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エンド様に日本史を教える。

「またこの夢か……」


 布団で眠り目を覚ますと真っ暗な虚無の世界で再び目覚めていた。二度目なので流石に慣れてきたのか緊張はあまりなく、グッと背伸びをして欠伸をする。


 この明晰夢は暇なんだよな……んっ?


「あー、マジかよ。充電する前に寝ちゃったか……」


 ポケットに何かが入っているのに気付き取り出すと、寝落ちする前のスマホが俺の手の中にはあった。電源は45%。フル稼働で二、三時間は持つか持たないかの電池の残量だ。


「ないよりはマシか……曲でも聞いてそのまま寝て、この夢をやり過ごすか」


 ミュージックからシューベルトの『魔王』を流しながら、仰向けになり虚無の闇を見つめる。こういう夢の場合は自害が覚醒条件だと映画で観たが、このリアルな感覚で舌を噛み切る度胸はない。俺は額にアザのある少年ではないのだ。


 そうこうしている間に坊やは冷たくなり魔王に魂を連れ去られてしまったが、ちょっと怖い曲を聞いたせいで余計に目が覚めてしまった。思えば、小学校で魔王が流れた時の寝落ちする生徒数はゼロだったことを思いだす。俺は失敗したなと思い、最近話題のポップな歌で気分を転換しようとすると。


「その魔道具は何だ?人間」


 赤い月のような竜の瞳が俺を見下ろしていた。


 シューベルト聞いてたから本当に魔王みたいなのが迎えに来ちゃったよ。夢だと分かっても怖いモノは怖い。あー……黙っててもまた脅されたら嫌だからなぁ……仕方ないか。


「スマホ。スマートフォン。多機能型の携帯電話で音楽やゲーム、更には漫画や小説まで読める現代の娯楽機械です」

「携帯電話とは何だ?ゲームとは?漫画とは?小説とは?」


 渋々、応えると何で何でが大好きな子供のように根掘り葉掘り聞いてくるので、俺はそのデカい目ん玉に見えるように機能の一つ一つを紹介していく。竜王のエンド様はそのスマートフォンを大変お気に召したようで、書かれている文字について教えろと言うので。


「えー、ここに書かれているのは日本語と言う文字です」

「それは人間の文字か?」

「そうです。日本と言う国で使われている言語です」

「我の知らない内に人間もここまで技術を進歩させるとはな。褒めてやろう」


 褒められても俺が作ったものではないので、とりあえず頭を下げる。そして日本語と言う文字について、平仮名から出来るうる限り教えていると――


「それを寄越せ、人間」

「え?でもこれは人間が使うように最適化した道具ですので、サイズ的には難しいのではないでしょうか?」

「問題ない。お前たちに姿を合わせる」


――闇が人の形を作り、俺と同年代位の高校生の容姿の女の子に変化した。


 悪だくみをしてそうな目や口は邪悪そうにニヤつき、黒銀の長いロングヘアの頭部からは捻じれた枝のように二本の黒い角が生えている。そしてドラゴンにも服を着る文化があるのか、まるでローラーで引いたような黒い線のような布が幾重にも肌の上に重なり、胸部や股を完全に隠しているがそれ以外はほぼ裸と言っても良かった。


「我に渡せ」

「ん……あ、あぁ……」


 何処となく傾国の美女のような近付けば破滅を招く危うい美貌に息を飲んでいると、呆けている俺からスマホを強引に奪い取る。そして一目見ただけの操作であるのに手慣れた手付きでスマホを操作して音楽を流す。


「これって革命のエチュード?」

「タイトルの名など知らん。だが我は貴様が操作している時に聴いたこの曲に興味がある」


 エンド様は目を閉じて音楽を聞き始める。俺のことはもう眼中にないようなので、そのまま横になり眠ることにした。様々なクラシック曲が流れる中でやがて眠気がしてきてそのまま眠ろうとすると――


「おい貴様。我を放っておいて寝るではない」

「寝かせてくれないんですか……?」

「我はもう幾星霜とこの虚無の封印の中で退屈しているからな。何か面白い話をしてみろ」


 出たよ……こういう無茶振り。面白い話してと言われて本当に面白い話を出来る奴なんてほとんど居ないぞ。


 足でグリグリと背中を押されて、俺は仕方なくと言った態度で胡坐をかいてエンド様と向き合う。視線はスマホ画面に向いているが意識はこちらに僅かに向いているのを感じて。


「それじゃあ、俺の住む世界の日本について少しお話しましょう」

「ほぅ、人間の歴史か。裸で歩いていた頃と違い、今の時代は大分進歩しているようで興味深い。話してみよ」


 どうやら興味を引けて掴みは悪くない。そのまま歴史の教科書を思い出しながら縄文時代から現代に至るまでの長い日本の歴史を語り、合間合間にエンド様の知らない単語の捕捉をしながら五時間以上も話し続けて、


「――それで今現在に至ります。2020年の日本は世界的な流行り病の影響で経済が衰退していますが、とりあえずは生きて行く分には問題ない暮らしです」

「ふむ。お前の国の歴史はそうなっているのか」


 胡坐をかいたエンド様は頬杖をつきながら興味深そうに話を聞いてくれた。俺は五時間の長い長い日本の歴史を語り終えて息絶え絶えになりながら地面に座る。


 歴史好きだけど……流石に五時間ぶっ続けで話すなんて疲れる……。それにしても聞く方も聞く方で、よく五時間も長い異世界の国の歴史を聞いてられるな……これが種族の違いなのだろうか?


 エンド様を見れば何処か遠くを見つめて考えを整理しているのか、心此処に非ずと言う態度で虚空を見つめている。そして互いに沈黙が続くと――


「大体の理解は出来た。次は世界の歴史を教えろ」

「せ、世界史ですか……?そうなると各国の文化や宗教、国同士の力関係から全てを一から説明しなければなりませんが……まともに説明すると俺も資料の準備をしなければ……」

「黙れ。貴様は我の求めるモノを献上すれば良い。それとも食われたいのか?」


――エンド様から放たれる敵意で身が縮こまるのを感じながら、俺は命令されるがままに曖昧な知識で世界史の説明を始めようとすると。



「朝か……眠くないけど眠った気がしない……」


 気が付けば布団の中で目を覚ましていた。あの凍えるような敵意を思い出して僅かに身震いしながらも俺はベッドから這い出て。世界史の本を本棚から取り出しながら次に説明を求められた時に答えられる準備を始める。


「夢とはいえ食われるのは御免被る」


 学生生活で初めて朝早く起きて自主的に勉強を開始する。それが夢の中の登場人物に脅される恐怖から端を発するものであるが、俺はノートPCを駆使しながら世界史を説明する為の情報をかき集める。


 あの様子じゃ……次は科学知識辺りを聞いてきそうだな……そっちも最低限勉強しとくか。


「あれ?スマホの電源の残量が数パーセントになってる……」


 寝る前は半分近くあった電池の残量が急激に減るのを疑問に思いながらも、俺は家庭教師用の指導講座を見ながら休日の午前中を消費するのであった。



★★★



 我の命令に従わせる為に威圧した瞬間に人間は跡形もなく突然消えてしまった。すぐに感覚を研ぎ澄まし周囲に注意を払うが一切の生命の反応は現れずに、この竜王の知らない未知の力によって虚無の封印の中から文字通り消失した。


「また居なくなったか……その場から瞬時に消えるとは一体どんな魔術を使ったのだ?」


 その事実に僅かな驚愕を覚え、ただの人間ではない特別な存在であると認識を改める。そしてあの人間が教えた国の歴史を思い出しながら、


「我の知らない国、文化、技術。数えるのも馬鹿らしい時間が経てば世界も変わるものか。しかし魔術も近親種の亜人も居ない世界とは、そんな世界があったとはな」


 いくつもの世界を滅ぼし、そして気泡のように現れては消える世界を思い起こしながら過去を回想していると――


 僅かな震えが我自身の心から発せられた。それはこの無限とも思える時間の中で初めて覚えた感情。我はそれに戸惑いながらも気持ちを静める。そして不意にあの人間がもう姿を現さない可能性を想像して今度は無視できない程の更なる震えが我を襲い。


――あの人間によって、我の心に孤独が芽生えたことを初めて自覚するのだった。


「あっ、あっ……我は、我はここにずっと……」


 意識して初めてこの無限に広がる虚無の空間が、とても狭く暗い牢獄であると思った瞬間にまるで壁が狭まるように息苦しい圧迫感と恐怖を覚えて。


「永遠にずっと此処に我は閉じ込められる……我だけで、この虚無に……」


 エンドの心に芽生えた孤独は心の中に巣くい、その孤独が伸ばす触手に魂が雁字搦めにされるのを感じながら。


「一人は……嫌だ」


 終末の竜王と呼ばれた最強の存在に、幾星霜と過ごした孤独の時間を改めて認識し、その重圧に潰されそうになりながら身を縮めて、


「あの人間に会いたい……あの人間、あの者の名はなんなんだろうか?」


 この虚無の中で唯一我を孤独から救う存在、ただのゴミのようだと思った矮小な下等生物に心から傍に居て欲しいと求めてしまうのだった。そして虚無の中で孤独を意識した竜王である我はもうこの虚無の中に居る事が耐えられなくなってしまった。


――そして竜王の魂に孤独と言う黒い染みが全体に広がり染まりきった瞬間、この虚無の中で初めて絶望の叫びが誰に届くでもなく虚空に消えて行くのであった。


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