妖怪と幽霊
「帰って来ないなぁ……でも死んでる訳じゃないし何してるんだか……」
あれから絶叫を聞きつけてやってきた教師たちを屋上の貯水槽の影に隠れてやり過ごし、天野天利が帰ってくるまで屋上で待っていた。だが待てども待てども一向に帰ってくる気配はなく、陽が沈み始めたの帰る準備を始める。
「眷属化ってマジで精神的に繋がっているんだなぁ……」
天野天利から伝わる感情は喜びと怒り。それが俺の心に定期的に届いて来ているので返り討ちあったのではなく、どちらかというと拷問か何かして遊んでいる気配だった。俺はその気配が一向に止まないので痺れを切らして、
「また明日、学校で話を聞けば良いか。そろそろ学校締まりそうだし」
スマホから流れる音楽を消して起き上がり服に付いた汚れを払う。カバンが教室にあるのを思い出して屋上の階段を降りていると――
「十三階段か……なにこれ、一般人は気付かないだけで世の中は怪異塗れなの?」
――なんとくなく数えた階段の段数が十三段あった。
普段ならそんなことを気にしないが、最後の段が闇で覆われた足場となっていたので無視できず、とりあえず足先で突いてみることにする。
「とりゃ!」
勢いよく足先で蹴っ飛ばすとブルンッ!と震えて、次第に闇の震えが大きくなると闇の段は形を変えて黒い球形になり、黒猫に変わった。
「痛い……何で人間のくせに霊体である僕にダメージ与えられるのさ」
「は?えっ……?なんで十三階段の怪異が黒猫になるの?」
「僕は十三階段の怪異じゃなくて、人を化かして驚かす化け猫だよ。ちょうど放課後にボッチが居たからからかってやろうと思ったのさ」
「化け猫ねぇ……」
薬壺厄災みたいな神様が居るのなら妖怪程度で今更驚きはしないが、こんな放課後の学校で人を化かして楽しんでいる化け猫にボッチ認定されるのは非常に癪に障った。
俺はボッチじゃねぇし……!!ちょっと眷属待ってただけだし、それに友達いるし!
だがムキになって反応するのも自尊心に傷が付くので、畜生には持たない人間の余裕と言うものを見せつけて軽く流す。化け猫は金色の縦に割れた瞳で俺をジッと見つめ。
「人間じゃないね、お兄さん」
確信を持って言うので、どうやら妖怪や超常の存在には簡単に看破されるようだ。
「お前には関係ないだろ。それに俺は日本国籍も持ってるから日本人だぞ」
「僕も妖怪の日本国籍持ってるけど」
「マジか、どこで取得すんだよそれ」
「役所以外にどこで国から国籍取得出来ると思ってるの?」
君は馬鹿だなぁ……と呆れた視線を向けられながらも、内心の驚愕は隠せない。
最近の管理社会ヤベェ……マイナンバーとか色々と個人情報紐づけする社会になってるけど、妖怪みたいなものを対象にして国籍管理してるとかどんだけだよ……。
「まぁ別にどうでもいいや。バイバイ、お兄さん。他に脅かし甲斐のある人間探すよ」
猫の気まぐれな性質は変わらないのか、早々に会話に飽きて軽やかな動きで廊下を駆け抜けて行く。俺はその姿を見ながら、この学校にどれだけ妖怪が居るのか興味が湧いて来たので、帰るのを止めて放課後の学校で妖怪探しを始める。
「吸ってぇー吐いてー……集中して――こっちか」
意識を集中して気配を探ると人ではない存在の気配が二階の教室からするので興味本位で覗きに行くことにした。
二年B組の黄昏に染まる教室で、三つ編みの少女がグラウンドを眺めていた。黄金の夕焼けが差し込み、光と闇の深いコントラストの中に少女の背中は闇に染まっている。そして張りのある声で。
「頑張って……達治!」
窓辺に手を乗せて身を乗り出して大きく叫ぶが、その声は見える人間にしか聞こえないのだろう。現にグラウンドで未だ練習する野球部員たちの誰もがこちらを見ない。それでも少女は何度も声援を上げていた。
「その達治って人は誰なの?」
「ひきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!誰ですか!あなたは!?――あっ」
俺は気配を消して、ずっと背後で見守っていたが飽きたので声を掛けると少女は驚愕してのけ反り、そのまま窓から身を落とそうとしたので――
「よっ……と!不意に声かけてゴメン。ただちょっと気になってね」
「ぇっ!私に触れる……あ、あなたも幽霊か妖怪ですか?」
――その手を掴むと少女は驚愕と少しの怯えを顔を見せて尋ねる。
「妖怪……みたいなものかな?俺はこの学校に通っている生徒だ。君は幽霊?」
「はい。幽霊です。記憶も何も失くして気が付いたら学校に居てずっと漂ってます」
「そうなんだ。それで達治って誰なの?」
何気なくそう質問すると、名もなき幽霊少女はまるで推しのアイドルの魅力を聞かれたかのように目を輝かせて、窓辺に腕を伸ばしてある少年を指差す。
「あそこで投球練習している人ですよ!この学校の野球部のエースピッチャーで打者としても四番に抜擢されて、もうスカウトから何人も声を掛けられて、この前の市営球場で行われた練習試合なんてほぼ完封で打てばヒットは確実の強打者ですよ!それなのに全然傲らなくて優しくて、いつも仲間の事を気にしていて……って何で、あなたはこの学校の有名人である、日野辺達治さんを知らないんですか!?」
「俺は野球には興味ないんだよなー。去年なんて夏休みにバスで無理やり応援に連れてかれたし……強豪校なのは知ってるけど、別に興味ない人間を無理に応援行かせるって学校の思惑にムカつく」
早口で捲し立てる名無しの幽霊に俺はそう愚痴を零すと、
「あー!それだからスポーツに興味ない陰キャ学生はダメなんですよ!人生に一度しかない青春を無駄に浪費してズルズルと大人になるんですよ、あなたみたいな人は!そして後から人生振り返って、あーあん時にもっと青春してればなぁ……って三十路手前で寝る前に後悔することになりますよ!だから達治さんを見習って、今からでも青春しましょう!」
「………………はい」
何で俺は出会って数分の幽霊少女に人生のダメだしされなければならないのか、それに君だってその半ばで死んじゃってるじゃんと言う言葉を飲み込み頷く。文学少女の物静かな外見に似合わずにパワフルな子である。
俺は必死にタオルを振っている少年を見ながら、
「そんなに好きならもっと近くで応援すれば良いんじゃないか?どうせ見えないし聞こえないんだから、こんな所で応援なんてするなよ」
そう言うと大きくのけ反りながら頭を抑えて。
「かー!分かってませんね!こうやって遠くから愛でるのが良いんですよ。それに誰にも聞こえなくても、二階の教室から声援を送るって凄い青春じゃないですか!かー!これだから陰キャはダメなんですよね!」
「俺は陰キャじゃない」
「だったらなんで放課後で一人ボッチして、幽霊と話しているんですか?」
何で妖怪や幽霊からボッチ認定されなきゃいけないのだろう。少し泣けてきた。いっそ眷属としてのパワー全開で脅してやろうか……いやそれはあまりに情けなさすぎるだろ。女子にパワハラって人間のクズだよな……。
俺は最強の力を手に入れても、悪意なき言葉が俺の心にグサリと刺さり心の痛みを抱えたまま。
「すいません。もう失礼します」
「あっ、待ってください」
もうこの場に居るのが耐えられないので去ろうとすると背後から声を掛けられる。まだ俺の心に傷を付けたいのかと嫌々ながら振り返ると、幽霊少女ははにかみながらも、
「たまには私に話しかけてくれませんか?妖怪や他の幽霊とかだと魂を喰らおうとしてくるタイプ多いんで、あなたみたいな無害な妖怪さんとならこうやって話すのが嬉しいんです」
黄昏時の教室で窓辺に座る幽霊少女の憂いを帯びた表情に心が動かされながらも。
「暇な時に声かけるよ。それじゃあな」
「さよなら」
――こうして互いの名も知らぬままに奇妙な縁が結ばれた。