幼馴染
「まだやってるのかよ……二人とも」
昼休みの屋上で弁当を一人で食べながら待っていたが帰ってくる気配が全くしなかった。二人から流れてくる感情はあまりに激しくて理解出来ず、ただ分かる事は両者ともに苦痛を感じているので眷属同士のマウント合戦はまだ終わってないことだけだった。
場所移動してるみたいだけど……そっちの方向は山の中だよな?
いつまで続けるのか分からないが、両者ともに確実に相手を殺す気で戦っていることだけは理解してもう勝手にしろと思いながらスマホを触る。
「あれー?こんな所で一人で何をしているのかな?もしかしてボッチ飯?直樹と喧嘩でもしたの?」
「昼休みにわざわざ俺を探すお前も大概だと思うけどな、奈波」
「幼馴染であるこのあたしがわざわざ探しに来たのにその言い方はないんじゃないかな?」
視線を上げると奈々奈波が俺を見下ろしていた。
ツーブロックの束感を付けた赤い髪をいくつも流し、中性的な男らしい雰囲気を持つ彼女は小学生からの腐れ縁であり、付き合ってみたが距離が近すぎて恋愛対象と見れないのですぐに別れた初恋の相手である。
そんな奈波は隣に座りタバコに火を点けながら、
「で、なんでボッチしてる訳?」
「そんなお前もなに学校で堂々とタバコ吸ってんだよ?言っとくけど臭いで一発でバレるからなそういうのって」
「ちょっとバンドの方向性で揉めててイライラしてんだよね?で、なんでボッチしてる訳?」
飯を食ってる隣で堂々とタバコを吸わないで欲しいが、顔は正面を向きながらも奈波の視線は俺を見ているので諦めて話す。
「ちょっと待ってる奴が居るんだよ。あとタバコ吸うな。臭いが服に染み込む」
「ふーん。待ってる人ねぇ……恋人?」
「イカ焼きだよ。最近ちょっとした縁があって色々と話すんだ」
「ゴホッ……うぇ……あんたメンヘラ系の女が好みだったの?止めときな、あたしのバンドのファンにもそういう子が結構多いけど、付き合うと沼に引き摺りこまれるよ」
「病んでる歌詞ばかりのメンヘラ系ロックバンドのお前がそれ言うのか」
イタミノナカだとか言う痛いバンドに所属するメンヘラの女王みたいな奈波からそう助言を受けて俺はなんとも言えない気分になる。本人はそういう気質は見えないが、作詞作曲の病み具合がおかしく、ライブハウスで覗いた時、ファンの女子たちの手首にバンド巻いてる子が多くてドン引きしたことがある。
「あたしが付き合った女の子はそういう子ばかりだからねぇ……別れてからもしつこくて本当に困ってるよ」
口から紫煙を吐き出しながら律儀にも吸い殻は専用のポケットに捨てている。一本吸い終わり、二本目に火を点け。
「なんでイカ焼きみたいな自殺願望高い子と付き合った訳?あんたそんなタイプは好きじゃないでしょ」
「色々と込み入った事情がね。そのおかげで俺は今度は父親になるし」
「あー……ハメちゃった訳かぁ……」
俺はうっかり失言をしてしまう。幼馴染とは隠し事もなく今まで一緒に居た為に口が軽くなりいつもの調子で喋ってしまい慌てて取り繕う。
「ハメてない。いやちょっとイカ焼きと関係持ってた事に嫉妬して襲われたって言うか……あぁ、もう!お前と居ると嘘も上手く吐けねぇ……ッ!」
「嫉妬して独占欲バリバリの子に既成事実作らせられちゃった……と、やべぇ、ちょっと見ないうちに女の泥沼に嵌まってるじゃん!これからどうすんの?」
軽く引いてる奈波に俺は頭を掻きながら。
「子供の教育とか真剣に考えてるよ。そうじゃなきゃマジで終わるから」
「ぷははははは……ッ!その歳でパパになるとか笑える。まぁ、高校くらいは卒業しとけよ?仕事の方は頑張って探せばいくらでもあるだろ」
仮にも初恋の相手が子持ちになろうとしているのに嫉妬も見せない奈波を見て、完全に俺の事は吹っ切れていることに安堵する。
最近の俺の女運は地獄だからな……ヤバい女がどんどん集まる気配がして怖い。
俺の直感がこれから起こる事態を警戒して訴えかけるのを感じる。だがどう足掻いてももうエンド様とデキてしまったので他の女との先はないと思い遠い空を見る。
「モテ期って辛いな……」
「ガキこしらえてる男がそれ言うとメッチャ最低なセリフに聞こえるぞ」
「ぶふっ……確かにそうだな」
それから奈波といつものように馬鹿話をして過ごし、昼休みの終わりのチャイムが鳴る頃になる。
「結婚式には呼んでくれよ?幼馴染として祝い金の一つは出してやるから」
「そん時が来たらな」
一足早く屋上から去る奈波の背中を見ながら。
「結婚式なんて挙げたら来賓の人間たちをエンド様が皆殺しにするから絶対に呼べないわ」
我と我の子以外にお前に他者は必要ないと言うエンド様の姿が目に浮かび苦笑する。奈波はこちらを振り向いて中指立てて。
「ちゃんと避妊くらいしろよ、優斗!」
「うるせぇ!責任は取るから別に良いだろ!」
俺も反射的に中指を立てると奈波は笑いながらその場を去る。俺は久しくマトモな人付き合いをした気分になりながら。
「おっ……?やっとマウント合戦は終わったのか」
流れ込む感情によって勝者はきなこ。敗者は天野天利という、単純な戦闘経験や野生動物としての本能の差によって決着が付いたみたいだった。