮辱らしいので、あいつの前では禁句なのだが。
ともあれ、八悪の因子の中でも〝残虐〟を受け持ったエムリスは、やはり四人の中で誰よりも魔王という呼称にふさわしいと言える。
そんなエムリスが犠牲ゼロの快進撃を続けている頃、俺達はと言うと――
「アルサル様!? 本気ですかアルサル様ッ!? どうして自分が国王に!? 言っては何ですがお血迷いですか!?」
まず始めに、ガルウィンの説得から入っていた。
「いや、【お】血迷いってお前な。丁寧に言ってみても普通に失礼だぞ、ソレ」
ガルウィンのあまりの慌てっぷりに、俺は思わず失笑する。
「わ、わらいごとではありませんよアルサル様ッ!? じ、自分はアルサル様をこそ世界の王にですね――!?」
「悪いがそれはキャンセルだ。世界統一には手を貸すが、王様になるのはお前だ、ガルウィン。言っとくが、これは〝勇者〟の眷属であるお前への【命令】だ。拒否は許さん。どうしてもって言うなら、俺の眷属をやめてもらうぞ」
「そ、そんなぁ……!?」
極力使いたくなかったが、ここで切り札を切った俺にガルウィンが絶望の表情を浮かべる。
あまり眷属だの何だのといった立場を利用するのは好きではないのだが、今回ばかりは使わざるを得ない。
余計な重荷を捨てるせっかくの――いや、絶好の機会なのだ。ここばかりは譲れない。何としても。
「それに何度も言ってるだろ。俺はそういう柄じゃない。向いてないんだ。ここ最近だってムスペラルバードで国王やってみたが、実際に仕事していたのはお前やイゾリテばっかりだっただろ? ただのお飾りだったじゃないか」
言い訳がましく実際的な結果論を述べてみたが、しかし。
「それは違います!!」
途端、先程までの慌て振りを忘れたかのようにガルウィンが力強く否定を断言した。
「王とは象徴です! お飾りではありません! たとえ何もせずとも! 何もできなくとも! 人々が王のために生きようと、働こうと思えるのなら! その存在には確かな意味があるのです!」
「お、おう……」
迫力ある力説に、思わず腰を引いてしまった。意外なほど強烈な圧力であった。どうも俺は虎の尾を踏んでしまったらしい。
このままでは形勢不利として、俺は話の矛先を逸らした。
「わかった、ガルウィン。お前やイゾリテが俺を尊敬してくれていることは、俺なりに理解しているつもりだ。だけどな、よく考えてみてくれ」
俺はガルウィンの肩に片手を置き、敢えて滔々と言ってみた。
「この俺が、【世界の王】なんて狭い枠に収まる男だと思うか?」
「――~ッッッッッッッッ!?」
全身に電撃を流されたかのごとく、ガルウィンが震えた。
まさに青天の霹靂がその身に落ちたかのようだった。
両目をこれでもかと見開き、わなわなと口を震わせたガルウィンは、
「あ、あ、あああああ……!!」
意味もなく両手を胸の高さまで掲げてから、中にモーターでも仕込んでるんじゃないかと思うぐらいの勢いで身震いを始めた。
正直、想像以上の反応だったので俺は若干、唖然としている。
「そ、そうでした……! その通りでした……!! このガルウィン、一生の不覚……ッ……!!!!」
しまいには膝を落とし、その場で四つん這いになってしまった。
いや、待て待て待て。そこまで衝撃を受けることか、今のは。俺が言うのも何だが。
とはいえ、好都合は好都合だ。俺は屈みこみ、ガルウィンに顔を近付け、
「な? 俺は人間の王なんて小さい器に収まるような人間じゃないだろ? つまり――王の上に立つ者、っていうのか? 皇帝? いや、上皇? 何かそんな感じだ。というわけで、お前の上にはちゃんと俺が立ってやる。だから、お前は遠慮なく世界の王になれ。つか、俺がならせてやる」
ポンポン、と落ち込んでいるガルウィンの肩を叩く。
「ガルウィン、お前が偉くなればなるほど、俺の立場も上がっていくってわけだ。ほれ、そう考えたらお前が王様にならない理由はないとは思わないか? ん?」
我ながらひどい野郎である。全てに片が付いて一区切りついたら、こっそり抜け出して一人でスローライフの旅に出るつもりなのだから。
世界の王を辞したのに、さらにその上の立場になるとか冗談じゃない。俺はもう一刻も早く世俗から離れて、のんびり暮らしたいのだ。
ガルウィンが猛然と顔を上げた。
「――確かに仰る通りです、アルサル様! アルサル様こそは王の中の王! 即ち――神ッ!!」
「は?」
ん? なんか変なスイッチ入ったぞ? 緑の瞳がめちゃくちゃキラキラしている。さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように笑顔だ。
「ええ、そうです! アルサル様こそ神! 勇者神! 英雄神です! であれば下々の世界など自分程度が治めるにふさわしい、いえ、治めて当然ですね!」
「――。」
あれ? なんだこれ? やっべ、なんだかよくわからないが思いっきり地雷を踏んだ予感がするぞ?
頭の中で警告音が鳴り響く中、すっくとガルウィンが立ち上がる。ぐっ、と拳を握りしめ、
「お任せください! このガルウィン、アルサル様のためならば例え火の中水の中! ええ、考えてみれば魔界で魔族の群の中に放り出されたこともあるのです! あの時のことを思えば、国王になることなど造作もありません!」
おっと? 以前やった無茶が思わぬところで効果を発揮しているぞ? いいことなのか悪いことなのか、判断に迷うが。
ともあれ、ガルウィンがその気になってくれたのはいいことだ。
「よし、じゃあ任せたぞ、ガルウィン。お前こそ世界の王だ!」
「はい、アルサル様! このガルウィン、見事【この手に世界をおさめてみせます】!!」
「――ん?」
大声で豪語したガルウィンに凄まじい違和感を覚えた、次の瞬間。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――!!!!」
ガルウィンが体を開き、天井に向かって獣のごとく吼えた。
ビリビリと空気が震え、なんなら俺の前髪すら微かに揺れた。
とんでもない声量を発揮するな、こいつは。
かと思えば、ガルウィンは真っ直ぐな視線をこちらに向け、
「見ていてくださいアルサル様! まずはムスペラルバードを併呑し、その次はニルヴァンアイゼンを落としてみせましょう! もちろんアルファドラグーンはエムリス様が陥落せしめられましたが、どうやら支配はされていない様子! おそらく手間をかけたくないのでしょう! ここは交渉して私達が自治権を頂こうと思います! アルサル様が勇者神なら、エムリス様は魔道神です! その御手を煩わせるわけにはいきません! そう、世界は全て神への貢ぎ物! 自分とイゾリテで世界を治め、全てを英雄神の皆様へ捧げようではありませんか!!」
「え、ちょ……? いや落ち着け、ガルウィン――」
いったん気を静めろと声をかけるが、かなり食い気味に、
「はい! 最後にはヴァナルライガーですね! 西方はこれまで大きな戦がありませんでしたが、此度の大戦ではあちらも我が国セントミリドガルへと攻め込んできたと聞きます! ならば戦争です! 矛を交える大義名分はここにあり! あの国でさえ皆様へ捧げる供物の一つです! 必ずや屈服させてみせましょう! 聖神教会、何するものぞ! 自分達にはいま現在を生きる神がついているのです! そう、現人神です! 勝利はこの手にこそふさわしい!」
もはやガルウィンの緑の瞳は、太陽のごとき輝きを放っているようだ――というのは少々言い過ぎだろうか。だが俺の主観的にはそのように思え、あまりの眩しさに顔をしかめてしまった。グリーンフラッシュか。
それよりも、まずい。こいつ完全に暴走状態だ。このまま放っておくと、何しでかすかわからないぞ。というか、言っている台詞があまりにも不穏すぎる。
「おい待て、だから落ち着けって――」
「そうと決まれば善は急げです! お話の途中ですが私はこれにて失礼いたします!!」
シュタッと片手を上げ、ガルウィンはその場で高速の足踏みを開始する。
そして、これまでに倍するとんでもない大声で、
「世界征服ゥ――――――――――――――――!!!!」
最悪の四文字を、城どころか王都全体へと轟かせた。
「やってやれないことはなァい!! やァってやりますよォ――――――――――――――――――――――――!!!!」
前向きすぎる咆吼とともにガルウィンは駆け出した。
シュババババッ、と音が聞こえそうな勢いで俺の前から走り去っていく。俺の眷属となったが故の加速度で。
あっという間に――というか、あっという間もなく。
「…………」
ガルウィンの肩を叩こうとした俺の手は虚空に残され、行き場をなくした。
――世界征服。
まさか、そのクソ忌々しい四文字を再び耳にすることになろうとは。
いや、だが、しかし。
「……ま、いいか」
これはこれで目論見通りとも言える。
そう、俺達が聖神への反逆を心に決めたのは先述の通り。
そのためにガルウィンをセントミリドガルの王とし、ムスペラルバードを併合させるのは想定の内だ。
そこからは平和的に北のニルヴァンアイゼンと、西のヴァナルライガーを攻略しようと考えていたのだが――
まぁ畢竟、世界征服みたいなものである。実質的に。
出来る限り平和的な手段で――とは思うが、言うは易く行うは難しである。
実際問題、どれだけ穏当な手法をとろうとも激突は避けられまい。おいそれと領土と支配権を差し出す奴なんているわけがないのだから。
よって、戦いは不可避だ。
そういう意味ではガルウィンの言っていることは間違いではなく、しかも俺達の思惑とも反しない。
世界征服。
つまりはそういうこと。
とにもかくにも、人界の統一は聖神界へ殴り込みをかけるにあたっての大前提だ。
そうでなければ落ち着いて神々に喧嘩を売れない。
というか、まだ何も詳しいこと説明していないのに、世界征服という結論に達したガルウィンがおかしいというか、奇跡的というか。
好都合と言えば好都合ではあるのだが。
「……というか、そういうところあるよな、ガルウィンもイゾリテも」
思わず独り言ちる。
変な話だが、ある意味ではあいつらの言う通りにことが進んでいるのだ。
もちろん、俺が世界の王になる、というわけではないが。
少なくとも世界が統一され、その頂点に俺が位置する――そうガルウィンとイゾリテが思い込む展開にはなっている。
なにせガルウィンが世界の王になったところで、あの兄妹は俺達を『神』としてあがめようとしているのだから。
世界の『王』から『神』へとクラスアップしただけで、本質的には何も変わってないし、あの二人の希望はむしろ叶おうとしている。
そして事態の流れがそういったベクトルに乗ると、途端に凄まじい力を発揮するのだ、あの兄妹は。さっきのガルウィンのように。
助かると言えば助かるし、便利と言えば便利なのだが――
冷静に考えてみると、ちょっと怖い。
「――なるほど、そう考えてみると、確かにジオコーザと血が繋がっているな……」
ふと俺の中で何かが一本に繋がった。
例のピアスで暴走状態にあったジオコーザは、父のオグカーバが止めないのもあってか、勢い余って世界中に喧嘩を売った。
これからガルウィンがすることもそれと似たようなものだ。
どっちも暴走しているという意味でも同じ。
見た目はさほどではないが、やはり内面は似ているらしい。腐っても兄弟ということか。
ということは、あいつらの妹であるイゾリテも――
そこまで考えたところで、そういえば俺はそのイゾリテから告白されたことがあるんだった、と思い出した。
もしセントミリドガル王族の家系が、望むものは必ず手に入れる――そのためならいくらでも力を発揮する遺伝子を持っているのだとしたら、将来が少しばかり恐ろしい。
正直、いつまたイゾリテが【攻勢に出る】かわからず、不安に思っている俺がいる。
あいつの思いの深さ、重さは俺なりにわかっているつもりだ。
それを受け止めるとしたら、勇者とか異世界人――いや、そのコピーだったな、俺は――といった種類の強さは関係なく、精神的な強靱さが求められることとなろう。
自信があるのかと問われれば、あまりないと返そう。
愛だの恋だのと、そういった話は苦手なのだ。
やはり、ことが落ち着いたら頃合いを見計らって姿をくらませるしかない――
俺はそのように心を決める。実際に、上手くいくかどうかはわからないが。
「ま、とりあえずそのへんは後回しだな……」
今はとにかく目の前のことを優先だ。
頭を切り替えよう。
さっきの調子なら、人界統一に向けたロードマップはガルウィンとイゾリテの二人で考え、実行してくれることだろう。
俺の役目はそんな二人を補佐して、彼らが拓いた道をこの強大な力で舗装してやることだ。
具体的に言うと、戦場には俺が立ち、いつものように圧倒的な力量差を見せつけて、犠牲を出さずに勝利を掴む。
ちょうどエムリスがアルファドラグーンにやったように。
それを何度か繰り返せば、被害を最小限にしながら世界を一つにできるだろう。
本番はそこからだ。
聖神教会の力で魔力を中和する件も、なんだったら力尽くで脅してやってもいい。要は結果を出せばいいのだ。
なにせ世界の危機だ。本来なら手段など選んではいられないのである。
そして諸々(もろもろ)の問題が解決できれば――
後は、本懐を遂げるのみ。
舐めた真似をしくさってくれた聖神どもに思い知らせてやるのだ。
俺達の怒りを。
悲しみを。
全身全霊を込めて。
俺はあらぬ方向に視線を向け、遠くを睨む。
誰にも聞こえないほど小さな声で、囁いた。
「――俺達を舐めるなよ」




