異世界人は最強の人間を探す
白亜の円柱が等間隔で並べられる神殿の儀式場で白いローブを被った神官たちは知らせを聞き恐怖を隠せずにいた。
「召喚した勇者がまた死んだとは……選ばれた存在ではなかったのか?」
「これで七人目。あと三回しかチャンスはありませんぞ」
「現戦力では我々に勝ち目はない。なんとしても異世界から強力な勇者を呼び魔族たちを滅ぼさなければ、人間は滅びてしまいます」
滅びの危機の恐怖は伝播し相乗し広場に集まる神官は恐慌状態に陥る。だがその恐怖の渦の神官たちをたった一言でその場を鎮める者がいた。
「落ち着きない。我らの神は決して見捨てません」
凛と透き通る声が儀式場で響き渡り、神官たちは若年にして神から寵愛を受けた聖女エリウル様に視線が集まる。長い金髪を靡かせて、銀の瞳を持つ聖女は落ち着いた声で続ける。
「残りの三回の勇者の召喚は、人間の中でもっとも最強の存在を呼び出します」
「な、なにを言っておられるのですか?!その存在がどのような者か、善性も確かめずに召喚するなど危険すぎます!」
通常の勇者の召喚には適性のある人間を呼び出すのが通例である。長い歴史で力のみを求めて召喚して壊滅的な被害を受けた記録は多く、今では多少は見劣りしても善性の人間を勇者として召喚し鍛えるのが当たり前となっていた。
「召喚の呼びかけに応じるのか、そして私たちの願いを聞いてくれるのかすら分からないとても危険な賭けです。ですが残された道はこれしかない」
残り三回を最強の人間を呼び出す儀式に賭ける聖女の一世一代の大勝負に、神官たちは動揺を隠せないが、どのみち魔族が長期戦に持ち込めば最終的に滅ぶのは人間であるので消去法的に聖女の意見に賛同するしかなかった。
エリウルは周囲の神官たちから反対意見が出ないのを確認して。
「それでは最強の人間を呼び出す勇者召喚を始ましょう。その人間が私たちにとっての勇者であることを神に祈って」
神官を集め残り三回の人類の存亡を賭けた勇者召喚を始めるのだった。
☆☆☆
「イカ焼きがまた病院に担ぎ込まれたらしいぞ」
「またか……何回病院のお世話になってるんだ、アレ」
通学の途中にクラスメイトの直樹と偶然会ったので会話をしながら学校に向かう。話題はイカ焼きと呼ばれる同級生の天野天利の自殺未遂の話だ。もう三回ほど手首を切って病院のお世話になっている。
「死ぬ気あるのかないのか分からない奴だな」
「そろそろ措置入院コースじゃね?別に生きるも死ぬも本人の意思だと思うけどよぉ……死ぬなら死ぬでキッパリと死んでくんねぇかなぁ」
直樹は非情な物言いで批判するが、俺からすればイカ焼きがどうなろうと知ったことではないので特に何も言わない。ただこの会話が聞かれた生徒指導室コースであるのは自覚しているので、話題を変えることにする。
「そういえば光華堂で縁日のバイトを募集していたけど、一緒にやらないか?」
「期間限定のバイトだろ?それ日払いか?」
「日払いで勤務時間が七時間で一万。悪くないだろ」
直樹は考え込んでいた。地元のデパートとなれば同級生に出会う確率は高く、冷やかされるのが嫌なのだろう。だが時給で1000円越えとなると金のない学生の身からしたら考えざるを得ない。
俺も金溜めないとなぁ……ゲーム機を寄越せ、ボードゲームを寄越せ、小型のDVD再生機器を寄越せと俺を便利な執事だとエンド様は思っている節があるからなぁ……まぁ、眷属なんだから正しいのだけど。
互いの記憶を覗いてから、エンド様は虚無の空間で暇を潰す物を俺に要求してきた。今ではゲーミングPC、スニッチ、DVDから本という俺の娯楽用品全てをエンド様に献上し、自室は断捨離マニアの人間のようにテレビと勉強用の本とベットと着替えと最低限の生活必需品しかない侘しい部屋に変貌したので、俺は今切実に物を買う金が欲しい。
「エンド様は金遣い荒いってレベルじゃないぞ……発電機を買えとか一体いくらか掛かると思ってんだ……そんなの俺が起きている内に充電してやるのに……」
「独りでブツブツ何を言ってるんだ?」
「ちょっと色々と貢いでいる方からの無茶振りが多くて――あっ?」
「ん?なんだこれ?」
エンド様の愚痴を零そうとした瞬間に俺を囲うように地面が光り輝いた。俺はそれが魔法陣であると認識した瞬間に踵を上げて振り下ろす。
――パリン……ッ!
ガラスが砕けるような音ともに魔法陣は霧散し、光の粒子が宙に舞うなかで俺は自身の足を見つめる。魔法を始めて行使したがあまり興奮しなかった。
エンド様の編み出した破魔の魔法ってシンプル過ぎて魔法と言うより暴力だな。ただ相手の魔法を上回る魔力でぶっ叩いて壊すって脳筋過ぎんだろ……。
エンド様の記憶から見た魔法のほとんどは莫大な魔力にモノを言わせた力押しだった。某地上最強の生物のように技など要らぬという、術として魔力を魔法に変換するのではなく、ただ純粋な暴で相手を滅ぼす。記憶を覗いて驚いたのは、戦闘で使う魔法は数十程しかなく防御魔法は一つだけ。まさに終末の竜王の名に相応しい暴力の化身だった。
「なぁ……これなんなんだ?」
そんなことを考えていると、隣の直樹は目の前の異常事態に呆けて。周囲に漂う魔法陣の残骸を触りながら俺を見ている。
「なんなのか知らん。ドッキリか何かじゃないか」
聞かれた俺も答えなんて持っていなかった。ただ足元に急に魔法陣が出現したので反射的にぶち壊しただけでどんな効果があるかなんて知る由もない。下手人を探す為に気配を探るが魔力の反応は周囲にはなく俺は首を傾げる。
エンド様の言う通りなら、この世で二番目に強い俺の探知から逃れられる訳ないよな……?そもそも何で俺を狙ったかも謎だし。目的は何なんだ?
俺達二人は未知の現象に互いに困惑しながら、魔法陣の残骸が完全に空気に溶け込んだのを見計らって。
「とりあえず学校に行くか」
「あ、あぁ……なんだか分からんが学校に行くか」
先ほどの超常現象はなかったことにして、俺達は再び歩みだす。互いに会話はなく黙々と学校に向かいながら。
あとでエンド様に聞いてみるか……俺よりは知っているだろう。
未知の魔法陣の標的にされたことを不安に覚えながらも、考えても仕方ないのでまた不意に現れても対処出来るように気を張るのであった。
☆☆☆
「……ゴフッ!ゴホッ……ゴホッ……これはまさか……」
エリウルは膨大な魔力の跳ね返りに吐血しながらも神官たちを見る。誰も彼もが口から血を吐いてもがいていた。すぐに儀式に参加して居ない医療担当の神官たちが治療に入るが、辺りは吐き出された血と吐瀉物に糞尿と神聖な場が一瞬にして不浄に染まる。
召喚陣から魔力が逆流した……?そんな異世界と繋がる距離を考えたら一体どれほどの魔力で魔法陣を破壊したらこうなるの?
国から選ばれた高位の神官数十人、更には神の恩寵によって祝福された場で行いやっと成功する儀式を召喚しようとした人間に防がれただけではなく反撃をされた。その事実にエリウルは歓喜で震える。
「やっと見つけた……ッ!あの薄汚い魔族どもを滅ぼすお方が!これほどの力をお持ちならば、盤面は一瞬でひっくり返る……ッ!神よこの奇跡に感謝します!」
血反吐を吐き、目や鼻から血を垂れ流しながらも私は神に感謝した。周囲は信じられぬモノを見た目で私を見るが関係ない。この人魔の生存競争にとうとう人類は切り札となる異世界の強力な人間を見つけたのだ。これ程まで素晴らしい事はないだろう。
「正気ですか、聖女様。この召喚を弾いた人間は我々の手には余ります!たった一人でこれ程の被害を異世界から一撃で我らに与える存在など人間の範疇を超えています!それに再度召喚の儀式をやっても我らが全滅するだけでしょう」
この場で二番目に高位の神官ハリスはそう訴えるが私は一笑した。
「何を笑っておられるのですか?!この勇者召喚の儀はあと二回。ここは無難に従来の方法で異世界から勇者を選定すべきです」
「次の勇者召喚は私が行く」
「な、何を言っているのですか……聖女様!」
私はここで神官のハリスを憐れんだ。なぜこんな簡単な事を理解出来ぬのか、神の恩寵に授かれない者の愚かさを愛しく思い。
「私たちの切り札たる人間の世界の位置は把握しています。次の召喚の儀は転送を行い私が勇者のいる世界に出向きます。どんな方かは想像は出来ませんが、きっと私たちの窮状に手を差し伸べてくれるでしょう」
「正気とは思えません!!下手すれば我々は聖女を失い国はより衰退します」
「大丈夫です。私は約束します。最強の人間と共に再びこの地に戻りますと」
神官のハリスは絶句し、他の神官たちも唖然として私を見ていた。どう思われようと関係ない、私は人類を救う救世主を連れてくる。その代償にこの身を売り渡してでも、聖女として人類救済の役目を背負う。
――こうして異世界の聖女エリウルは異世界の人間の力に魅了され、その力の恩恵に授かろうと異世界に転移をする為の準備を始めるのであった。