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神殿騎士団-1

 セナが言う神殿は、〈帝国〉の俗語におけるそれとは違って、街の外れというか外にあった。直通の馬車が無ければ、2倍の日数がかかっただろう。

 



 「ところで」

 

 遠ざかっていくその直通馬車を見送りながら、アリンは1つ思う所があった。この国の人間の発想力に対する、深刻な疑念が湧いてきたのだ。

 

 「何でしょう?」

 「どうして、ここへの行き来にはあんな馬車を使っているの?」

 

 アリンはひとまずセナに聞いてみることにした。〈帝国〉人の常識とは真逆の現象を見せられ、そうしないではいられなかったのだ。

 

 「それは、粗末すぎるという意味ですか? すいません」

 

 セナが恐る恐ると言った口調で答える。詰問調にならないようにしたつもりだったが、どうも彼女は何かを聞かれると反射的に謝る癖があるらしい。

 

 


 「いや、逆」

 

 柔らかい口調を意識しながらアリンは言った。確かに〈帝国〉基準ならあの馬車は粗末だが、そういうことを言いたいのではない。この国の基準で言えば、逆に豪華過ぎるのだ。

 


 神殿への行き来には馬車を使うと言われたアリンは、思わずげんなりした。中心街で見たような、大昔の運搬車紛いの代物で砂利道を行くことを想像したのだ。

 

 しかし発着場でアリンが見た物は、むしろ〈帝国〉の地方都市を走る鉄道馬車に似ていた。

 ちゃんとした座席の付いた箱状の車両が、大型馬に曳かれて軌道上を走っていたのだ。見た目だけかと思ったが、速度も乗り心地もそれなりだった。

 〈帝国〉並とは言わずともかなり肉薄した技術水準の車両が、街と神殿の行き来に使われているのだ。

 

 セナは何がおかしいか分からないらしいが、〈帝国〉人であるアリンにとっては頭が痛くなる光景だった。

 

 

 と言っても、鉄道馬車が存在するのがおかしいのではない。金属製品を作る技術はあるのだから、やる気と資金があれば鉄道馬車くらいは作れるだろう。

 

 問題なのは用途である。大金をかけて交通機関を整備するなら、普通は相応の経済効果が見込める場所にする。例えば大都市の間を繋ぐとか、工業地帯と原料産地を結ぶとかである。

 

 対してこの鉄道馬車は、街の外縁から出て山の間を抜け、出た所にある草原で行き止まりになっている。その草原の中に神殿があるのだが、他に周囲に存在する建造物はアリ塚だけである。

 

 アリンは経済の専門家では無いが、これが恐ろしく非効率であること位は分かる。

 ここで見た中では最も豪華な交通機関が唯一通っているのが、街の辺鄙な地区と何の生産性も無い宗教建築の間なのだ。

 馬鹿馬鹿しさで言えば、晩年のカタザ10世が作ろうとした〈水上道路〉、〈帝国〉南部の島々と本土を浮橋で結ぶ計画に匹敵する。

 いや正確には〈水上道路〉計画より酷い。あれは少なくとも後の港湾整備に役立ったし、実際に浮橋が作られる前に中止された。

 それに何より、基本的なインフラが出来た後の余剰生産力を用いる前提だったのだ。

 

 対してこの鉄道馬車は、実際に作られてしまっている。街の中心に舗装道路さえ無いような地域に、である。

 費用的には〈水上道路〉の下準備で新設された鉄道線1本分程度だろうが、機会費用という点では〈水上道路〉全体より上だ。どう見ても不足している輸送資源が生産活動では無く、何ら経済的価値を持たない施設に投入されているのだから。

 同じ費用をかけるなら、もっといい使い方が100通りはあるだろう。 

 


 「それに何よ、これ? これを作れるなら、中心街を何とかしなさいよ」

 

 次にアリンは首を大きく回して神殿の全貌を確認し、再び呆れかえった。わざわざそうしなければ、全体像が掴めない程に巨大だったのだ。

 神殿と言うからには瀟洒な木造建築や古びた石積みを想像していたが、そんなものでは無い。これは「城」ないしは「要塞」と呼ぶべき建造物だ。

 

 人の背丈の2倍の高さと4倍の厚みがある3重の煉瓦壁が建物全体を囲んでおり、それぞれの壁の間には監視塔が林のように生えている。

 各塔には目つきの鋭い男たちが詰めており、巨大な弩弓を構えながら周囲を監視していた。月と星をあしらった揃いの服装も、僧服と言うより軍服にしか見えない。

 


 それらの奥に建物本体があるのだが、こちらもいろいろな意味で凄かった。球戯場がすっぽり入りそうな程に巨大で、白塗りの分厚い壁が不快な威圧感を与えて来る。

 しかも何の目的か知らないが槍状の構造物が上部一面に生えていて、見た目は石と金属で出来た針山である。

 

 ちなみにこれらは全て、耐火煉瓦と花崗岩で作られている。中心街の建物は日干し煉瓦や石灰岩等の、安価で軽量だが耐火性や耐水性が低い建材が多かったが、その手の倹約とは無縁である。

 しかも傾いている建物が無いので、地盤工事もちゃんとやっているらしい。

 


 アリンとしては都市計画の責任者(存在するか不明だが)を詰問したくなる光景だった。

 街の中心が廃墟と化しつつある中で、不要不急の施設が途轍もない量の建築資材と労働力を飲み込んでいるのだ。

 これを建てるだけの資源があれば、〈帝国〉の都市A型多目的棟に相当する建物が少なくとも40は作れる。10000人に住居と職場と各種インフラを提供して余りある計算だ。

 それを何も無い山の中に人工石山を作る為に使うとは、一体どんな神経だろう。

 


 「おい、そこの人。貴様に少し聞きたいことがある」

 「私ですか?」

 

 そんな怒りに似た感慨を覚えていたアリンは、横から声をかけられて振り向き、相手の姿を見て身構えた。

 話しかけてきた人物が塔に詰めている人々と同じ服を着こみ、しかも佩刀していたからだ。神殿に対する非好意的な感情に気付かれたのだろうか。

















 サラカ・セタと彼女が率いる神殿騎士団2000は、軍にとっておおよそ最悪に近い状況にあった。2倍近い敵に森林の近くで包囲されていたのだ。

 

 もっとも、相手は人間では無い。長く疎らな体毛で覆われた緑色の肌を持つ、人間の7割ほどの大きさをした2足歩行動物だ。

 形態的類似性から猿の仲間と言われることもあれば、歩き方や顔つきから矮化した熊だという見方もある。また拝天教の司祭が子供や無学者に説く通俗道徳においては、堕落した人間の成れの果てだとされる。


 いずれにせよ確かなのは、ゴグと呼ばれるこの生き物がしばしば集団で人間を襲い、農民や商隊にとっての脅威となっていることだ。

 だからこそサラカたちはここアザラン街道に現れたゴグを討伐する為に出撃したのだが、ゴグの数は予想より遥かに多かったのだ。

 通常は数百の群れで行動するゴグであるが、目の前にいる群れは明らかに数千はいた。

 



 「ゴグの数、前方に2000強、右方に800前後、それと後方に1000前後」

 

 副将のガトラスが動揺を隠しきれていない声色で報告する。

 サラカは歪んだ笑みを浮かべた。下手をすれば、予想より早い初陣となったこの場所が、予想より早い自分の死に場所となるかもしれない。

 

 「敵の中で、騎乗している奴はいるか?」

 

 引き攣った笑みを浮かべたまま、サラカはガトラスに聞いた。

 ゴグは龍鳥と呼ばれる大型鳥類と共生関係にあることが知られている。ゴグは龍鳥に乗ることで機動性を確保し、龍鳥はゴグの食べ残しを貰うのだ。

 また襲撃の際には騎乗したゴグが、龍鳥の爪で相手を攻撃させることもある。その騎乗したゴグはいるだろうか。

 


 「後方のゴグの全て、及び右方のゴグのうち300は騎乗状態、他は騎乗していません」

 「なるほど」

 

 サラカは頷いた。流石は人間の次に賢いとされる動物だけはある。戦術眼と呼んでもそう的外れではない能力を持っているようだ。

 


 神殿騎士団は最初、右前方から接近してくるゴグ数百を発見して応戦の構えを取った。

 しかしゴグたちは何故か、こちらの武器の射程外で立ち止まった。あたかも、怖気づいたように。

 

 砲と歩兵を前進させて攻撃してはという提案もあったが、嫌な予感を覚えたサラカは代わりに、神殿騎士団に全周防御の態勢を取らせるように命じた。

 停止したゴグの群れが、こちらの攻撃を誘っているように見えたのだ。

 

 

 そしてそれは杞憂では無かったらしい。ゴグたちは地形を利用して、神殿騎士団を迎え撃とうとしていたのだ。

 

 このアザラン街道は、アザルカ地方を囲む山岳地帯から〈王国〉中央に向かって流れるアズ川に沿って作られている。

 アズ川はしばしば氾濫や水位低下によって船舶が通行不能になるので、それを補完する交通手段としてアザラン街道が整備されたのだ。

 神殿騎士団の現在位置から言うと、左側がアズ川の氾濫原、右側が山岳地帯及び森林となる。



 ゴグたちはこの地形を利用して、神殿騎士団への挟撃を試みた。サラカはそう判断した。

 右前方から現れた囮部隊がこちらを挑発し、森に引き込む。そして森の中で動きが鈍くなった神殿騎士団に、騎乗した別動隊が後方から急襲をかけ、殲滅するつもりだったのだ。


 ゴグの歩行速度は平地では人間より遅いが、足場の悪い森や山では人間に優る。また彼らが騎乗する龍鳥の移動速度も、平野部においては馬に及ぶべくも無い一方、森林地帯では他のいかなる動物より速い。

 ゴグたちはそれを知っており、機動戦で神殿騎士団を圧倒しようとしたのだろう。

 


 しかし神殿騎士団が森に入らず防御姿勢で停止した為、ゴグたちは方針を変えた。

 後方からの襲撃を担当する筈だった騎乗部隊を迂回させるとともに、森の中に隠れていた部隊を前進させ、神殿騎士団を包囲する態勢を取ったのだ。

 言葉を持たず、棒や石程度の道具しか使えない動物にしては驚異的な戦術眼であり、柔軟性だった。

 


 


 「ガトラス、貴官に騎兵を預ける。後方の敵を蹴散らせ」

 「私がですか?」

 

 サラカと親子と言ってもいいほど年が離れているガトラスは、サラカの指示を聞いて怪訝な表情を浮かべた。

 軍の主力たる騎兵部隊の指揮は、通常現場の最上位者が行う。今の場合は、総団長の娘であり団長代理を務めるサラカだ。

 サラカがその慣行を無視して副将のガトラスに騎兵の指揮を委ねたことに、疑問を抱いたらしい。

 

 「私より貴官の方が兵に信頼されているからな」

 

 サラカは短く理由を述べた。

 サラカに対する部下将兵の評価は、あまり好意的なものでは無い。それも当然で、15歳になったばかりの、これが初陣という人間を指揮官として信頼しろという方が無理な話だ。

 

 そのサラカが直接騎兵を率いて後方の敵を攻撃に向かったらどうなるか。

 ほぼ間違いなく、残った兵たちに敵前逃亡と見なされる。サラカは機動力の高い騎兵だけを護衛として逃げ、残りを置き去りにするつもりだと。

 一旦兵たちにそう思われれば、立て直しは非常に困難だ。

 

 そうならない為には、サラカ自身は本隊に残る必要がある。後方の敵を攻撃する役割は、実戦経験豊富で少なくともサラカよりは兵たちの信頼が篤いガトラスに任せるのだ。

 


 「了解しました」

 

 ガトラスは一礼すると、馬たちのもとに向かった。

 いずれも人間の肩以上の体高とがっしりした体格を持ち、完全武装の騎兵と馬体前面を覆う馬甲の重さに余裕で耐えられる大型軍用馬だ。

 設立当初は農耕馬のような小型馬しか持たなかった神殿騎士団だが、購入と品種改良によって今では〈王国〉最良の軍馬を擁していた。

 



 騎兵たちはその大型軍馬に素早く乗り込むと、後方から襲撃の機会を伺っていたゴグたちを急襲した。

 最初は無秩序に進んでいるように見えた黒と銀の集団が、速度を上げながら10個の鏃状隊形を作り、龍鳥にまたがったゴグの群れに突っ込んでいく。

 蹄の音と馬のいななき、そして突撃の喚声が耳を弄せんばかりに響き渡り、ゴグや龍鳥の鳴き声をかき消した。

 



 そして数瞬後、異なる音が聞こえ始めた。硬いものが砕けるときに特有の鋭い破砕音と、柔らかい物体が潰れる水気の多い音、それに胸が悪くなるような濁った絶叫である。

 ゴグと龍鳥が、騎兵に次々と踏み潰されているのだ。

 

 ゴグは鋭いカギ爪と分厚い皮膚を持ち、体重当たりの筋肉量も多い。丸腰での戦いなら人間よりずっと強いが、一方で人間の7割の背丈と半分以下の体重しか無いという、致命的な体格差がある。

 彼らが乗る龍鳥も同様で、羽毛で嵩増しされているせいで大きく見えるだけの、実際にはロバ以下の大きさしかない動物である。

 

 集団でのぶつかりあいでは、この体格差が人類側に有利に働く。騎兵と騎乗ゴグが衝突した場合、後方に吹き飛ばされて踏み潰されるのは、単純な物理法則によってゴグの方となるのだ。

 


 今起きている実際のぶつかり合いでも、その物理法則は残酷な程正確に働いていた。騎兵とゴグが衝突すると、必ずゴグの方が龍鳥ごと跳ね飛ばされる。

 弾き飛ばされた龍鳥の多くは主人を下敷きにしたまま、二度と起き上がろうとしなかった。陸上生活に適応しているとはいえ、龍鳥は所詮鳥の仲間であり、華奢な骨格しか持たない。

 それが純粋な大型陸上動物である馬と衝突すれば、ほぼ確実に骨が複数個所で砕け、致命傷を負うのだ。

 

 悲し気な鳴き声を上げる龍鳥の下から逃げようとするゴグたちには、鉄槌と化した蹄鉄が振り下ろされた。

 長い疎らな体毛で覆われた緑色の皮膚が引き裂かれ、圧潰した肉と脂肪組織が混ざった陥没孔から赤黒い血が吐出する。

 胸と腹を踏みつけられたゴグの口と肛門からは赤と白の臓物が内容物ごと飛び出し、それらが悪臭を漂わせながら一種の軟体動物のように蠢動する。

 頭部を蹄鉄で砕かれたゴグは一瞬聞くに堪えない絶叫を発した後、壊れた人形のように硬直して動かなくなる。


 神殿騎士団を後方から襲おうとしていたゴグたちは、サラカに先手を打たれたことで自らが虐殺される側になっていた。

 




 ゴグたちの中には、ぶつかり合いでは勝ち目が無いと悟って別の戦い方を選んだ個体もいた。乗っている龍鳥を跳躍させ、騎兵の横から飛びかかったのだ。

 龍鳥は飛べない鳥だが、代わりに脚の筋肉が発達していてジャンプが出来る。また後ろ脚には巨大な鎌のような爪が付いていて、動物の皮を容易に引き裂くことが出来る。

 実際、ゴグは大型動物を襲う時、自らではなく龍鳥の爪で攻撃することが多いことで知られている。飛びかかったゴグたちはその要領で、馬の脇腹を引き裂いて倒そうとしたらしい。

 


 しかし騎兵にはゴグが獲物とする鹿や野牛の類とは、明白に異なる点があった。

 これら動物は前方にしか攻撃できず、横から襲われれば成す術がない。

 対する騎兵は剣によって横にいる敵を攻撃することが出来、また死角から襲われた場合でも、仲間による援護を当てに出来たのだ。

 

 騎兵の剣が煌めきとともに一閃し、襲ってきた龍鳥の頭部を切り飛ばす。或いは斜め後方からの襲撃を試みたゴグの背中に、別の騎兵の剣が振り下ろされる。

 ついさっきまで堂々たる捕食者としてふるまっていたゴグと龍鳥たちは、無慈悲な大人に蹴散らされる子供のように蹂躙されていた。

 



 (よしよし)

 

 後方の敵を蹴散らしたガトラスの騎兵隊が戻って来るのを見ながら、サラカは安堵と満足が入り混じった息を吐いていた。最初はどうなるかと思ったが、何とかなりそうだ。

 


 敵の過ちは煎じ詰めれば、大勢で街道上に出てしまったという点に尽きる。

 ゴグが人間にとって脅威となるのは、森の中から突然襲ってくるからだ。

 一旦見晴らしと足場が良好な平野や道路に出てしまえば、ゴグは俊敏で捉え難い捕食者から、人間の兵士より遥かに小さい上に原始的な武器しか持たない弱敵に変わる。

 

 神殿騎士団が森に引き込もうとする相手の誘いに乗らず、ゴグの方が森から出てきた時点で、勝敗は決まっていたのだ。

 





 しかし戻ってくるガトラスを迎えようとしたサラカは、突然辺り一面に響き渡った甲高い鳴き声に顔を引き攣らせた。

 ゴグが攻撃を行う時の声だが、それだけなら問題は無い。神殿騎士団の右横と前方にいた合計3000弱のゴグが今更襲って来ても、こちらの歩兵は十分に攻撃を防げる。

 

 だがサラカが顔をしかめたのは、鳴き声の大きさから推測されるゴグの数がどう考えても「3000弱」では無かったからだ。その少なくとも2倍、下手をすれば万単位のゴグが付近に潜んでいる。

 



 そして次の瞬間、ゴグたちは一斉に向かってきた。その数を双眼鏡で確認したサラカは唖然とした。

 最初に発見された3000弱の後ろに、いつの間にかその2倍以上の別動隊が湧き出している。

 いやそれだけでは無い。別動隊の更に後方でも草木が動き、ゴグの緑色の皮膚が無数に見え隠れしている。 

 一体どれだけの数のゴグが、周辺に集合しているのだろうか。

 


 「砲兵隊は別命あるまで最大速で射撃。使用弾は散弾。目標設定はひとまず任せる」

 

 内心の戦慄を押し隠しながら、サラカは命令を出した。今はとにかく戦い、血路を開くしかない。

 

 命令を受けた砲兵隊は、12門の三寸砲と6門の五寸砲の砲口を、突撃してくるゴグの群れに向けた。

 射撃手がレバーを引くと、砲の尾部で赤輝石と鉄の合金で出来た部品同士が打ち合わされ、火炎術を極小化したような魔力の流れを作る。

 魔力の流れは魔導管を通して薬室に移送され、錬金術で生み出された酸化剤と触媒と固形化ガロタス油の混合物で出来た装薬を発火、爆燃させる。

 これで生じた膨大な燃焼ガスによって、薬室の先に詰められた砲弾は射出されるのだ。

 


 今回使用される砲弾は、近距離の軽装甲目標に使用される散弾である。薄い金属筒に多数の鉄球を詰め込んだもので、砲口前方に鉄の豪雨を降らせる。

 子弾はすぐに失速するので遠距離にいる敵への効果は少ないが、有効射程内の敵に対しては最強の兵器だった。

 



 各砲の先端部から煙と白炎が放出され、暴力的な爆発音が響き渡る。

 18の轟音が収まったとき、ゴグの群れのうち最低でも500が、軍事的婉曲表現で言う所の「永続的無力化」状態になっていた。

 肉塊となって四散するか、頭部や胴体の真ん中を吹き飛ばされるか、四肢を複数個所で分断されて地面に転がるかしたのである。

 密集した敵に対する散弾の威力は祖父の時代から知られているが、それを再確認させられるような光景だった。

 



 この一撃でゴグたちが逃げていく事をサラカは期待した。

 火砲とは投射兵器であると同時に心理兵器でもある。轟音と炎と煙が立ち込め、対象物が一瞬で粉砕される光景には、弓や弩による攻撃とは別格の恐ろしさがあるのだ。

 未熟な兵で構成された軍の場合、物理的な被害を何らもたらさないような遠距離からの射撃を食らっただけで離散することもある。

 

 ましてやゴグは、棒を振り回す以上の知能は持たない動物である。大きな音や火を恐れる傾向は、人間の新兵以上に強い筈だ。

 農民が爆竹で害獣を追い払うのと同じ原理で、砲撃によってゴグを追い払えるのでは無いだろうか。

 


 しかし双眼鏡の視界に映った光景は、サラカの楽観的予測を完全に裏切るものだった。ゴグは前進を中止していない。

 それどころか、倒された仲間の仇を討とうとでもせんとするかのように、速度を上げて突っ込んで来る。

 

 ゴグの緑色をした皮膚は興奮による充血、そして仲間の血によってどす黒く染まっており、犬や熊のそれを醜悪に歪めたような顔は、怒りと憎悪によって更に歪んでいる。

 更に悍ましいのは、砲撃で深い傷を負ったゴグまでが進んで来ていることだった。

 前進速度は低下して仲間に追い抜かれ、半ば切断された手足を引きずり、鼻面を砕かれて歯の破片と舌を赤い涎のように垂らしながらも、傷ついたゴグたちはこちらに向かっていた。まるで、復讐しようとするように。

 


 ふと周りを観察すると、偵察兼伝令をさせていた初陣の少年兵が、その光景を見て嘔吐しているのが見える。

 サラカは立場上吐き気を堪えていたが、その気持ちは痛い程に分かった。

 魔物、特に戦闘で興奮した魔物は人間より頑丈で痛覚が鈍い為、明らかに重傷を負った状態でも戦い続けることがある。

 様々な書物に記載されているありふれた知識だが、だからと言って実際に見た時の恐怖や嫌悪感が和らぐ訳でも無い。初陣なら尚更だ。

 



 だがサラカの方は、地面に転げまわって吐いている訳にもいかなかった。ゴグの大群のうち龍鳥に騎乗している2000程が、本隊とは別の方向から突っ込んできているのが見えたのだ。

 


 龍鳥は一般的な鳥類よりかなり小型の翼を水平に構えてバランスを取り、逆にこちらは他の鳥より遥かに巨大な後ろ脚で地面を蹴って疾走している。走ると言うより滑空に近い動きだ。

 黄色い嘴の奥からはゴグの声より更に甲高く耳障りな絶叫が発せられ、逆立った羽毛の裏からは普段隠している赤と青の警告色が見えていた。

 


 「砲兵は敵本隊を撃ち続けろ。騎乗ゴグは歩兵で迎撃する」

 

 ゴグと龍鳥の叫び声の上から聞こえるよう大声で、サラカは目標を騎乗ゴグに変更しようとしていた砲兵に命令を出した。

 今から砲の照準を変えても間に合わず、時間を浪費するだけだ。それよりは動きは鈍いが数の多い本隊を攻撃した方がいい。

 


 サラカは同時に脇に待機させていた馬に乗り込むと、騎乗ゴグと戦闘を開始している歩兵たちの方に走った。彼らが明らかに浮足立っているのが見えたからだ。

 質はともかく数は圧倒的な敵に襲われ、しかも指揮官は初陣と来ては無理も無いが、彼らが崩れれば全体が崩壊する。早急に手当てする必要があった。

 



 駆け付けたサラカを、数百の眼球が見つめた。あからさまな軽視を示す視線、疑惑と不安が混じりあった視線、そして圧倒的に多いのが縋りつくような視線だった。

 

 「増援は?」

 

 歩兵小隊長の1人が切羽詰まった声で聞いてきた。一応は隊長であるサラカが来た以上、他の将兵も来ると思ったらしい。

 

 「私が増援だ!」

 

 サラカは意識して傲然と言い放った。

 圧倒的な数の敵本隊が接近している今、こちらに戦力を割く余裕は無い。サラカが単独で状況を変えるしか無かった。

 

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[良い点] 久々にガチなの読んだ。皇国の守護者っぽくて好き [気になる点] 場面転換がちょっと急かな?ぐらい。 [一言] こういうのは後半になるまで評価上がらないと思いますが・・・どうかたえしのんで・…
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