狂信的な眷属
「神殺しおめでとう天野天利さん」
「ありがとうございます!」
床で正座する天野天利の凄惨極まる神殺しの内容を聞いて内心でドン引きしていた。軽い気持ちで力を上げたが、どうやら天と地程の力の差から一方的な暴力と拷問の末に苦しみ抜いて死んだらしい。
俺は薬壺厄災に対して同情と憐憫を抱いて心の中で謝罪した。
「それで天野天利さんはもう目的を達した訳だから力は返して貰うよ」
「あの……ご相談があります」
俺が手を伸ばして力を奪おうとすると天野天利さんは身を引く。俺はその姿にやっぱりと思い手を止めて。
「力を手放したくないんだね?」
「はい……一度この力を知ってしまったら手放したくなくなりました。何年も私を苦しめたあの化け物をこの手で丁寧に四肢を捥ぎ、相手の生殺与奪を握るこの素晴らしい圧倒的な力を失って無力な人間に戻ると思うと……」
化け物を殺した快楽を思いだすように喜色を浮かべる表情には狂気が宿っていた。俺は自身に付いた返り血を舐める天野天利を眺め。
完全に力に溺れている……そりゃこの世で最強の竜王の力だから砂漠の一粒に満たない力でも心を毒するには十分な量だしなぁ……とはいえエンド様に怒られるから返してもらうか。
「でも約束は約束だから返してもらうね」
俺は有無を言わさずに頭に手を置き、天野天利の身体に巡る俺の力を吸い取る。
「そんな……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ちょっ、家の中で騒がないで!」
一瞬で力を奪ったが、天野天利はそのショックから悲鳴を上げて俺に縋りついてくる。俺はその騒がしい口を手で塞ごうとするが漏れる声は響き。
家族の住む家で朝であるので必然的に家族は全員集合しているから――
「どうした!優斗!」
「父さん!これは何でもないから違うから!」
――父さんから見れば、少女の口を無理やり塞いでいる暴漢の姿がそこにあった。
「お前は……何をやっているんだ……ッ!」
父さんの怒号が響き、ドタドタとした階段を上る音共に母さんが姿を現して口に手を当てて信じられないモノを見る目でこちらを見ている。
これはマズい、と俺は焦るがエンド様の力には精神操作のようなモノはなく俺は天野天利を塞いでいた手を放して父さんたちに向き直る。
「これは違うんだ……ッ!父さん母さん、この天野天利さんがベランダから突然押し寄せて――」
ガシッと音がするように足首に天野天利が俺を見上げていた。そこには麻薬中毒者のような完全にキマッテいる表情で、
「お願いします……何でもしますから、もう一度私にください!あなたの奴隷させてください!あの力がないと私は不安で不安で仕方ないんです!!」
「や、やめろ!俺をヤクの売人と勘違いさせるような言葉を吐くな!」
足首から胴体へと身体を上ってくる天野天利を引き剥がしてベットに放り投げると、奇跡的な具合にAVのパッケージのような着衣の乱れのままに俺に手を伸ばしてくる。
「何でもするからぁ……血を……血をください……ッ!」
その姿に父さんと母さんは言葉を失っていた。完全に勘違いしているのが分かるが、素直に俺の力に溺れているだけと説明しても事態をややこしくするだけなので俺は天野天利を抱きあげて。
「俺、急用思いだした。ちょっと天野天利さんと出掛けてくるわ!」
「ちょ、ちょっと待て!優斗!」
「優斗!これはどういうことなの!」
俺の俊敏な動きに対応出来ない両親の脇を抜き去り、そのまま玄関で靴を履いて外に飛び出す。目的地も決まっていない逃避行であるが、この状態の天野天利を放っておくと何をするか分からないのでとりあえず走る。
「ここなら良いだろう……」
お姫様抱っこのまま街中を疾走して辿り着いたのはビルの屋上。
「血を……もう一度、私を眷属にさせてください。尽くします、望むままに私を使ってください……ッ!だから力を与えて……」
目の前で土下座している天野天利にどう対応すればいいか分からず、このまま捨て置いてもどうせ学校でエンカウントして余計ややこしくなるだけなので。
面倒だからもう一度、力を与えるかなぁ……。この調子じゃ死ぬまで俺を追い掛けて来そうだし……。エンド様は怒るだろうけど、こんな微量どころか滴一滴に混ざる力の量を考えたらゴミも良いところだしな。
相手にするのも面倒になってきたので、俺は大きくため息を吐いて手の爪を少しだけ鋭くして人差し指を少し切る。そして僅かに垂れる一滴の血に極小量の魂を混ぜて天野天利の前に差し出すと、
「あっ、あ……血……力がまた私に与えられる……」
口を大きく開けて舌を精一杯伸ばして俺の血の滴をその舌で受け止める。そして一度順応した結果、二度目は瞬時にその身体に馴染んで瞳を紅くした天野天利は俺の前で跪く。
「主様……力をお授けくださりありがとうございます!私……天野天利はこの魂の全てをお捧げして忠誠を誓います!」
「分かった……分かったから靴は舐めないでいいよ。それよりも人間に擬態出来るように目も爪も隠す努力をして欲しいな」
「……ッ!はい!ただいま!」
人によっては足を舐めさせて征服感を覚えるだろうが、俺にはそんな趣味はないので気持ち悪いだけだ。さっさと人間に擬態して面倒を掛けないようにして欲しい。
天野天利は何度も瞳の色を変えながら必死に力の制御を行い始める。瞳が元に戻ったと思ったらまた紅くなり、爪も伸びたり縮んだりと忙しい。
「まぁ、ゆっくり頑張ってくれ。あと俺の両親にちゃんと事情説明しといて。適当な嘘でいいから、この力の事は秘密にして状況説明するんだぞ」
「は、はい!この力を完全に制御出来るようになったら、主様のご両親に挨拶をしに行きます!ご期待に添えるように努力します!」
「うん。良い返事だ。頑張ってくれ」
俺は右手を抑えて鎮まれぇ……ッ!と騒ぐ天野天利を放っておいて、家に帰れないのでそのまま手ぶらで学校に登校する。無遅刻無欠席を目標に頑張って学生生活をしているので、こんなことでそれを台無しにしたくなかった。
近くのコンビニで朝食を買いながら、学生服でもないことに気付いて。
「備品室からパクればいいか……」
おにぎり片手に学校に向かって歩いて行くのだった。
☆☆☆
「は、はい!この力を完全に制御出来るようになったら、主様のご両親に挨拶をしに行きます!ご期待に添えるように努力します!」
「うん。良い返事だ。頑張ってくれ」
頑張ってくれ。その言葉を聞いた時に眷属として仕えている私の魂を震わせた。
主様は私に期待している。こんな哀れなただの人間の私にもう一度チャンスをくださり、眷属として生まれ変わった私に……主様は私に期待している!
眷属となった私に強く根付いた忠誠心と服従心が期待に応えろと訴えてくる。そんな声がなくても、薬壺厄災と言う化け物から私を救ってくれた主様に対する感情は決して変わらない。
無尽蔵に沸き上がる力、人生で初めて見る青空のような明瞭な精神で、主様の命令を実行すべく肉体の制御を始める。
「あっ……くっ……がぁぁぁぁぁぁ……ッ!」
まるで私の血液が意思を持って暴れているように、力の制御がおぼつかない。気を抜けば人間の擬態も一瞬で解けて、またもう一度緻密な肉体操作の振り出しに戻る。
信じている……ッ!主様は信じてくださっている……ッ!なら私はそれに応えるだけ……いや、もっとそのご期待上の成果を見せなければ!
未熟な肉体操作で何度も指先の肉が千切れるのを感じながらも、この行為の全てが主様の忠誠に応える試練だと思えば平気だった。むしろ痛みがより強まれば強まる程に主様の与えた力の偉大さを味わい恍惚とした気分になる。
「相応しい眷属になる……私は主様の奴隷として……ッ!」
――心に狂信を宿した少女は肉の千切れる痛みの中でも喜びに満ちた表情を浮かべていた。




