●26 会議は踊る、されど
えらいことになった。
まさかの事態である。
意味がわからん。
何がどうしてこうなったのか、まったく理解が及ばない。
信じて送り出した魔道士が、魔王になって帰ってきた。
こうして言葉にしてみると余計に理解しがたい。
リンゴが空に落ちていこうが、猫がワンと鳴こうが、これほど暗澹たる気分にはなるまいよ。
一体エムリスに何があったというのか。
――というわけで早速、通信理術で問い合わせてみた。
もちろんシュラトと、久しぶりのニニーヴも含めてグループチャット形式で。
勇者A がフィールドを作成しました。
魔道士M が強制招待されました。
闘戦士S が招待されました。
姫巫女N は招待中です。
勇者A『エムリスてめぇ! 一体全体どういう了見だ!? 言っとくがこのメッセージを既読スルーしたら流石にキレるからな!』
魔道士M『おやおや、ものすごい剣幕だね。これには流石にボクの中の〝怠惰〟も怯えているよ。少し落ち着こうじゃあないか、アルサル』
闘戦士S『説明、必要、己も同意』
魔道士M『シュラトは相変わらず、こういった通信の使い方が下手だね。まぁ、簡潔でわかりやすくていいのだけど』
闘戦士S『無駄口、不要』
勇者A『ほれ見ろ、シュラトだって怒ってるだろうが。とっとと説明しろよエムリス。お前、なに世界中に向けて宣戦布告とかやってんだよ。なんだ魔王エムリスって。正気か?』
魔道士M『何をやっているのかと言われてもね、聞いての通りさ。ボクは新たな〝魔王〟となった。そして、〝魔王〟のすべきことなんて決まっているだろう? ふふん』
勇者A『決まってるわけがあるか! 自信満々で勝ち誇ったように笑うなっつーの! というかだ、そもそも〝魔王〟になったってぇのはどういう意味だ!? アレそんな簡単に継承したりできるようなモンじゃねぇだろ!』
闘戦士S『同感。エムリス、暴走疑惑』
魔道士M『おやおや、シュラトの言葉は短く端的なだけに強く刺さるね。暴走疑惑……なるほど、君達からすればそうも見えるかもしれない。ボクの中にある〝怠惰〟と〝残虐〟――前者はともかく、後者は暴走すると特に大変なことになりそうだからね。憂慮するのも無理はないさ。だけれど……断言するよ。ボクに宿る八悪の因子は一つたりとて暴走していない。問題なく平常運転さ。ご心配、痛み入るね』
勇者A『いやいや……いやいやいやいやいやいやいやいや! だったら尚のこと意味不明だろうが! お前それ八悪の影響じゃなかったらどういうことだよ!?』
魔道士M『だから落ち着きたまえよ、アルサル。君はあれだね。普段はそこそこフラットなのに、感情の波が一定の域を超えると、途端に落ち着きを失ってしまう。そこだけは君の数少ない弱点だと思うよ、ボクは』
勇者A『……………………よし、落ち着いたぞ。耳をかっぽじって聞いてやるから、ちゃんと話せよ』
魔道士M『やぁ、こいつはすごい。冷静に自分の非を認めて、深呼吸して自制をかけたね。そういった切り替えの速さは君の美点だと思うよ、アルサル』
闘戦士S『エムリス、話を』
魔道士M『ああ、わかっているとも。そう急かさないでおくれ。どうせ外の世界じゃ大して時間は進んでいないんだ。ここでのボク達は高速思考が発動しているからね。いくらゆっくり話しても、現実世界では大して経ちはしないさ』
闘戦士S『ニニーヴ、遅い。そのせいか?』
魔道士M『言われてみればそうだね? んー……アルサルからの招待状は届いているはずだし、通常なら自動反応でリンクしそうなものだけれど……ああ、でも、もしかしたら【他の通信】に参加しているのかな? その場合だったら、思考を分割でもしない限りこっちには来られないかもしれないね。思考分割、ボクはよくするけれど――君達はあまりしなさそうだし、ニニーヴもきっとそうなんじゃないかな?』
勇者A『来ないもんはしょうがねぇだろ。とりあえずニニーヴのことは置いといて、とにかくお前の話だ』
魔道士M『仕方ないね、では本題に入るとしようか。さて……聞きたいのは、ボクがどうして〝魔王〟になったのか? でよかったかな?』
勇者A『ああ。つうかお前、『果ての山脈』付近に集まった魔族をどうにかするためにそっちへ行ったはずだろ。魔王軍がアルファドラグーンに攻め入るのを止めに行った奴が、なんで〝魔王〟を自称して人界を滅ぼそうとしてやがんだよ。ミイラ取りがミイラになるってレベルじゃねぇぞ』
闘戦士S『八悪の因子の暴走でない。なら、理由あるはず』
魔道士M『もちろんその通りさ、シュラト。まったく……君達ときたら本当に決めつけが好きだね。ボクが事情を説明する前からゴチャゴチャと決めてかかってさ。もう少し他人を信用してみたらどうなんだい?』
勇者A『やかましい。そう思うなら少しは信用されるような行動をとってみろってんだ。いくらなんでも突然あれだけのことやられたら、百年の信用だって吹っ飛ぶわ、常識的に考えて』
魔道士M『はいはい。ではボクが事を起こした理由だけれど……そうだね、わかりやすいよう時系列に沿って話そうか』
勇者A『おう』
魔道士M『あれはそう、百万年前のこと――』
勇者A『おいこら。早速ふざけるんじゃねぇ』
魔道士M『ふふふ、ちょっとしたジョークだよ。悪いね、今度こそちゃんと話すよ。まぁ、ボクが忙しいアルサルの代わりに、魔族の牽制に向かったのは知っての通りだね。まずは様子を見るためにボクは『果ての山脈』の上空に転移したのだけど、そこにはイゾリテ君からの情報通り、魔物の群れがウジャウジャといてね。数はこの前の比ではなかったよ。当然だね、なにせシュラトを止めるためにボクとアルアルが揃って魔界で暴れ回ったんだ。生き残った魔族の幹部は怒り心頭に発していて、おそらくは持てる全戦力を集結させていたはずさ』
闘戦士S『すまない。己の責任だ』
魔道士M『ああ、そうだね。否定はしないよ。でも魔界を戦場に選んだのはアルサルだし、転移させたのはボクだ。それも魔界の中心部である央都にね。だから、シュラトだけの責任とは言えないよ。まぁ発端は、君の中の因子の暴走ではあったけれども』
勇者A『……おい、そういうことは思っても口にするなよ。性格悪いぞお前』
魔道士M『いやいや、別段シュラトを責めるつもりはないさ。先程も心配してくれた通り、因子の暴走についてはボクもアルサルも、そしてニニーヴにだって可能性のあることだからね。お互い、いつ当事者になるかわからないんだ。これは注意喚起も含めた自虐だよ』
闘戦士S『わかっている。だが、エムリス、自虐はよくない』
魔道士M『ああ、ボクのメンタルを気にかけてくれているのかい? ありがとう、シュラトは優しいね。ご忠告通り、あまりしないよう気を付けるとしよう』
勇者A『理解のある仲間でよかったな……ったく、で? ウジャウジャいた魔族や魔物はどうしたんだ?』
魔道士M『ああ、接触をはかったら、六体ほどの上級魔族が出てきてね。彼らは自らを〝七剣大公〟と名乗った』
勇者A『七剣大公? 聞いたことがあるような、ないような……?』
魔道士M『それはそうさ。彼らは十年前にも央都にいた。しかも都市全体を守護する極大結界を張り巡らせていたんだ。けれど、ボク達が魔王城に殴り込むときは色々とめちゃくちゃで、相手の名前とか地位とか確認している余裕なんてなかったからね』
闘戦士S『名前、知らないまま倒した相手か?』
魔道士M『おそらくね。彼らもまた魔王の影響下で意識も記憶もはっきりしていなかったから、推察でしかないのだけど。多分、ボク達は彼ら七剣大公と戦い、勝利している。よく覚えてないだけでね』
勇者A『……俺も思い出せないな。だが、生きていたってことはよほどの乱戦だったようだな。止めを刺す暇もないぐらいの』
魔道士M『そうだね。あの時はボク達自身ですら、お互いの位置を把握するのがやっとの状況だったから、無理もないさ。それが魔界の中心、全ての元凶たる魔王がいる場所に乗り込むということ――いやぁ、今思い出しても怖気が走るね』
闘戦士S『エムリス、楽しそうだ』
魔道士M『そうかな? ああ、でもそうかもしれない。あの時ほど精神が昂揚していた瞬間もそうはないだろうからね。魔王の正体を考えれば、絶望に絶望をかけてもなお足りないような絶望的な戦いではあったけれど、勝利して十年も経つと不思議と懐かしく思えるものだね。いや、もう一度味わいたいとは決して思わないのだけれども』
勇者A『そいつは同感だ。あんな戦い、二度とごめんだ。思い出すだけで吐き気がするぜ』
魔道士M『やっぱりアルサルはそう思うだろう? きっとそうだろうと思ったんだ。だから、これからのボクの話を聞けば、きっと納得してくれるはずさ』
勇者A『――? なんだ、どういう意味だ?』
魔道士M『僕の前に出てきた七剣大公は、けれど六体しかいなかった。そう、話を聞くに先日のボク達の戦いで一体が死んでしまったらしい。ほら、あのとき途中で乱入してきた【羽虫】がいただろう? 覚えているかい?』
勇者A『羽虫? ……ああ、あのいいところで下から突っ込んできた〝激烈態〟のことか? お前の〈ジ・エンド〉で始末した』
魔道士M『そう、その羽虫のことだよ。というわけで七剣大公改め、六剣大公になってしまった彼らから聞いたところによると、あの時の羽虫は〝破軍大公アルカイド〟といって、七体の中でリーダー的存在だったらしい』
勇者A『あー……まぁ、それぐらいの実力はあっただろうな。一瞬でも俺が邪魔だと思っちまったぐらいだからな』
魔道士M『けれども、魔王と比べれば羽虫も同然だった。その程度の魔族が七体いようが七十体いようが、ボクらにとっては大して気にすることでもなかったのだけど……それはあくまで【こちら側】の話でね。考えてみれば当たり前の話だけれど、六剣大公はその破軍大公何某の仇討ちのため、魔物を掻き集めて軍を結成し、人間界へ雪崩れこもうとしていたんだよ』
闘戦士S『敵討ち、当然の発想。わかる』
魔道士M『さて、そんな彼らの前に現れたのが、仇の一人であるボクだ。ああ、誤解しないでおくれ。一応、ボクとしては交渉するつもりで接近したんだ。戦うのは正直ちょっと面倒くさ――いや、あれだけの数の魔物を相手にするのは流石にうっとう――ではなく、平和を愛する正義の魔道士としては』
勇者A『もういいよ本音だだ漏れだからいいからさっさと話を続けろよ!』
魔道士M『……やれやれだね』
勇者A『こっちのセリフだわ!』
魔道士M『ともあれ、交渉は決裂した』
闘戦士S『残念だが当然』
魔道士M『仕方ないので、ボクは力に訴えた』
勇者A『雑に展開が早いな……』
魔道士M『ボクはアルサルと違ってアレコレ悩んだりしない質でね。話し合いが出来ないのならもう殴り合うしかないだろう? 他に問題を解決する方法があるのなら教えておくれ。耳を貸そうじゃあないか』
勇者A『お前、どの口でさっき〝平和を愛する正義の魔道士〟とか抜かしやがった』
魔道士M『そんなわけでボクは一発いいのをくれてやってね。六剣大公をさらに五剣大公にしてあげたというわけさ』
勇者A『俺のツッコミを完全スルーした挙句、やってることが非道過ぎる』
魔道士M『心外だね、アルサルにだけは非道だなんて言われたくないものだよ。君、自分が人間以外に対してどれだけ冷血か自覚していないのかい?』
勇者A『それこそ心外な言葉だな。この平和を愛する正義の勇者に向かって』
闘戦士S『魔族の大公を一体倒した。それから?』
魔道士M『うん、ありがとうシュラト。アルサルの妄言は無視するに限るね。さて、一発でお仲間がやられてしまった大公諸君は、どうも怖気づいたようでね。互いに牽制しあって攻撃してこなくなった。だからボクはこう言ってやったんだ』
勇者A『……嫌な予感がするな……』
魔道士M『せっかくの機会だから君達や魔界について色々と教えておくれ、そうすれば命だけは助けてあげるよ――とね』
勇者A『言動が完全に悪役じゃねぇか! 正義の魔道士はどこいった!?』
魔道士M『落ち着きたまえよ、アルサル。十年前にもよくやっていたことじゃあないか。まぁ、あの時はボク達はまだ幼くて弱かったから、下位の魔族ぐらいとしか交渉できなかったのだけれど。おかげで大した情報は得られなかったし……今思えば、あの状況で【魔王の正体】に到達できるだけの情報を得られたのは、ほぼ奇跡だったと言っていいね。とても運がよかった』
闘戦士S『運命だったのかもしれない』
魔道士M『へぇ、そいつは素敵な考え方だね、シュラト。ボクも是非ともそう思いたいものだ。ボク達は魔王を殺す運命に選ばれし四人だった――とね』
勇者A『偶然でも奇跡でも運命でもどうでもいい。つーか、起こったことに後から理由付けして何か意味あるか? それより、そのなんちゃら大公からは、何かおもしろいことでも聞けたってのかよ』
魔道士M『ああ、これはもったいぶっても意味はないからあっさり言うけれど――【魔王が近々復活するかもしれない】』
闘戦士S『!?』
勇者A『は? 何言ってんだお前?』
魔道士M『ほらね、予想通りの反応だ。まったくもって面白くない。まだシュラトの方がマシなリアクションしてくれているじゃあないか。つまらない男だよ、アルサルは』
勇者A『……いやいや、そうは言ってもお前な? ちょっと考えてもみろ。リンゴが空に落ちていくか? 猫がワンと鳴くか? 冗談を言うならもう少し頭を使えって話だろうが』
魔道士M『うん、残念だけどね、アルサル。悲しいことにこれは冗談じゃあないんだよ。本気も本気、洒落抜きの真実だ』
勇者A『……あり得ないだろ。十年前、俺達は魔王を〝封印〟するんじゃなく、〝殺した〟んだぞ。もちろん、それだけで二度と復活しないなんて断言はできねぇが……〝封印〟だけでも千年はもつんだ。なのに、歴史上初めてぶっ殺してやったっていうのに、百年もしないうちに復活するだと? 明らかに計算がおかしいだろうが。一万年ぐらい死んでてもいいはずだぞ』
魔道士M『気持ちはわかるよ、アルサル。というか、心情的にはボクも同感さ。あってはならない理不尽だと思う。だけど、現実を無視するわけにもいかない。そうだろう?』
闘戦士S『エムリス、説明を』
魔道士M『ああ、わかっているとも。まずは原因について。ボクが六剣――ではなく五剣大公から聞いた話によると、結局のところ魔王復活の原因はボク達、ということになる』
勇者A『はぁ!? なんでだ!?』
魔道士M『大体の察しはつくだろう? 先日の戦いさ。魔界の央都での戦いで、ボク達は多くの魔族を殺した。そうだね?』
闘戦士S『確かに、央都は壊滅状態だった』
魔道士M『ああそうさ。さらにはっきり言うと、生存者……生き残った魔族は大公らだけだったそうだよ。あちらから見れば大虐殺だね。それはもう、復讐のため総力を挙げて人界へ攻め込む気にもなるってものさ』
勇者A『……ま、確かにな。それ自体を咎めようとは思わねぇよ。たとえ十年前、いやもっと昔から魔王に操られた魔族や魔物が大勢の人間を殺したり喰ったりしてきた――っていう事実があろうとな』
闘戦士S『アルサル、微妙』
勇者A『うるせぇ、変な言い方するなよ。沈痛な面持ちだとか、他にも言いようあるだろうが』
魔道士M『さて、本題だ。生き残った上級魔族は、当然ながら復讐の炎を胸に抱いて人界を攻撃しようと考えていたわけだけれど。しかしそれだけじゃあない。彼らはね、【逃げる必要があった】のさ。生まれ育った故郷、魔界から。少しでも遠くへ』
勇者A『――魔王が復活するから、か?』
魔道士M『その通り。いつだったか、君には少し前にも語ったことがあったね、アルサル。封印された魔王が復活する、そのメカニズムを』
勇者A『ああ、アルファドラグーンで再会した時か? お前が、俺の土産で持ってきた竜玉で無茶やった時の話だろ』
魔道士M『挑戦的な実験と言ってくれたまえ。時代を拓くための実験に、無茶や危険はつきものなのさ』
勇者A『物は言いようだな』
魔道士M『というわけで繰り返しになるけれども、魔王復活の鍵は〝魔力〟だ。通常、魔界に充満している魔力は自然に発生したものじゃあない。あの領域に棲まう魔族や魔物から生まれたもので、実は魔界特有のものではないんだ。魔界に魔族や魔物がいるのではなく、魔族や魔物のいる場所こそが魔界となる。わかるかな?』
闘戦士S『わかる』
魔道士M『素晴らしいね、素直な返事だ。ではさらにいこう。魔王が復活するために必要なのは、大量かつ濃密な魔力――というより、膨大な魔力が寄り集まり、凝縮することによって魔王は【発生する】。だから例え封印したとしても、いずれ魔王は新たに【発生】し、さらにその力でもって封印を破って【復活】する。これが大体、千年周期で起こっていたことだと、ボクは分析している。まだ仮説ではあるけれど、そう大して間違ってないんじゃないかと確信しているよ、個人的にね』
勇者A『要は魔王が発生&復活するには、気の遠くなるような時間をかけて膨大な魔力が溜まらないといけない――ってことだろ?』
魔道士M『そう、その通りだよアルサル君。察しがいいね。つまりはそういうことで、魔王は魔力がある場所に誕生する。極論、どこでもいいんだ。膨大にして濃厚な魔力さえあれば、そこに自然と発生する――それが魔王という〝現象〟なんだよ』
闘戦士S『まるで台風のようだ』
魔道士M『ああ、いいこと言うね、シュラト。まったくその通りだよ。魔王とは自然現象と言っても過言じゃあない。エネルギーが集まり、形をなし、やがてエネルギーを使い果たして消滅してく……まさに台風そのものだ。ただ問題は、そのエネルギー量が台風とは比較にならないほど膨大なことなんだけれど』
勇者A『なぁ、話が見えないんだが……まず、魔王が復活するってことはわかる。ついでに自然現象みたいなものだってこともわかった。だがな――俺達はそんな魔王を【概念ごと殺した】はずだろ? 再現可能な〝封印〟じゃなく、きちんと〝抹殺〟したはずだ。この世界の理を越えた力を使って、な。だっていうのに、なんで魔王が復活するって話になるんだよ?』
魔道士M『おっと、勘違いしないでおくれ、アルサル。ボクは魔王が復活するだなんて【断言】はしていないよ。ボクはこう言ったんだ、【魔王が近々復活するかもしれない】――とね』
闘戦士S『まだ可能性の話なのか?』
魔道士M『正直、微妙なところではあるのだけれどね。まだ確信に至るだけの材料が手元にない、というだけの話で。けれどボクの信条としては、確実ではないことを断定するのは避けたいのさ。だから、かもしれない、とボクは言う』
勇者A『まどろっこしいやつだな……』
魔道士M『アルサルにだけは言われたくないよ。いつもいつもまどろっこしいことを言って、肝心な行動にはなかなか出ないくせに……君だってムスペラルバードの国王になっていながら、未だに世界統一も出来ていないじゃあないか』
勇者A『はぁ? いやいや、そういう話はしてないぞ? なんでそうなるんだよ?』
魔道士M『はいはい、そういうことにしておこうか。話を戻そう。アルサルが疑問に思う通り、確かにボク達は魔王を殺した。本来、歴代の勇者一行がやってきたように封印することしか出来なかった魔王を、その存在の根底から否定したんだ。外部世界の力、八悪の因子を用いてね。故に、この世界に誕生してからずっと存在していた魔王は消え去った。もう二度と同じ現象は起こらない。それが【存在を殺す】ということだ』
勇者A『――? じゃあ、なんで魔王が復活するかもしれない、なんて話になるんだよ?』
魔道士M『そうだね、簡単に言うなら――台風は死んだけれど、竜巻はまだ生きている……という感じかな? この意味、わかるかい?』
勇者A『……………………なんか、ちょっと嫌な予感がしてきたぞ』
魔道士M『いいね、嫌な予感がするということはボクのたとえ話が理解できているということだ。つまり、ボクが言いたいことをより詳細に言うならば、こうなる。――近く魔王【みたいな】存在が生まれる可能性が高い……とね。非常に残念なことながら』
闘戦士S『なんてことだ』
勇者A『いやあっさりしてんなシュラトお前。まぁ、お前らしくていいと思うが……しかし、魔王みたいな、か……あー……………………マジかー……』
魔道士M『おやおや、テンションが地の底まで下がっているね、アルサル。むしろ君なら闘志が燃え上がるものかと思っていたのだけど』
勇者A『アホか。盛り上がるわけないだろ。あんだけ頑張って魔王を殺したってのに、それがほとんど徒労だって言われたようなもんなんだぞ。サゲサゲだわ、ガチで』
魔道士M『おや、そうかい、じゃあ君の気分が下がっている間に重要なことを言っておこうか。今回、その〝魔王みたいな〟のが発生する理由は二つ。まず一つが、君とシュラト、そしてボクが繰り広げた戦いによって犠牲になった魔族と魔物の命。彼らが死ぬことに大気に解放された魔力がかなりの量となるようだ。魔界の中心だけあって、上級魔族も大勢いただろうしね。実に自然な流れだよ』
闘戦士S『もう一つは?』
魔道士M『うん、ボクの魔力だ。正直、大変申し訳ないと思っている』
勇者A『……………………は?』
魔道士M『いやぁ、とっても言いにくいことなのだけどね。ボクの魔力は強くなりすぎてしまったようなんだ。魔道士としては誇らしいことなのだけどね。けれど、この世界においては過ぎた力だったらしい。辛いね、強すぎる力を持つというのは』
勇者A『……おい、ちょっと待て。まさか――』
魔道士M『ああ、そのまさかさ。シュラトを止めるために思いっきり魔力を使ったからね。それが魔界において何百年もかけて生まれる魔力量に匹敵したらしい』
勇者A『ちょ、おま、』
魔道士M『しかしまぁ、起こってしまったことは仕方がない。そこをとやかく言うのはやめようじゃあないか、アルサル。変な風に話が転がると、またぞろシュラトが責任を感じて暗くなってしまうよ?』
闘戦士S『もう感じている』
魔道士M『ほらね? 繰り返すけれど、さっきも言ったようにこれはボク達全員の責任だよ、シュラト。一人で抱え込むのはなしだ。なにより八悪の因子への影響もあるしね。問題はみんなで共有しあって、協力して解決にあたるべきだよ。二度と同じような間違いを犯さないためにもね』
闘戦士S『……わかった』
勇者A『……………………とりあえず細かいことは抜きにして、つまりはそういう理由で魔王が復活するってわけだな。まずは理解した』
魔道士M『いいね、君は割り切りと呑み込みが早くて助かるよ、アルサル。さすがは〝勇者〟の器だ』
勇者A『それで、魔族達が魔界から逃げ出さないといけないってのは、どういうことだ?』
魔道士M『わからないかい? 魔王が復活すると、魔族や魔物はどうなるかは君も知っているはずだろう?』
勇者A『……魔王に精神を支配されて、自我を失う。自分では動くことができない魔王の手足となって、人間を襲い出す――なるほど、そういうことか』
魔道士M『その通り。意識を失って自由が奪われるだなんて、実質死んでいるようなものさ。その間に起こったことは記憶にも残らないようだしね。人生――いや、魔族生の貴重な時間を大量に失うことになってしまう。普通に考えれば、誰だって嫌だろうさ、そんな事態。しかも同じことが十年前にあったばかりだ』
闘戦士S『昔、己達が倒した上級魔族もそうだったのか?』
魔道士M『彼らの話を信じるのなら、どうもそうらしい。といっても、ボク達は実際に彼らと会話をし、よく罵倒やら嫌味を聞かされたものだけれどね。まぁ、そのあたりはクオリアの問題だろう』
勇者A『クオリア……ってなんだ?』
魔道士M『わかりやすく言えば〝主観的意識〟というやつさ。魔王の支配下にあるときの魔族にはそれがない。だけど、いちいち手取り足取り操らないと動かない人形でも困る。なら、既に肉体に刻まれている記憶をもとに自律的に行動する方が魔王だって助かる。よって、魔族や魔物はクオリアを失いながらも、それでも記憶にある通り〝自分らしい行動〟をシミュレートして動いたり喋ったり、何なら食事や排泄といった生活に必要な行動を実行していたんだろうね』
勇者A『便利というか、生き物として歪というか……』
魔道士M『それだけ魔王という存在が規格外過ぎたという話さ。むしろ魔族と魔物は、魔王のためだけに生まれた存在だと言っても過言ではないかもしれない。魔王のために生まれ、魔王のために生き、魔王のために死に、死後の魔力もまた魔王の糧となる――生物としては何ともひどいデザインだけどね。この世界を作った創造主はよほどのサディストか、あるいは深く物事を考えないろくでなしだったかのどちらかだろうさ。さらに言えば、魔族は人間にとって――』
闘戦士S『――天敵。相反する存在』
勇者A『あー……言いたいことはわかるけどな? でも、そんなこといちいち考えてたら戦えなくなっちまうだろうが。同情は禁物だ。俺達はどこまでいっても人間側の存在なんだ。しかもあいつらの性質上、どうあっても共存はできないんだしな。戦って殺す、それしかないんだ。割り切るしかねぇだろ』
魔道士M『……本当にアルサルはアルサルだねぇ。割り切りが良すぎるのも困りものだ。やっぱり、君に正義だの道徳だの優しさだのについてゴチャゴチャ言われるのは心外だな。君ほどの冷血漢をボクは他に知らないよ』
勇者A『いや俺こそお前に冷血漢とか言われたくないんだが? さっき一発でなんたら大公の一匹をぶっ殺してやったって誇ってたのはどこのどいつだ?』
闘戦士S『正直、二人とも似たようなもの同志だと思う』
魔道士M『……第三者から客観的に言われると衝撃的だね……魔道士は智を追求するものだけど、こればかりは知りたくなかったかな……』
勇者A『失礼千万すぎるだろお前……ってか話が盛大に逸れてるじゃねぇか。つまり、魔族達は復活するかもしれない魔王――もとい魔王モドキ? の精神支配から逃れたいがために、人界に攻め込もうとしてたってのか?』
魔道士M『そう単純明快な話ではないさ。先程も言ったように、ボク達への復讐も目的に含まれていただろうしね。あと、おそらくだけれど――』
闘戦士S『まだ理由があるのか』
魔道士M『――大公らの話を聞くと、彼らは『果ての山脈』の麓で侵攻の準備をしつつ、とある大事業を行おうとしていた。何だと思う? なんと、〝龍脈結界〟の破壊だよ。まぁ、最初は頑なに口を割ろうとしなかったのだけどね。ボクが、さらに四剣大公になるかい? と問うたら教えてくれたよ。理由は適当にごまかされてしまったけれどね』
勇者A『……とか言ってる当のお前が、その〝龍脈結界〟をぶっ壊してくれやがったわけだが?』
魔道士M『まぁまぁ話は最後まで聞きたまえよ。彼ら魔族は、どうして〝龍脈結界〟を破壊しようとしていたと思う?』
闘戦士S『〝龍脈結界〟は魔力をせき止める防壁』
魔道士M『そう、逆に言えばそれだけの結界だ。人界に乗り込むだけなら別に破壊する必要なんてないそれを、魔族はあえて破壊しようとした……つまり?』
勇者A『面倒くせぇからさっさと答えを言えよ。まぁ、大体わかるけどな』
魔道士M『短気だねぇ。ま、いいか。シュラトの言う通り〝龍脈結界〟は魔界に充満する魔力を人界側へ流れこまないようにしている、いわばその為【だけ】に存在する結界にして防壁だ。魔力以外のものは簡単に素通りできるけれど、そのかわり魔力だけは何があっても絶対に通しはしない――そういったピーキーな設計だね。対象を狭く絞ることによって、その効果を絶大にしているんだ。魔法や魔術に〝等価交換〟の原則なんて意味はないけれど、単純な話、力を一極に集中すれば成果は上がる――これはそれだけの話さ』
勇者A『おかげで結界があるにもかかわらず、魔族も魔物もその気になればこっち側に入り放題だったわけだよな。まぁ、魔力が薄いこっちじゃ長時間の活動は難しかったようだが』
魔道士M『そう。ここまで説明すればもう大体はわかるね? 魔族は【人界に魔力を持ち込みたかった】のさ。〝龍脈結界〟を破壊し、魔界に満ちた魔力ごと人界へ乗り込む――これが成功して初めて、魔族は人界を支配することが可能となる。いやぁ、そう思えば〝龍脈結界〟とはよく考えられたものだね。魔族や魔物そのものではなく、【補給線を断つ】ことによって侵略を防止するなんて。上手いやり方を思いついたものだよ』
闘戦士S『兵站は戦略の基本』
魔道士M『その通り。〝龍脈結界〟がある限り、散発的な攻撃は容易でも本格的な侵略は困難を極める。実際、十年前の魔王軍もアルファドラグーンの国土を三分の一ほど手中に収めたけれど、結局は中央の王都は落とせず、また支配権を手にした北部と南部を伝って二ルヴァンアイゼンとムスペラルバードを攻撃したけれど、終ぞめぼしい戦果は得られなかった』
勇者A『で、そこから先の展開になる前に、俺達が魔王を倒したってわけだよな』
魔道士M『概ねその理解で間違っていないよ。アルファドラグーンは五大国の中で唯一、魔王軍に侵略された国だったわけだけれど、そのおかげで他国よりも大気の魔力が濃くなってしまった。それが、戦いが終わった後にボクが居座る理由になったわけだけど――閑話休題。そもそもの話だ。元より魔王の目的は人界の侵略および、人界の【魔界化】だったわけで。その頃から既に魔界にとって〝龍脈結界〟は邪魔なものでしかなかった。けれど、魔王の精神支配から解放された今の魔族らにとっては、また別の意味で邪魔になっている』
闘戦士S『また別の意味とは?』
魔道士M『濃密な魔力が凝り固まることによって魔王は発生する。つまり――逆に言えば、魔力が分散してしまうと魔王は誕生できない。〝龍脈結界〟に穴を開け、魔界に充満する魔力を人界へ垂れ流し、濃度を薄める。そうすれば新たな魔王だか魔王モドキの発生を遅延、あるいは阻止することができる。彼ら魔族はそう考えたのさ』
勇者A『要するに、結界に穴を開けて魔王モドキの発生を阻止しながら、逃げ出すついでに人界を侵略して、さらには俺達が殺した同胞の仇を討とうとした――一石二鳥どころか三鳥狙いだったわけか。随分と欲張ったもんだな』
魔道士M『欲張ったというより、人界侵略という一つの行動にいくつもの利点があっただけ、と見た方が正確だと思うのだけどね。とはいえ、魔族の思考は人間のそれよりもなお利己的かつ自己中心的だ。君の感想を否定するつもりはないよ、アルサル』
勇者A『へーへー、ご高説どうも。なんにせよ短絡的な話じゃねぇか。……で?』
魔道士M『で? というと?』
勇者A『まだ肝心なことを聞いてないぞ。その人間よりも利己的かつ自己中心的な魔族に、【どうしてお前が味方してるんだよ】?』
闘戦士S『味方しているというより、主導している』
勇者A『おう、そうだった。よりにもよって〝魔王エムリス〟だぁ? 件の魔王モドキにお前がなってたんじゃ世話ねぇじゃねぇか』
魔道士M『やれやれ、困ったことだね。ここまで君達の理解力が低いとは。少し買いかぶり過ぎていたかな? かつての仲間達が耄碌する姿なんて見たくなかったのだけどね。ヒントならもう十分に出しておいただろう?』
勇者A『おいおいすごいなお前。なんでそんな上から目線なんだ? 普通はそっちからちゃんと説明するのが筋だっていうのに、いつの間にかクイズ形式になっているとか。マジ引くわ……本当そういうとこな、〝残虐〟の因子に引っ張られてるのかどうかは知らんが』
闘戦士S『落ち着けアルサル。エムリスは昔からこういうところがあった。因子のせいではない』
魔道士M『シュラト、それフォローになっていない気がするのはボクだけかな? かな?』
勇者A『割と素でディスるところあるよな、シュラト……』
闘戦士S『そうか?』
魔道士M『ああ、うん。この話を続けるとボクにとって不愉快な方向に話が転がりそうだからやめておこうか。さて、それじゃあ説明するけれども。いくら君達でも多少の予想は出来ているだろう? ボクが魔族と手を組んだのは――もちろん、魔王もしくは魔王モドキの発生を未然に防ぐためだよ』
勇者A『……あー、まぁ、うん。やっぱりか。一応もしかしたらそうかもなーとは思っていたんだが……そう推察した上でお前のやり方が滅茶苦茶すぎて、本人の口から聞かないとまったく信用ができなかった、とは言い訳しておくぞ?』
闘戦士S『右に同じだ』
魔道士M『君達……どれだけボクのことを信じていないんだい――と言いたいところだけれど、八悪の因子のこともあるし、まぁ仕方ないか。それにちゃんと〝言い訳〟だと表現した辺りに気遣いがあると見て、目をつむろうじゃあないか。結構かなり心外ではあったし、こんなボクでも多少は傷ついたのだけどね。傷ついたのだけど、ね?』
勇者A『いや繰り返すな。大事なことだから二回言いました的な空気を出すな。全然目がつむれてねぇぞ。ウィンク下手くそか』
闘戦士S『エムリス、魔王モドキの復活を阻止するための具体的な方法が聞きたい』
魔道士M『完全スルーありがとうシュラト。君もまったく相変わらずだ。しかし魔王モドキの【復活】とは、また言い得て妙だね。確かに魔王モドキは魔王と同一ではないかもしれないけれど、しかし状況的には〝復活〟と言っても過言じゃあない。魔王が存在した時と同等か、あるいはそれ以上の被害が生じるだろうからね』
勇者A『千年に一度の〝天災〟がたった十年で再発するとか、悪夢だろ……』
魔道士M『まったくだね。さて、シュラトが言うように具体的な説明が必要かな。まず、ボクが敢えて魔王を名乗った件について話そうか。先に言っておくけれど、別にノリで言ったわけじゃあないよ。わかってるとは思うけれど』
勇者A『あー大丈夫、大丈夫。わかってるって。いやマジで』
闘戦士S『わかっていた。問題ない』
魔道士M『――本当かなぁ!? 君達、本当にそう思ってたのかな!? はっきり言うけれども、ものすごく信憑性がないのだけどね!? さっきの今なのだし!?』
勇者A『まぁまぁ、落ち着けって。いや、正直言えば微妙なところだったんだけどな。でも昔のお前を思えば、理由もなしにこんなふざけたことはやらないはずだろ? とはいえ、この前の『果ての山脈』での前科もあったしな。魔族相手に変な啖呵を切ったりして』
魔道士M『あれは魔族が相手だったからだよ。いくら何でも人間相手にあのノリで行ったりなんてするものか。魔族の精神性を考えれば、最初にガツンと行くのは正攻法なんだ。それは君達も知っているだろう?』
勇者A『まぁな。あいつら下手に出るとどこまでも増長しやがるからな。つけあがる前に鼻っ柱を折ってやるっていうのは、確かに正解なんだが』
魔道士M『ボクは基本、必要のないことはしないさ。知っての通りボクの中には〝怠惰〟がいるのだからね。余計なことはしたくないんだよ。そして、そんなボクが魔王を名乗ったのにも無論のこと理由はある。それは――』
闘戦士S『それは?』
魔道士M『――西の大国ヴァナルライガー、を本拠地とする【聖神教会】に動いてもらうためさ。……ん?』
姫巫女N が参加しました。
魔道士M『おやおや、噂をすればなんとやら。ちょうどよく聖神教会の幹部様のお目見えだ』
姫巫女N『おばんどすー。お久しぶりやねぇ、ほんま』
勇者A『おう、久しぶりだな、ニニーヴ』
闘戦士S『久しぶりだ』
魔道士M『やぁ、元気そうで何よりだよニニーヴ。ちょうど君の話をしようと思っていたところなんだけれど……何のことかわからないだろうから、君はまずログを読んでくれるかい?』
姫巫女N『へぇ、ウチの話やったん? ほなら、ちょいお待ちになってなー。ここまでの記録を読んできますよってに』
勇者A『……相変わらずのゆるさというか、不思議なノリだな、ニニーヴ。正直すげぇ懐かしいぜ……』
闘戦士S『同感』
魔道士M『さて、ニニーヴがログを読んでいる間にも説明できることは説明しておこうか。あと、ニニーヴにはどうして参加が遅れたのかについて聞けるよう、ここにメモしておこう。ニニーヴ、これを読んだら教えてくれたまえよ』
勇者A『よく考えたらエムリス、お前がえらいこと仕出かしたからこんな緊急会議を開いてるっていうのに、なんでお前が普通に仕切ってるんだよ……』
魔道士M『細かいことを気にしてはいけないよ、アルサル。あと、ボクは何も仕出かしてなんていない。今回のはいわば緊急避難だよ。それを説明しよう』
闘戦士S『ヴァナルライガーと聖神教会、どうして必要なのか?』
魔道士M『簡単な話さ、シュラト。〝龍脈結界〟に穴を開け、魔界の魔力を人界に流出させることによって濃度を薄め、魔王モドキの復活を阻止する――そう、魔王モドキを復活させないためには、これは絶対に必要な措置だ。今のところ代案はない。あるなら教えて欲しい。ボクも考えてみたが、残念ながら妙案は浮かばなかった。けれど』
勇者A『魔力は原則、人間にとって〝毒〟だって言いたいんだろ?』
魔道士M『その通りだよ、アルサル。原則――あくまでも原則だけれど、魔力は人類の肉体に適合しないエネルギーだ。もちろん例外はあるのだけど。そして、猛毒というほどではないが、だからといって無視できるほど影響が軽微なものでもない。何とも微妙な代物だ。故に、そのまま垂れ流し続けるわけにはいかない。いくら魔王モドキの復活を阻止するためとはいえ、ね。別の理由で人類が滅んでしまっては、元も子もないだろう?』
勇者A『ファンタジー的な存在の魔力が、まるで産業廃棄物みたいだな……』
魔道士M『夢がないことを言わないで欲しいね、アルサル。けれど、ああ、確かにそうかもしれないね。今回ばかりはその例えが的確かもしれない。魔界に溢れる魔力はどうしようもなく毒素で、それが人界へと流れ込んでしまっている。世界を救うためのやむを得ない措置ではあるけれど、だからといって、そのまま黙って捨て置くわけにもいかない。少なくとも被害が出ないよう、人体に影響が出ないよう、毒を中和しなければいけない』
闘戦士S『毒を中和?』
魔道士M『そうさ。一番いいのは、魔界すべての魔力を魔族や魔物ごと別次元へと捨てることだけれど、それは流石に不可能に近いからね。魔界の魔力を薄めるためには、やはり人界へ破棄して濃度を低めるしかない。だが流出した毒――魔力は適切に処理すれば、その毒性を消すことが可能だ。どうすればいいかは、君達も知っているだろう?』
勇者A『……そこで聖神教会の名前が出てきたってことは、まさか聖力で打ち消すってことか?』
魔道士M『逆に聞くけれど、他に方法はあるかい? 魔力と聖力は相反するもの。魔力を無害化するには、聖力をぶつけて中和するか、あるいは――』
闘戦士S『あるいは? 他にも方法があるのか』
姫巫女N『そらまぁ……【人間が魔力に耐えられるよう進化する】――ぐらいしかおまへんねぇ?』
勇者A『うおっ? びっくりした……』
魔道士M『ニニーヴ……ログを読んでいるはずの君がボクの台詞を取らないでくれるかな? 相も変わらず抜け目のないことで、それはそれで懐かしいのだけれど』
姫巫女N『あらあら、すんまへんねぇ、つい。ほな、追いつくまで黙ってるさかい、続けたってくださいな』
魔道士M『言われずともさ。ごゆっくり。さて、続きだけれど――とはいえ、だ。教皇を筆頭に、聖神教会のお歴々(れきれき)は頑固で融通が利かず、原則的に他人の話を聞かない、キングオブ老害のような集団なのは君達も知っての通り』
勇者A『エムリス、お前ニニーヴがログ読みに行っているからって、思いっきり言いたい放題だな……』
魔道士M『いや、別に嫌味でも当てつけでも皮肉でもないさ。単なる事実だよ。教義についてはよく知らないけれども、頭の固い彼らが内ゲバで忙しいのは周知の事実で、なんと魔王が人界に攻めてきた時でさえお抱えの聖堂騎士団の派遣を渋ったほど吝嗇な組織なんだ。そう簡単に重い腰を上げる連中じゃあない。まさしく、世界にとって存在価値のない集団さ』
闘戦士S『エムリス、辛辣』
魔道士M『あんな連中を動かそうというのだからね、辛辣にもなるさ。さぁ、そんな自分のことしか考えない老害を動かすためにはどうすればいいと思う? はっきりと自分で言ってしまうけれど、ボクが魔王を名乗って人界に攻め込んだところで、一切の動揺も見せないだろうね。それは十年前の魔王エイザソースの時代に立証済みだ。彼ら、聖神教会は動かない。それこそ、ヴァナルライガーに魔の手が及びでもしない限りね』
勇者A『あー……今のでわかった。つまり、お前が魔王エムリスを名乗ったのは、西で引き籠もっている聖神教会を威嚇するための一環ってことだな?』
魔道士M『ああ、理解が早くて助かるよ、アルサル。その通りさ。ボクが魔王を名乗ったのも、人界へ逃げるように侵攻する魔族軍に与するのも、つまりはそういうこと』
闘戦士S『ようやく繋がった』
勇者A『要するに……魔王モドキの復活を阻止するために〝龍脈結界〟に穴を開けて、人界に魔力を垂れ流した。だが魔力は人間にとって毒だから、それを中和するためには聖力を扱う聖神教会に動いてもらわないといけない。そのため、敢えて魔王を名乗って人界を侵略する振りをする――ってことでいいんだな、エムリス?』
魔道士M『ああ、細かい部分を除いて端的に言えば、そうだね。と言っても、現段階でもまだ聖神教会は動かないだろうから、更なる一手が必要になってくるとは思うのだけど』
闘戦士S『聖神教会、どうして動かない?』
魔道士M『決まっているじゃあないか。【何とかなると思っているからさ】。自分達が動かなくともね。実際、歴史が証明している。世界のバランスを保つ役割を持つはずの聖神教会が何もしなくても、他が勝手に〝銀穹の勇者〟、〝蒼闇の魔道士〟、〝金剛の闘戦士〟、〝白聖の姫巫女〟を召喚して魔王討伐に向かわせ、魔王の封印に成功しているんだ。何度も、そう、何度もね』
勇者A『しかも、俺達の代にいたっては【抹殺】までしたしな』
魔道士M『そのことを彼らは知らないだろうけどね。魔界と対をなす聖界――即ち聖神の住処である西の果てとのホットラインを有し、魔の力に対抗できる聖の力を持つ。それが聖神教会だ。その本来の存在意義は、東の魔の力が大きくなりすぎた際の抑止力。つまりは熱くなりすぎた石に水を掛けるというバランサーの役目だったのだけど、下手に四英雄の中に聖力を司る〝白聖の姫巫女〟がいるせいか、彼ら教会が世界の危機に際して動いたという記録はない。まったく、これっぽっちもね』
勇者A『教義のことはよく知らないと言いつつ、めちゃくちゃ調べてるなお前……』
勇者A『一応、聖力についても研究はしているからね。けれどボクが興味があるのは力だけさ。宗教の教義になんて興味はなくてね、残念ながらそのあたりは調べてないんだ。まぁ、大体の想像はつくけれど』
闘戦士S『宗教団体のやることはたいてい決まっている』
魔道士M『おや、シュラトにしてはなかなかに辛口だね。けれどまぁ、その通りさ。あの手の輩が言うことは決まり切っているからね。調べるまでもないのさ。実際、上層部の彼らがやっているのは醜い権力闘争なのだからね。語る価値もない』
勇者A『それで? そんなジジイ共の尻に火を点けてやろうってのはわかるが、具体的にどうするつもりなんだ?』
魔道士M『決まっているじゃあないか。平和ボケした老人にはバケツで水をぶっかけてやるのさ。そうでもしないと目が覚めないだろうしね。いや、それにしても、バケツで水をぶっかけると尻に火が点く、か。これはまた妙な表現になってしまうものだね』
勇者A『かけてるのは水じゃなくて油なのかもな。って、それ全然具体的な話になってないだろ。【俺達はどうすればいい】?』
魔道士M『おっと、こいつは嬉しいね。我ながら荒唐無稽な話をしているつもりだったのだけど、お願いする前から協力を申し出てくれるなんて。とても助かるよ』
闘戦士S『俺達、仲間』
勇者A『どうせ最初から俺達を巻き込む気満々だっただろ、お前。そうでもなけりゃ、こうやって招集に応じるわけないしな。逆に、俺達の協力がいらない時は完全無視で好き勝手やってたに決まってる。お前のやりそうなことなんて俺もシュラトもわかってんだよ』
魔道士M『おかしいね。君達の中でボクのイメージはどうなっているんだい? 知っての通り、ボクは公明正大で理性と慈悲に溢れた魔道士なのだけど』
闘戦士S『エムリス、具体的な話が聞きたい』
魔道士M『えっ、完全スルー?』
勇者A『与太話はどうでもいいってよ。ほれ、とっとと話せ、専断偏頗で勢い重視で情け容赦ない魔道士様よ』
魔道士M『解せない。非常に解せないね。言いたいことは百万とあるけれど、今は話を進めることに集中しようか。と言っても、ボクが君達に期待していることなんて、大体は想像がつくだろう?』
闘戦士S『魔王エムリスの討伐?』
魔道士M『はははは、面白い冗談だね、シュラト。……冗談だよね?』
勇者A『とりあえず、元勇者とその一行として魔王エムリスに対抗する振りをしつつ、魔王軍の矛先が自然とヴァナルライガーに向くようにして、密かに聖神教会の引き籠もり達をビビらせる手伝いをする――こんな感じか?』
魔道士M『流石だね、アルサル。そこまで理解してくれているのなら話は早い。わざわざ魔王を名乗った甲斐があるというものさ。付け加えて、魔界から流れ込んでくる魔力の危険性を世界中に喧伝して欲しいね。そうすれば世論の目が自然と聖神教会へと向かうだろう。いくら昼行灯な教皇や総大司教も動かざるを得ないはずさ。人々の信仰を集めてナンボの商売なのだからね』
勇者A『宗教団体をはっきりと商売と言い切るな。情緒もクソもないじゃねぇか』
魔道士M『そうでないのであれば、ボクも嬉しかったのだけどね。ともあれ、魔族と魔物の牙が喉元に触れるまで、教会の老害は絶対に動かないだろうからね。君達は抵抗しながら、防衛線の一部に穴を開けておくれ。ボク達はそこを通ってヴァナルライガーへ電撃的な侵攻を仕掛ける。結果として聖神教会が重い腰を上げて、魔力の中和に出たのなら目下の目論見は成功だ』
勇者A『あー……まぁ、セントミリドガルはしばらくゴタゴタしているだろうからな。穴なんていくらでも作れるかもだが……アルファドラグーンはどうするつもりだ? お前が世話になってた国だし、何よりアルファドラグーンは昔から魔物の脅威に晒されてきた国だ。抵抗は激しいと思うぞ』
魔道士M『ああ、そこは任せておくれよ。見ていたまえ、ボクこと魔王エムリスはこれからアルファドラグーンを犠牲一つなく落として見せよう。無論、交渉や策略なんて迂遠なことはしない。徹頭徹尾、力尽くで何とかしてやろうじゃあないか。大魔道士らしくね』
勇者A『魔王なのか大魔道士なのか、どっちなんだよ……』
魔道士M『というわけで、そっち側――つまり人類側は君達に任せるよ。どうかうまい具合にボクの魔王軍を止めておくれ。そして、いい感じに一部を見逃してヴァナルライガーまで進攻させて、魔界からの魔力を中和させて欲しい。そう、一言で言えば――世界を救ってくれたまえよ』
闘戦士S『責任重大』
魔道士M『頑張ってくれたまえ。成功すれば魔王モドキは復活せず、たとえ人体には無害なレベルで中和されようとも人界全体で見れば大気の魔力濃度も多少は上がるはずで、ボクにとっても人類にとってもいいことづくめだ』
勇者A『おい、俺達にとってメリットが全然ないんだが。おい』
魔道士M『そればっかりは仕方がないさ。世界は変わる――いいや、君達とボクとで変えてしまったんだ。魔王エイザソースを【殺す】ことによってね。結果として、この世界の根幹的なルールを捻じ曲げてしまった。不可逆の変化を起こしてしまった。だから、これはそのツケなんだ』
闘戦士S『後始末か』
魔道士M『そうさ、まさにその通りだよ、シュラト。これは後始末だ。魔王から世界を救った、そのアフターケア。そして、【世界を救ってしまった】ボク達に課せられたペナルティでもある』
勇者A『……ま、裏技使いまくりの反則チートで手にした勝利だったしな』
魔道士M『そういうことだね。仕方のない話さ。精々、四人で世界の後始末を頑張ろうじゃあないか』
姫巫女N『ほいほーい、おまたせさんどす。ここまでのログ、きっちり読ませていただきましたえ』
勇者A『おう、ニニーヴ。ちょうど話が一段落ついたところだよ。っていうか、ニニーヴって確か聖神教会の幹部だったよな? そっちから働きかけて教会に魔力の中和をさせるってルートはないのか?』
姫巫女N『どうやろねぇ? エムリスはんの言う通り、上のおじいちゃんらはお互いの角を突き合わせることしか考えてへんし……ウチは重宝されとるけど、あくまで〝聖女〟としてやからねぇ。発言力はあんまないんよ、ほんまに』
闘戦士S『意識改革が必要』
姫巫女N『せやね。やから、エムリスはんの予想通り、実際に危ないのが近くまで来ぉへん限りは動かんと思うんよ。ちゅうか、他に方法はないんとちゃうかなぁ? その時が来たら教皇はんも総大司教はんも、えらいビビり散らすやろうけど。うふふ』
魔道士M『やれやれ。他者の狼狽える姿を想像して笑う君が〝聖女〟と呼ばれるのだから、世の中は不思議だね。似たようなボクは何故か〝魔女〟と呼ばれることもあるというのに』
勇者A『お、おう……』
魔道士M『笑顔で聞くけどその反応はどういう意味かなアルサル?』
勇者A『いや嘘つけ、絶対に笑顔なんて浮かべてないだろお前』
闘戦士S『ニニーヴ、参加が遅れたのは何故?』
姫巫女N『ややわぁ、シュラトはんのそういう空気を全然読めへんところ、昔と変わってなくて安心するわぁ。しかも、めっちゃストレートやし。相変わらずやねぇ』
魔道士M『ああ、そういえばボクも君に確認したいことがあったんだ。君の中にある〝憤怒〟や〝嫉妬〟の様子はどうだい? 何か変わったこと、困ったことはないかい?』
姫巫女N『エムリスはんも心配ありがとうなぁ。おかげさまでウチは元気いっぱいやで。どうにか〝憤怒〟はんも〝嫉妬〟はんも大人しゅうしとってくれてはるわ』
魔道士M『ふむ。なるほど。ということは、やはり仮説は正しいのかもしれないね。八悪の因子は孤独であればあるほど活性化する……ニニーヴは聖神教会という組織の中に身を置いているから孤独とは無縁だろうしね。君に宿った因子が暴走していないということは、つまりはそういうことなんだろう』
姫巫女N『そうなん? とゆうか、暴走? そない大変なことありますん?』
勇者A『ま、その話はまた今度な。それより、さっきもシュラトが聞いていたが、遅刻なんてニニーヴにしちゃ珍しいじゃねぇか。何かあったのか?』
姫巫女N『あー、せやったね。そうなんよ、ちょいと折り悪く別件が入っとってねぇ? やけど、おかげで面白い話が聞けたんよ。ちょうどよかったわ、アルサルはん、エムリスはん、シュラトはんに聞いてもらおう思ってたんよ』
魔道士M『おや? ニニーヴがそんな情報屋じみた物言いをするなんて珍しいね。どういった風の吹き回しだい?』
闘戦士S『参加が遅れたことに関連が?』
勇者A『あー……気のせいか? 何だか嫌な予感がするんだが……』
姫巫女N『大丈夫やでー、アルサルはん。ウチが持ってきたんは朗報や。それも、とびっきりのなぁ。あ、でも、そこそこ悪いお知らせもあるねぇ?』
勇者A『おいおい、期待と不安が同じ速度で膨れ上がっていくんだが?』
姫巫女N『あらあら。せやから大丈夫やて、アルサルはん。アンタはんは昔から心配性やねぇ。ちょっと歯ぁ食いしばったら耐えられるもんやから、安心してぇな』
勇者A『全然まったく安心できないんだけどな!? というか早くその面白い話とか悪いお知らせ言ってくれよ!』
姫巫女N『あーせやった、せやった。ほな、どっちから知りたい? 面白い話? それとも、悪い話?』
魔道士M『個人的には悪い話を先に聞きたいね。とても気になる』
闘戦士S『同感』
姫巫女N『ほな、悪いお話からいきまひょか。ちょいと驚きの事実やさかい、よう気張って聞いておくれやす』
魔道士M『ああ、問題ないよ』
姫巫女N『ちぃと唐突なんやけど……ウチら自身のことについてや。なんと……』
闘戦士S『なんと?』
姫巫女N『な、なんと……!』
勇者A『な、なんと……?』
姫巫女N『な、な、な、なんと……!』
魔道士M『寸劇はいいから早く言いたまえよ』
姫巫女N『はいな』
姫巫女N『ま、簡単に言うと、ウチら全員が〝コピー人間〟やった、ちゅう話ですわ』




