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エンド様の望みと契約

「うぉぉ……ッ!どうしたんだ優斗!」

「何のこと?」


 父親の夕凪隼人(ゆうなぎ はやと)が階段から降りてくる俺を見た瞬間に椅子から立ち上がって、腰が引けた態度でこちらを見ている。俺は理由が分からず、なぜ父さんの足が震えてるのか理解出来なかった。


「なんか気配というのか分からんが、雰囲気というものがまるで世紀末覇者のようだぞ!」

「世紀末覇者に会ったことあるのかよ、って突っ込みたいけど俺ってそんな雰囲気出てるの?」

「人差し指だけで人を殺せそうな程の圧力を感じるぞ。本当に何があったんだ?!」


 首をブンブンと縦に振る父さんは完全に猛獣が自宅に現れたかのような反応だ。俺自身の肉体にそんな変化があるのか触ってみるが、ムキムキマッチョマンになった訳でもなく普段通りの俺なので父さんの反応には困惑するばかりである。


 夢の中でエンド様の眷属になったけど、それが影響しているのかなぁ……。でも夢が現実に影響与えるなんて有り得ないよな。だけど朝起きたら全裸だったし……確認してみるか。


「ちょっと確認してくる」

「ん?あぁ……とりあえずその雰囲気は引っ込めた方が良いぞ。街を歩くだけで人波が割れそうだ」


 いや雰囲気を引っ込めるってなんだよ……。物理的なものじゃない雰囲気なんてどう引っ込めれば良いのか教えてくれよ、父さん。


 雰囲気をどうやって操ればいいのか皆目見当が付かず、父さんの無茶振りに頭を掻きながら部屋に引き返す。父さんのドッキリじゃなければ、俺は日常生活すらマトモに送れるか怪しい状態にあるようだ。

 部屋に戻るとスマホのカメラを起動して撮影モードに変えて、そしてベットが映る位置を探して輪ゴムで近くの物に固定する。


「これで本当に寝ているだけなのか、それとも何かが起きているのかハッキリするだろう」


 ベッドに横になりスマホの位置がずれていないか確認して目を瞑る。睡眠があの明晰夢にアクセスするトリガーなので、ゆっくり呼吸をして意識を沈めていくが――


「ね、眠れない……ッ!意識して眠るって難易度高いぞ!」


――時計のカチカチとなる音が余計気になり、十分もしない内に起き上がる。


 象のことを考えないでください。と言われても頭の中に象が浮かぶように、眠ることを強く意識すると、瞼の裏や舌の位置が気になり始めて眠気がやってこない。俺はそれでもここまで来たらやるしかないと思い。


「寝るぞ……なんとしても寝てやるぞ……ッ!」


 枕に顔を押し付けて強引に暗闇を作り目を瞑る。時を刻む時計の音、外で車が通る音、鳥の声、一階から僅かに聞こえるテレビの音。それら全てが俺の眠りを妨げるが、時間の経過とともに意識がゆっくりと遠のいていき――



「眷属失格だ。ユウト」

「ぶぼぉぁ……ッ!」


――目を開いた瞬間にエンド様に顔面をビンタされた。


「いきなり何をするんですか!?エンド様!」


 俺は何回か地面をバウンドして数十メートル程吹き飛ばされていた。遠くに居るエンド様はこちらを見て、瞬きの間に距離を詰めると胸倉を掴み顔を近づける。


「我の眷属になったのだから、ユウトはもう我のモノだ。その自覚なく、我を置いて元の世界に帰る等は許されないぞ?」

「いや、夢から覚めるのは不可抗力で――」

「黙れ。分かりましたの言葉以外は聞きたくない」


 エンド様の紅い瞳が間近に迫り、場の空気を読まず俺は綺麗だと思ってしまった。眉を吊り上げて睨むその姿は竜王に相応しい威厳と雰囲気を身に纏っていた。神々すらも恐れるエンド様の威圧を受けても、以前のように強い恐怖を感じないことを俺は不思議に思っていると。


「怯えぬか。ふむ、やはり血が馴染んでいるな……ふ、ははは……ッ!ユウトの魂にも素質があるようだ。あれだけ我の魂が混じった血を飲み干しながらも自我をすぐに確立するとは素晴らしい。褒めてやろう」

「あ、ありがとうございま……す?」


 俺が怯えないことがよほど嬉しいのか胸倉から手を放し相貌を崩して笑っていた。王から年相応の少女になったエンド様に困惑を隠せずにいると、両肩に手を置かれてそのまま地面に座らせられる。見上げると舌を舐めずり、瞳を潤わせたエンド様は狂気的な笑みを浮かべながら――


「さて、契約を完遂させねばな。眷属として肉体も力も与えたのだ。対価としてその魂を我に隷属させてもらうぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください!やっぱりこの力はなしで!なしでお願いします!そうなると俺は――」

「――もう遅い。ユウトから求めておきながら我との契約を破棄できると思うな」


 最高の御馳走を前にしたかのように、荒く熱い吐息で涎が垂れるのも気にせずに俺の顔に近付けてくる。完全な興奮状態か発情でもしているのか熱を持った両手が俺の頭に添えられて。


「汝、ユウトは我の愛しい眷属となれ」


――額に熱く灼けつくような、魂すらも凌辱する熱がエンド様の唇から俺の身体に流れ込んでくる。


 そして熱はエンド様の言葉を伴って魂の全てに隙間なく焼き付けるかのように、愛しい奴隷になれと言う言葉が刻まれていく。俺はそれに為すすべもになく、無抵抗に受け入れるように魂の奥底までエンド様の命令とその裏に潜む思いで満ちていく。俺はエンド様に魂の底まで染められながら。


 あぁ……エンド様は孤独だったんだ。終末の力を持つせいで……誰もその傍に居なかった……その孤独が虚無の封印で俺と出会って知ってしまったんだ……。


 孤独を知ったエンド様はもう一人では生きられない。そう理解してしまった俺は、これが隷属化の効果なのか本心なのか分からないまま。エンド様の顔に手を添え。


「責任は取る、エンド様」

「何故……うごけ――ンッ……ッ!」


 隷属化の途中で動く俺に驚愕するエンド様の唇を強引に奪った。魂に宿る孤独が癒えるように深く深く願いながら、その気持ちを乗せてエンド様のやったように俺の思いをエンド様の魂に流し込む。


「ンッ……ンンッ……ッ!」


 エンド様は最初はビクビクと小刻みに震えて、ふとした瞬間に全身の力が抜ける。そして互いに重ねる唇から思いを魂に直接流し込み合い、二つの魂が一つに交じり合う陶酔感と快楽に酔いながら、俺達は互いを求めた。この虚無の封印の中で孤立する恐怖を取り払うように魂の奥深くまで繋がる。

 

 始原の記憶。この世が無から産まれた瞬間に始まりの対となる存在として終焉のエンドは誕生した。終焉のエンドは数多の世界を本能の赴くままに破壊し、幾千幾万もの世界に終焉をもたらして、それに対抗すべく数多の世界の中でもっとも強い神と呼べる存在達が立ち上がった。幾千の世界と幾万の神の犠牲の果てに終焉のエンドは物量に押されて、次元の狭間の虚無の世界に追放される。それから幾億もの試行錯誤の末に諦めて虚無の世界に囚われた終焉のエンドはやがて肉体が朽ちて魂だけの存在になった。そして幾星霜の月日の中で孤独を知らぬ竜王は――


「あっ……ぎゃあぅ……ッ!」

「どうしたユウト?もっと溶け合うのだ……混じり合わない限界まで、このままずっとずっとずっと――」


 陶酔的なエンド様の蕩けた声に俺はその身が総毛立つのを感じた。


 甘かった……俺は甘かった……ッ!責任を取ると軽々しく口にするべきではなかった……ッ!ここまで深い淀んだ感情を知ってしまったら俺はどうすれば良いんだ……?


――俺に出会い孤独を知り猛毒に犯された竜王は、心の底から俺を求め始めた。永遠の道連れ、決して逃さぬと言う狂気の確固たる意思、そして恋慕。


 俺では決して受け止められない程の狂気すら超えた終末の竜王の記憶が俺の身に流れた瞬間に耐えきれずに唇を離した。名状しがたき感情、闇よりも濃い暗がり、この世の始まりの対に相応しい終焉のエンドの俺に向けられた思いはあまりにも破滅的だった。


「互いに壊れるまで求め合うのが望みなのですか……エンド様?」

「何を言うかと思ったら、ユウト。そんな些細なことなのか」


 蕩けた笑み、濡れた双眸、どこまでも俺を求めているエンド様の思いはまさに劇薬だった。そしてゆっくり近付き俺を抱きしめて耳元で、


「終焉として産まれた我の性だ。どこまでも互いを求めて……二つの魂が擦り切れるまで求めて愛し合う。今の我らにこれほどまで相応しく素晴らしいモノはないだろう?」


 潰れる程に乳房を押し付け、まるで肉体を一つにするように強く強く抱きしめる。そして絡まった四肢は俺を絶対に逃さぬと言う意思を体現するかのようだった。


「我の眷属になったのだ。簡単には壊れぬ。この虚無の封印で過ぎ去る時間によって魂が風化するくらいならば、愛しい眷属と互いに魂も何もかもを交じり壊したい。我に相応しい終焉を与えてくれ、ユウト」


 どうせ死ぬならば愛しいあなたと共に。エンド様は愛しいモノとの破滅を求めていた。それは心中願望。終焉のエンド様が望む究極的な自滅欲求。


 理解は出来るが共感は出来ない……根源に終焉を宿すエンド様だからこそ、これ以上の価値はない至上の欲求で願いであるのだろう。図らずも俺はその願いを手助けする形になり巻き込まれてしまった訳だが……俺はまだ死ぬ訳にはいかない。


「エンド様。せめて俺の人間としての生が終わるまで待ってくれませんか?」

「ふはは……分かっている。ユウトが我の記憶を覗いたように我もユウトの記憶を覗いた。あと数十年は人として生きたいのは理解している。それにこの終焉にはユウトの協力がなければ始まらないからな」


 抱きしめ締め付ける強さは変わらぬまま、エンド様は互いの額をコツンとぶつけて。


「ここに来る条件は眠ること。ユウトが自発的にそちらの世界で永遠の眠りに付かなければ始まらぬ。我はユウトが生に飽きるまで待ってやろう。望むままに生きろ。そして我と共に死のう。それまでは――」


 唇が重ねて、そして離す。蕩けた顔のエンド様は舌で俺の頬を舐めながら。


「――この虚無に囚われた我の無聊を慰めろ」


 返事など要らぬとばかりに、俺はそのまま押し倒されて唇を重ねる。互いの記憶、思い、感情の全てをぶつけ合いながら、永遠の虚無の中で俺達は溶け合う――そして。



「悪魔に魂を取られるのってこんな気分なのかな……」


 全裸で自室のベッドの上で目が覚めた。まだ肌に残るエンド様の熱を感じながら、流し込まれた記憶を思い出し。


「父さんの言ってた雰囲気はこうやって消すのか……」


 スッ……と鎮まる俺から漏れ出す気配を抑えて、俺は起き上がりスマホを手に取る。そこには寝ている間の肉体の変化が記録されている筈が――


「あぁ……やっぱりそうなのか」


――睡眠と同時に肉体が消失する。俺は思った通りの結果だったので動画を消す。


「さてと、人としての人生を生きるか。エンドの望む終焉まで」


 長くて数百年もしない内に飽きるだろう。エンド様からすれば数百年なんて誤差の範囲にもならない。俺は大きく背を伸ばして椅子に座る。俺はペンを片手にノートを広げ。


「終焉までの一日目っと……」


 これから長い年月で人生を振り返る為の記録を付け始めるのだった。



★★★


「我にもとうとう終焉が訪れる……こんな理想の形で」


 肌に残るユウトの熱を感じながら我は恍惚と虚無の中で横たわる。そこにはもう孤独も不安も何もない。我は産まれて初めて心からの充足感に満足していた。そして先ほどの逢瀬を思い出し熱くなる身体を抱いたまま。


「さぁ……ユウト。我の愛しい眷属。我の与えた終末の力で何を為すのだ。ふはは……それは破壊の力。どう扱うのか我はとても楽しみだ」


――虚無の中で終末の竜王は、ユウトの全てを思い出しながら火照る身体を慰め続けるのだった。


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